※この作品はR-18です。

【完結】提督と艦娘   作:はのじ

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あらあら、まぁまぁ

18

 

 自分の家なのにドアチャイムを鳴らし声をかける。内側から鍵が開き、扉が開いた瞬間しまったと思った。自分の馬鹿さ加減に呆れるばかりだ。当たり前だ。着替えは俺が持っている。制服は洗濯機の中だ。シャワーを浴びても着替えるものなんてない。膝下まですっぽりと覆った白いカッターシャツ。余った袖を折り、四本の指先がちょこんと袖口から覗いていた。

 

 流石にサイズが合わないので胸の自己主張は控えめになる。膨らみは大きいがウェストのラインが隠されて相対的に目立ちにくい。というかちょっと太って見える。これが伝説の……と思ったが、色っぽさより幼さの方が印象が強い。小さな子がはしゃいでお父さんの服を着て喜んでいる感じか。

 

「おかえりなさい」

 

「……ただいま」

 

 はちはちょっと警戒心が薄すぎるのではないか。家に戻るなり警察に連行されることも想定していたが、その様子もない。元々警戒心が薄い子だった。電車で痴漢に遭遇しても怯えた様子はなかった。まぁ全部撃退はしてやったが。

 

「あっと、済まない。着替えのこと失念していた。これに着替えてくれ。女性の服の事がわからないから、サイズ違いをいくつか買ってきた」

 

「ありがとうございます」

 

 はちに服の入った二つの大きな手提げ袋を渡した。少し重いかもしれない。

 

 店に行って、情けないことに服のサイズが分からない事に気がついた。店員を捕まえて身振り手振り、身長はこれくらい、胸はこれくらいと、軽い見世物になりながら選んでもらった。デザインも店員任せだ。念の為トップもボトムも複数用意してもらった。

 

 下着も同じだ。店に訪れていた女性にジロジロ見られながら……

 

 ん? ちょっと待ってくれ。服がないってことは下着もないはずだ。これ、裸シャツだ!

 

 目の前で、はちがカッターシャツのボタンに手を掛けていた。

 

「待って! wait! Warte!」

 

「きゃっ」

 

 はちの手を取って脱衣所まで連れて行った。制服と一緒で下着も精液まみれで今は洗濯機の中でごうんごうん乾燥されている。色々有りすぎて頭が回っていない。

 

 今思えば、この時から俺はどうしようもなく動揺していたのだろう。それが後の悲劇とも喜劇とも、もう笑うしかない事態を引き起こしてしまうとは思ってもいなかった。

 

 はちを脱衣所に放り込み頭を抱えた。これはもう間違いない。ストックホルム症候群だ。厚意が好意に、友情が愛情にすり替わりつつある。今のはちに何を言っても通じないかもしれない。

 

 治療は専門家に任せるとして、それもはちのご両親に説明しないといけない。ぼこぼこに殴られるのは覚悟しないといけない。服役して収入がなくなるから家と車も処分して……

 

 今後の事を考えていると、着替えを終えたはちが脱衣所から出てきた。

 

 落ち着いた色のトップとパンツ。春とは言え、まだ少し肌寒いので薄手のコート。極力肌を晒さない様にした。

 

「どうですか? 似合いますか?」

 

「あぁ……似合ってるな」

 

 正直言って似合ってない。はちには地味な服装だ。もっと似合う服装はいくらでもある。例えば……もう俺には関係ない話だ。

 

 これからはちにご両親に連絡して貰う必要がある。はちからだと正確な話が伝わらない可能性があるから代わってもらい俺から説明をする。その後はちを自宅まで送り、断罪され、自首する。

 

「はち、自宅に連絡を入れて欲しいんだが、お願いできるか?」

 

「もう、お願いだなんて」

 

 はちの表情が変わった。少し機嫌を損ねた気がする。訳がわからない。

 

「どうした?」

 

「はちはもう一八のものなのでお願いなんてしないで下さい。連絡しろって言うだけでいいんです」

 

「はい?」

 

 何だそれ? そう言えば家を出る時も同じことを言っていた。

 

 あ。

 

 ――もう逃さない。はち。お前は俺のものだ。

 

