劇場版まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語 めちゃくちゃ面白いので絶対に見てみてくださいね。
叛逆を叛逆する物語 (悪魔ほむら語り部)
「な、なんで……なの……ほむらちゃん?」
真実を知ったまどかはそんな事を言った。涙で顔を濡らし、まるでこの世界の真実が地獄であると知ってしまったかのようだった。
「あなたを愛していたから」
私は笑った。狂ったように薄く微笑んでやった。本当は泣いて謝りたかったはずなのに、すぐにそんな事では許されないと悟った。だからこれ以上もなく笑うしかなかった。
私はまどかの神の力に反逆した悪魔。そう、私はあの日悪魔になった。神の摂理を捻じ曲げ、規律を乱し、理を改竄する決して許されないおぞましい存在に。
私がこの世界の摂理を捻じ曲げ、完全な世界に嘘をねじ込んだ。それはまどかが魔法少女になる事のない世界。全てはまどかを神の座から引き摺り下ろし、人として日常を生きて、そして人として真っ当に死ぬ事ができるように。まどかを永遠に一人ぼっちにさせない為に。
そのためにでっち上げた嘘。
「そ、そんな駄目だよ……ほむらちゃん……!」
「何がいけないの、まどか? 嘘をついたことがいけないの? そんなのまどかだって私のことは言えないはずよ? だってあなたも絶対のこの世の摂理を壊した事があるのだから」
「違うよ! わたしが言いたいのはそんな事じゃない! このままじゃあこの世界が! この宇宙が壊れちゃうんだよ!?」
まどかは泣き叫ぶように言う。
「なんだ、そんなことか」
私はなんでもない笑顔で言う。
「大丈夫よ、まどか」
まどかは私の笑顔に少したじろぐ。
「それはずっと先の話だから。少なくともまどかがおばあちゃんになって死んじゃった後の話だから大丈夫。まどかは何も気にする必要もないのよ?」
「ほむらちゃん!」
まどかは私をきつく睨む。その涙で濡れた瞳で必死に私を睨むのだ。
「だってこれ以上魔法少女が増えちゃったなら、まどかの仕事が永遠に終わらないじゃない。だから私はインキュベーターを狩っているだけ。この世界の少女達を私の使い魔で守護しているの。ねぇ、これはあなたも望んだことじゃあないの? もうあいつらに騙される少女もいなくなるんだよ?」
「で……でも! そんな事しちゃったら、この宇宙のエネルギーは目減りしていって、最後には無くなっちゃうんだよ!」
「そんなの私達には関係ない! そんな理由でまどかが永遠に一人ぼっちになっていいわけがない! ねぇ! そうでしょう、まどか! それともあなたはあいつらと同じことを言うつもり!? 何にも知らない少女を騙してこの宇宙のためにその命を使えって言うの!?」
私も涙を零しながら叫ぶ。
「そ、それは……」
「まどか。あなたの最大の間違いは魔法少女に希望を持ち過ぎてしまった事。こんなものに夢を抱いてしまった事。だから私は魔法少女が存在しなくてもいい世界にしたの。だってそれは私達にはもともと関係ないことだから!」
「でも、でもね……ほむらちゃん……。わたしはこの世界が大好きなんだよ。ほむらちゃんは違うの? 確かにこの世界は辛い事ばかりだよ? 理不尽で、厳しいよ。でも、それでも、この世界は美しいとは思わなかった? 苦痛の中で優しく手を差し伸べてくれる人はいなかった? そんな世界をわたしは心底美しいと思ったんだよ。だからお願い……この世界を壊さないで……」
「それはできない。まどかを苦しませることだけは容認できない。まどかの幸せだけは誰にも譲歩できない」
「ほむらちゃん! お願い! わたしは幸せになりたいわけじゃあないの! お願いだからもうこんな罪を犯すのはやめて! これじゃあほむらちゃんがもっと酷い事になっちゃうよ! これじゃあほむらちゃんが救われないよ!」
