迷宮はハーレム王国(Make your harem kingdom!!) 作:五十貝ボタン
本番行為には至りませんが、人によっては受け入れがたい展開かもしれません。
ナズナは次回無事に助け出されますので、展開が苦手な方は読み飛ばしたほうがいいかもしれません。
「馬鹿な! この死の神ムングが死ぬなど……あり得ん! 馬鹿なぁああ!」
どうと巨体が倒れ込む。ナズナは大剣を振り上げ、
「何が死の神だ、思い上がるな。巨鬼として小鬼でも従えて生きればいいものを、自分をわきまえないからこうなるのだ」
そう言って、巨鬼の首を斬り飛ばした。
「よーし、ここの連中も片付いたみたいだな。ご苦労、ご苦労」
気楽な様子でパトリオットがひらひらと手を振る。
さらに奥に進んだ一行を待ち受けていたのは、死の権化を名乗る巨鬼(小鬼よりも大きくて強い鬼だと思えばいい)と、歩き髑髏(スケルトン)、死にぞこない(ゾンビ)の群れだった。
……が、しぶとさで有名な死にぞこないは、兵戈の扱いに長けたナズナと七草騎士団の前では一蹴され、歩き髑髏もまた、大剣によって打ち倒された。
そして巨鬼も、今の通りである。
「もうすぐ、ダンセイニ街道の最深部だな。街道を乗っ取った支配者が居るとすればこの先だろう。一端キャンプを張って、対策を考えよう」
戦利品を漁り始めるペティコートとユナを尻目に、宮廷の他の面々はキャンプの準備を始める。
マユはさすがに迷宮防護服の替えは持っていなかったため、ペティコートの用意していた服に着替えている。もちろん、顔以外は露出していない。
「……そんな必要があるのか?」
ふとナズナが漏らした。
「ナズナさん。どういう意味かしらぁ?」
「こんな程度の連中の相手、あたし一人いれば充分だ。支配者とやらもたかが知れている」
ナズナは苛立ちを隠さずに言う。先ほどの戦いはそれほど歯ごたえがなかったし、ましてやなかなか戦おうとしない国王と一緒に居たいとは思えなかった。もしかして、先のメロンボールのテントでのことが関係しているかもしれない。
「油断は禁物ですよう。どんな敵が居るのかも分かりませんし……」
「せや。情報を征する者が戦いを征すんや!」
回収を終えたペティコートとユナが戻って来た。
「……」
マユはむろん、敵を探るのが仕事だ。反対する理由はない。
「そういうわけだ。今回はキャンプを張るぞ」
「宮廷の総意よ。従って、ね?」
パトリオットの指示に応えて、メロンボールがナズナの手を取る。
「……っ、もういい!」
その手を振り払って、ナズナは一同に背を向けた。そして、騎士団への指示を再開する。
「……どうしたんだ、ありゃ?」
その背を見て、パトリオットが思わずうめく。
「ありゃあ。パト様、嫌われちゃったみたいですよう」
「なんで俺の責任になるんだよ。多数決で意見が却下されただけだろ?」
「あんた、本気で言うとるんか?」
ユナがずいと前に踏み出して、呆れたように見上げてくる。
「あんたは国王やろ。その国王が仕事もせんとぼーっとして、ましてやテントに女連れ込んで遊んでたら、部下がやる気なくすのは当然と違うか?」
ユナは苛立った様子でパトリオットに詰め寄る。
「い、いや、けど、みんながよく働いてくれるから。俺がそこまで仕事しなくてもいいかなーって……」
「部下に仕事させて、自分はサボってええっちゅうんか!? あんたな、無責任にもほどがあるで!」
「ち、ちょっとユナさん。みんなが見てるわよ」
焦った様子で、メロンボールがユナとパトリオットの間に割ってはいる。ユナはハッとした様子を見せるが、ここまで来たらもう引き下がれないのだろう。パトリオットをにらみつけ、
「ナズナがやる気なくすのも当然や! 前の国王が何をトチ狂ってあんたを王に選んだんか知らんけどな、ウチはまだ、ナズナの方が国王にふさわしいと思っとるんやからな!」
つばを飛ばすような勢いで叫んだユナは、ナズナとはまた別方向に向かって歩いて行った。
「ああ、ユナさんまで……」
いかにも困惑した様子でメロンボールが言う。
「弱ったな。……これから大一番が控えてるっていうのに」
パトリオットはぽりぽりと頭を掻く。
「ペティ、ユナさんとお話、してきますよう。ナズナ様はしっかりしてらっしゃいますから、たぶん、すぐに落ち着いて考えてくださいますよう」
「ああ。……ええっと、マユ。とにかく、この先の様子を探ってきてくれ。偵察、頼んだぞ」
ユナの後を追うペティの背を見送り、パトリオットは傍らのマユに言う。
