セウトR-15ラインのつもりなんですが、ちょっと怖いので分割しました。
「――――
イメージするのは、常に最強の自分――――。
両手に持つは、黒と白の夫婦剣。根本的な骨子の理解が甘いと知ってから、武器そのものについて調べるようになった。するとどうだろう、一つだけ確実にわかったことがある。黒く壊れたあの俺は、きっと作り手に対する敬意なんて微塵も抱けなかったのだろう。
だってたった2月といえど、あれから大部分のアイツの記憶が抜け落ちた俺でさえ、時折、こんな効率的でないことをやって何になるという思考が過ぎる。大量の剣を見て、中身がスカスカだろうと弾丸バレットを増やせと。
だが、そういう問題じゃないという認識がどこかにある。――――俺はあいつとは別な道を選ぶと決めたのだから。だったら、まずは今見えているものを、見えているなりに極めるところから始めるべきだろう。
……まぁ、遠坂たちにバレたらきっと相当なペナルティなんだろうけど。
いや、それは別にしても、腕に巻いたこの聖骸布、思っていた以上に効果がある。解析の段階でも、アーチャーに流し込まれる以前に近い感覚で行えたのだ。投影は若干痛みが走る程度に抑えられている。この調子なら、そのうち痛みもなくなってくれるのではないだろうか。
「――――先輩」
深夜。土蔵で鍛錬している最中だっていうのに。桜は朝のように、俺にそう声をかける。
慌てて剣を隠して見上げると、桜はゆらゆらとこちらに近寄ってきた。
様子はおかしい。私服、といっても藤ねえのお古を着まわしているらしいのだけれど。この様子は……嗚呼、またあれか。
「先輩、また、私――――」
高熱にうなされている様に、足取りは不安定。転び掛けるのを、剣を手放して抱き止める。心なし、こういう突発的なことに慣れたしまった変化が、なんとも複雑だった。
桜の具合が悪い理由を、俺は知っている。
あれは、聖杯戦争が終わって一週間も経たなかったころ――――シンジに桜を預かってくれと打診された直後のこと。
イリヤも藤ねえも寝静まった折、桜は俺の部屋に来て、同じように倒れた。
普段の桜らしくないほど、艶やに見えるその様子。本人がどれほど拒否をしたのだとしても、桜は本能的に、それを拒否することが出来ない。
だから、当たり前のように、俺は指先を少し切る。
流れる血を差し出すと――――桜は口にふくみ、舌でなめる。
わずかに呑むだけで、桜の身体が落ち着き、熱のようなそれじゃない、人間的な温かみを帯びてくる。
初めての時は驚かされたけれども。流石にかれこれ二月もこうだと、勝手みたいなものがわかってくる。
最初、桜は拒否していた。泣きそうになりながら言った。
血筋の違う遠坂桜を、間桐の魔術師として仕立て上げるためには、あの老人は桜の身体を改造した。結果として、桜は恒常的に、体内の虫に魔力を――――生命力を食われている。
それにより桜は間桐の魔術回路じみたそれを体内に成す事に成功しているのだけれど。成功させられているのだけれども。結果として、魔力が足りずにこう不安定になる。
魔術師の身体――特に体液は、よく魔力が溶けている。
イリヤを血は飲めないと。呑んではいけないと。あんなか細いイリヤから血をもらおうということは、性格的に出来なかったらしく。最終的に俺の方に来るようになっていた。
こくこく、と喉が震える。
口元をわずかに拭って、桜の目はまだ、焦点が定まらず。
「――――――足りない、です」
「さ、桜? って――――」
ただ、今日はいつにも増して様子がおかしい。ふらついたままに手を伸ばし、俺の首に手を回し。
なんというか、妙な色っぽさがあった。吐息が近い。首を這う指と、月光でわずかに照らされた桜の身体。否応にでも目に飛び込んでくるその彼女は、ぐらりとバランスを崩し、動揺していた俺を押し倒す形になった。
「ば――桜、ちょっと、ま――――――」
明らかに正気じゃない桜に、言葉が出てこない。俺の作務衣を軽く脱がしてくる。指はたどたどしく、わずかにつめたい感触。また柔らかな身体に意識をとられ、体温が上がる。
突然のことで動揺しているというのはあるが、桜が前後不覚で、こんなことをしているというのに驚かされる。
「先、輩――――」
とろんとした目のままに、俺の胸の中央のあたりに頭を下ろして、舌を出し――――! って、それは流石にアウトだ。
だが突き飛ばすわけにもいかず、しかし肩を押しのけようとしても、胸元から首筋にかけて舌を這わせてくる。ぺろぺろ、と肩のあたりを舐めるころには、桜の身体が完全に俺の上におおいかぶさる状態だった。
これは、まずい。この状態はまずい。
決して「彼女だけに」己を捧げたという訳ではないはずだが、しかし、今の桜の状態はありていにいって、こっちの理性をダイレクトに刈り取りにきているというか。
悩ましげに盛らされる吐息。やがて、ぺろぺろがちゅうちゅうに変わってきている。
服の上からでもわかるくらいに張り詰めた胸元も、憂いを帯びているような顔も。知らないうちに、意識しなかったうちに充分大人のそれになっていた。
