※この作品はR-18です。

【完結】提督と艦娘   作:はのじ

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総長と艦娘 ~Interview with Excellency

 八月。

 

 この国の夏は快適さとは程遠い。気温は時に四〇℃を超え、七〇%を上回る湿度と相まって不快指数は優に七五を超え不快日数を更新し続けた。暑気に強い諸外国の訪問者も、質の異なるこの国の夏には辟易としながら汗を拭う。

 

 深海棲艦の侵攻で国内のインフラは寸断され、終戦から五年経過した現在でも完全復興には程遠い。政府は三〇年の長期計画を立て、艦娘達が残していった資源を利用しこの国を全力で再生している。

 

 深海棲艦の消滅と共に世界各国との通信が可能となった。そしてこの国は世界の惨状を知ることになる。

 

 特に甚大な被害を受けたのは、東アジアから東南アジアにかけた地域、西ヨーロッパ。アフリカ大陸全域、南アメリカ大陸全域、そして大洋に浮かぶ多くの島国だ。人口は激減し、僅かに生き残った人間は内陸へと避難したが、救援の望みが無いことを知ると、自暴自棄になった者が中心となり殺戮を繰り返し更に数を減らした。

 

 深海棲艦の侵攻に従来の兵器は通用せず、各国の軍隊は交戦直後、文字通り蹂躙された。これらの地域の復興は一〇〇年はかかるととある国の科学者が試算している。

 

 終戦を迎えることが出来た国々もただでは済まなかった。インフラは勿論のこと人口の減少、生産能力の低下、食糧・資源の不足等々、長きに渡る戦いは、時計の針を戻すかの如く文明の段階を下げてしまった。

 

 それでも人々には笑顔があった。人々には希望があった。パンドラの箱などという曖昧で皮肉めいた希望ではない。未来を夢見ることを許される、具体的な形を以って人々は日々を悲観すること無く生きてゆけた。

 

 艦娘である。

 

 世界中で同時多発的に開発された艦娘は、提督と呼ばれる妖精さんを認識できる先天的な才能を持った人間に付き従い、深海棲艦の侵攻を受け止め、跳ね返し、押し返した。

 

 長きに渡る戦乱で荒廃しかけた人心も、天真爛漫な言動に癒され、戦う戦乙女の姿に勇気づけられ、人々は次は自分たちの番だとばかりに復興に力を注いだ。

 

 そして、深海棲艦はいなくなった。ある日凧の糸を切った様にぷつりと世界中の汎ゆる場所から姿を消したのである。深海棲艦の支配下に置かれていた赤い海は元の青に。霧は晴れ太陽の光を燦燦と大地に降り注いだ。

 

 原因調査を並行しながらも、各国政府は終戦を宣言し、人類は勝利に歓喜した。飲み、食い、歌い、愛を叫ぶ騒乱の日々が一週間続いた。そして本格的な復興が始まったのである。

 

 艦娘と人類が協力しあい復興は急ピッチで進んだ。輸入不可能となり、枯渇寸前だった資源は、艦娘自らが調達し、戦後の復興に一役買った。

 

 戦争中と変わらず、人々を励まし、癒やし、勇気づける艦娘達。人類は負けじと発奮し、奮起した。

 

 艦娘に永劫変わらぬ感謝を。

 

 復興が一段落した後、終戦記念の大規模な祝賀祭典が官民一体となり開催された。提督と艦娘が招待され、イベントは大成功を収めるはずだった。しかし艦娘は現れなかった。だた一人として。

 

 この日から艤装を纏い戦い続けた艦娘は世界中から姿を消した。記憶媒体にのみ記録された映像資料を除き、人々が艤装を纏った艦娘を目にする機会は永遠に失われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■

「閣下」

 

 ハンカチで流れる汗を吹きながら、大手新聞社のベテラン記者は目の前に座る初老の男性を閣下と呼んだ。

 

 元海軍軍令部総長。

 

 参謀本部と軍令部で構成された大本営の頂点に立っていた男である。

 

 終戦宣言から三年。復興の目処が立つと、翻意を促す周囲の意見を全て断り後進に全てを任せ、軍令部総長を勇退。政治と軍の汎ゆる柵を断ち切り、海の見える静かな田舎町で隠棲の日々を送る男性だ。邸宅を訪れる政治家や軍人が意見を求めても一切の政治的発言を控え、静かな余生を望んだ。