「……ん」
昨日の一件以来、マユはパトリオットと目を合わせようとしない。それでも、自分の仕事をわきまえているのだろう。こくん、と頷いて、駆けだしていった。
「困ったわねえ。……みんな、落ち着いてくれると良いのだけど」
「メロンが言うと、なんか困ってるように聞こえないな」
「まぁ。パトくんは本当に、女心というのを分かってないんじゃないかしらぁ?」
口元を隠しながら、メロンボールは非難するように言う。
「あのなあ。……それが分かってたら、こんな風になってないよ」
パトリオットは呟いた。
女心どころか、臣下の気持ちも理解できていない。呆れるほどの楽観主義。パトリオット本人は困っているようだが、メロンボールはそれでいい、と思っていた。
元来、王というものは自分勝手なものだ。配下の気持ちをいちいち気にして動いていては、決断力が鈍る。楽観的に物事を考えるからこそ、大きな決断ができるのだ。
パトリオットは好色だが、女にのめり込む男ではなかった。それでいい。女のために国をかんがみなくなった国王の末路は、枚挙にいとまがない。
「まあ、こういうことはペティちゃんに任せましょう。私も、ナズナさんの様子を見てくるわ」
だが、そんなことを今パトリオットに言っても仕方ないだろう。メロンボールは笑みを向け、歩き出していった。
「……なんか、あっというまに一人になっちまったな」
パトリオットはぽつりと呟き、自分のテントに向かっていった。
●
ダンセイニ街道は、街道と呼ばれているが、形としては大きなトンネルだ。とはいえ、迷宮の中にあるすべての道はトンネルの形をしているのだから、天井の高さや壁の広さを元に、街道だとか小道だとか、そんな名前を適当につけられているのに過ぎない。
岩の上に座り、風の吹きすさぶ道の先を見つめて、ナズナは物思いにふけっていた。
ユナがパトリオットに言ったことは、彼女の心の半分ほどを言い表していたが、残りの半分をユナは理解できていなかった。
ナズナは自分が国王になりたい、などとはほとんど考えていなかった。むろん、王だった父がパトリオットに国を任せて失踪したときには不満はあった。しかし、騎士として仕えるうちに、皆の前に立って戦うことが自分の性に合っていることに気づいたのだ。
強敵と刃を交えるとき、ナズナは満足感を感じていた。あるいは、味方を守るために立ちはだかったとき。みずからの剣術を鍛えているときも。
国王となれば、そんな生き方はできない。もし民を守るために国王が死んでは、結局彼らは国を失うことになる。王は何を犠牲にしても、生きなければならないのだ。ましてや、強敵と戦ってみたいからと自分の命を無駄にする国王などあってはならない。
政務に携われば、自分の修練に割くことのできる時間は減る。もちろん、騎士団を率いる今でも時間のすべてを修練に使うことなどできないが、国王となれば仕事の量はその比ではない。
ユナに文句を言われ、執務室に引っ張られるパトリオットを見るたび、あれが自分でなくてよかったとナズナは安心していたのだ。
「だが……」
それでも、ユナの言ったことは半分は的を射ていた。
ナズナは、パトリオットを主人として認めていない。
ナズナはバナナ王国の中では最強だった。近隣の小国家と比べてさえ、自分より強いものが居るとは思えなかった。その自分が、あの無責任で怠惰な男を君主としていていいものだろうか?
時として、父の命に背いてでも、クーデターを起こしてパトリオットを玉座から引きずり下ろそうという思いが頭をかすめる。
「だが……」
その後誰が国王になれよう?
ペティコートは幼いときから、従者としての生き方をたたき込まれてきた。人を助けたり、主人に仕えることに関しては非常に優秀だが、彼女自身が人の上に立つことはできまい。
マユも同じだ。生まれたときから隠密としての技術を身につけて生き続けてきたマユは、君主というにはあまりに危うい。なにより、幼すぎる。
メロンボールは美しく魅力的だが、それだけで人を従わせることはできない。彼女は自分の欲望を抑えることはできないし、優しすぎる。国民全員の願いを叶え、国王自身の欲望を満たすことなど、同時にはできない。
ユナはその逆だ。自分にも他人にも最大限の努力を求める彼女が国王になれば、いず責任感に押しつぶされることは目に見えていた。彼女が大臣として才覚を発揮できているのは、「完璧に物事が進まないのは国王が怠けているせいだ」という言い訳ができるからなのである。
では、自分が国王になるべきか?
