提督と長門
「待機だと?」
長門型一番艦、戦艦長門が執務室の提督に詰め寄った。
メディア戦略の一貫で、『鎮守府の護り神』の呼び声も高い長門には提督から言われた発言は到底納得出来るものではなかった。
「もう一度言いますね。長門さんは一ヶ月の間、出撃を見送り鎮守府で待機となります」
三〇を幾つか過ぎた辺りだろうか。縁無し眼鏡に窓から差し込む光を反射させ、口元辺りで組んだ両手で口元を隠した提督が長門に告げた。
「何故だ?
「その通りです。余裕がないんです」
「ならば……」
提督は長門の言を別の意味で肯定した。ならばと長門は承伏しかねた。
「本当に余裕がないんです……うちってメディア戦略が中心なんで、これ以上燃料・弾薬の予算が降りないんですよ……くぅー」
提督は眼鏡を外し軍服の袖口で涙を拭った。
長門は大本営が主導する国民向けのメディア戦略の一翼を担う艦娘である。一番最初にテレビに出演した艦娘の一人でもあった。勿論メディア戦略を担う艦娘は長門一人ではない。長門を含めて同艦隊に六人。別艦隊に七人。合計一三人の艦娘が従事していた。
メディアに主に露出しているのは、長門を筆頭に霧島、利根、筑摩、鳳翔、大潮、那珂、天津風、文月、子日、初霜の一一人。
所属する艦隊別に纏めると以下の構成になる。
那珂
長門、天津風、文月、子日、初霜、凉風
霧島、利根、筑摩、鳳翔、島風、大潮
それぞれの艦娘又は艦隊を、三人の提督がマネージメントしている。
那珂は本来泊地向けの戦力になる予定だったが、メディア向けの
そして長門の勇ましく頼もしい容姿と言動、ネームバリューは艦娘メディア広報特務第一艦隊旗艦としてうってつけの艦娘であった。
国営の放送の番組が艦娘の奮戦を放送する。
人々は長門達、艦娘に任せておけば大丈夫だと安心した。各媒体が大規模な人気アンケートを実施したところ長門は常にトップスリーにランク付けされた。
『最強の戦艦』、『ビッグセブン』、『守護神』と枕がつくのは早かった。
泊地、鎮守府に在籍する全ての艦娘中、最も練度の低い戦艦長門の誕生だった。
「昨日許可を取らずに出撃したでしょう?」
「緊急だった。近海に深海棲艦が現れたのだ。被害を出すわけにはいかない」
鎮守府の近海に深海棲艦が現れ、通常艦隊に所属する艦娘達の準備が間に合わないと判断した長門は、迎え撃つ為に特務艦隊を引き連れ迎撃、撃沈したのだ。
「それ、泊地の艦娘達がわざと逃したメディア広報特務第二艦隊の撮影用の深海棲艦だったんです」
「なに?」
「霧島さん達用に、弱らせて逃した深海棲艦だったんです」
「ほう。道理で弱かったはずだ」
長門は、ふむりと頷いた。昨日の戦闘を思い出しているのだろう。
「慌てた大本営の撮影スタッフが戦場に駆けつけた時には戦闘はほぼ終わってました」
「一撃だったからな」
長門は、うむりと頷いた。戦艦長門の放つ砲弾の直撃を受ければいかな深海棲艦と言えどもただでは済まない。
「それです」
「それ?」
「長門さん。昨日の戦果は?」
「深海棲艦二隻だ」
「もっと詳しく。艦種もお願いします」
「駆逐艦のロ級とハ級の二隻だ」
提督は自らの額をぐりぐりと抑えた。
「深海棲艦は他に何がいましたか?」
「重巡洋艦り級一隻、軽空母ヌ級一隻、重雷装巡洋艦チ級一隻、軽巡洋艦ホ級が一隻だな」
「流石ですね。戦場がよく見えている」
「ビッグセブンだからな」
提督が執務机を両の掌で、バンッ!と叩いた。
「なんで駆逐艦だけを狙い撃っちゃうの!?」
「敵の弱い所を攻めるのは戦の常道だ」
冷静さをかなぐり捨て突然激高した提督。しかし世界のビッグセブンはその程度では動じない。なんせいつものことだ。
「駆逐艦五人で残りの深海棲艦を相手したんですよっ!」
長門が弱りきった駆逐艦二隻を相手している間に、天津風、文月、子日、初霜、凉風の五人で、リ級、ヌ級、チ級、ホ級と相対する事になった。一度目の改造を済ましており、深海棲艦も弱体化していたとは言え、一撃で轟沈させることが出来ず小破以下とは言え、全員が被弾してしまった。
