※この作品はR-18です。

【完結】提督と艦娘   作:はのじ

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陽炎型 乙改記念。


EX 司令と不知火

「たまには誰もいないところでゆっくりするのもいいだろ?」

 

 司令は砂浜に広げたレジャーシートに体を横たえた。天頂には夏の太陽がじりじりと二人を照らしていた。

 

 二人。司令と不知火だ。

 

 不知火はバッグから取り出したビーチパラソルを広げ、レジャーシートに寝転がった司令に日が当たらぬよう砂浜深くに突き立てた。

 

「な、なぁ不知火」

 

 パラソルを安定させるべく適度な深度を探っている不知火に司令が声をかけた。その探るような声色に不知火が反応する。

 

「なんでしょうか。不知火に何か落ち度でも?」

 

 振り返った不知火の鋭い眼光が司令を捉えた。

 

 完璧にパラソルを設置した不知火に落ち度はない。傘の影に護られ司令の体感温度は数度下がった。不知火に睨まれ司令の心の温度も数度下がった。

 

 影に入ったといっても夏の気温は肌から汗を吹き出させる。その汗とは違う別種の汗が司令の額から流れた。

 

「し、不知火も休んで少しゆっくりしないか?」

 

「いえ。泊地の勢力圏下にある島とは言え何が起こるかわかりません。このまま護衛の任に就きます」

 

 司令の提案はにべもなく断られた。

 

「あ、そう……」

 

 不知火は司令旗下の艦娘だ。司令一人、艦娘一人。珍しくもない組み合わせだ。鎮守府で一年の訓練期間を経て、十分な練度に達した後に泊地に異動。それから二年。鎮守府とは比べ物にならない激戦を幾度も経験した。慣れぬ環境の中、二人はそれぞれ先任の司令や艦娘の助言を受け、今では新任の司令と艦娘の指導を行うほどまでに成長した。

 

 激戦を繰り返し二人の絆は深まった。司令は不知火を、不知火は司令を信頼するに至ったと司令は確信している……但し戦闘に関してだが。

 

 建造されてから三年。陽炎型二番艦の駆逐艦である不知火は優秀だ。勿論、艦娘は総じて優秀だが、旗下唯一の艦娘という司令のバイアスのかかったフィルターを通さずとも、不知火という艦娘は司令の自慢だった。

 

 戦闘では飛び交う砲弾、魚雷を恐れることなく深海棲艦に肉薄、至近距離での雷撃戦は重巡洋艦すら轟沈せしめた。夜戦では戦艦に匹敵、時には凌駕する攻撃で何隻も大物(戦艦)を轟沈している。総合の戦果では先任の艦娘には遠く及ばないが、月間MVPを何度も獲得している事から彼女の優秀さが伺える。

 

 秘書艦としても優秀だ。確かな戦闘指揮を発揮する司令だが書類仕事は苦手だった。その仕事を卒なく補助してくれる不知火に司令は頭が上がらない。なにせ戦闘からの帰投後も秘書艦として仕事をしようとするのだから。流石に被弾した時は命令(・・)として休ませていはいたが。

 

 優秀な司令と艦娘。確かな絆。何も問題は無いように思える。しかし司令には一つ悩みがあった。

 

 三年の付き合いになるにも関わらず不知火が出会った当初から態度が変わらず、余所余所しいように思うのだ。

 

 尊敬はお互いにしている。言動も丁寧だ。仕事も完璧。戦闘も文句のつけようがない。

 

 司令は顔を上げて、夏の太陽にも汗一つかかない不知火の顔を見た。

 

 桃色混じりのヴァイオレットのセミロングの髪を飾り付きのリボンでポニーテールに纏めている。瞳は透き通るような空色。駆逐艦らしく体は小さく一見幼く見えるが、鋭い眼光と凛とした態度で大人びて見える。司令もふとした時に年上だと勘違いしそうな程だが、艦歴を含めてしまえば歳上なのかもしれなかった。艦娘に容姿年齢は関係無いことなどこの三年の付き合いで嫌という程理解していた。

 

 兵装艤装は展開せず装甲艤装のみの不知火は油断なく周囲を警戒している。

 

「……不知火の顔に何か?」

 

 周囲を警戒していても司令の動きは把握しているのだろう。視線に敏感なのかもしれない。ある意味無表情な顔をくるりと向け不知火が問いかけてくる。

 

「いや……なんでもない……」

 

「そうですか。警戒を続けます」

 

 これである。素っ気ない態度と口調。

 

 艦娘の個性は建造された時から決まっている。この態度も不知火の個性だとは理解している。否定する事も矯正するつもりもない。

 

 軍務中は司令も気にしない。当たり前だ。お互い軍に属する者なのだから。不知火の命を預かっている司令も軍務中は似たようなものだ。しかしちょっとした休憩やプライベートではもう少し砕けた態度になってくれてもいいのではないか。お互いの信頼は揺るぎないものなのだから。

 

 別にプライベートを縛ろう等とは司令も考えていない。ただ数少ない休日も護衛と称して司令の側を離れようとしないのだ。それは夜間の警備も含まれていた。

 

 艦娘は人間と違い簡単には疲労しない。しないがそれは肉体面のみだ。ある意味人間より感受性の高い艦娘の心が疲れないはずがない。

 