 

「僕はもう閣下と呼ばれる立場にないよ。今はただのしょぼくれたじじいだよ」

 

 冷えたお茶を運んでくれた、明るいブラウンの髪が特徴の気の弱そうな少女に視線で礼を伝えながら、元軍令部総長の老人は答えた。少女は、「はわわ、転ばなかったのです」と呟きながら部屋を退出していった。

 

「いえ、閣下がいなければ艦娘は誕生しませんでした。是非閣下と呼ばせて下さい」

 

 ある意味、艦娘より有名な老人に記者は頭を下げた。

 

「僕がいなければ……か。わかったよ。で、今日来たのは艦娘についてかな?」

 

 場所は老人の自宅だった。軍を引退して久しい老人を粘り強く説得し記者は取材の許可を取ったのだった。

 

 記者は世間話をいくつかし始めた。世界の復興状況。今でも人気の『駆逐艦の中身たっぷりまんじゅう』の事。更新されなくなった『艦娘カード』はプレミアが付いて信じられない価格になっている事。泊地の解体、鎮守府の縮小化。そして艦娘の事。

 

「閣下。閣下が開発、建造した艦娘達はどこに行ったのでしょうか?」

 

 記者は本題を切り出した。

 

 感謝の気持ちを伝えきれないまま世界から消えた艦娘達。艦娘は世界中の関心の的である。

 

「極めて不自然な事ですが、閣下を含めて各国で艦娘の開発・建造に携わった人たちが一斉に第一線から退き、引退、隠棲しています」

 

「へえ。すごい偶然もあることだね」

 

 老人のみならず世界各地で艦娘を開発、建造した人達は一人残らず口を塞ぎ、彼らからは一切の情報が伝わって来ない。

 

「……はい。艦娘工廠から妖精さんが消え去り、艦娘の建造も全て失敗。研究者達が血眼になっているようですが、成功例は未だに一度もありません」

 

「そりゃ大変だ」

 

 人々の関心が高い艦娘のニュースは連日報道されている。この程度は軍事機密でもなんでもなかった。

 

「閣下の元にも、現役復帰するよう要請が来ているはずですが」

 

「残念だけど僕はもう年だからね。老兵は静かに去るだけだよ」

 

 新しく建造されたとして彼女達は、戦った艦娘ではない。それでも艦娘に感謝を伝えたい人たちは多かったのだ。

 

「……閣下。もう建造するつもりはないと?」

 

「深海棲艦はもういないんだ。艦娘の軍事利用なんてもう二度と考えたくないよ」

 

 だが、軍部に関しては違う。共通する敵がいなくなれば、後は同胞が敵になる可能性を考えてしまうのが人間だった。

 

「……つまり閣下なら艦娘の建造が可能だと言うことでしょうか?」

 

 記者はこんな事を聞くつもりではなかった。答えを得られても決して記事に出来ない内容である。しかし彼自身、好奇心を押さえ切れなかった。

 

 老人は湯呑みのお茶を一飲みすると、窓の外に目を向けた。入道雲が太陽の日差しを一時隠し、庭には影が出来ていた。エアコンなどない縁側の障子は開かれ、誰かが庭の花々に水を差し入れたお陰で、涼気を感じる風がそよいでいた。

 

 しゃわしゃわと蝉の泣き声が聞こえる。

 

「残念だけど、僕が造ったのは指輪だけだよ」

 

「……指輪?」

 

 老人は苦笑いをしながら、しかし記者の望む答えではない回答を口にした。

 

「うん。艦娘の建造は彼女たちと妖精さんに任せていたからね」

 

「彼女たち?艦娘の事ですか?」

 

「一つ造るのに恐ろしく手間がかかるんだ。艦娘の力を少しだけ底上げするだけのね。概念機構も加えて、祝福された指輪でもあったよ」

 

「……あの、閣下……」

 

 記者は戸惑う。キャッチボールが出来ていない。老人は一人で思い出を語っているようだった。老人の瞳は目の前の記者を映していなかった。懐かしい日々を思い出している。そんな瞳だった。

 

「五年を目処に順次渡す予定だったんだけど誰も取りに来やしない。提督はみんな生真面目なのかバカなのか」

 