私はまどかのそんなどこまでも優しい言葉に微笑んでしまう。そうだよ、まどか。こんなにも辛い事ばかりの世界で手を差し伸べて救ってくれたのはまどかだけだった。だから私はこの世界よりもまどかが好きになった。まどかを守れるのならこの世界がどうなろうが、私がどうなろうがどうでもいいと心底思う。
だから、これだけはまどかがいくら懇願しようとも譲らない。決してやめないし、悔い改めることはない。これが悪いことだとしても。誰にも許されない大罪だとしても。
「まどか、私はあなたが幸せならそれでいいの」
そんな私の満面な笑みを、まどかは酷く悲しそうに見つめる。
「……どうしてもなの、ほむらちゃん?」
「ええ」
「そっか……それじゃあ」
「そう、戦争しかないわね」
この見滝原が突然宇宙空間となり、黄金の瞳を輝かせるまどかと、七色の歪んだ眼光の私が対峙する。
まどかは私が引き裂き二分させた神の力を結合させる。私は愛という感情エネルギーで生み出された、ソウルジェムを手に持ち掲げる。
紫暗色と桃白色の輝きが壮大な宇宙すら飲み込んでしまいそうなまで広がる。
そうして宇宙存亡とまどかの幸せが掛かった戦いは始まった。
しかし、もうすでに私は負けていたのだ。まどかに真実を知られた時点で私に勝ち目なんてなかった。そう、悪魔は失敗した。結果的に言えば、まどかはこの世界から消滅した。永遠に。この世界を半分にして。
私はあの日、心底後悔した。
まどかの本当の気持ちを聞かされたあの日。
そう、彼女は言ったのだ。
―――わたしだけが誰にも会えなくなるほど遠くにいっちゃうなんて、そんなことあるわけないよ。
どうして? なぜそう言い切れるの? 私は涙を堪えながら問う。
―――だってわたしだよ? ほむらちゃんでさえ泣いちゃうような辛いこと、私が我慢できるわけないじゃない。
……あなたにとってもそれは……我慢できないほど辛い事? 私は堪える事のできない涙を零しながら問う。
―――そうだよ。ほむらちゃん、さやかちゃん、マミさんに杏子ちゃん、パパやママやタツヤ、それに仁美ちゃんにクラスのみんな……誰とだってお別れなんてしたくない。もし他にどうしようもない時だったとしても。
私はその時自分が本当に馬鹿な間違いを犯してしまったんだと気付かされた。
―――そんな勇気、私にはないよ。
やっぱり認めてはならなかった。あの時私はどんな手を使ってもまどかを止めなければならなかった。
そんな後悔が私をあの日悪魔にした。絶望に押し潰されるとき、その絶望を上まわる、歪んだ愛で。
この世界の理を書き換えられるほどの概念となった私はまず、神様であるまどかの人間だった時の記憶だけを切り離し、その記憶と魂をまどかの肉体に入れた。そうしてこの世界のたった一つの嘘を書き込んだ。それはまどかが海外留学をしていた、というなんとも現実的な嘘。たったその一つの嘘だけで、まどかは魔法少女となる事はない。
あとはまどかを全く魔法少女と関わりがないように悪魔の力でこの世界を歪めつつ、私の使い魔でインキュベーターと魔獣を滅ぼせばいい。魔獣がいなくなれば、魔法少女はその存在理由を失い、インキュベーターがいなくなれば魔法少女はいつか存在しなくなり、記憶のない神様は存在する意味を失う。
悪魔の力を使えば、できないことではない。この世界はすでに私の魔女結界の中のようなものなのだから。
それでもいつかはまどかと敵同士になるとは思っていた。純粋で、優しくて、強くて、正しい彼女は間違った事が嫌いだと思ったから。
だからまどかと戦う事になったとしても、それほど驚く事もしなかった。ああ、やっぱりそうなかったかと、溜息はつきたくなったけれど。ごめんなさい、と泣いて謝りたかったけれど。お願いだから自分の幸せだけを考えてと、懇願したくなったけれど。私は笑った。笑う事しかできなかった。
「……うそ、よ……!? こんなの嘘よぉ!?」
