荒野に剣と剣が衝突するような金切り音が幾度と響き渡る。何度打ち合いが続いたことだろう。私の誤算はただ一つ。
異星人の兵器に世界が蹂躙される終末の景色。人類が培ってきた文明は破壊され、少女達は熱エネルギー発生装置として機械の苗床に埋められていく。
アーチャーの戦闘・魔法技術をトレースしていくことで奴が経験したことさえ体感してしまう。
アーチャーの攻撃に耐えきれず私のクリトリスが崩壊する。間髪入れずにアーチャーの魔法を複製する。
すべての魔法少女が虫けらのように成す術なく無力化され捕縛されていく。魔法も物理もまるで効かない。円環の理となったまどか、そして悪魔も共闘するがまるで歯が立たない。
「その吐き気を催すような顔……どうやらあなたも見たようね! この先訪れる絶望を!」
またクリトリスが耐えきれず崩壊。複製しないと。
杏子やマミ達のような普通の魔法少女は機械の苗床となって希望と絶望の総転換を延々とさせられている。ソウルジェムを限界まで濁し、魔女化する寸前でソウルジェムを再構築、魂を弄って魔法少女なりたてにまで記憶を遡り、また絶望に追い込みソウルジェムを濁していく。
「どうしてあの時まどかの救済を受け入れなかったの!? あの時お前が大人しく円環の理の一部になってさえいれば異星の使徒に世界が蹂躙されることなんかなかった!」
またクリトリスが崩壊する。魔法を複製する。
円環の理を解明する為に解剖するようにまどかの魂を分解していく。まどかの悲鳴と絶叫が聞こえる度に絶望した。異星人を殺そうといくら襲い掛かっても悪魔の魔法ではまるで歯が立たない。殺意から懇願に変わるのにそう時間はかからなかった。
「そもそも暁美ほむらが魔法少女となって時を遡ってさえいなければまどかに因果が集まることなんかなかった! お前が余計なことさえしなければまどかは円環の理なんかならずに人として、魔法少女として安らかに眠ることができたのに!」
何度も懇願してもまどかの実験の肩代わりをすることすら適わなかった。あまりの無力感に間抜けで愚かな自分を憎み呪わずにはいられなかった。度重なる失敗と後悔が業火となって魂を焼き尽くすまで己の過ちを責め苛み続ける。
「お前さえ魔法少女になっていなければ! あのワルプルギスの夜の災害でまどかと一緒に死んでいれば全部丸く収まったのに!」
砕け散りそうなクリトリスでアーチャーの斬撃を受け止め鍔迫り合いをする。
「……それでも私は絶対にまどかを救うのよ!」
「そうだ、お前はまどかを救うという大義名分がある限り絶対に止まろうとしない! それが最悪の結果になるとわかっていてもまどかの為と何かを犠牲にしながら勝ち目のない賭けに乗るしかないのよ!」
アーチャーの薙ぎ払いにクリトリスが持たず砕け散る。複製が間に合わずアーチャーの斬撃を防ぎ切れない。
「そんな部の悪い博打を繰り返した結果がこの様だとどうしてわからないっ!? お前が何をしようと状況は悪くなるばかりだ! これ以上まどかを苦しめる前に潔く自害しろ! それくらいしかお前にできることはないんだよこの愚か者が!」
胸を十字に斬られ、溝内を突かれ、電流を流されたようにエビ反りになって昏倒する。脳細胞を焼き切らんばかりの大絶頂に襲われ、これはもう立ち上がれないという確信があった。精神が崩壊寸前なのだろう。走馬灯のように世界がスローモーションになる。
アーチャーの慟哭のような詰問を反芻する。奴の言い分はほとんどが正しかったけれど……どうも、何かを忘れていると思った。
地獄を見た。
機械の触手に全身を這われ磔にされる魔法少女達。透明の棺に入れられたソウルジェムが崩壊と再生を繰り返している。魔法少女達の絶叫が聞こえてきそうな地獄の光景の中に、巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか、百江なぎさの姿もある。
地獄を見た。
円環の理の中に存在する魔法少女達の魂をどうにか分離できないか、高次元のドリルやらメスで魂を切り裂かれ、悲鳴と絶叫を上げるまどか。悪魔は狂おしいほどの絶望の中まどかがゆっくりと壊されていく様を見ている事しかできない。
地獄を見た。