 夢で言ってた様な気がする。もしかして口に出してたのか? 暴行のショックで感情の刷り込みが起こったのか。最悪だ。

 

「あぁ……そうだな……連絡を取ってくれ。それでだな、ここで何があったか、淡々と事実だけを連絡してくれ。その後でいい、代わってくれ」

 

「はい。分かりました」

 

 ストックホルム症候群を患った者は犯罪者を庇おうとする行動を取る。事実だけを伝えてもらって何が起こったか両親に理解してもらう。その後に俺が事情を説明する。一つ忘れていた。これは確認しておかないと。

 

「はち、一つ確認だが、お父さん(・・・・)は在宅か?」

 

「!! はい! 朝の仕事は終わっているので! お母さんもいます! 直ぐに連絡を入れますね!」

 

 急に張り切りだしたはちに、戸惑うも、首を縦に振るしか出来なかった。

 

 連絡は直ぐに繋がった。はちは俺を見て頷いた。

 

「お母さん、はちです。はいそうです。今一八の家にいます」

 

『――』

 

「はい。その一八です」

 

『――』

 

「よく分かりましたね。今日一八のものになりました」

 

『――』

 

「一八からです。襲われました」

 

『――』

 

「お母さん、泣かないで下さい」

 

『――』

 

「痛くはありません。終わった後、一八は優しくしてくれました」

 

『――』

 

「はい。全身べとべとになったのでシャワーを借りて、着る服がなかったので一八の服を借りました」

 

『――』

 

「はい。制服のままだったので」

 

『――』

 

「はい。はちは全てを受け止めます。お母さん、心配しないで下さい」

 

『――』

 

「いえ、今から家に伺うと。お父さんがいるか聞かれました」

 

『――』

 

「あ、一八が代わってくれと」

 

 口を挟まないほうがいいと思い黙って聞いていたが何かが違う。いや、事実だけを言っている。間違いじゃない。合ってるのか? 今日はもう頭が働いていない。加害者は俺だ。事情を説明して、誠心誠意謝罪する。

 

「お電話変わりました。新海一八と申します」

 

『あらあら、まぁまぁ。はちの母です~』

 

「この度は、大事なお嬢様に取り返しのつかないことをしてしまいました」

 

『あらあら、まぁまぁ』

 

「申し訳ありません」

 

『あらあら、まぁまぁ』

 

「自分を抑えきれず、お嬢様に無理矢理狼藉を……」

 

『あらあら、まぁまぁ』

 

「あの?」

 

『聞いてますわ~』

 

「働いてしまいまして……」

 

『あらあら、まぁまぁ』

 

「その?」

 

『聞いてますわ~』

 

「……法的にしっかりと責任を果たすつもりですので」

 

『あらあら! まぁまぁ!』

 

「今からお嬢様をお宅にお送り致します」

 

『あらあら まぁまぁ』

 

「お父様もご在宅と聞いていますので……」

 

『あらあら! まぁまぁ!』

 

「お嬢様の状態についてのご相談も……」

 

『ぷー、ぷー、ぷー、ぷー……』

 

「もしもし? もしもし!?」

 

 いきなり電話が切れた。話さないといけない大事な事なのに。はちに似ておっとりした声だったが怒っていたのか? ……怒って当然だな。冷静だったとは思えない。突然の事で混乱するのは当たり前だ。泣かないでって、はちも言っていた。きっと涙を流しながら耐えていたのだろう。顔も合わせずに加害者が何を言っても通じるはずなんてない。

 

 話をしたのは僅かな時間なのにどっと疲れた。ため息が出そうになったがはちが横にいるのにそれも出来ない。

 

「切られたよ」

 

 苦笑しながらはちに端末を返した。洗濯物の乾燥も終わっている。出かける準備をしようと立ち上がった。

 

「今頃慌てて準備をしていると思います」

 

「準備? 何の?」

 

 立ちながら、ふふっとはちは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

19

 

 はちの自宅は俺の家から車で一時間の距離だ。意外と遠い。荷物を積み、早速出発した。本当は後部座席に座って欲しかったが、助手席にするりと乗り込んだので止める間もなかった。気まずくなるかと思ったがそうでもなかった。会話がなくとも全く気にならない。