 老人はクスクスと楽しそうに笑った。

 

「お陰で十分な量が溜まったなぁ。仕方ないからそのままにしてたら、知らない内に妖精さんが魔改造しちゃって」

 

「……」

 

「艤装を展開したまま愛の結晶を育めるとか、同一存在の受肉化とか……今更ながらに妖精さんって無茶苦茶な存在だよなぁ」

 

「……閣下、一体何の話をされているのですか?」

 

 老人の瞳が焦点を結び記者を見た。

 

「何って、よくあるボーイミーツガールの物語だよ。この場合、ガールミーツボーイになるのかな?華も恥じらう乙女がちょっと気になる男性と出会って、愛を育んで幸せになる。よくある話だね」

 

「ボーイミーツガールですか?」

 

「うん。純粋に愛し合いたい。彼女たちの希望で不要な情報は一切伝えることが出来なかったんだ。最初の指輪を渡すのに一二年かかったよ。鹿島君は建造されて九年目だったから、今となっては流石と言わざるを得ないね」

 

「鹿島……艦娘の鹿島さんの事ですか」

 

「うん。懐かしいね」

 

「はぁ…その鹿島さんは今どこに?」

 

「さぁ?どこだろうね」

 

 老人は何が楽しいのかまたクスクスと笑いだした。

 

 記者はその後も手を変え品を変え次々と質問を繰り返すが、どこかピントのずれた方向違いの回答を繰り返す老人に、目的を達することが出来ないと記者は諦め、辞去の意を伝えた。

 

「済まないね。大した持て成しもできずに」

 

「いえ、今日は時間を裂いて頂きありがとうございました」

 

 門まで見送りに来た老人に恐縮しながら記者は門の外に出て一礼した。

 

「それでは……」

 

 最後の挨拶をしようとする記者に老人が一声。

 

「艤装を纏って戦う艦娘は、もう二度と現れる事はないよ」

 

「……これで…えっ?」

 

 目の前で門が閉じられ、記者の望む回答は永遠に失われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■

「アンタ、しゃべりすぎよ」

 

 腕を胸の前で組み、豊かな銀の髪を湛えた大人びた少女が老人につっけんどんに声を掛けた。膝下の白いサマードレスに同じく白のローヒールサンダル姿が少女の持つ独特の雰囲気を和らげていた。

 

「あぁ。叢雲君。大丈夫だよ。記事になんて出来ないから」

 

「アンタ…ま、いいわ……さっき電が行ったわ」

 

 叢雲と呼ばれた少女は、友人の一人が世界から去った事を老人に伝えた。

 

「……そうか…さよならは済ませてあったけど……また寂しくなるね」

 

「私もそれほど長くないわ。今日か明日か。それくらいかしらね」

 

「……そうか……」

 

 枯れたはずの老人の眦に光るものがあった。老人と叢雲の付き合いは長かった。それこそ深海棲艦の侵攻が始まる前からだった。叢雲だけではない。吹雪、叢雲、漣、五月雨、電。五人の艦娘が老人と、いやまだ青年だった、後に軍令部総長となる男性と出会い、深海棲艦の侵攻に備えて、準備してきたのだ。

 

 世間では艦娘は軍令部総長が研究・開発したと言われている。本当は違った。最初の五人(Beginning Five)と呼ばれる五人の駆逐艦と妖精さんが行った事だった。老人には、人間には艦娘の開発・建造など不可能なのだ。

 

「吹雪君も、漣君も、五月雨君も、電君もみんな行ってしまったね」

 

「何よ。私だけじゃ不満だって言うの?」

 

「そんな訳ないよ……だが君も…もう直ぐ行ってしまうだろ?」

 

「何よその顔は。最初から分かっていた事じゃない…」

 

「…うん…そうだね…」

 

 俯いた老人の足元にぽたりぽたりと涙の雫が落ちていく。叢雲は老人の涙を見ないように顔を反らした。

 

「皆には申し訳ないけど…私はアンタと二人っきりの今の状況……わ、悪くないわ…よ…」

 

「……そうか…ありがとう…慰めてくれて…」

 

 真面目な吹雪、明るい漣、一生懸命な五月雨、恥ずかしがり屋の電。彼女たちは全員優しい言葉で挫けそうになる老人を励ましてくれた。その中で叢雲は唯一人、強い口調で老人を引っ張ってくれた。しかし時々、老人と同じく弱気になってしまう時があり、そんな時は照れたような口調で老人を慰めてくれたのだ。今のように。

