ゆめのかたすみ、ねむりひめ 作: 池田
「よいしょ……」
畳に敷かれた布団が沈み込む。
同時に周囲の空気が、ふわりと持ち上がる。
なんだか自分の部屋が、少しだけ広く感じた。
「よく眠ってますねぇ」
目の前で、小さく寝息を立てる少女が一人。
黒いリボン。
金髪のツインテール。
年頃にしては少し華奢な体。
そしてサファイアのように綺麗な瞳は、今は瞼の裏にあった。
あと数時間は、拝むことが出来ないだろう。
どうしてわかるかって?
「……ちゃんと効いたみたい」
私が薬を盛ったからだ。
私は、彼女が好きだった。
まだ私が小さかった頃、あの孤児院で出会ったときから。
きっとあれが、一目惚れと言うものだったのだろう。
男の子だと勘違いしてしまうくらいに精悍な顔つき。
いつでも冷静で、落ち着き払った態度。
そして時々見せる、少し照れくさそうな笑顔。
私は一瞬で、その虜になった。
最初、彼女が女性であることに驚いたけれど。
もう性別なんか私にとってはどうでも良かったのだ。
もし、私と彼女が……。
そんな日を夢見て、今日までずっとそばにいたつもりだけど。
結局、肝心の思いは何一つ言い出せないままでいた。
「ソーニャ……」
彼女の頬に、手を添えてみる。
温かい彼女の皮膚に、冷たい私の指が這う。
「ん……」
「……起きませんよね?」
無論、起きるはずがない。
服用してから数時間、どんな刺激を受けても眠り続ける。
そういう風に薬を調合して、完璧に仕上げたのは他ならぬ自分なのだけど。
しかしそれでも、私の心は怖気づいている。
小さな小さな可能性を、まだ恐れている。
私は、とんだ臆病者だ。
「私は……」
あぁ、もう!
そうやって尻込みばっかりしているから、いつも出遅れるんだ。
そうやって逃げてばっかりいるから……。
「……ふぅ」
深呼吸をして、乱れた心を整える。
そうだ、落ち着こう。
今なら何をしても、彼女が気づくことはない。
すべて、無かったことに出来る。
夢で片付けることが出来る。
何をしても、許されるのなら。
「少しくらい、良いですよね」
自分に言い聞かせるような言葉を吐いて。
私は彼女の唇を奪いに行った。
「ん……」
舌先で口をこじ開ける。
彼女は無反応だ。
「ん、ふっ……う……」
無理やり舌同士を絡ませ合いながら、彼女の口内を犯していく。
二人の唾液が絡み合って、くぐもった水音が小さく響いた。
「ふぁっ……んんぅっ……」
息継ぎをして、もう一度。
今度は彼女の服を脱がしながら。
上から一つずつ、丁寧にボタンを外していく。
「んんっ、はぁっ……」
唇が離れて、唾液が糸を引いて伸びた。
はだけた服の隙間から覗く白い肌に、黒い私の影が落ちる。
なんて綺麗な体。
私はまるで美術品を愛でるように、彼女の体を撫で回す。
すべすべして、もちもちして。
やわらかくて、あったかくて。
触れたところから、幸せが満ちていくような。
夢にまで見た、この瞬間を。
「……あぁ」
なんて、ひどいことをしているんだろうな。
薬で眠らせて、無理やりなんて。
抵抗する余地すら、最初から奪ってしまうなんて。
そんな風に、僅かな良心が目の前の行為を咎めている。
だけど、そんなものなど簡単に消し飛んでしまうほどに。
私の欲望は、滾り、うねり、渦巻いて。
彼女を、飲み込もうと押し寄せる。
一つになりたい。
ただ、それだけのために。
「はぁっ……ん、ちゅ……」
それに、いけないことだと認識しているからこそ。
こんなにも、心が昂るのだろう。
あぁ。
黒い欲望に身を任せるのが、こんなに心地よいなんて知らなかった。
「はむっ、ん……」
少し盛り上がった胸の先端を。
それはもう、貪るように。
綺麗なピンク色の乳首を、口に含んで舐め転がした。
吸って、舐って。
そうすると、だんだんと彼女の乳首がぴん、と固くなっていった。
「ん……ぅ……?」
流石に今度は、彼女も反応を返してきた。
少しだけ眉間に皺を寄せて、呼吸を荒くして。
白い頬が、少し赤く染まっている。
「んっ、んんぅっ……ぁ、むうっ……」
徐々に、彼女から返ってくる反応が大きくなってきた。
突起を舐め上げる度に、小さく体が跳ねる。
感じている、のだろうか。
「だったら、んむ……良いんですけど……んっ、はぁ」
彼女の体が、更に熱を持ち始める。
触れている舌や口を通して、彼女の血流を感じることが出来た。
胸から顔を離して、私は更に下を目指す。
スカートを捲り上げると、淡いブルーの三角地帯。
その一部がしっとりと湿っていた。
指で触れると、ぬち、と小さい音がして。
愛液が糸を引いて、伸びる。