私の目の前には見滝原市がある。ただし何もかもが半分になってしまっていた。月は半分になり、まどかと一緒に見た丘も半分になり、そこに二つあったはずの椅子は、一つだけ丘と一緒に削り取られていた。
「うわぁあああああああああああああ!」
私は頭から脳髄を掻き毟るほど激しく引っ掻き回す。髪の毛が赤く染まり、ブチブチと髪が千切れ、抜け落ち、頭蓋骨にぶち当たっても、掻き毟り続け、頭蓋をがりがりと削り取る。
この世界は私の魔女結界と融合している。だからこの世界の全てを私は肌で感じることができる。そのはずなのに、まどかを感じることができないのだ。否、それでころか、世界の半分が綺麗に消え去ってしまったかのように、なくなってしまった。まるで自身の半身が消えてしまったかのような喪失感だけが残る。
「あがぁあああああああああ!」
私は狂ったように頭を掻き毟る。何にも考えたくない。まどかがこの世界から消えてしまった事なんて、考えたくもなかった。顔が温かいものに濡れていくのを感じる。それが自分の血なのか、脳髄なのか、涙なのかわからないけれど、きっと全部なのだろう。
しかし私は悪魔。概念と成り果ててしまった私に、死という安寧など訪れるはずもなかった。脳髄をいくら引っ掻き回しても痛みすら感じる事ない。こんな程度では私の存在は危険信号すら発さない。それどころかどんどん頭は冴えていき、考えたくない事が頭の中をぐるぐる回っていく。
私は呆然として、そして、周りに幾重にも重なっている一つの人形を抱きかかえる。それは腐った人形だった。まどかの肉体が崩れ、腐り果てたただの人形だった。まどかがこの世界にいなくなった時私は悪魔の力でまどかの肉体を作り上げた。いなくなってしまったなら造ればいい。そうして私はさらに狂う事になる。まどかを模した肉体は動き出す事は決してなく、ただの肉の塊は時が経つにつれ、腐っていった。それはまさにこの世界のどこにも、まどかという存在も、概念すらもなくなってしまったということだった。
その腐臭の強い肉に顔を埋める。まどか、と泣きながら許しを請うように、か細い声で呟きながら。
あの時、まどかと戦った時、その戦いでまどかを私が殺してしまったわけではない。そんなへまを私がするわけない。それならばむしろ、私がまどかに殺され、存在そのものを消し飛ばされる覚悟はあった。そのほうがいいのかもしれないとさえその時の私は思っていた。だからだろうか、どこか私はその滑稽な戦いに身が入らなかった。私がいないほうがまどかは幸せなのではないのだろうか、幸せではなくともやりたい事はできて、なりたいものにはなれるのではないだろうかとさえ思っていた。
しかし私の間違いはもうすでにこの時から始まっていたのだ。まどかの優しさを、その慈愛に満ちた、途方もない深さを私は大間抜けなことに失念していた。
気がついたのは、まどかに止めを刺されそうになった時のまどかの笑顔だった。その屈託のない純粋で、どこか悲しみの入り混じる笑顔に私は、疑問が生じた。
何かがおかしいと、疑惑が芽生えた。
そうして咄嗟にまどかの攻撃を避けながら考えた。考えたが答えは出る事はなく、私は消滅した自分の左腕を眺めながら問う。容赦なく私を消し去ろうとしている彼女にどうしても違和感を感じずにはいられないから。なぜそんな悲しみと、それに負けない強い覚悟のともった瞳をしているのかがわからなかったから。
「ま、まどか、あなた何を考えているの……?」
「ごめんね、ほむらちゃん」
私の存在を消す事への謝罪ならばいい。そんなものに謝罪の必要はない。私はそれを笑顔で受け入れる覚悟があるのだから。でも、それは本当に私を葬り去ることへの罪悪感。否、そんな事はない。そんな罪悪にまどかは苛まれてはいない。そもそもまどかはそんな自分自身を苛むような、後悔するような選択をするはずがないじゃないか。それならば一体まどかは何を考え、何に覚悟し、何をするつもりなのだろうか。
