「きゃあっ!」
戦艦レ級の砲弾が駆逐艦暁の至近に着弾し大きな水柱を上げた。暁は着弾の衝撃と大量の海水に押し流され一時行動不能になった。
深海棲艦にそこを狙われた。深海棲艦の行動原理は未だ解明されれていない。旗艦を庇う行動をとる事から、仲間意識、または縦の関係があるのではないかと推測出来るが確証にはいたらない。そして艦娘に対しては弱った者を集中して狙う傾向があった。今の暁がそうだった。
暁目掛けて次々と水柱が上がる。幸いにして水煙が暁の姿を一時的に隠し、正確な着弾は回避出来ている。しかしこのままだと暁に直撃するのは時間の問題だった。
「調子に乗るなぁ!」
水柱の影から亜麻色の髪の少女が飛び出てきた。左右の腕に20.3cm(2号)連装砲を持ち、砲身が焼け付く勢いで速射を繰り返す。飛び跳ねた海水が砲身に飛び、一瞬で蒸発していく。
「提督!聞こえるか!?このまま突っ込んであいつらぶっ飛ばしてやる!」
『摩耶!駄目だよ!数が多い!一旦撤退しなきゃ!』
「んだよぉ!ふっざけるなぁ!突っ込むから見てろよな!」
『絶対に駄目だ!暁を回収して全員撤退だ!』
「ちっ、わぁったよ!戻るぞ!戻るからな!」
『うん。気を付けて。航空部隊が撤退の支援するから』
「仕方ねぇ。暁!大丈夫か?」
無線で己の提督との交信を終え、摩耶と呼ばれた少女が行動不能になった暁の元へ滑るように移動する。周囲に上がる水柱の数は減ったが依然として狙われているのは変わらない。
「油断しちゃったわ。一人前のレディとして失格ね」
「何があったかしらねぇけど浮かれているからだ。ほら立てるか?」
「ありがと。お礼はちゃんと言えるし」
「そういうところがお子様だっつぅの」
「失礼しちゃうわ。もうお子様じゃないんだから!」
「わかったわかった。お。航空支援部隊だ。さっさと撤退するぞ」
後方から艦戦隊が雲を引きながら飛来し、奪われていた制空権を一次的に優勢へと傾けた。その直後に航空支援の艦爆機が旗艦を努めている戦艦レ級の頭上に爆弾をばら撒いた。正確性には欠け直撃弾はないが目眩ましとしては十分だ。
「提督!撤退する!」
『了解!気をつけて』
「いちいちうるさい!」
『だって…』
「もう言うな!黙ってあたしをみてろ!」
この日、摩耶を旗艦とし主に水雷艦戦で構成された艦娘艦隊は戦艦レ級二隻を含む深海棲艦の空母機動部隊と戦闘に入った。不運にも遭遇戦となったこの戦闘は相性が悪すぎた事もあり、最終的に小破二、中破一という被害を出した。摩耶を旗下とするこの日艦娘を指揮した提督の、迅速な航空支援要請のお陰で、大破、轟沈は一隻もなく、戦力差を考えると被害は軽微とも言えた。
深海棲艦との戦いは
■
大本営が艦娘に課す唯一の義務。それは提督の旗下に入り深海棲艦と戦うこと。それだけだ。一二年間の間一切変わらず、艦娘は軍隊生活、そして私生活の全てに於いて一切の制限を受けない。人間が法律の制限を受ける喫煙も飲酒も艦娘は気にする必要がない。
しかし喫煙をする艦娘は少ない。この泊地に限っては皆無と言っていいだろう。理由は様々だ。艦娘自身が喫煙を好まない事、自身の提督が艦娘の喫煙を好ましく思っていない事、そして唇を合わせる時、提督に臭いを移してしまう事だ。
泊地にも当然娯楽施設はある。前線故に規模は小さいが、大本営が福利厚生を目的に様々な品を格安で提供する酒保を筆頭に映画館、
艦娘と提督が利用するのは当然だが、泊地にはその他にも提督と艦娘を支える多くのスタッフが常駐している。面白いのは妖精さんと呼ばれる艦娘と提督にしか視認できない摩訶不思議な存在も利用していることだ。店員が目を離した隙に商品がなくなりカウンターにお金が置かれていたというのはよくある話だ。もちろん泊地に常駐する人間全てが妖精さんの存在を知っており、お金など不要なのだが、経済活動を面白く思う妖精さんが遊びでお金をやりとりしているのである。