「全員損害は軽微だ。それに頑張っている駆逐艦を見るのは眼福というものだ」
「受けなくてもいい被害を受けたって言ってるんですぅ!」
バン!バン!と執務机を叩く提督。
「わかった。次から気にかけよう」
「それ前も言いましたよねっ」
フーフーと猫の様に唸る提督。
「練度が足りていない。確実に沈める事に何の文句があるのだ」
長門は建造されて一二年。一度として鎮守府から外海に出たことがない。提督一人に艦娘六人。泊地の艦娘に比べて圧倒的に弱い。泊地の軽巡洋艦娘、駆逐艦娘と一対一で演習をすれば戦略的敗北を喫するだろう。勿論戦艦としての火力は圧倒的だ。だが当たらないのだ。
鎮守府には、提督旗下の艦娘が四人以上の部隊が集められている。艦娘の個々の強さは提督旗下の人数に反比例する。つまり提督旗下の艦娘が多ければ多いほど、身体能力は低くなる。練度を上げる事である程度の差は埋められるが、最終的には絶対に敵わない。
泊地は激戦区である。演習と稀に侵攻してくる
その上、長門は戦艦である。燃費と弾薬の消費がすこぶる悪い。演習中心で練度を上げているが、二年前に漸く一度目の改造をすませたばかりだ。ちなみに駆逐艦達が五年前に一度目の改造を済ませていた。
「じゃぁ泊地ブートキャンプに行きますか?今の長門さんの練度なら一週間持たないですよ」
先日改造間近になった筑摩達が泊地で教導を受け十分な練度に達した為、二度目の改造を済ませていた。
「無理を言うな。
「……すいません。意地悪でした……」
「気にするな。忘れろ」
長門は本土の『守護神』だ。国内向けに作られた『最強の戦艦』である。長門の不在はそのまま国民の不安となる。提督との邂逅初期に決定づけられた初期の強さは低いが、戦艦として、長門として存在するだけで民心の安定に繋がっている。練度が上げられぬとしても存在するだけで意義があるのだった。
「……私の許容量が無駄に大きいせいで長門さんに苦労を…」
「それ以上言うな。それに私は今の状況に不満はない」
提督の許容量は艦娘六人。提督として最大値を誇った。艦娘との相性は戦艦と駆逐艦のみ。歪であるが一人で艦隊を組めた。必然艦娘の個々の強さは最弱だった。
「それにな、適材適所だ。どの道鎮守府に駐留する艦娘は必要なのだ。プロパガンダとは言え国民に安心を与え、泊地で戦う艦娘達が全力で戦える環境を我々が作っているのだ。何の不満がある。駆逐艦に囲まれる生活……悪いものではないぞ」
「最後おぉぉぉっ!」
「ふっ、冗談だ」
提督は。ふうと一つため息をついた。
「……なんの話してましたっけ……さっきも言いましたが大本営のスタッフが撮影出来なかったのでニュース番組用の映像の取れ高が全然足りてないんです」
「ほう。つまり私に出演しろと言うことか」
「全然違います。話は最初に戻りますが、取り直しは当然霧島さんの達の艦隊が戦います。元々二度目の改造を受けた筑摩さん達のお披露目みたいなものでしたし」
大本営のスタッフは優秀である。上半身だけを撮影する事などお茶の子さいさいだ。島風は編集カットである。
「でも二度手間になった事から撮影スタッフが激おこぷんぷん丸状態で、その上長門さんの戦闘スタイルを問題視し始めまして」
「それで待機か」
「はい。頑張ったんですけど、予算を人質にされるともうどうしようもなくて……期間を三ヶ月から一ヶ月に変更するので精一杯でした」
「苦労かけるな」
「いえ……大元の原因は僕にあるのでこれくらいは……」
「言うなと言ったぞ」
長門は柔らかく笑った。
「私たちは大本営が作った兵器だ。提督が居ないことにはそもそも話にならん。戦うことすら出来んのだからな。提督、感謝しているぞ」
「長門さん……」
「話はそれだけか?」
「はい」
「わかった。自重しよう。では行くぞ。今日は『駆逐艦の中身たっぷりまんじゅう』でも食べてゆっくりしておこう」
長門はそう言うと執務室の扉を開き出ていった。提督は黙ってそれを見送った。
「…しまった。また駆逐艦
6/20
痛恨の設定ミス。
修正しました。
五月雨 → 初霜
漣 → 大潮