 心身ともに万全のコンディションを整えるために、休日くらいは側を離れてゆっくりと休んで欲しいと伝えても、疲れは取れてますので、と不知火は了承しなかった。

 

ならばと執務室に繋がった私室で一日待機すると伝える事でしぶしぶ了承させ休憩を取らせるようにしていた。

 

 公私に渡るやり取りの中、不知火は態度を崩したことがない。上官として敬意を払われている事は理解していた。フランクとまでは言わない。せめてもう少し気を抜く程度に落ち着かないものか。このままでは不知火の心が折れてしまうのではないか。司令はその事を危惧していた。

 

 そこで司令は一計を案じた。

 

 泊地の勢力圏下にある無人島での休暇である。勿論日帰りだ。激戦の泊地で泊まりの休暇など認められない。休暇といえど居場所は知らせている。無線を持ち込み常に連絡を取れる体制も取っている。

 

 誰もいない無人島の砂浜。ここで司令は一人でゆっくりと休暇を過ごすと不知火に伝えた。泊地の執務室以外でも警護を率先する不知火だ。司令を一人にするなどとんでもないと当然の如くついてきた。

 

 後は不知火に心身ともに休んでもらい、その上で会話が弾んじゃったりして、コミュニケーションが図れれば何も言うことはなかった。命のやり取りに関してのみの信頼関係など味気ないではないか。戦時中(こんな時)だからこそ、お互いをもっと知る事で更なる連携も図れるというものだ。

 

「不知火、暑いだろ? 影に入らないか?」

 

「問題ありません」

 

 不知火は汗一つかいていない。装甲艤装を纏った艦娘に寒暖は関係ない。夏も冬も海上で深海棲艦と戦っているのだ。暑い寒いなどと言ってられない。

 

「ビールでも飲もうかな。不知火もどうだ?」

 

「お構いなく」

 

 艦娘も飲食の楽しみはある。間宮や伊良湖の提供する食事は大人気だ。艦娘に年齢は無意味であり、大本営も飲酒に一切制限はつけていない。

 

「ようしっ、泳ぐか。不知火は装甲艤装(そのまま)で大丈夫だな」

 

「……警護がありますので」

 

 警護は不知火が率先して行っている為、軍務でも義務でもない。司令が普段の硬い口調を変え、慣れない誘いをかけるが不知火の素っ気ない態度は変わらない。

 

 これ以上はパワハラか。いや既にパワハラかも知れない。司令はがっくりと首を項垂れ、一人海に入りぱしゃぱしゃと水面を叩く。

 

「あは……は……楽しいなぁ……」

 

 不知火も場所を変え、今は艦娘らしく水面の上に立ち、周囲を警戒していた。

 

 背を下にしてぷかぷかと浮かぶ司令。陽の光は燦々と降り注いでいる。ざざざと波の音が聞こえる。遠くで海鳥が鳴いていた。

 

 慣れない事をするもんじゃないなぁと司令は反省していた。艦娘の性質は人間の様に変質しない。不知火の本質は真面目だ。司令の思惑に関係なく、それを変えてしまうことは艦娘としての在り方を変えてしまうのかも知れない。

 

 艦娘を理解しているつもりになっていたのだろう。結局は不知火の人間に似た見た目、それも見目麗しい容姿に勘違いをしていたのだ。人間と同じ様に考えても無意味だ。

 

 不知火は艦娘として自然体で付き合ってくれている。自分もあるがまま自然体で付き合えばいい。人間の都合を押し付けてしまう方が間違いなのだから。

 

 それに相手が変わってくれることを期待するもんじゃない。まずは自分が変わらないと。嫌われるかも知れない。だが公と私は別だ。司令と艦娘の本分は深海棲艦と戦うことだ。戦闘での信頼関係は結べているのだ。問題ない。今日はゆっくり休んで明日からまた不知火と二人、二人三脚で戦っていこう。

 

 司令の気分は楽になった。ぷかぷかと水面に浮きながら、小さな事に悩んでいたに気がついたのだ。自然体で接するだけ。この事に気がつくのに三年もかかってしまった。それだけでも無人島に来た意味があったと言うものだ。

 

「なぁ不知火。いい景色だな」

 

 水面に浮かんだ司令は景色を眺めた。

 

 深海棲艦の侵攻で皮肉にも世界は清浄な世界を取り戻した。汎ゆる産業が衰退し、澄んだ空と海は青く光り輝いていた。艦娘達が取り戻した美しい世界だ。

 

「そうですね」

 

 不知火の声色に笑いの色が含まれている気がした。

 

「上がるか」

 

 司令は海から砂浜に戻った。後は寝ててもいいし雑談でもいい。大事なのは気張らない事だ。

 

 司令が海から上がると不知火も戻り隣で控えた。

 

「そう言えば、不知火は休日は何してんだ?」

 

 休日にも司令の警護に就く不知火だが、司令が私室に篭もると当然休みになる。

 

「休日ですか? 他の艦娘(子)と情報交換(・・・・)や訓練をしています」

 

「情報交換と訓練ねぇ」

 

 真面目な不知火らしい答えだった。司令も新たな戦術や深海棲艦の研究は怠っていないが艦娘同士の視点では別の発見があるのかもしれない。

 

「訓練ってのは?」

 

 当然、艦娘同士が実戦形式で行う演習とは違うだろう。不知火が個人で行う訓練の事が気になった。

 