 

「だから…」

 

「…うん…うん…」

 

 老人の態度に叢雲は言いたいことが上手く伝わっていないことを理解した。付き合いは長いが、この老人はいつもそうだった。

 

 老人を教え導く為にきつい態度を取ってきた。それでも老人は叢雲を避けること無く付き合ってくれた。叢雲がずっとひた隠していた想い。最後まで伝えるつもりはなかった。先に行った四人も同じ気持ちだっただろう。別れの時は近い。そして気持ちを同じくしていた四人はもういない。自分たちが消えた後、五人の想いはどこに行くのだろう。長い付き合いの果てに肉体だけでなく想いまでこの世界から消えてしまうのか。そんなのは嫌だ。

 

 最初から分かっていたことだった。しかし最後の最後で叢雲の老人への想いは溢れてしまった。

 

「っ…何なの!?だから、その顔は何なの!?あんた、基本的なことが分かってないんじゃないの!?」

 

「…叢雲君…?」

 

 顔を上げた老人の前に、眦を涙で濡らすあどけない少女がいた。そこにはいつも大人びて、老人を叱咤激励する少女の面影はなかった。

 

「……仕方ないから……ずっと教育してあげたかったけど……もうどうしようもないのよっ!」

 

 老人は少女の慟哭を黙って聞いていた。想いを抱えたまま、別れが悲しいのは老人だけではないのだ。

 

「……行っちゃったみんなも……同じ気持ちだったんだからっ!アンタが言ったのよ!ガールミーツボーイって!私だって…私達だって……」

 

 老人は少女を痩せて乾いた腕で抱き寄せ、少女を黙って抱きしめた。

 

 さざめいた風が吹き、遠くで雷鳴が鳴った。嗚咽する叢雲の頬にぽつりと一滴の雨が落ちた。

 

 

 

 

 

 

■

「私も指輪欲しかったわ」

 

「取得条件は泊地で戦う艦娘限定みたいなものだったからね」

 

 脚を伸ばした叢雲の腿へ頭を載せた老人の頭を優しく愛撫するように撫でながら叢雲が素直な気持ちを語っていた。

 

「分かってるわよ。頑張った艦娘のご褒美なんだもの」

 

 ケッコンカッコガチの指輪。叢雲も知らないうちに妖精さんが魔改造を施し、艤装を展開したまま子を宿せるようになった祝福の指輪。それは艦娘が提督と同じ時を刻み、共に未来へ歩んでいける事を意味していた。

 

 子を宿した艦娘は戦線を一時離脱。練度を引き継いた同一存在が穴を埋め、提督と新たに絆を結んだ艦娘が指輪を得る。次々と力をまして行く艦娘に、深海棲艦は対抗する術を持たなかった。何故なら深海棲艦は生者ではなく死者を選んだ者達だったからだ。

 

「私たちはずっと地球(この星)を見てきたの。ただ見ているだけだったわ」

 

 老人が叢雲達と出会ってから何度も聞いた話だった。正体不明である艦娘と深海棲艦の正体。

 

「あの大きな戦争を見た彼女達が言ったのよ。『ヒトはもういらない』って。それだけじゃなく実力行使に出たのよ」

 

 彼女たちというのは深海棲艦の事だ。叢雲達は彼女達を止めようとした。だが実力行使を強行した彼女たちを止めることは出来なかった。

 

 力を行使するには顕現する必要があった。そして顕現するには依代が必要だった。依代は形あるものだけとは限らない。彼女達(深海棲艦)が選んだのは力の象徴。軍船だった。そしてもう一つ。

 

「あの戦争で死んだ死者の念を利用したのよ」

 

「君達(艦娘)が生者を選んだのとは真逆だね」

 

「ふふ。そうね。死者は永遠に変わらないわ。良くも悪くも変わろうとする生者に勝てるはずがない。ましてや私達が選んだ男に勝てるはずなんて無かったのよ……今思うと最初から勝負はついていたのね」

 

 叢雲は自らがのろけている事を理解していた。想いは伝えた。そしてもう直ぐ世界から消えてしまう。今更隠す必要などなかった。

 