それはもう無理だ。騎士としての生き方を知ってしまったら、もう国王となることなどできない。自分はどれだけ強くなれるのか。自分にふさわしい敵はどこにいるのか。気づけば、ナズナはそんなことを考えているようになっていた。
「だが……」
それならどうする?
百万迷宮のなかには、本当の主人を求めて旅をする人間も居る。武者修行と君主捜しを同時にするのだ。
そういう生き方にあこがれないではなかった。だが、自分を信頼してくれるバナナ王国の国民を捨て、自由に生きる気にはなれなかった。
「だが……」
だが。だが。だが。
その二文字が頭の中を埋め尽くしていく。
今のまま、国の剣として盾として戦いたい。
より優れた君主に仕えたい。
どちらも、騎士としての偽らざる本音だった。どちらかを選ぼうとすれば、もう一方が「だが」を示すのだ。
ナズナは自分を落ち着けるため、大きく息を吸い込んだ。戦いたい。心の底からそう思った。
心の中を戦いで満たせば、本当の自分がどちらを求めているのか、見えるのではないか?
「ナズナさん? こっちかしらぁ?」
「……っ!」
そのとき、背後から声が聞こえてきた。ナズナは思わず、逆の方向に駆けだしていた。
●
ユナはテントの中でも、ひたすらに政務を行っていた。国民のちょっとした不満や、今後の計画はいくらでもある。いや、本当のところ、ユナにそれほどの仕事を求めているのは彼女自身だった。
ユナはバナナ王国を卓上王国で終わらせるつもりはなかった。自分の力でこの国を小国家へ、いや中堅国家へ、かなうならば連合国家へ。あるいは、大バナナ大帝国を夢想することすらあった。
それを実現するためには、必要な仕事をただこなしているだけではダメなのだ。遠大な計画をいくつも練り、どんな雑事にも気を抜かずに対処する。
冒険の途中ですら国民を募るのもそのためだ。ダンセイニ街道で行き倒れていた人間を部下に保護させた。その人材にどんな仕事をさせようかと、すでにユナは考え始めていた。
「……そんなに根を詰めてちゃ、いつか倒れてしまいますよう」
テントの端でその姿を眺めていたペティコートが、おそるおそる、と言った様子で声をかける。ユナは握ったペンを止めもせず、
「あんた、パトリオットのメイドやろ。なんでここにおるんや、はよあいつのものでも咥えてやったほうがええんちゃうか?」
刺々しい声で答えた。
「でも、ペティはユナ様のことも心配なんですよう。もしもユナ様が倒れたら、パト様も困ってしまいますよう」
ユナはちら、と一瞥をくれただけで、すぐにまた目の前の書類に取りかかる。
「それにパト様、いつもおっしゃってますよう、自分が怠けてられるのはユナ様ががんばってくれてるからだって。あ、そうだ。ペティにお手伝い、させてほしいですよう。そうすれば……」
「なんでや?」
ペティの言葉を遮るように、ユナは聞いた。
「なんで、あんなちゃらんぽらんなやつに仕えてられるんや?」
ユナは手を止め、ペティコートの顔を見つめていた。
「なんで、って言われると困りますけど……」
ペティコートは頬に手を当てて考えこみ、
「エッチが上手だから、でしょうか」
ぽっと赤らむ頬を抑えて答えた。
「あほらしい。春本やあるまいし、そんな理由で人生捧げられるやつがほんまにおってたまるか」
「ありゃ。……ちょっと慌ててくれるかと思ったのに、期待はずれですよう」
「なんであんたは従者のくせにそんな態度が大きいんや」
ペティコートはこめかみに指を当て、考える仕草。
「なんて言うんでしょうねえ、パト様を見てると、ペティがしっかりしなきゃって思うんですよう」
「そら、あんなアホ見てたら仕方あらへんわ」
「ユナ様だって、そうじゃないですか?」
見つめられて、ユナは思わずきょとんと瞬いた。
「アホ、ウチがちゃんと仕事せな、国が破滅してまうやろ」
ペティはうん、と大きく頷いた。
「それって、ユナ様もペティも、必要とされてるってことじゃないですか。何でも一人でできて、部下なんか必要ないって王様だったら、きっとつまんないですよう」
そう言って、笑みを向けてみせる。自分の言いたいことをようやく探り当てられた、というような、会心の笑みだ。
「……そう言うても、仕事をサボるのは許せへんやろ」
「国王は国王にしかできないことしかしなくていいのが理想だともおっしゃってましたよう。だって、国王が大臣の仕事をしちゃったら、大臣の仕事がなくなっちゃうじゃないですかあ」
