風邪と小林、メイドラゴン 作: 池田
その日は、昼頃に目が覚めた。
人々が学校や職場へと出払っている時間帯、アパート全体が静まり返っているように感じる。枕元の目覚まし時計だけが規則正しくコチコチと音を立てて、その存在を控えめに主張している。
そして次の瞬間、頭痛と熱と寒気と倦怠感が寄ってたかって私に襲いかかった。
「う、ぐ……」
視界が歪む。気持ちが悪い。だるさが私にのしかかって、体が言うことを聞いてくれない。上体を起こすのも重労働だ。同時に、私は自分がどういう状況に置かれたのかを思い出した。
「……熱、まだ大分あるな」
簡潔に言うと、また風邪をひいたのである。
確か今回も出勤しようとしたところでぶっ倒れたんだっけか……。
「あ、小林さん……起きたんですね」
そうやってぼんやりしていると、トールが寝室に入ってきた。
その手には何やらビニール袋を引っさげている。
「トール……?」
「あぁもう、まだ熱あるんだから寝ててください。それと……いろいろ買ってきましたから」
「……うん」
彼女に言われるがまま、再びベッドに横になる。鉛のような体を横たえて、私は息を喘がせた。少し苦しい。最近仕事が忙しかったせいか、体が弱ってたんだろうな。
「喉、乾いてます?」
「ん……」
そう言えば、随分汗をかいていた。口が乾いて、ちょっと気持ちが悪い。
彼女からスポーツドリンクを受け取って、一気に流し込んだ。
「うわっ、汗もすごい……今着替え持ってきますね」
「うん……お願い……」
パタパタとスリッパの音を響かせて、彼女が部屋から出ていった。
そして一分としないうちに、着替えと水の入った洗面器を持って再び私の前に現れた。
「それじゃ、体拭きますね」
「……うん」
汗を大量に吸って、じっとりと重たく体に張り付くパジャマを彼女の手が優しく剥がしていく。篭った熱や湿気が皮膚から離れていった。そして次に、ショーツだけの格好になった私の体を冷たい濡れタオルが滑っていく。
なんだか懐かしい感じ。そう言えば、小さい頃もよく風邪をひいたのを思い出した。その度に、私は一人になったっけ。共働きの両親は、私を家に置いていかざるを得なかったからだ。いろいろな思い出が、蘇ってくる。外から微かに聞こえる誰かの声。ぼやけて見える天井。熱を蓄えた布団に、枕元の洗面器。昼間の世界は、思った以上に寂しかったのを覚えている。皆今頃何してるだろうな、と考えながら過ごした思い出。退屈で冗長な、そんな思い出。
だけどもう一つ、覚えている物がある。
それは、夜遅く帰ってきた母が、私の体を優しく拭いてくれた時のあの感触。きっと疲れたであろう、嫌なこともあったであろうその体で、私を優しく撫でてくれたあの感触。それだけあれば、私はいつも安心して眠ってしまうのだ。
あぁ、そうだ。今のトールの手は。
あの時のお母さんの手に、とても良く似ている。
「どうです?気持ち良いですか?」
「……うん、とても」
とても、安心する。
ひんやりした感触が、体にたまった汚れを落としていってくれている。そうそう、こんな感じ。交わす言葉は少ないけど、手から何かが伝わってくるような。
そして首筋を這う、ぬるりとした生暖かい感触。そうそう、これも……。
って、ちょっと待った。私はこんなの知らないぞ。
驚いて彼女の方を見ると、とんでもない光景が飛び込んできた。彼女の長い舌が、私の首筋に這っている。
「はぁ……小林さん……」
「えっ、ちょ、なにして」
なにやってんだこいつ。
「な、なにしてんのトール……?」
「ごめんなさい……でも……でも、あの……」
「いや、まずそれやめ……あっ!?」
今度は、彼女の手が私の胸に回された。
あれ、これはちょっと不味い状況なのでは。
「と、トールっ……?」
「なんか弱ってる小林さん見てたら、こう……ムラムラと言うか、そういう気分に……」
「お、お前っ……!」
こ、この色情狂ドラゴン……!病人に手を出すとか見境なしか!?