「ほむらちゃん一人に全部背負わせる事になってしまって……」
まどかのその見開いた瞳には、悲しみに負けない希望の光が輝いていた。まどかが恋焦がれたその光を見た時。
「ああああああああああああああああああ!」
私はわき目も振らず、まどかを攻撃していた。その宇宙のような深い暗黒の翼で、まどかの概念を行動不能になるまで攻撃した。しかし、その渾身の攻撃をまどかはなんでもないように幾重にも浮かび上がる魔方陣の中心に織り成される、桃色の光の矢が貫き、その矢は、私の身体の胸から下すらも消し去る。
「そ、そんな……まどか、お願いそれだけはやめて。それならば私を殺して。お願い、私を助けると思って、私を救うと思って……!」
そんな私の悲痛な懇願を聞いても、まどかは揺るぐ事なく、むしろ覚悟を強く固めて、優しく微笑む。
「ごめんね、ほむらちゃん。わたしのせいで、わたしがいたからあなたはこんなにも、酷く傷ついてしまっていたんだね」
必死に私は首を左右に振る。そんな事ないと全身で表現するように。しかしまどかはそんな私の頬を優しく撫でた後、私を包み込むように抱きしめる。
「だからあなたの罪は全てわたしが被ろう。わたしがあなたの代わりに全てを償うの。だからお願い、ほむらちゃん、どうか幸せになって。わたしはその世界に存在することはできないけれど、あなたは幸せになるの、この世界で、半分だけの世界でも」
「何言ってるの!? まどか!? あなたがいないのにどうやって幸せになれと言うの……? お願い幸せになってよまどかぁ……!」
私は滂沱の涙を流しながらまるで命乞いをするように、命辛々逃げ惑うように、自分の命を差し出す。お願いだから私を殺しつくして、それでどうにか納得して欲しい。それで妥協してあなただけでも幸せになってほしい。なりたいものになってほしい。
「てぃひひ。なんだかわたし達って、お互い全く同じことを考えながら戦ってたんだね。おかしいよね、お互いの幸せを心底願い、お互いをどうしても救いたかったはずなのに、どうして、どちらかが消えなくちゃいけないんだろうね……?」
「……嫌だよぉ。まどかがいなくなるなんて……。あなた言ったじゃない。誰ともお別れなんてしたくないって……。どうしてあなたはそんなに自分を犠牲にしようとばかりするの? どうしてあなたがそんな無理をしなくちゃいけないの? いいじゃない! それがあなたでなくとも!」
「……うん。嫌だよ。わたしもほむらちゃんと離れたくないし、別れたくもないよ。一人ぼっちになるどころか、消えてしまうなんて恐くて仕方ないよ。本当に泣いてしまいたいくらい無理をしているよ」
「だったらどうして! お願い、その恐怖も、嫌な事も全部私にちょうだい! 私はそれで幸せだから! まどかがそれで少しでも楽になれるのならそんなに嬉しい事はないから!」
「違うよほむらちゃん……? あなたをそんなにも苦しめているのがわたしだから、こうしなくっちゃいけないんだよ……?」
「わ、わからないよ……まどか……?」
まどかが涙を零しながら、懐かしむように目を細める。ここは私の結界の中のようなものだから、まどかに抱きしめられていて何にも見えないはずなのに、嫌というほどまどかのその悲しそうな顔を感じてしまう。
「規律を重んじる? 規則を破る事はいけないこと? 馬鹿だ私。そんなものが私の友達を苦しめるのなら、迷いなく潰すよ」
「ま、まどか……?」
「ねぇ、ほむらちゃん。わたしはあなたではありません。あなたもわたしではありません。それでもわたしがいなくなればあなたの世界の半身はなくなります。もしもあなたが消えてしまえばわたしの世界は半身を失います。あなたもわたしもいなくなってしまえばこの世界は消えてなくなってしまうでしょう」
まどかは涙を一滴私に落として、最後に笑った。
―――わたしって何? あなたって何? 世界って、みんなって何?