 

「質問していいですか?」

 

 信号待ちではちが尋ねてきた。勿論悪いはずがない。

 

「お見合いって……」

 

「え? どうして知ってるの?」

 

 本気で驚いた。お見合いの話が出たのは昨日だ。まだ誰にも話をしていないはずなのに。

 

「寝ている時に……」

 

「寝言で言ってた!?」

 

 これは恥ずかしい。淫夢を見てとんでもないことを言ってないだろうか。

 

 見合い。

 

 第三者を仲介しての男女の面談だ。大昔からある習慣だが、内容は昔と違う。結婚を大前提としている。つまり、顔合わせした時点で結婚はほぼ決まると言ってもいい。顔合わせした時点で断るのは並大抵のことではない。二十五歳を超えて独身の男性が殆どいないのはこのシステムがあるからと言っても過言ではない。

 

 だが俺にはもう関係がない。犯罪者である俺は刑務所行きが決まっているのだから。

 

「断る事になるから」

 

 顔合わせ前なら断る事が可能だ。例えば犯罪を犯したとか、結婚したとかだ。ははははは……はは……はぁ。

 

 見合いを済ませてからだともう国外逃亡くらいしか断る手段はない。当然日本に戻るのはまず不可能だ。

 

「でも……」

 

 見合いを断る難しさは、日本人なら誰でも知っている。今や犯罪者になった俺は逆に断られる立ち場だ。刑務所に入るのに見合いも結婚もない。

 

 今回の見合いは、ひと目見た俺を気に入った先方がどうしてもと話を持って来たらしい。二十八にもなって独身だが、取引先とはこれまでずっと付き合いがあった。今更の話でもあるし、独身で何か問題があると言ってきたのは、断らせない為の建前だろう。

 

「まだ顔合わせしてないし、ほら、今日の事もあったしね」

 

「!! はい!」

 

 元気に声をあげるはちに首を首を傾げながらアクセルを踏んだ。

 

 やはりはちといると心が楽になる。だがもう元には戻れない。俺の初恋は終わったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

20

 

「えぇっと……ここ?」

 

 はちの案内でたどり着いた先は家じゃなかった。塀だった。重厚な黒い四間(けん)程の間口の門。その左右にパース線が出るほど長い塀が続いていた。

 

「はちってもしかしてお嬢様?」

 

「? そう呼ばれる事もありますね」

 

 余りの大きさに俺の口は開いていた。

 

「はちのお父さんって何している人?」

 

「網元です。ひいひいお爺ちゃんが始めて代々の家業になってます」

 

「網元……」

 

 深海棲艦が世界から消えても、人類は海を恐れた。もういないのだと分かっていても魂に刷り込まれた恐怖は簡単には拭えない。様々な組織が崩壊し、その中に漁業関連は当然多かった。

 

 その中で率先して漁で生業を営む者達がいた。集団を作り上げ、宝の海となった漁場から日本の台所を支えた。中でも特に強い力をもった者は網元と呼ばれ、その後も成長を続け、現在では政界にも強い影響力を持っているとかいないとか実しやかに囁かれている。

 

 はちの実家は界隈一帯の漁師5万人を束ねる網元だった。

 

「よしっ!」

 

 最初から住む世界が違っていた。しかしすることは同じだ。誠心誠意謝罪する。それだけだ。

 

 インターホンはどこだと門の辺りを探していると、音も出さず門が左右に開いた。見た目は古風だが機械化されていた。

 

 開いた門の向こうに左右にズラリと並んだビクトリアンメイド。その奥には黒服の強面集団。

 

「ただいまです」

 

「お帰りなさいませ」

 

 集団の先頭に控えていた黒服がはちに応えた。年齢は幾つか俺より上だろう。海で鍛えた男特有の逞しい体付きだ。他のメイドや黒服は静かに頭を下げたままだ。

 

「お嬢、奥様がお待ちです」

 

「はい。一八、こっちです」

 

 はちの案内で一歩踏み出した時、黒服が道を塞いだ。

 

「お嬢、客人はオヤジ(網元)が直々に持て成すそうです」

 