さっきまで蘇っていた思い出が一瞬で吹き飛んでいく。
「トールっ……! おいっ! お前ふざけんな……!」
「あぁ……小林さぁん……」
「聞けって……ひぁっ!」
ぬるぬるの彼女の舌が、私の首筋を執拗に責める。風邪のせいか、敏感になっている体がそれに反応してしまう。
「それに、汗かくと早く治るって言うじゃないですか!」
「それはこういう事じゃ無い~~ッ……!」
身を捩って抵抗を試みるも、弱った体じゃたかが知れていた。
彼女はますます私の体を強く抱きしめ、逃げられないように拘束する。まるで蛇が獲物を狩るように。
「馬鹿ッ、離せ、ぇっ……!」
「んぅ……嫌です……」
もう私が逃げることはない、と彼女は判断したらしい。さっきまで優しく体を撫でていた手が、今度は艶めかしい動きで私を愛撫する。
最初に彼女が狙いを定めたのは、胸だった。彼女の細い指が、まだ汗でベタついている胸を揉みしだく。
「相変わらず可愛いおっぱいですね、小林さん」
「ひゃ、あっ! だめっ、だって、ぇ……!」
「あはっ、もう固くなってますよ」
「あっ、んぅ!」
私の乳首を扱くように、搾るように。少し強めに、だけど優しく。一体どこでこんな責め方覚えたのだろうか。
熱に浮かされ、機能不全の私の頭に、更に別の熱い何かが溢れていく。体はますます麻痺していって、もう指一本動かすのも億劫だ。なので、私はなすがまま。
「トールぅっ……!本当にだめ、だから、ぁっ」
「そんな声出さないでくださいよぅ……もっと欲しくなっちゃうじゃないですか……」
「やっ、やめ、あ、んっ!」
執拗に、彼女は私の乳首をこねくり回す。人差し指が、私の胸の上で踊り狂う。焦らして、弄って、また焦らして。巧みな緩急の付け方に、私は翻弄されるばかり。意志とは無関係に、体の疼きは強まっていく。そして、とうとう。
「えいっ」
「う、あぁっ!はぁ……っ!」
彼女の指が乳首を強めに摘み上げると同時に、私は軽く絶頂した。
「はぁっ、はっ、は、ぁっ……」
「小林さん……もしかしてイッちゃいました?」
「だったら……なんなの……」
私は抗議の視線を彼女に向けようとする。
しかし、それは彼女の次の一手によって阻止された。
「いえ、少し休憩いるかなって思ったんですけど……その様子だと結構元気みたいですね」
「休憩って……もうやることやったんじゃないの……」
「でも、お楽しみはまだ残ってますからっ」
そして次の瞬間、勢い良く私のショーツに手が突っ込まれた。
「なっ、あっ!?」
さらなる追撃、完全なる奇襲、私は完全に虚を衝かれた形となる。
布と皮膚の間で指が蠢く。
「こんなにぐしょぐしょにして……気持ちよかったんですね、小林さん」
耳元でそんなことを呟いて、彼女は見せつけるように私の中を激しくかき混ぜてくる。
派手な水音が部屋に木霊する。
「あっ、だめ、ぇっ!ばかぁっ、やめろぉっ……!」
「はぁぁ……小林さんのおつゆ、いっぱい溢れてます……」
「だから、ぁっ、聞けって言ってるんだよっ、んぅぅ~~ッ……!」
思考回路は、もう完全にショートしていた。脳から出されるあらゆる指令を、下腹部から湧き上がってくる快感が全て塗りつぶしていってしまう。口だけは辛うじて抵抗していたが、こんなの抵抗のうちに入らないだろう。
彼女の指が私の中を前後する度に、私は嬌声をあげた。
ダメだ、もう。こんなの、耐えられない。
頭も体も、すべてぐずぐずになって、溶けていくようだ。