眩暈を覚える。
顔を上げた桜は、やはりぼんやりとしたまま。
「――――欲しい……、もっと、欲しいです」
ただ、それでもその顔はどこか泣いているようにも見えて。
拒まなかった俺に、彼女は迷うことなく頭を首筋に下ろし――――さっき吸っていたあたりに、牙を立てた。
「――――――――」
痛みを覚えるが、聖杯戦争の時ほどの痛みじゃない。指の時以上に、やはり桜は音をたてて、何度も何度も、ついばむように、丹念に舐めて、吸って。
音と、首のくすぐったさと、身じろぎをする桜の身体の感触に、胸の動悸が激しい。
心音が鼓膜の内側に響き、段々と身体の感覚が「別な意味で」薄れていく。
ただ――――――それでも、理性を失うようなことはない。
あの星の煌きを目指し、歩むと誓った俺なのだから。
「すみません、先輩……」
しばらく血を吸って、正気を取り戻した桜は、頬を赤らめながらも落ち込んでいた。
いいって、と笑い掛けても、桜の表情は浮かない。
「前は、押さえられていたんですけど、でも……」
「やっぱり、一度暴走したのが原因か?」
「そっちはもう、大丈夫なんですけど……、いえ、根源的には一緒なんですけど……。
こんなのだと、姉さんに嫌われてしまいますよね」
「なんでさ?」
「……魔術は基本的に、用途を定めないものでしょ? 何をもって何を成すか、というところまでは限定されていない。
けど間桐の魔術は違います。これは、最初から”他人から奪う”ことに限定されてるんです。他人の痛みしか糧にせず、喜びを還元する教えがない」
「……桜、それは――――」
「――――先輩。わたし、処女じゃないんですよ?
小さい頃、貰われた先で襲われて、初体験なんてとっくに終わってるんです」
「――――」
二の句が告げなかった。
嗚呼、そういえば言っていたか。魔術師から生命力さえもらえれば、手段は本来なんでも良いのだと。俺の血液だってその手段の一つなんだから、他者から奪うという思想が根底にある以上、その流れも必然なのか。
ただ、その話を妙に遠くから、冷静に眺めている自分がいる。
「そのあとも、それだけじゃなくて、それからずっと、よくわからないものに体を触られてきました。よくわからないものが、今も、私の身体の中にいるんです」
「……」
「でも、そうしないと生きられなかった。私は、後継者になれなければ元から消えていた存在でした」
俺の胸元にのの字を書いて、桜は寂しげに微笑む。
「あ、でも、そんな顔しないでください。教えは厳しかったし、決して愉快なものではなかったけれど、先輩が思ってるほど辛いものではなかったですから。
それに……、辛さで言ったら、先輩には適いません」
「俺?」
「今でこそ、まっとうな修練になっているけれど……、以前の先輩がどんな修練をしていたか、見ちゃったこと、あるんです」
「それは、また……。あー、その、見た感想とか、どうかな。
いやその、親父以外で初めてあの鍛錬を見てもらったっていう感じだし、ちょっと気になるっていうか」
桜は満面の笑みを浮かべた。……苦笑いだった。
「えーっと……」
「……何、それは、赤ということでいらっしゃいますでしょうか?」
「あはは、それなら、姉さんのイメージカラー並といえるでしょうねー」
真紅。真っ赤か。まいったぞ、姉貴に似ていないようで充分姉妹じゃないか、桜や。
「けれど、わたし、一度しか見てないんです。怖くて怖くて、もう見てられなかった」
「怖くて?」
「何度も何度も止めなくっちゃって思ってました。
先輩の鍛錬は……、自分で自分の喉に剣を刺しているような。そう言えるくらい、危険なものでした。
魔術は体に覚えさせるもの。……決して、毎回、そのためだけに回路を発現させるものじゃありません」
「……そりゃ、そうだな。遠坂からスイッチを入れるって教わるまで、そういう考えはなかったな……」
なんとなく、おぼろげだけれど理解はできる。切嗣が何故そんな無茶苦茶なことを俺に教え込んだのか。
きっと俺は、あれから生き延びて居なければ、その痛みで投げ出したはずだ。投げ出さずに続けたのだとしても、聖杯戦争が起こらなければきっと、ずっとそれだけを続けていて。
そうすれば、どうあがいても魔術師らしい魔術師にはなれない。
俺が魔術師になることに反対していた親父らしいといえば親父らしい。
自分を殺すようなそれを毎晩、誰のためでもなく行い続けた。頑なに、ずっと一人きりで。
善悪どちらだろうと、一度心に誓ったことは最後まで守り通す。
「だから、私や姉さんなんかより、先輩は強いんです。それは魔術回路でも魔術特性でもなくて、心の在り方が純粋だから。
そんなの、実は出会った時からわかってたんですよ?」
「ぁ――――その、」
そんな顔でしんみり言われたら、反論とかが出てこない。照れながらなんていい返したのかわからないけど、桜は嬉しそうに微笑んで、まっすぐ俺を見つめている。
「ですから、先輩――――」
土蔵からの去り際。
「私がもし悪い子になったら――――先輩が、止めてください」
その言葉を、少しだけ寂しそうに言った。