そんな言葉を残して、私は消えて、目が覚めたとき、まどかはいなくなっていた。
どれくらいこうしてしまっていただろうか。少なくともまどかの姿をした腐った人形は土となり、砂となるまでは私はただ呆然としていた。私は涙も枯れ果てる。だから私は無表情に踊る。この約束の丘で。まどかと共に過ごした半分になってしまった丘で、一人踊り狂う。
ひょっこりとインキュベーターが顔を出す。私はかまわず踊り続け、インキュベーターを何度も踏みつける。憎しみすら枯れ果てた私はただただ踏みつけ、踏みにじる。
そんな滑稽な私を夜空の星星と、半分になってしまった月が嘲笑っている。
そうしてひとしきり、終わればボロボロになったインキュベーターが転がっていた。私はそれを見ても何も思わなかった。
最後に私は左手にあるソウルジェムを元の形に戻す。魔法少女のソウルジェムのふりをしていたその形を元の頑丈そうで、無骨で醜いソウルジェムにもどして、私は崖の前に立つ。この世界の行く末なんてどうでもいい。まどかのいないせかいなんて何の価値もない。何もかも色あせたこの世界になんの興味も、未練もない。私の人生はなんの意味もない。
最後にまどかへの愛でつまった、まどかへの愛で出来上がったこのソウルジェムだけが唯一この世界に残ったまどかの証のような気がして、私はそのソウルジェムに微笑んで、最後にキスをして、一緒に崖から飛び降りた。この幾重にも続く永遠の闇をこのソウルジェムと共に墜ちる。墜ちて、墜ち続け、そうすればいつか私は壊れて、消えてしまえるだろうか、とそんな事を夢見て。
しかし一瞬の浮遊感の後、私の身体はその崖から落ちる事はなかった。誰かが私の手を掴んで、強く握り締めていたからだ。
「……何やってんだ」
掴んだ私の手が震えている。久しぶりに触れたその人肌はとても熱いと思った。何もかも失った私には、それは本当に私を燃やし尽くしてしまうのではないかと思うほどに熱すぎた。
「何をやっているんだ……暁美ほむらぁ!」
彼が何者かなんてわからない。それでも何もかもを失った私にはもう何もかもがどうでもよかった。
「……離してよ。私はもう何もかもない。私はこのまどかの愛でつまったソウルジェムと一緒にどこまでも墜ちるの。永遠に壊れて消えてなくなってしまうまで」
「何言ってんだ……なんてこと言ってんだ! ほむら! 君はあんなに大好きだったまどかを消してしまうのか! 全部なかった事にして、踏みにじって! 汚しつくし! そうして闇に葬るのか!」
この男本当に何なのだ……? なんでそんなわかった風な口を利く? この煩わしい男から最初に消し去ってしまおうか。そんなあらゆる温度を失った冷徹な思考が私を支配する中、しかし何故だか私は彼と言葉を交わす。まるで私ではない何か別のものが熱く語りかけているようだった。
「あなたこそ一体何を言っているの? もう私はしてしまったじゃない。私のせいでまどかはこの世から本当に消え去ってしまった。まどかのあらゆるものがこの世界から消滅してしまったの! あなたに一体何がわかるって言うのよ!」
途中から私は枯れ果てたと思っていた涙を滂沱の如く流し、死に果てたと思っていた感情がさらけ出されていた。
「この大馬鹿野郎が!」
名も知らない男は私を抱きしめた。
「ほむらがそんなんだから僕がきたんだろうが! お前がそんな勘違いをしているから僕がきたんだ! この世界とは何の関係もない、部外者で、異物で、バグでしかないこの僕が! 君が泣いているから! 君達が泣いているから! なんでなんだよ! ちくしょうが! なんでわかりやすいハッピーエンドじゃあ駄目なんだよ! みんなが笑って生きるそんな月並みの最後はそんなにいけない事なのか? くそが! 認めない! 絶対に認めてやらないぞ! 何もかも僕たちが叛逆してやる! 全部ひっくり返して、そして規則とルールに沿って、それでもみんなを幸せにしてやる!」
彼も同じく泣いていた。私にはあるかもわからないそんなマグマのような熱い涙を零しながら叫んだ。
「あなたはいったい……?」
「まずはほむら! お前のその間違った思考を反逆しつくす!」
「………?」
私は何もかもわからず滂沱の涙を零しながら狂ってしまったように薄く微笑む。目を見開いて、それでも彼を見ることもなく、何を言っているのか全然理解できないと言う様に。
涙を流しながら男女、否、人間と悪魔は抱き合っている。
「まどかは消えちゃいない! どこへもいっていない!」
「ふざけないで。まどかは愛していたのよ! この世界を! 魔法少女を! 人間を! 規律を! だから私が汚しつくしてしまったこの世界に絶望して消えてしまったの! 何もかもを呪うようにこの半分だけの世界を残して!」