快感が私を取り巻いて、ゆっくりと締め上げていく。
「とー、ゆっ……もう、もうらめ……っ」
「あはは、小林さん呂律回ってないですよ」
もう口も回らなくなった。私の体はもうだめだ。
朦朧としていく意識の中で、理性の砦が崩れていく。
「……小林さん?」
反応が鈍くなった私が気になったのか、トールが指の動きを止める。
「……大丈夫ですか?」
大丈夫なわけ、ないだろ。
「……もっと」
「え?」
「もっと、してぇ……」
気がつくと、私は彼女にさらなる刺激を乞うていた。
もう、我慢できない。
私の体は、さらなる絶頂を求めている。
「……ふふ、いいですよ」
「トール……」
彼女が優しく微笑んだと思った次の瞬間。
「じゃ、いきますよっ」
「あああぁっ!」
さっきよりも、ずっと激しく強く、彼女は再び私をかき混ぜ始めた。
私の体の中が、悦びで満たされていく。
「気持ちいいですか、小林さんっ」
「うんっ……う、んぅっ……!」
頭がくらくらする。
前後も左右も不覚になって、まるで重力から解放されだような気分。
体を突き上げるこの痺れが、今の私の全てだった。
「トールっ……私、もう……もうっ……!」
体の底から、何かが駆け上がって来ているのがわかった。
私が求めているものが、すぐそこまで。
はやく。
はやく。
はやく、欲しい。
それが、欲しい。
そんな思いに呼応するかのように、凄まじい快感が私を貫いた。
「あっ、ああっ、あぁぁあぁ~~~ッ……!」
まるで穴の開いた風船のように、私の体から一気に熱が抜けていき、かわりにどっと疲れが流れ込んできた。
ただでさえ朦朧だった意識が、どんどんと底の方へ引きずり込まれていく。
「あ、ぅぁ……」
「……小林さん?」
「こ、この……」
あぁ、そうだ……。意識を失う前に、コイツに何か言っておかないと、気が済まない……。
「この、色狂いドラゴン……」
「こ、小林さん!?」
彼女が、名前を呼ぶ。
けれどすぐにその声も、私の意識と共に遠くへと消えてしまったのだった。
「小林さぁ~ん、反省してますからぁ~」
部屋の外で、一匹のドラゴンが騒いでいる。
「……トール様、どうしたの?」
彼女の代わりに、枕元のタオルを替えてくれたカンナちゃんが不思議そうに私に聞いてくるので。
「おしおきの最中」
とだけ答えておいた。
「……どういうこと?」
「別にカンナちゃんは知らなくていいよ……」
「トール様、何かした?」
何か、どころでは無いけれど……しかしどう説明したら良いものか。
答えに窮していると、カンナちゃんが私に訴えかけた。
「何かしたのはトール様が悪いけど……でも、トール様は嫌いにならないで」
「カンナちゃん……」
少し不安そうに、私にお願いする彼女。
どうやら、少し勘違いしてるらしい。
「大丈夫だよ。そういうのじゃない」
「トール様、嫌いにならない?」
「ならない、ならないから」
そう言って頭を撫でてやるとカンナちゃんは少し安心したようだった。
別に、トールが嫌いになったわけじゃない。
だいたい、こんな私を看病してくれるような甲斐甲斐しいドラゴンをどう嫌いになれと言うのだ。
「じゃあ小林さん!そろそろ私も中に」
「た・だ・し!!相応の責任はとってもらうからな!」
「そんなぁ~」
「少しは反省しろ!」
だけど、やっぱりそれとこれとは話は別。
結局その日、トールに対する私への接近禁止命令が解かれることはなかったのだった。
おわり。