「そうですね……例えば」

 

 不知火が沖合を指差した。その先、数キロの海上に漂流物が見えた。司令も視力はいいが艦娘ほどではない。恐らく深海棲艦に襲われた船舶の破片だろう。

 

「ちょうどこれ位の距離でしょうか。演習所で仮想敵の標的を設置して射撃訓練などしています」

 

 真面目かっ。真面目だった。

 

 司令が知る限り艦娘は、艤装を解いて食事や甘味を楽しんでいる者が多い。酒も嗜むし、その辺りは人間と変わらない。不知火にも色々楽しんで欲しいとは思うが、これが不知火にとって自然であるのだろう。

 

「外す距離じゃねぇな」

 

 ざっと見た所、距離にして五キロメートル程。百発百中とまでは行かないが泊地で戦う艦娘にすれば大した距離ではない。艦時代は二〇キロ以上先の敵艦と砲撃戦をした事もあるはずだが、艦娘となった今、身長が人間と変わらないため水平線の距離は二〇キロを大きく下回る。艦娘の長距離砲撃と言えど距離は一五キロ前後だ。それ以上先は余程の大型深海棲艦でない限り見えない。

 

「撃ってみるか?」

 

「ここでですか?」

 

「不知火のちょっといいとこ見たくなった」

 

 ちょっとした興味だった。色気はないが不知火のプライベートについて知るいい機会だった。最初の目的にも合致していた。

 

 不知火はわずかに驚いた顔をしつつも、心なし嬉しそうだ。無表情だが数年の付き合いでそれくらいはわかった。

 

「ちょっと待ってくれ。妖精さん、泊地に砲撃許可取ってくれ」

 

 持ち込んだ無線機から妖精さんが飛び出して泊地に砲撃の許可を取っている。妖精さんが親指を立てた。許可が下りたようだ。

 

「よしいいぞ。離れた方がいいか?」

 

「……いえ、その場所で大丈夫です」

 

 不知火はそう言うと艤装を展開した。

 

 10cm高角砲+高射装置。

 

 司令が不知火の為に無理をして入手し、こつこつと改修を済ませた兵装だ。

 

 不知火が高角砲をひと撫でし、眼光鋭く沖合を睨んだ。

 

「司令。期待に応えてみせます」

 

「うん?」

 

 不知火の言葉の意味を理解出来ず司令は首を傾げた。興味半分、遊び半分程度に提案しただけのちょっとしたお遊びだ。期待も何もない。言葉の意味を問い質そうにも不知火は集中して声をかけることは憚られた。

 

「撃ちます」

 

 砲撃と言うには大分小さく、深海棲艦すら沈める手の平サイズの兵器と言うには少し大きい。そんな音量だった。

 

 砲撃口が火を吹いた。初速1,000m/秒を超える砲弾は司令の目では追えない。

 

「あっ」

 

 二人の口から同時に出た声だった。

 

 砲弾は僅かに漂流物の右三メートルに着弾したと同時に水柱を上げた。漂流物は発生した波に押されてゆらゆらと揺れていた。

 

「……」

 

「射弾観測完了。本番に入ります」

 

「お、おう」

 

 練度が上がった艦娘でも百発百中は不可能だ。そのために航空機による着弾観測や電探で命中率を上げるのだから。

 

 不知火の頬が僅かに赤い。一発で当てるつもりだったのだろう。司令も何の根拠もなく当たるものだと思っていた。実際不知火の実績から見て外すほうが珍しい。

 

「何ですか、その顔は」

 

「え? 顔?」

 

 司令はぺたぺたと顔を触った。どんな顔をしているのか。

 

「……分かりました。認めます。当てるつもりで外しました」

 

 表情は変わらない。しかしどこか不機嫌な雰囲気を纏った不知火がいた。

 

「いやいや。百発百中なんて誰も出来ねぇし。射弾観測出来たから次は当たるだろ?」

 

 慌ててフォローをする司令。このままだと何か拙い気がしたのだ。

 

「……こんなはずでは。不知火の良い所をお見せしなければ……」

 

 ぶつぶつと小さく呟く不知火。

 

 一方、司令は慌てた。ただの戯れ、お遊びで口にした提案で場の空気が悪くなった。司令こそこんなはずではなかったと声を大にして言いたい。

 

「いやいやいや。たまたま外れただけだって。な? 俺は不知火の能力を知っているから!」

 

 深海棲艦との戦闘は海上だ。不安定な足場。高速移動しながらの砲撃。攻撃を掻い潜っての反撃。司令は数値の上でしか判断出来ないが不知火の回避率・命中率は決して悪いものではない。

 

「司令の期待を裏切ってしまうとはなんという落ち度……」

 

「いやいやいやいや。ただのお遊びだから! 次は当てるって分かってるから!」

 

自然体で接する。気楽に提案した事が原因となり不知火との関係が拗れようとしていた。これでは本末転倒だ。優秀な不知火の事だ。戦闘になれば切り替えるに違いない。だがそれ以外で気まずくなる可能性が高い。

 

 必死でフォローしようとするが、司令は女性の扱いなど禄に知らない。

 

 あ、相手は艦娘だった。女性じゃない。でもメンタルは女性だ。いや女性じゃなくて大人びているが見た目は少女だ。いやでも不知火は艦娘で見た目と年齢は関係なくて。

 