「やっぱり感じてるんですね、ソーニャ」
しかし、その言葉に彼女が答えることはない。
相変わらず、すやすやと寝息を立てている。
仕方がないので、私は彼女のパンツに手をかけた。
太もも、膝、ふくらはぎ。
それらを通過して、パンツが彼女の下半身から離脱する。
手に握られた、小さな下着。
くしゃっと握って、鼻と口を覆って。
思い切り、息を吸い込んだ。
「……はあぁ」
体から力が抜ける。
彼女の肌の匂い。
彼女の汗の匂い。
彼女の愛液の匂い。
全てが綯い交ぜになった、極上の匂いのカクテル。
彼女の香りが鼻腔をくすぐる度に、体が奥の方から疼いてしまう。
私の体も、彼女の体も。
もうすっかり、出来上がってしまっている。
更に勢いづいた欲望が、私の耳元で囁いた。
もっと欲しい、と。
「……本当に綺麗ですねぇ、ソーニャ」
私は再び彼女に覆いかぶさり、全身で愛撫する。
胸で、腹で、足で。
腰を、あそこを。
肢体を絡ませて、愛撫する。
「んっ……あぁっ……!」
どこかとどこかが擦れる度に、体の中心を快感が駆け抜ける。
それはソーニャも同じようで、細い体がぴくぴくと可愛らしく跳ねている。
頭も体もぐちゃぐちゃになりながら、私は彼女に絡みついた。
まるで蛇の交尾みたい、なんて。
ぼんやりした頭の片隅でそんな場違いな感想が生まれたり消えたりしている。
「あっ、はぁっ……!んぅっ……!」
股を彼女の太ももに擦り付けて、自分で自分を慰める。
本当に、何をしているんだろう、私。
こんなの、道具を使った自慰と何が違うんだろう。
「ねぇ、ソーニャ……」
返ってくるはずのない答えを期待しながら、私は彼女に声をかける。
「ソーニャ……」
同時に、ホッとしている私がそこに居た。
本当の答えを知ってしまうよりも。
このままずっと、曖昧なままで。
このままずっと、夢と希望を抱いたままで。
そんなぬるま湯のような安心感を求める自分が。
だからこんな、卑怯な真似をしてお茶を濁すのだ。
「ねぇ……」
私は、ソーニャが好き。
どうしようもなく、狂おしいほどにソーニャが好き。
もっといろんな表情を見たい。
もっと知らない感情を知りたい。
だけど、私にとって残酷な現実が。
彼女の中にあるかも知れないと勘ぐってしまうから。
好きだから、嫌われたくない。
好きだから、一歩が踏み出せない。
そうしているうちに、いつの間にか彼女の隣はいつも元気なあの娘に取られてしまったから。
「はう……ふ、んぅっ……」
再びキスをしながら、私は布団の中で蠢いた。
今ここで彼女が目を覚ましたら、一体なんて言うだろう。
私を軽蔑するだろうか。
それとも哀れむのだろうか。
もしかしたら、そのまま受け入れてくれたりとか。
様々な可能性が、そこには存在するけれど。
私がほしいのはそんなものじゃない。
「うぁっ……あっ……!ソーニャ、んっ……!」
体の中を熱が渦巻いて、快感が限界まで高まっていく。
そろそろ夢も、もう終わりだ。
名残惜しいような、安心するような。
そんな不思議な感覚が、私を満たしていく。
あぁ、でも。
せめて、一瞬だけでも良い。
一言だけでも、良い。
「ソーニャぁっ……!」
私の事を……。
「あっ、はぁ、ああああっ……!」
全身から、力が抜けていく。
熱と快感が一気に私を突き抜けて、どこかへと去っていく。
私はどさりと、彼女の横に転がった。
天井が、いつもより高く感じる。
「はぁっ……は、ぁっ……」
乱れた呼吸。
額を滑る汗。
たまにちらつく蛍光灯。
そして、隣に感じる体温。
まるで時間が止まったように感じる。
あぁ、疲れたな……。
体が鉛のように重たい。
このまま、眠ってしまいそう。
「ん……」
「……ソーニャ?」
「ぅ……あ、ぎり……?」
彼女が、目を覚ました。
だけど薬の影響なのか、まだ意識が朦朧としているらしい。
「あぎり、私……」
「……まだ寝てて大丈夫ですよ、ソーニャ」
「そう、か……」
頭を撫でながら優しく声をかけてやると、彼女は安心したように再び寝息を立て始めた。
部屋が再び、静寂に包まれる。
「……ふふ」
夢はもう終わり、だと思ったけど。
気まぐれな神様は、もう少しだけ私に猶予をくれたようだ。
今は無理でも、いつか。
きっと、その日が来るまで。
「……それまでどうか、待っててくださいね」
そう言っても、やっぱり彼女は何も答えない。
だけど、私は今とても幸せな気分だった。
「ふぁぁ……なんだか、私も眠くなってきました……」
幸福な余韻に包まれた私を、眠気が優しく包んでいく。
私は電気を消して、彼女と同じ布団に潜り込んだ。
なるべく、近くに寄り添うように。
おわり。