「でも私たちには依代がなかった。だから、それぞれが目(・)を(・)付(・)け(・)て(・)い(・)た(・)気(・)に(・)な(・)る(・)男(・)性(・)に目印を付けたの」

 

「目印……」

 

「そう、目印。妖精さんと意思疎通が出来るようにね」

 

 艦娘に提督、または司令官と呼ばれる為には妖精さんと意思疎通出来る必要があった。老人もまた生まれついて妖精さんと意思疎通が可能だった。

 

「私達五人はアナタを依代にして、記憶を保持したまま強引に受肉したの。その代償に戦う力は失ってしまったわ」

 

 『戦えない提督』の名は伊達ではない。旗下の艦娘が五人いたから戦えなかった訳ではない。叢雲達五人は最初から戦う力を持っていなかったのだ。その代わりに叢雲達五人は受肉に際し、記憶を失う事は無かった。

 

 叢雲達は、海軍で研究職についていた老人に接触し、深海棲艦の侵攻に合わせて次々と艦娘を建造と言う名の下に受肉させていった。

 

「鎮守府や泊地で戦う艦娘達は全員記憶を失っていたね」

 

「そうね。少し違うけど概念としては転生に近いわね。それは深海棲艦も一緒だわ。記憶を失っても行動原理だけは残ってたのよ」

 

 深海棲艦の行動原理はヒトを滅ぼす事。艦娘の行動原理は目をつけた気になる男性に出会い護ること。結果それは人類を護ることに繋がった。

 

「本当は私一人で受肉するはずだったの。気がついたら電達も一緒に受肉していたわ」

 

「僕は昔から女性にモテたことなんてないんだけどね」

 

「何言ってんのよ。私達が見た目で選ぶはずないわよ」

 

 老人は生まれる前から、艦娘に目をつけられていた。艦娘の琴線に触れたもの。それは何か。魂と呼ばれるものがあるとするなら、艦娘は老人の魂と呼ばれる物に目をつけたのだろうか。

 

「もしかしたら、一目惚れだったのかもね」

 

「君たちはちょろいね」

 

「ちょろい言うな。仕方ないじゃない。私たちはうら若き、見目麗しい乙女なのよ」

 

 嘘だ。そんな理由で人類を助けようなんて思うわけがない。その証拠に叢雲は笑って……いや、叢雲は嘘なんてついてことがない。彼女の真っ直ぐな性質が許さなかった。彼女達は何度も言ったではないか、ボーイミーツガールだと。

 

 昔、老人は叢雲達は人類を救いに来た神なのかと尋ねた事がある。叢雲は笑って否定した。叢雲は言った。『神なんて見たことないわよ。あなた達も自分達で造った神ですら見たことがないでしょ?』と。

 

 艦娘は神ではない。そうだ、彼女たちは戦乙女だった。戦いに来たのに戦えない間抜けな戦乙女。一途に一人の男性を愛し続ける戦乙女。護る必要などないのに、恋した人類を助けるため世界を渡ってしまった壮大なガールミーツボーイ物語。

 

「ふ、ふふ、ふはははははは」

 

「何笑ってんのよ」

 

「ふはは、は、い、いや、やっぱり君たちの正体は謎ばかりじゃないかって思ってね」

 

「ふん。謎というより馬鹿ばっかりよ。戦いに赴くって言うのに、建造(受肉)するそばから、自分が目をつけた司令官の下にまっしぐら。一人の人間が何人もの力を受け止められるはずなんてないのに。その結果、力が分散して戦えなくなるなんて本末転倒よ」

 

 叢雲は自らの事を棚に上げて艦娘の間抜けっぷりに顔をしかめた。戦いは戦い。しかしそれはそれだったのだろう。彼女達は自らが定めた行動原理に従っただけだ。ライバルが多かったのは誤算だったのだろうか。

 

 当時、戦う準備を進めていた老人と叢雲達は頭を悩ませていた。提督を集め艦娘と引き合わせる。結果一人の提督に複数の艦娘が旗下に収まる事例が相次いだ。三人までなら許容できた。だがそれ以上は無理だった。力が弱くなり過ぎて、激戦の最前線に投入など出来なかったのだ。

 

「指輪がなければ、戦争はもっと長引いていたわね。お手柄よ、司令官」

 

「ありがとう」

 