「お父さんが?」

 

「はい。おい、お嬢をお連れしろ」

 

 黒服は俺をはちの間に体を割り込ませた。口調は丁寧だが、俺を見る瞳は冷気を感じるほど冷たい。他の黒服やメイドも俺のという存在が居ないものとして動いている。当たり前だ。俺が歓迎される理由などないのだから。この後どうなるのか。腕の一本や二本じゃ済まないだろう。最悪も想定できる。ここで暴力が振るわれないのは、はちがいるからだ。彼らにとって大切なはちの眼の前で暴力を控えているだけだ。

 

「むう……仕方ない……。一八、お父さんに付き合って下さいね」

 

 はちは抱えた本はそのままに、また後でと、掌を向けて小さく手を振りながら去っていった。それがはちを見た最後の姿だった……とモノローグが付いてもおかしくない。

 

 メイドは消え、残ったのは黒服の強面のみだ。

 

「客人はこちらへ」

 

 最初の黒服が愛想もなく背を向けて歩き出した。その先には黒服の集団がいる。俺は黒服を追い掛けると、黒服強面集団が俺を避けるように左右に動く。

 

「ちっ」

 

「クソッ」

 

「おい、我慢しろ……」

 

「くっ! 右腕の封印が解けそうだ!」

 

 横を通り過ぎた時、黒服達の小さな怨嗟の声が聞こえた。俺を睨む目には様々な感情が入り混じり読み取る事は容易ではない。だがそこにポジティブな陽の色はない。大事な宝を奪われ、しかし報復が許されない時、人は瞳にこの色を浮かべるのではないか。

 

 そうか、彼らは俺がはちに何をしたかもう知ってるのか。彼らからすれば俺は殺したいほど憎い男だろう。罪を償うのは無理かもしれない。だが彼らに殺される事が罪滅ぼしになるのなら……

 

「お嬢はな、俺らにも気さくに声をかけて下さるお優しい方だ」

 

「はい」

 

 前を行く黒服が、振り向かずに声を出した。

 

「小さい頃から見守ってきた。不遜だがある意味、娘のようにも思っている」

 

「はい」

 

「ここにいる奴ら全員そうだ。言ってる意味分かるな?」

 

「……」

 

「網元(オヤジ)には絶対に手を出すなと言われている。だが安心するんじゃねぇぞ。ここには血の気の多い奴はいくらでもいるからな」

 

「……はい」

 

 何も言えない俺は、小さく相槌の言葉しか出せない。

 

「くっ!」

 

 黒服はそれが気に入らなかったのか振り返って俺の襟を掴んだ。殴られるかと思ったがそれはなかった。黒服の瞳には涙が一筋。

 

「お嬢をっ……泣っ……てめぇ! ただじゃ済まさねぇからな!」

 

 黒服は感極まったのか途中から言葉にならない声で何かを伝えようとする。意味を成さない言葉はたしかに伝わった。彼らがはちを大事にする想い。それが裏返り俺に返ってくる。もう俺は無事にこの屋敷から出られない。

 

「ふっ……今朝の漁で鱗が目に入っちまったぜ。太陽が目に染みらぁ」

 

 黒服はサングラスを取り出し目を隠した。勿論俺は何も見ていない。

 

 この期に及んで言葉の謝罪など何の意味もない。腰を曲げ頭を下げる。彼らの想いの深さを思うと、この程度の事しか出来ない。俺は取り返しのつかないことをしたと改めて実感した。多くの人を傷つけた。刑務所に入った所で罪は償えない。

 

「頭を上げな。あんたが頭を下げるのは俺じゃない。行くぞ」

 

 黒服は頭を下げる俺に背を向けて歩き出した。向かう先はその先にある小さな茶室。ここに網元、はちの父親がいるのだろう。

 

 俺はぐっと腹に力を入れて、歩き始めた。

 

 




黒服がツンデレだと理解出来た人は台詞の意味が変わってくる。




着地点見えたので次回で最終回。一番最終のピース書き終えました。

ちょっとモチベが落ちているので、少し間が開くと思います。

二週間以上間あいたら、当分更新ないと思ってもらって結構です。
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