図書室で読書をしていたらいつのまにか夕方だった。
もう時間も時間なので帰ろうかと、図書室を出たところで、体操服を教室に忘れたことに気づく。
ほとんど生徒は下校し、残っている生徒も部活やら何やらでいないため廊下は静寂に包まれていた。
オレンジに染まる廊下を一人で歩く。
と、俺の所属する二年五組の教室が見えてくる。扉の前に立っていざ手をかけると部屋の中から笑い声が聞こえてきた。
「はは、からかうなよー、そんなことないってー」
……どうやら誰かが残っているらしい。
聞こえてくるのは女の声だ。なぜこんな時間まで。
なんというかその声を聞いた時、凄くいい声だなと思った。高くもなく低くもなく、耳の中へすうっと染み渡るように頭の中に色がっていく。そんな感じの美声。
たけどその声に特に聞き覚えは無かった。
俺が転向してきて既に一ヶ月。授業などでクラスメート全員の声を聞いたことはあるしはずだからこんないい声のヤツいたら忘れないはずなんだが。
もう一つ気になることがある。会話してるはずなのに聞こえてくるのは一人分の声だけなんだ。
恐らく誰かと携帯で話しているのだろう。
誰もいない教室で電話してる時にいきなり入ったら彼女は驚かないだろうか。
まぁ最悪驚かせるのは仕方ない。けれど怖がらせてしまうかもしれない。それは極力避けたいところだ。
どうしようなぁ……電話が終わるまで待つべきか……。
いや、別に疚しいことしてるわけじゃないんだから堂々と入っていいはずだ。むしろなんの問題がある。さっさと入ってさっさと忘れ物を回収し出れば問題ない。はず。
そんな計画を立てつつ、俺はそっと扉を少しだけ開けた。
教室の中には一人での女子生徒がいた。
窓を開けて桟に腰掛けて、夕日に染まる白い足をパタパタさせながら楽しそうに話していた。
夕風になびく藍色がかった黒髪。背は高くもないし、低くもない。細身な体。やたら整った顔立ちの美少女。
名前はたしか……三日月夜空だったか。
人の名前とか顔を覚えるのが苦手で、クラスの男子はともかく女子はもっとわからない。それでも彼女のことは印象に残っていた。俺と同じ二年五組の生徒。
その三日月夜空はおいといて、今見ている光景に少し驚いている。
「あはは、だから違うって言っているだろう。というかあの先生って、」
こんなふうにまるでごく普通の女子高生みたいに明るい調子で喋っている彼女の姿を俺は見たことがなかった。
普段の三日月夜空といえば、
・いつも不機嫌そう。
・休み時間はどっかいく
・基本不機嫌
・ずっと一人
こんな感じだ。英語の先生によると1年の頃からずっとそんな調子らしい。先生も諦めたそうだ。
ほかの授業で当てられた時も今の明るい声とは別人のようなどんよりした陰気な声で淡々と正解を述べる。
「ええ~?ホントに~?あはっ、だったら嬉しいなぁ……」
普段とは全然違う彼女の顔はその……めっちゃ可愛かった。
……ホントに三日月夜空なのだろうか?実はソックリさんとか別のクラスの双子とか有り得そう。いやないか。
そんな推測をしてる時ようやく奇妙な点に気づく。
……携帯を持っていない。
教室は彼女1人、ほかの声も聞こえない。誰もいない空間を見つめ誰かがそこにいるように三日月は楽しそうに笑っている。
――夕暮れの教室で人ならざるモノと語る美少女――
ついさっき読んでたライトノベルの導入がこんな感じだ。
……これはあれですかね、偶然彼女の秘密を知った俺は即殺かまたは半ば巻き込まれるような形で幽霊だとか怪物だとかとの戦いに身を投じて行かなきゃ行けないやつだろうか。そしてそのまま様々な困難や窮地に立ち向かっていって恋心が生まれてハッピーエンドの奴だろうか。
冷静に考えてみるとそんなことはないのだが、さっきのライトノベルの高揚感がまだ残ってたのか、はたまた普段の学園生活が寂しいからそんな幻想を抱いたのか、どちらにせよ俺はワクワクしてた。
そんな感じで気を抜いてると知らず知らずのうちに扉に力がかかっていたのだろう。
ガラガラガラッ
凄く勢いよく扉を開けてしまった。
はやめに終わらせたい