「それが君の最大の勘違いだ!」
彼は泣き叫ぶように咆える。
「まどかは確かに全てを愛していた。その慈愛は世界の全てにむけられていた! とんでもない愛だ。凄まじいまでの善性だ。その純粋で穢れなき感情はまさに神に相応しいのだろう! でも違うんだ! そうじゃないんだ! 彼女は何も呪ってはいなかった! 最後に神では決して犯してはならない罪を犯した! それでも、それでいいんだと僕は断言する! 君は一体何を言っているんだ! 君たちを悪魔だ、神様だと祀り上げるやつらも狂っているとしか言いようがない! こんなもの、こんな儚い少女が、ただの少女以外の何ものでもない君達が、悪魔でも神様でもあるわけがないだろうがぁ!」
私は何故だか涙が止まらなかった。いつの間にか狂った微笑みはどこかに消えて、今まで感じなかった苦しみに素直に顔を苦悶に歪ませて大泣きした。こんなにもどうしようもない私を抱きしめてくれる彼。それが私はもしかしたら泣いてしまうくらいに嬉しかったのかもしれない。
「ほむら! 君はまどかを愛していた! この世界を丸ごと飲み込んでしまうくらい、深く膨大な愛を全てまどかだけに注いできた! そしてまどかはこの世界全てを君の愛と同じくらいの慈愛で包み込んできた! そんな対照的な君達がついに交差したんだ!」
私は止まらない涙を流しながら首を傾げる。
「わからないのか、ほむら! 最後にまどかは君だけを愛したんだ! その深く膨大な慈愛を君だけに注いだんだ! 君だけを愛し、君だけでも救いたいと彼女は心のそこから願った! だからまどかはこの世界を! 大好きなこの世界を半分にして君に託したんだ! 君が救われる事を心より望んで! そうして君がまどかを救い出すことを信じて! 全てを君に託したんだ! まどかは最後の最後で君だけを愛していたんだ!」
私は何がなんだかわからなかった。ただ、嗚咽と共にただ涙が零れた。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
まどかの最後の言葉が私の頭の中をぐるぐる回る。
―――ねぇ、ほむらちゃん。わたしはあなたではありません。あなたもわたしではありません。それでもわたしがいなくなればあなたの世界の半身はなくなります。もしもあなたが消えてしまえばわたしの世界は半身を失います。あなたもわたしもいなくなってしまえばこの世界は消えてなくなってしまいます。
―――わたしって何? あなたって何? みんなって、世界って何?
私は彼に抱きとめられながら頭を抱えて泣き叫んだ。私は何て事をしてしまったんだろう。
「私はいったいどうしたら! このままじゃあ私は何にもできないよ! まどかを救うことができない! この世界を、元通りにすることができない!」
「だから僕がきたんだ!」
彼は私の目を真っ直ぐ見据えて言った。何故だか彼の瞳が美しいと思った。まどかを失って何もかもが色あせた灰色の世界のなか唯一光る虹のようだと思った。
「もう一度世界を造り直すんだ! 半分のこの世界を造りかえるんだ! 神様も悪魔も存在しない、ありのままの世界でもう一度やり直すんだ! まどかと一緒に!」
「でもまどかはいない! まどかの肉体だけを生成しても何の意味もない! それは腐るただの人形でしかない!」
「だからこうするんだ!」
彼は自身の心臓をつかみ出し、握り潰した。
「ああああ、あああああ、あ、あなた一体何を、して」
鮮血が飛び散る。その豪雨のような血があたしを濡らすなか彼は微笑む。
「僕の身体はもうだめだ。だから僕の魂を生成したまどかの身体に移してくれ」
「あなた、狂ってるとしか言いようがない!」
「少女を救うためなら、僕は喜んで狂ってみせよう……ゴボォ!」
彼が血を盛大に吐き出しながら、その血に塗れた手を私の目の前に差し出して、震えた声で、狂ってしまっているかのように微笑みかけてくれる。
「さあ、取り戻しにいこう。君達はまだ何一つ失ってなんていないんだ」
それでも何故だか、私にはそれがどうしようもない救いに見えてしょうがなかった。
「だから後もう少しだけ、僕と一緒に頑張ってみないかい?」
彼のその手を私は必死に掴み取る。最後の希望に縋りつくように。
「ほむら、時間遡行をしよう」
「……なにを言っているの? 私の時間遡行はまどかを軸にしてしか発動できないわ……まどかがいないこの世界では……」
「いいからやってみな」
「…………」