 司令も色んな意味で混乱していた。

 

「司令」

 

「はいっ!」

 

 ぶつぶつと呟いていた不知火は何かを思いついたのか顔を上げてキッと司令を睨んだ。

 

「今から不知火の良いところをお見せします」

 

「お、おぅ……」

 

 鋭い眼光には慣れた司令だが決意を秘めた不知火の視線に射抜かれ思わずたじろいでしまった。

 

 その隙に懐から手巾を取り出した不知火は何を考えてか、手を後ろに回し手巾を結ぶと目を覆ってしまった。艦娘は二〇キロ以上先の標的を視認出来るが、流石に目隠しをした状態ではそれは不可能だ。

 

「お、おい、何を……」

 

「当てます」

 

 不知火は宣言と共に砲身を構えた。

 

「ちょっ! おまっ!」

 

「撃ちます」

 

 漂流物が浮いている海とは反対側だった。司令は頭から血の気がサァっと引いていく音が聞こえた。

 

 海軍の勢力下にある無人島は小さな島だ。当然ながら常駐する人員はおらず、戦略物資の貯蔵施設もない。あるのは無線の中継施設のみ。前線と泊地を繋ぐ、偽装された電波塔と蓄電設備を含む小規模な中継施設のみだ。

 

 不知火が構えた砲塔の先にその施設があった。

 

 軍の装備や施設は当然ながら助長性を持たせる。信頼性が大事だからだ。中継設備はいくつも存在する為、この無線中継施設一つ破壊されたところで前線と泊地の連絡が即座に不通になる訳ではない。だがそういう問題ではない。

 

 正統な理由の無い自陣営施設の破壊行為。深海棲艦に対する防衛行動でもなんでもなく、遊んでたらつい誤射しました。通用するはずがない。

 

 始末書で済むはずもなく、司令の懲戒処分で納まれば御の字。最悪の場合、不知火の解体処分が考えられた。艦娘は兵器だと大本営が公言しているのだから。

 

「こなくそ! 不知火! 動くな!」

 

 司令は不知火に飛びついた。飛びついて背中側から抱きついた。咄嗟の事だった。

 

「司令!」

 

「動くな! 動くなよ! 動いたら俺ミンチになるからな!」

 

 後ろから覆い被さるように、右腕は不知火の右肩から、左腕は左脇腹に回し、押さえつけるように抱きしめた。流石の艦娘だ。軍人として鍛えた体は一般男性の平均を大きく上回る。その力でもってしても不知火の体は根が生えたようにびくともしない。

 

「司令! 駄目です!」

 

「落ち着け! いいから動くな! 撃つなよ!」

 

 艦娘の力は人間とは比較にすらならない。人形に艦船の力を有しているからだ。偽装を纏った艦娘の挙動に巻き込まれれば人間など簡単に肉片になる。見た目は華奢な不知火でも五万馬力をゆうに超える力を持っていた。

 

「司令! 離れっ……そのまま動かないで!」

 

「分かったから落ち着け。動くなよ。振りじゃねぇからな。俺、まだ死にたくねぇんだからよ。偽装も解くなよ。巻き込まれてマジでミンチになるから」

 

「……はい」

 

 司令から不知火の顔は見えない。不知火の声は震えていた。

 

「……司令……どうして……下手をすれば死ぬところでした」

 

 互いに身動き出来ない状態ではあったが、不知火が動揺しているのは声色で分かった。体も震えていた。過去振り返ってもこれ程の肉体の接触は初めてだ。

 

「あー。なんと言うか……」

 

 司令はどう説明するか悩んだが正直に伝えることにした。どう繕ってもこのままではただの自殺志願者だ。不知火にしても知らず司令を殺してしまうところだったのだから。

 

 かくかくしかじか。まるまるうまうま。

 

「なんという落ち度の上塗り……」

 

 説明を受けて不知火は別の意味でショックを受けたようだった。

 

「まぁ気にするな。無事だったから今日は良しとしようや」

 

「ですが……」

 

 不知火は納得いかないようだ。不知火の性格ならそうだろう。こうなっては強引に誤魔化すしかない。

 

「それにな、こうやって不知火に抱きつけて俺も役得だしな。艤装展開してても体は柔らかいんだな。知らんかった」

 

 セクハラ発言で誤魔化そう。この後気まずくなるかもしれないが不知火が落ち込むよりいいだろう。

 

「司令っ!」

 

 わはは、と笑う司令。怒ったのか腕の中の不知火の体温が上がった様な気がした。相手が人間なら腕を振り払われていただろう。だがこの状況下でそれをされると司令はミンチになる。故にどさくさに紛れて体を弄(まさぐ)ったりはしない。

 

 怒りながらも身動き一つしない不知火は冷静さを取り戻したと思っていいだろう。不知火から離れる口実も出来、一石三鳥だ。

 

「それじゃ、ゆっくり離れるからな」

 

「いえ、そのままで」

 

「え? 離れるぞ」

 

「不知火は動揺しています。今動くと危険なのでそのまま抱きしめていて下さい」

 

「何言ってんだ? お前もう落ち着いてるだろ?」

 

「危険です。動かないで下さい」

 

 不知火が得にもならない嘘などつくはずがない。司令は不知火を信頼している。不知火が言うからにはまだ危ないのだろう。セクハラ発言なんてするんじゃなかったと司令はため息一つ。