妖精さんが使用するお金は大本営が用意している。給料として妖精さんに用意している分だ。妖精さんはお金に興味はない。遊びの一貫として金銭のやり取りを楽しんでいるだけなので、あくまで給料の体を成しているだけだ。貰わない月もあったり、一〇〇万を超える場合もある。飽きればそのうちこの給料制度もなくなるだろうと大本営は思っていたようだが、戦いが一二年目に突入した今も妖精さんの遊びは続いている。
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泊地唯一のバー『偕老同穴』のバーテンダーは口が固い事が唯一の特技だと自負している。泊地での勤務は今年で十二年目になる。バー『偕老同穴』の営業年と同じである。
泊地では提督と艦娘を支えるスタッフの入れ替わりが激しい。深海棲艦と戦う前線でもあり、本土から遠く離れている。多いとは言えないが心を病んでしまうものもいる。任期が最長二年だというのも理由だ。深海棲艦の侵攻で物言わぬ無言の帰宅をした者も少なくない。。
入れ替わるのは提督と艦娘も同じだ。数は少ない。しかし年に一定数入れ替わってしまう。提督は経験の少ない新顔に。艦娘は同じ容姿で建造されたばかりの。
『偕老同穴』のテーブルには永遠に空席の予約席がいくつかある。提督、艦娘が入れ替わるとはそういうことだった。
バーテンダーの前で一人の少女が左手に持ったグラスを傾けている。綺麗な亜麻色の髪。セーラー服に似た装甲艤装を解き、落ちついた服装に身を包んでいるため、目のやり場に困る胸は隠されている。
艤装は深海棲艦との戦いに無くてはならない。艤装を展開した瞬間から艦娘は戦う乙女になる。バーテンダーが一万人で立ち向かってもとても敵わないだろう。だが艦娘がバーで飲む時は艤装は解かれている。摂取できないからだ。艤装を展開している時に摂取できるのは燃料と弾薬のみである。艤装の解除と共に艦娘の力は人間と同程度まで落ちる。そして酔える。艤装を展開した瞬間に酔いは醒める。不思議な事だった。
バーテンダーの前の少女は高雄型三番艦重巡洋艦の摩耶だ。『偕老同穴』の常連でもある。いつもは自らの提督と店を訪れていたが今日は珍しく一人だった。
摩耶が提督に怒鳴り、提督が謝る。機嫌を直した摩耶が提督に酒を飲ませる。目を白黒させながら提督が酒を飲む。潰れた提督を摩耶が宿舎まで送る。だいたいこのパターンだった。
摩耶は建造されて一一年。提督の年齢は一九。提督一人、艦娘一人のペアだ。
深海棲艦の侵攻で人類に児童福祉法だとか倫理とか言ってる余裕はなくなっていたのだ。当初、人権運動家達が声高に叫んだが誰も耳を傾けなかった。
最古参ではないが古参の艦娘になった摩耶は、同じく重巡洋艦の高雄と共に旗艦を務めることが多い。戦果も泊地ではトップクラスだ。
摩耶の提督は一九という若さで准将だ。戦歴は一一年。早いのか遅いのか。彼より年経た提督が少佐、中佐、大佐だったりするので違和感はある。彼を馬鹿にしたり舐めた態度をとるのは目の前の摩耶と泊地に赴任したばかりの何も知らない提督だけだ。
「隣座るわよ」
新しいお客様だ。駆逐艦艦娘の霞だった。
「ふん」
「何よ。不機嫌じゃない」
霞は泊地に来て五年。建造されて五年ということだ。古参、最古参には敵わないが中堅として活躍している。
「んなことねぇよ」
「提督がいないわね。そう言えば提督会議開いている最中か。なるほど」
「ちげぇし」
摩耶は憮然としつつ左手のグラスを傾ける。霞が摩耶と同じカクテルを注文した。
「ねぇ」
「んだよ」