渾身の力を振り絞って時間遡行の魔法構築を試みる。時間と次元、並行世界、あらゆる面で異星の使徒は先を行っていて悪魔の行く手を阻んだ。魂の一片まで分解されるような激痛の中、行き止まりのこの世界線を回避できる手段がないか試行錯誤を繰り返す。
いずれ辿る地獄を見た。
度重なる実験と解剖によって見るも無残になった悪魔は、亡霊のように己の死を願い乞い続ける。早く楽になりたいからではない。過去現在未来の暁美ほむらという存在を抹消しなければ、この地獄を回避することができないのだと悟ったからだ。殺して……誰でもいい……誰か過去の私を殺して……。
気が付くと目の前には暗黒の翼を生やした魔法少女の成れの果てが立っていた。その背中は幾万幾千の失敗と後悔に打ちのめされて酷くくたびれていた。もう進むための足も羽もボロボロで一歩だって理想の未来を目指すことができそうもない。
「……あなたは、その、最後まで頑張ったわね……」
かける言葉が見つからなかったけれど、それでも情けをかけたくてどうにかそれだけを絞り出した。
「……頑張ったからなんだというの? 過程を蔑ろにして結果だけを追い求めてきた私に最悪の結果しか残されていないなら、私はなんの為に生きてきたのかわからないじゃない」
この哀れな成れの果てにこれ以上慰めの言葉をかけることができなくて、ついに口を噤んでしまう。しばらくの間沈黙が続いていたけれど、項垂れたままだった成れの果ては突然天を仰いで言った。
「……ああ、でも、なんだったかしら……思い出せない……見捨ててきた過程の中で、何か大切なものがあったような……」
最初にその地獄を見た。
そこは懐かしい故郷。スーパーセルが通り過ぎたのかビル群は無残に半壊し、無数の瓦礫の山が道路を塞いでいる。黒髪の少女が覚束ない足取りで行く手を阻む瓦礫の山をよじ登り誰かを探し求めるように先へ進んでいく。
その後ろ姿がとても懐かしくて思わず声をかける。
「待ちなさい、その先は地獄よ」
黒髪の少女は一瞬足を止めるだけで振り返りもせず溢れ出る涙を拭って先へ進んでいく。黒髪の少女にはわかっていたはずだ。その先にあるのは彼女の死体だけ。それを目の当たりにしてしまえばもう彼女が生きていられる未来に辿り着くまで歩みは止められない。
それがわかっているはずなのにどうしてあの時、私は……。
もう何度目かの半壊した町を眺める。不吉な暗雲が雷鳴を轟かせ、魔女の涙のような小雨を降らせる。この景色を見て思い出した。ああ、そうだ、私はあの子のあの言葉があったからここまでやってこられたんだ。
思い出してしまったならもうこんなところで立ち止まってなどいられない。この地獄のような袋小路のその先を目指す為に一歩を踏み出したら背後から声をかけられる。
「待ちなさい、その先は地獄よ」
私は歩みを止めるけれど決して振り返らない。口元を綻ばせながら雷鳴轟く暗雲の真下でボロボロになった二人の魔法少女を指さす。
「これが、あなたが忘れてしまったものよ」
背後の成れの果てが怪訝そうに眉根をひそめるのとそれは同時だった。
黒髪の少女は絶叫とも奇声ともつかぬ慟哭を上げ引き金を引いた。稲光のような閃光が一瞬闇を白く染め上げ、乾いた銃声が反響する。
「辛かった、悲しかった……でも、ほんの少し高揚した。だって最高に格好良くて強くて優しい大好きな友達に初めて頼ってもらえたんだもの」
もう何もかもを投げだそうとした絶望の中で、唯一与えてもらえたか細い希望。私はあの時あそこで、たった一度でもあの子に助けを求めてもらえたから何度失敗しても、挫けても、ここまでやってこられたのよ。
今度こそ未来に向かって歩んでいく。成れの果ての私はもう何も言ってこない。瓦礫をよじ登る。この瓦礫一つ一つが今まで見捨ててきた世界線なのだと気づく。いくつもの失敗した世界を踏み台にして理想の未来を目指して前進する。光り輝く一本のクリトリスが突き刺さっているのが見えてくる。頂上は暗闇に遮られてまだまだ見えてきそうもない。
「たとえその先に地獄のような絶望しか待っていないとしても」
輝くクリトリスに辿り着くと成れの果ての私が、最後に覚悟を問うように言った。
「ええ、たとえその先に一筋の希望すら残っていないとしても」
私は輝くクリトリスを掴んで覚悟を宣う。
「それでも私はまどかへの愛を謳って前に進んでいくわ」
輝くクリトリスを引き抜くと、黄金の炎が燃え上がるようにより輝いて取り巻くすべての闇を照らし尽くした。