 

「はぁ、分かった。いいか、抱きついたのは緊急措置だからな? 悪いが我慢してくれ」

 

「我慢などと……」

 

 口ごもる不知火。目隠しをした不知火を後ろから抱きしめる司令。

 

 三年にもなる不知火との付き合いの中でこんな異常事態は初めてだ。体の接触などした事すらなかったのに。

 

 腕の中で心を落ち着かせる為か不知火は口を開かず静かにしている。自然司令も口を閉じた。

 

 空を見た。周囲に海しかない無人島から見た空は触れそうな程、低く見えた。無音だと思っていた周囲には様々が音があり、それは浜辺で波が奏でる楽曲であり、海鳥の歌声であり、風に戯れる木々のハーモニーだ。

 

 気がつけば司令は瞳を閉じて自然が演奏する音楽を楽しんでいた。無人島に来てから初めて心の底からリラックスしていた。腕の中で不知火の体温を感じながら。

 

 ん? 不知火?

 

 心が落ち着けば今まで感じなかった事に気が向く。

 

 艤装を展開しているにも関わらず不知火の体は温かく柔らかい。今まで触れた事などなかったので冷たく硬いものだと思いこんでいたのだ。

 

 あれ? 意外と着痩せするタイプ?

 

 小柄な不知火は一見胸部装甲も小さく見える。見た目、戦艦や重巡洋艦の様にこれ見よがしに、はっきりと大きいと認識出来る程ではない。しかし、覆い被さるように抱きかかえた右の二の腕に不知火のそれが触れていた。当然大ぶりではない。だが平坦でも小振りでもなかった。

 

 戦闘から帰還し、中・大破した不知火を極力見ないようにしてきた。艦娘が中破すると装甲艤装が派手に損傷するからだ。装甲艤装が損害を肩代わりし、被害によっては半裸に近い状態となり肌を大きく露出する艦娘もいる。

 

 不知火は回避が上手く、装甲艤装の損害も比較的少ない。中破しても肌の露出は控えめだ。だから司令は今まで胸にそれほど意識を向けた事がなかった。

 

 あ。これマズイ。

 

 司令は不知火に触れた事で初めて艦娘の不知火に性を意識してしまった。

 

 司令は激務もあり禁欲的な生活を送っている。どうしても我慢出来なくなった時、発散しようと夜の慰安施設に向かおうとしても、夜間警護と称する不知火と鉢合わせする。当然ついてこようとする。行けるはずなどなかった。

 

 男性の生理は複雑だが単純だ。不知火に性を意識し、腕が胸に触れている。理由はそれだけで十分だ。

 

 不知火より体の大きい司令の股間は不知火の腰の辺りだ。司令はゆっくりとさり気なく腰を引いた。その引いた隙間を不知火がさりげなく背中を預けて埋めてしまった。密着する体。

 

 本格的にマズイですぞ!

 

 司令はまだ半勃ちだ。まだバレていないはず! だがこのままでは全勃ちは必至だ。なんせ奴はこっちの命令を一切受け付けない暴れんBOYなのだから!

 

 密着した状態で一度意識してしまえば自力で鎮めるのは難しい。今まで気が付かなった良い香りが不知火から発せられ鼻孔をくすぐり、頭がクラクラとしそうだった。

 

 司令は腰を引く。不知火が隙間を埋める。腰を引く。埋める。

 

 ぎゃー!

 

 セクハラ発言どころではなかった。これは強制わいせつだ。

 

 不知火は心を落ち着かせるため、司令を頼っているだけだ。司令は不知火の信頼を裏切り、勃起したいちもつを押し付けている。

 

 バレてないよね!? まだ気づいてないよね!?

 

 気づいていれば無邪気に背中を預けないはずだ。いや、艦娘だから人間の性に疎いだけかも知れない。司令は一縷の望みをかける。

 

 腰を引く。埋める。腰が押し付けられているように感じるのは気のせいに違いない。

 

 司令のいちもつは、仰角と容積、硬度を最大にした。

 

 これは拳銃。これは拳銃。ホルスターがずれて二人の間に挟まってるだけ。

 

 混乱した司令は意味不明の言い訳を考えていた。

 

「司令」

 

「はいぃぃぃ!!」

 

 突然呼ばれ司令の口から大声が出てしまった。普段なら絶対にしない。

 

「知っていますか? 私達艦娘は司令との繋がりが深ければ深いほど強くなれます」

 

「あ? すまん、大声を出して。いや聞いた事はない。だが……」

 

 司令のいちもつに気がついていないのか不知火に不審な様子はない。不知火もずれたホルスターの拳銃だと思ってくれている様だ。

 

 不知火が今言った事。士官学校でも先輩提督からも聞いたことがない。しかしこの三年間の経験則として理解出来た。

 

 繋がり。つまり艦娘との絆の事だ。

 

 艦娘は信頼には信頼で応えてくれる。互いに命を預けあった作戦も一度や二度どころではない。司令は不知火を信頼し、不知火も同じだ。それがなければ今この場で勃起したいちもつを不知火に押し付けてはいない。とっくの昔に海の底に二人して沈んでいただろう。

 

「……そうだな。なんとなく分かる」

 

「はい」

 

 司令の戦歴は全て不知火と重なる。激しかった戦いで感じた想いは同じだ。

 