霞は摩耶と話をしたそうだった。摩耶は相変わらず不機嫌だった。
「どうやったら提督はしてくれるのかな」
「はぁ?」
「だから!どうやったら提督が私を抱いてくれるかって聞いてるの!」
バーテンダーは何も聞いていない。。
「知らねぇよ!なんであたしに聞くんだよ!」
「なんでって摩耶、提督としてるんじゃないの?」
「な!な!な!何いってんだよ!」
摩耶は顔を真っ赤にしながら霞に問い詰める。バーテンダーは何も聞いていない。
「何ってあなた分かり易い行動とるんだもの」
「わ、分かり易いって…例えばどんな……」
「分かってなかったのね。どうしようかなぁ」
「いいから言えよ!」
摩耶がカウンターをバンバンと叩いている。艤装を展開していれば店は半壊しているだろう。
「仕方ないわね。いい?あなた無線で提督に怒鳴っている時どんな顔してるか理解してるの?顔を真赤にして、それはもう嬉しそうに怒鳴ってるの」
「え?」
「今日の戦闘だって、提督に無線を繋ぐ度に嬉しそうに怒鳴っているし、通信が来る度にそわそわしてるし」
「……!!」
摩耶が口をパクパクしながら固まっている。
「この一年、特に酷くなってるし、そりゃもう邪推してくれって言ってるようなものよ」
摩耶がバーテンダーを睨んだ。バーテンダーは何も聞こえない。知らない。誰にも話さない。記憶がない。
「で、どうなのよ。してるの?してないの?」
「……してます。ほとんど毎日です…」
摩耶が消え入りそうな声で霞の質問に答えた。バーテンダーには聞こえない声も、艤装を解き生理が落ちたとは言え艦娘の耳にはしっかり聞こえる。
「毎日!?」
「引っ掛けたのか!?」
「別に引っ掛けてないわよ。自分でしゃべったんじゃない」
「うぅぅぅぅ!!」
摩耶がカウンターをバンバンと叩く。艤装を展開していれば(ry
「でも。これで確定ね。高雄も同じ。高雄は二年前からほぼ毎日だって」
「……どういうことでしょうか…霞さん…」
摩耶は声が震えた。
「提督と艦娘が1:1か1:2の関係に限られるんだけど五年刻みに関係が強まるみたいなの。覚えあるでしょ?」
摩耶は思い出す。摩耶が提督に初めて抱かれたのは提督が一三の時。建造されて五年目の事だ。それ以降週に二、三日のペースで肌を重ねてきた。肌を重ねる前からもそうだったが、我慢が出来ないほど提督が愛おしくなったのだ。摩耶から提督を襲うわけには行かない。恥じらいはあるし、提督も女性に襲われたと心に傷を負ってしまい提督を続けられなくなるかもしれない。それに摩耶も提督から望んで欲しかったのだ。
二人っきりになった時にセーラー服型の装甲艤装の裾を二センチ上げたり、脈絡なく肌を押し付けたり、風呂上がりの肌を油断した振りをしながら晒したり、艤装を解除したまま無防備に寝姿を見せたりとした結果提督に襲われた。初めては七回だった。
一年前。建造一〇年目はどうだったか。提督を見る度に心が跳ねるのだ。自分が、自分だけが提督の艦娘である。自分だけが提督を支えている。支えられる。気持ちが押さえられない。提督の寝室に摩耶の私物を黙って増やし続け既成事実としてきた。
最初は気のせいかと思ったが提督に抱かれた翌日、体が軽いのだ。深海棲艦の攻撃も今まで避けきれなかった攻撃を避けれた。動きが見える。外していた距離を当てれるようになる。勘違いではなかった。
提督にその事を話すとお互い、仕方ないね、そうだな。命かかってるし、明日も戦闘あるしな、とか言いながら、寝室に消える。それが毎日だ。提督の寝室は執務室に繋がっている。つまり完全防音だ。何をしても音が漏れる事はない。摩耶の性癖はばれてはいないはずだ。
「……覚えあるっす……」
恥ずかしさのあまり摩耶の個性が崩れている。あたしどんな話し方してたっけ?