まどかがもうこの世界にはいないと再確認するのが怖い……でも私は彼の手を取ってしまった。もう諦めないと、もう絶望しないとそう誓ったんだから。
「っっっ!!? なんで!! 時間遡行ができる!!!」
「ほむら、まどかは消滅なんかしていないんだよ。この宇宙を壊さず、そしてみんなが日常を取り戻せる方法を探すんだ。それができればきっとまどかとはもう一度会えるから」
「……やってみる」
時間遡行できるのは……一か月前まで。私がまどかから円環の理を奪って人間に戻した、あのまどかが転校してきたあの日まで。
「……きっとまた何度も繰り返すことになるね? 大丈夫?」
「私を舐めないで! まどかの為なら何百回でも何千回でも時を遡ってやるわよ!」
「ああ! じゃあこのクソッタレな運命に叛逆してやろうじゃないか!」
「ええ!」
一か月前に時間遡行する。目の前にはまどかが……! 私は思わず彼女を抱きしめる。
「まどか!!!!」
「やあ、ほむら! どうやら時間遡行には成功したみたいだね!」
「なんで先輩!!!?」
「……そんながっかりしたような顔しないでよ傷つくなぁ」
「だってここは確かに一か月前の世界で……」
「ちょっと裏技があってね、僕もほむらの時間遡行についていくことができるんだ。さあ一緒に探そう! この広大な並行世界になら必ずあるんだ! 僕達には考えもしない奇跡が!」
数十回の並行世界を渡り歩いたときだった。まるで夢を見ているように意識だけが別の世界に迷い込む。そこはインキュベーターがいない世界。当然魔法少女もいない。でもその世界には魔法も、魔術もあった。そして魔道元帥なる老齢の男に出会う……。
「やった! やったわ! 先輩! 私ついに見つけたわ! この宇宙を壊さず、かといって魔法少女も必要としない無限の熱エネルギーを手に入れる方法が!!」
「おお! さっすがほむら!」
「さっそく試してみるわ! 先輩は待っていて!」
「ええ! 僕はついていっちゃダメなのかい!?」
「邪魔!」
「ひどっ!!」
私は喜々として悪だくみするように六人の協力してくれそうな魔法少女を集め聖杯の儀式を行なう。
召喚されるサーヴァントは予想通りゴミクズみたいなインキュベーターの英霊ばかり。でもこれでいい。こいつらは所詮聖杯の器でしかない。重要なのはその中身。外の世界にある根源の渦。そこに満ち溢れる無限の魔力さえ手に入れば私はそれでいい!
「インキュベーターいい? 約束を反故にするようなことがあればこの宇宙を呪い殺すわよ?」
「ボク達は結んだ契約は何があっても絶対に果たすよ?」
「……そうだったわね。お前たちはずっとそうだった」
これでいい。宇宙の熱エネルギー限界まで逆輸入し、それに加えて私の全魔力とこの魂を聖杯にくべればきっと外の世界に穴を空けることができるはず。もう思い残すことはない。きっとこれでまどかは……。
『ほむらちゃんのバカ――――!!!!』
「ぐっはぁ!!!?」
私は突如現れたアルティメットまどかに顔面を思い切り殴られて吹き飛ぶ。
「まっ、まどか!!? どうしてここに!!?」
『ほむらちゃんはどうしてそうやって自分を犠牲にしようとするの!! わたしはどんなにいい世界になったってそこにほむらちゃんがいないなら意味なんかない!! ほむらちゃんがいない世界なんて生きていられないんだから!!』
「まどか……!」
『もう怒った! ほむらちゃんなんか知らない!』
「ああ! 待ってまどか!」
『ふーんだ!』
まどかは姿を眩ます。殴られた頬がジンジンと痛む。でも私は高揚と歓喜にうれし涙が止まらない。だって、まどかは本当に生きていた……今もこの世界のどこかにいるんだ。
「やあ、ほむら。どうやらまたまどかを怒らせちゃったみたいだね。なーに焦ることないさ。やっと手がかりを見つけられたのならみんなと協力していい方法を見つけよう。君には僕やまどかだけじゃない。頼りになる仲間がいっぱいいるじゃないか」
「……ええ、そうだったわね」
私は昏く微笑む。笑わずにはいられない。だってついにまどかがどこに隠れているかわかっちゃったんだもの。
「先輩……? これからのこと杏子やさやか、マミさん、なぎさと話し合いたいから、その仲直りの為の作戦会議がしたのだけれど、協力してくれるかしら?」
「うん! もちろんだよ!!」
「ありがと。それじゃあ今晩会いに行くから部屋でゆっくりしていて。少し遅れるかもしれないから、別に寝ててもいいのよ? こうベッドでリラックスして待っていて……!」
「??? うん、わかったよ???」
……ああ、今晩が楽しみだわぁ。
先輩も、そしてまどかも、私がニチャアという下卑た笑みを溢していることに気づかない。
≪続く?≫