 複雑で懐かしい思い出が胸に去来ししんみりとした。

 

 落ち着いて会話が出来るほど回復したのだ。もう離れてもいいだろう。いちもつ(こんなもの)をいつまでも押し付ける訳にもいかない。

 

「不知火。もう離れ……」

 

「不知火は司令を心から信頼しています」

 

「ありがとう。俺も不知火を心から信頼している。なぁ不知火、離れ……」

 

「司令。賭けをしましょう」

 

 会話が成立しているようで成立していない。こんな不知火は珍しい。司令の知る限りで初めてだ。常なら司令の言葉を遮る事を不知火はしない。

 

 逆に司令は嬉しくなる。不知火は真面目で普段は我を殺す性質だ。それに今はプライベート。不知火の知らなかった一面を知る事が出来たのだ。

 

「賭け?」

 

 司令は賭けに乗ることにした。

 

「はい。次は必ず当てます」

 

 そうだった。不知火は負けず嫌いの気がある。戦闘でも殴られれば殴り返すを実践する。不知火を怒らせる深海棲艦に同情するくらいだ。

 

「それ賭けにならないだろ」

 

 司令も不知火が当てると思っているからだ。先程はたまたま外れただけ。百に一つ、千に一つが最初に来ただけだと思っていた。

 

 たまたま遊びで外れただけ。実戦でここ一番で不知火が外した事など一度もない。

 

「はい。ですので……目隠したままで撃ちます」

 

「ほう」

 

 それでも司令は当てるだろうと、主観まみれで根拠の無い確信を持っていた。

 

「ですが……目を隠した状態では当たらないでしょう」

 

 認識のずれ。不知火は当たらないと思い、司令は当たると確信している。

 

「不知火は当たらない方に賭けるのか?」

 

 それこそ賭けならない。不知火のさじ加減で勝負がついてしまう。

 

 不知火はこんな不条理をいう艦娘ではない。その事を知っている司令は不知火の次の言葉を待つ。

 

「いえ。当たる方に賭けます」

 

「いいのか?」

 

 司令としてはどちらでもいい。当たるだろうと思っており、花を持たせるつもりでもあった。しかしどうもすっきりしない。当たらないと思いながら当たる方に賭ける。どういう意味があるのか。

 

「はい。ですので一つお願いが」

 

「言ってみろ」

 

「標的への照準を誘導してもらいたいのです」

 

「ん? 狙いを俺がつけるのか?」

 

「はい」

 

 当たりと外れのさじ加減が司令の手に委ねられた。と司令は思わない。態と外すような真似をするつもりがないからだ。しかし。

 

「それ意味あるのか?」

 

 砲弾の射撃はある意味職人芸だ。計算と経験。両者とも大事で、片方が完璧でも片方が未熟では意味がない。司令は計算は出来ても経験がない。逆に司令が誘導する事で外れる要素が増える事になる。

 

「不知火は司令を信頼しています」

 

「あー。絆(さっき)の話かぁ」

 

 絆が深まれば深まる程、艦娘は強くなる。多分に主観が混じった話だが否定は難しい。

 

 不知火は司令が介入することで当たると信じ、司令は自らの誘導で外れる要素が増えると考える。ある意味賭けは成立している。

 

「不知火が当たる。俺が外れるだな」

 

「おや。不知火を信頼しているのでは?」

 

 不知火の声色はどこか楽しそうだった。

 

「それはそれ。これはこれ。じゃなきゃ賭けは成立しないだろ。じゃ離れるぞ。動くなよ。ゆっくり離れるからな」

 

 不知火から離れるタイミングはここしかない。司令は不知火の体に回した両腕をゆっくりと外していく。

 

「あっ……」

 

「どうした?」

 

「いえ。何でもありません」

 

 腕の中の温もりが消え司令は少し寂しく思った。こんな機会はもう二度とないだろう。

 

「よーし。まずは反対向け。そっちは海じゃない」

 

 司令は不知火の背後から声をかける。くるりと振り返った不知火の瞳は手巾で塞がれている。口元はうっすらと笑みの形に歪んでいた。

 

 司令は不知火の背後に回る。

 

「あー。これ目算(勘)でしか狙いつけられんか」

 

 こんな遊びは今まで誰もしたことがない。照準器も計算機もない。砲弾の軌道も司令は知らない。そもそもどうやって狙いをつけるかすら分からない。

 

「問題ありません。不知火は司令の期待に応えるだけです」

 

 期待(賭け)に応えると的外すぞ。本心は当たるとは思っているが。

 

 当たるのか外れるのか。分からなくなってきた。

 

 司令は角度の調整を口頭で指示するが今ひとつしっくりと来ない。当たると確信がもてないのだ。

 

「5度右に修正。行き過ぎたか。微妙だな」

 

「……司令」

 

「あぁ済まんな。ちゃんと狙うぞ」

 

「いえ、そうではなく……不知火の体に直接触れて調整してはどうでしょう?」

 

「体に?」

 

「はい。勿論司令を傷つけるような挙動をするつもりはありません」

 

「ふむ。やってみるか」

 

 艤装を展開した艦娘に接触する。安全を保証されたとしても、自殺志願者出ない限り、信頼で結ばれる司令でしか無理な話だ。

 