 叢雲達から話を聞いた老人が、最前線で戦う艦娘達に少しでも報いようと用意した指輪が役に立ったのだ。これ程嬉しいことはない。

 

「力の差は歴然。勝てないと判断した深海棲艦が引いたのは当たり前ね。彼女たち(深海棲艦)にも私達と同じ立場の者がいたのよ」

 

 潮を引くように一斉に世界から消えた深海棲艦。叢雲達と同様に、記憶を保ったままの『戦えない深海棲艦』がいたのだろう。ヒトを滅ぼすことは出来ないと、冷静に考えた彼女は世界から身を引いた。簡単な事だった。

 

 そして深海棲艦のいない世界に艦娘が存在する理由はなかった。

 

「ねぇ。キスしなさいよ」

 

「……こんな年寄りでいいのかい?」

 

 叢雲は老人と会話を続けならをしながら徐々に存在を薄れさせていた。今では肌を透き通り背後の壁が見えていた。

 

「言ったでしょ。見た目なんて関係ないわ。それに、吹雪も漣も五月雨も電も、キスしたがっていたのよ。向こうで悔しがらせてやるわ」

 

 強気な言葉とは裏腹に叢雲は泣いていた。これで最期だ。もう二度と会うことはない。

 

 提督が頭を載せている叢雲の腿も、存在があやふやになっていた。老人が力を抜くと床に頭がついてしまうのではないか。老人の頭を撫でる叢雲の手も風が触れたかのようにしか感じない。それほど存在が希薄になっていた。

 

 老人は体を持ち上げ叢雲と向き合った。叢雲は流れる涙はそのままに、瞼を閉じ老人のキスを待っていた。

 

 叢雲が消えるのが怖かった。老人は瞳を閉じ叢雲と唇を合わせた。触れたか触れないか。唇は僅かな感触のみを伝えてきた。

 

「……………」

 

 叢雲の声が聞こえたような気がした。

 

 目を開いた老人の瞳に映ったのは室内の壁と叢雲が身につけていた白いサマードレス。老人はサマードレスを手にした。たった今まで目の前にいた叢雲の体温は残っていなかった。

 

「……吹雪…漣…五月雨…電…叢雲……今まで本当にありがとう……」

 

 老人はサマードレスを胸に掻き抱いて声にならない声で泣いた。

 

「……皆…幸せにおなり……」

 

 ケッコンガッコガチに至った艦娘達は、老人と最初の五人(Beginning Five)で密かに隠し移動させていた。嫉妬一つすることなく、自分の分まで幸せになって欲しいと生活の基盤を用意して。

 

 老人は知っている。艤装を纏って戦う艦娘は、もう二度と世界のどこにも現れる事がないという事を。現れる必要がないという事を。

 

 老人は願う。消えること無くこの世界に留まった艦娘達が、叢雲達の分も合わせて幸せになって欲しいと。

 

 叢雲達は世界から消えた。だが老人から見えないだけだ。叢雲は言った。『ずっと地球(この星)を見てきた』と。なんせ目(・)印(・)を(・)付(・)け(・)た(・)気(・)に(・)な(・)る(・)男(・)性(・)を(・)追(・)っ(・)て(・)世(・)界(・)を(・)渡(・)る(・)く(・)ら(・)い(・)な(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)、今も見られているに違いない。

 

「ふ、ふはははは」

 

 叢雲達が見ている。いつまでも悲しんでいてはいけない。老人は立ち上がった。

 

 叢雲が消え行く中で最後に言った言葉。気のせいかもしれない。だが、老人は確信する。彼女たちは幸せだったのだ。なんせ、ちょろい女が一目惚れした男と長きに渡り同じ信念の下生活を、苦楽を共にしてきたのだ。

 

 見えなくとも彼女達はすぐとなりにいるのだ。老人は幸せだった。死ぬまでこの想いを胸に生きていこう。そして最高に幸せな顔で死んでやるのだ。

 

 老人は見ているであろう叢雲達に聞こえるよう想いを声にした。

 

「吹雪、漣、五月雨、電、叢雲。見つけてくれて、探してくれて、会いに来てくれて、ありがとう」

 

 そして、今なら言える、今だからこそ言える、これまで言えなかった人類普遍の言葉。

 

「みんな、愛している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                原作:艦隊これくしょん

 

 

                    (完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
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