「行動承認欲求も増えるみたい。許可もらいたいとか、提督にずっと見ていてもらいたいとか、側に居て欲しいとか、束縛されたいとか知らない内に行動してるみたい」
摩耶はどうだったか。今日の戦闘でいちいち提督に許可を貰おうとしてなかっただろうか。ベットの上では?裸を見られるだけで嬉しくて濡れていなかったか。時間が許す限り肌に触れようとしていなかったか。どこに行くのかといちいち聞いてくるのを嬉しく感じていなかったか。いや、これ以上考えてはいけない。自覚するとやばい。
「私は建造されて五年目なのよ。提督は元々好きだったけどどうしても素直になれなかったわ。今はすごく後悔してる。でも駄目なの。口が勝手に悪口をいっちゃう」
「で?なんか試してんのか?」
「そりゃしてるわよ。際どいパジャマで提督の寝室に忍び込んで添い寝したり、お風呂上がりに膝に座ったり」
「まぁ色々と小さいからな」
「そうなのよ。まるで子供をあやしてるみたいな態度取られるの」
霞は、はぁー、とため息をつきカウンターに上体を預けた。
「倫理観とか無意味なもんで縛られてるのかもな。そっちの提督何歳だっけ?」
「三八。はぁ……なんであんなの好きになっちゃったんだろ…」
摩耶からはアドバイス出来る事がない。摩耶の提督は若さもありリビドーを押さえきれなかったのだ。そこを摩耶も狙った。霞は摩耶とは違う。色んな意味で。
「……暁に聞いてみようかしら」
「なんで暁が出てくんだよ」
暁は摩耶より戦歴が一年長い。高雄、伊一九と並び最古参組の一人である。今日の出撃も暁でなければ轟沈していただろう。
「なんでって、暁が提督に抱かれているからよ。人間からみれば私より幼くみえる暁がどうやって抱かれるに至ったか参考になると思うわ」
「マジかよ!」
そう言えば今日の戦闘でも何か言っていた。いつもと同じ台詞だと気にしなかったが、誇らしげに言っていたのではなかったか。
「じゃぁ暁のところ行ってみる。勘定おねがい」
バーテンダーが見えない。カウンターの下側から伝票が出てきた。バーテンダーはしゃがんで足元の棚を整理していた。バーテンダーには二人の会話は何も聞こえなかったが、想像力は無限大なのだ。
勘定を済ませ霞はバーを出ていった。
艦娘の仲間意識は強い。艦種、戦歴、容姿は関係ない。全員対等な関係だ。霞も幼く見えるだけで艦娘に年齢など無意味だ。
摩耶はグラスに残ったカクテルを飲み干した。無性に提督に会いたくなったのだ。もうそろそろ提督会議も終わる頃だ。提督は必ず連絡を入れてくれるだろう。
「勘定」
にゅっとカウンターの下から手が伸びた。
摩耶はバーを出る。そうだまずは風呂だ。硝煙の臭いを付けたままは嫌だった。
無線がなった。提督からだ。
『摩耶ごめん!遅くなって』
「クソが!遅ぇよ!こっちは待ちくたびれて……戦闘で汚れてるんだ……い、
6/6修正
バーテンは差別的ニュアンスがあるらしいのでバーテンをバーテンダーに変更しました。