 司令は背後から不知火に近づき砲塔の狙いを付ける。狙いは勘だが真剣だ。司令が持ち上げることすら不可能な重量の艤装を構えたまま、微動だにしない不知火。

 

 司令は砲塔を持つ不知火の腕に触れた。覆い被さるように背後から狙いをつける。

 

「んっ……」

 

 妙に艶めかしい声が聞こえた。

 

「どうした?」

 

「……なんでもありません」

 

「そうか」

 

 司令は外す事に賭けたが、本心は不知火に当ててもらうつもりでいる。賭けに負けることなどどうでもよかった。当たれば負けず嫌いの不知火は満足する。

 

 不思議な事に不知火に触れることで、この狙いでは当たらないとなんとなく理解出来た。逆説的に狙いをしっかりと定めれば必ず当たるということだ。

 

 司令は集中して狙いを定める。集中すればするほど周囲の音は聞こえなくなっていった。

 

「んっ……あっ……」

 

 集中した司令が微調整に入った。僅かな力だけで艦娘不知火の腕が、体が司令の思うがままの動きに誘導されていく。

 

 司令の吐息が不知火の耳にかかる。司令の手が、体が、不知火の体の思わぬ所に触れる。集中して誘導する司令の動きは繊細であり大胆でもあった。司令が僅かな動きをするだけで不知火の喉から抑えきれない声があがる。

 

「んくっ……ふあ……」

 

 狙いを定める司令に周囲の音は聞こえない。その代わりに不可解な感覚に陥っていた。それは不知火との一体感だ。司令の全てを受け入れた不知火を思うがまま操れる不思議な全能感。

 

 僅かな力のみで不知火は司令の思うがままだった。人間には傷一つつける事が出来ない装甲艤装も、意思を込めた力を加えるだけで解除出来そうだった。

 

「これは……しれい……あぁっ!」

 

 不知火との一体感。まるで不知火の中にいるようだった。とろとろと熱く蠢動し司令の体は強く締め付けられる。しかし苦しい訳ではない。むしろ官能的な心地よさがあった。心から迎え入れられ、拒絶は一切ない。むしろ奥へ、奥へと引き入れられる。

 

「んっ、んぁ、んっ……しれい……もっと……もっと下さい……」

 

 司令の何かが強く不知火を穿つ。何度も何度も穿ち、熱くドロドロとした何かを放出する。対となる何かと出会ったそれはやがて二人に望まれた何かに結実する。

 

 官能に脳を痺れさせながら司令は目的を忘れていない。冷静に標的への狙いを定めていた。

 

 カチリと精密な金庫の鍵が外れたような感覚。

 

 ここだ。

 

 司令の意識は急速に覚醒した。甘い蕩けるような一体感は霧散した。

 

「不知火! ここだ! 動くなよ!」

 

「んっ、はい……ふぅ……ふぅ……」

 

「どうした? 大丈夫か?」

 

 手巾で瞳を隠した不知火の表情は読めない。読めないが辛そうに見えた。肌が明らかに紅潮し普段クールな不知火の姿とはかけ離れていた。

 

「だ、大丈夫っ、です……問題あ、ありません」

 

「そうか。艤装展開してるしな」

 

 艤装を展開した艦娘は、体調不良とは無縁だ。睡眠不足すら解消される。当然病気になどなるはずがない。

 

「まだ撃つなよ。俺が離れてからだ」

 

 不知火の体幹は全くぶれる事なく微動だにしない。構えた腕も同じだ。

 

 司令はゆっくりと不知火から離れた。

 

「ところで賭けの景品って何だ? 間宮の甘味は提督(俺たち)でも簡単には入手できんぞ」

 

 疲労回復。主には精神的な疲労を回復するため間宮の甘味は艦娘に人気だ。物資不足もあり供給は十分ではない。必然的に艦娘に優先的に配給される。司令と言えど横槍は難しい。

 

「……一つだけ……一つだけ何でも言うことを聞くというのはどうでしょう」

 

「何でもか。先に言っておくが司令と言っても大した権限はないからな」

 

「ご謙遜を」

 

「マジだって。ま、出来る事ならなんでもするぞ」

 

「ご安心を。司令にしか出来ない事をお願いするつもりです」

 

「なら大丈夫か」

 

 不知火なら無茶な要求はしてこないだろうという安心感がある。金銭がかかっても問題はない。俸禄は悪くはないが使い所が無いため死に金だ。いっそ不知火の為に景気よく使ってもよい。

 

 司令は不知火から十分な距離をとった。いつ撃たれても問題ない。

 

「じゃそろそろ……」

 

 その時、無線機から緊急の呼び出し音が鳴ると同時に妖精さんが飛び出した。緊急招集かもしれない。緊急招集は非番であろうが関係がない。全ての司令と旗下の艦娘は招集に応じる義務がある。

 

 飛び出してきた妖精さんが司令の耳元で無線の内容を伝えた。

 

「不知火! 深海棲艦が一隻この海域方面に逃げたらしい! 手負いだ!」

 

 深海棲艦は人間の気配を追って無差別に攻撃する事が知られている。無人島を中心にこの海域に人間は司令一人だ。つまり、

 

 どんっ!

 

 海上に大きな水柱が立ち上がった。水しぶきの飛沫を周囲に撒き散らし、霧状になった海水のベールの向こう側に薄い不気味な影が見えた。

 

 影は雄叫びを上げた。強烈なハウリングの音響を受けた様に一瞬、司令は意識を失いそうになった。

 

 司令や艦娘の様に深海棲艦に対して耐性のない人間ならばこれで意識を失ってしまうだろう。

 

 司令の気配を追い掛けて来た手負いの深海棲艦だった。

 

「不知火!」

 

 撃てという意味を込めた叫びだ。深海棲艦に容赦は無用だ。躊躇した時、死ぬのは人間と艦娘だ。

 

 不知火は目隠しをしたままだ。手巾を外し構えて狙って撃てば、深海棲艦は沈むが同時に司令も肉片と化すだけの時間を相手に与えることになる。

 

 基準点はある。あとは不知火を信じるだけ。

 

「右十五メートル! 手前三十メートル! ばら撒け!」

 

 漂流物を基準にしたざっくりとした距離だ。正確な距離などわかるはずがない。

 

「無粋な奴! 沈め!」

 

 不知火の空気を引き裂くほどの裂帛の声と同時に腹にずしんと響く砲撃音が連続して鳴り響いた。先程の遊びで放った砲撃音とは比べ物にならない音量だ。

 

 対深海棲艦として不知火と妖精さんが力を込めた本気の砲撃だ。秒速一〇〇〇メートルを超える砲弾が次々と撃ち出されていく。

 

 全弾は命中しない。だが一度当てるとその気配を頼りに修正し命中精度が上がっていく。砲弾は深海棲艦の体を削り孔をあけ、人間の血液と同じ色の体液を撒き散らした。

 

 断末魔の悲鳴。

 

 司令の意識が一瞬落ちた。

 

「まだだ!」

 

 最後の命の灯火を使っての反撃は一発だけだった。

 

 司令は大地に身を伏せた。不知火が走りながら砲撃。それが深海棲艦に止めを刺した。司令の生死を分けた瞬間だ。

 

 体制を崩した深海棲艦の反撃は僅かにずれた。不知火が伏せた司令の体に覆い被さった。体には触れない。艤装に巻き込まれるからだ。直後、数メートル先を深海棲艦の放った砲弾が通り過ぎ、着弾と同時に爆発した。

 

 砲弾の衝撃が司令を襲うが不知火が身を挺して護った。パラパラと落ちてくる爆発の破片。

 

 司令が顔を上げると不知火と目が合った。パクパクと必至の形相で叫んでいる不知火。だが司令は何も聞こえない。

 

 砲撃の衝撃と爆発音で一時的に耳が麻痺していた。

 

「よくやった不知火」

 

 自分の声が聞こえない。爆発跡を見ると無線中継施設は木っ端微塵になっていた。

 

 無性におかしくなった。司令はわはははと笑った。その声も聞こえない。珍しく目に涙を浮かべていた不知火は、笑う司令と木っ端微塵になった無線中継施設を見て、涙を流しながら器用に笑った。

 

 不知火の笑い声だけは不思議に聞こえた様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■

 

「不知火の勝ちだな」

 

「いえ。司令の勝ちです」

 

「目隠しして当てただろ?」

 

「外した数の方が多いかと」

 

「そりゃ俺がばら撒けって言ったからな」

 

 泊地に無線で簡単に報告し、今は帰途の最中だ。小型船の操縦を不知火に任せ、漸く聞こえるようになった耳で不知火と賭けの勝者を押し付けあっていた。

 

「どう考えても不知火の勝ちだろ。命も助けてもらったし」

 

「司令を護るのは当然の事です」

 

「あんないい加減な指示で当てるほうが凄いんだけど」

 

「信頼してますから」

 

 ここ一番で不知火は外した記憶がない。短い戦闘時間だったが、自らの命は別として不知火が外すとは思っていなかった。頼りになる相棒だ。

 

「結論でねぇ……勝者二人ということでお互いお願いを聞くってので妥協しない?」

 

「不知火に異存はありませんが、宜しいのですか?」

 

「いいんじゃね?」

 

 不知火が何をお願いするのか興味があった。我儘一つ言わない不知火のお願いを叶えて上げたいとも。

 

 司令が不知火に出すお願いは一つだ。警護を休んで、一日ゆっくりと体と心を休めて欲しい。

 

 折り合いがついたのか不知火が承諾した。

 

「ではお願いをしに、今晩お部屋にお伺いします」

 

「夜に来るのか? 今でも構わんよ。聞くだけ聞いて後で叶えるってのも有りだし」

 

「……お部屋での方が都合が良いので」

 

「そんなもんか」

 

「はい」

 

 舵を取り前方を見つめる不知火の顔は司令から見えない。しかし後ろ姿は嬉しそうに見えた。

 

 司令はシートに体を深く沈めた。

 

「今日は色んな事があったなぁ」

 

 色々あったが総合的に見れば良い一日だった。深海棲艦との遭遇は想定外だったがそれを含めてもプラスに収支する。何より不知火の知らなかった一面を知ることが出来たのが大きい。それだけでも有意義な休日だったと言えるだろう。

 

「そうですね」

 

 独り言のつもりだったが不知火が応えを返してくれた。

 

「司令……」

 

「どうした?」

 

 不知火は振り返り、滅多に見せない。しかし司令だけが知るとびきりの笑顔を見せながら言った。

 

「今後もご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 

 

 

 

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