「だから、国王としての仕事をせえへんのが問題やってウチは言うとるんや!」
「でも、なんだかんだでユナ様が片付けちゃうことが多いじゃないですか。それって、ユナ様のお力でなんとかなるってことですよう」
メノウのように黒くつややかな瞳で見つめられ、思わずユナは言葉に詰まった。
「……あ、あのアホがそんな大局的なこと考えとるわけあらへん。サボるための言い訳や」
「でも、結果的になんとかなってますよう」
「……」
ユナはしばらく黙り込んでから、はー、と大きく息を吐いた。
「あーもう、なんやアホらしなってきた。……ペティ、今ので時間使ってもうたから、今日はウチの手伝いしていき」
その表情からは苛立ちが消えていた。どこか、「仕方あらへんなあ」とでも言いたげな顔だ。
「はーい! お任せあれ!」
ペティコートは笑顔で答えた。
●
パトリオットのテントに、一陣の風が吹いた。パトリオットがいぶかる前に、その場にはマユの姿が現れていた。
「もう分かったのか?」
こくん、とマユが頷く。
「それで、どうだった?」
マユは覆面とフードで顔を隠し、さらに身体ごと背けながら紙を差し出してきた。
「……だ、だから、あれはマユの命を救うためにやったことであって。……そんな風に避けないでくれよ」
「……分かってる、けど」
ぽつりとマユが漏らす。分かってはいても、そう簡単に割り切れるものではないのだろう。
「……と、とにかく今は街道を平和にすることを考えないとな。どれ、どんなやつが支配者なのかな……と」
四つに折られた紙を開こうとしたとき。白い人影が飛び込んできた。
「パトくん!」
金髪を乱して慌てた様子を見せるのは、メロンボールだ。
「メロン、どうした?」
「ナズナさんが、どこにもいなくて……たぶん、一人で奥に……」
「なんだと! なんだってそんなことを!?」
「わ、分からないけど。でも、何があるか判らないのに……」
ふと、パトリオットはマユが顔を青くしている事に気づいた。
「ど、どうした?」
「それ……」
と、マユはパトリオットの手の中の紙を示す。慌てて、パトリオットはその紙を開いた。
「鉤鼻鬼らしきものがひとり、鎮座してるって? 鉤鼻鬼って言えば、巨鬼よりもさらにでかくて強い鬼族じゃないか!」
「そ、それより……」
と、マユの指先が紙を示す。
「そのすみかには血吸い葛が生息し、山羊頭をはべらせている……山羊頭……?」
パトリオットも、メロンボールも、マユと同様に顔を青くした。
「早く、出発の準備だ! ナズナの後を追うぞ!」
パトリオットが叫ぶ。
山羊頭。
かつて迷宮化の影響を受けて変異したと言われる鬼族で、人の体に山羊の頭を持つ化け物だ。
その性格は乱暴にして好色。女をさらうために、国を襲うことすらあるという。
●
ナズナはメロンボールの声に驚き、走り出した後、一気に街道の奥へと向かった。
いっそ、このまま街道の支配者を倒してしまえばいい。そうすればパトリオットの命令に従わず、かつ国を守ることができる。
それに、ここで負けてしまうようならばしょせん、自分はそこまでの騎士だった、ということだ。
そのうち、今までの整然とした街道とは違い、うっそうとした植物に覆われている一角に辿り着いた。
「ここは……」
他の場所よりも星が少なく、暗いというのになぜ植物がこんなにも多いのだろう?
ユナが居れば、その理由にいち早く感づいていただろう。あるいは、マユが居ればこの場に漂う危険を察知できたかもしれない。
だが、ナズナが気づき、あるいは警戒するよりも早く、足下のつる草が彼女の脚に絡みついた。
「何っ! しまっ……!」
叫ぶ間もなく、いくつものつるが手足に絡みついてくる。それはナズナの甲冑の下に潜り込み、肌に吸い付いてくる。
「血吸い葛か!」
ナズナは叫んだ。
血吸い葛。植物ではあるが、下手な動物よりもよっぽど凶悪な存在だ。獲物の体に巻き付き、その血を吸い上げることで養分を得るのだ。暗い場所に生えることが多いのは、この植物にとって光合成など必要ないからだ。
さらに始末が悪いことに、血吸い葛のある場所には凶悪なモンスターが住み着いていることが多い。
血吸い葛によって動きを封じられた獲物を手に入れるためだ。
「くっ……!」
ナズナは背中の大剣を取って、この危険な植物をなぎ払おうとする。だが、それよりも早く血吸い葛が手足に巻き付き、女騎士の力を奪っていく。
「くそ……!」
ならばと、腰の長剣を抜き放とうとしたとき、彼女は見た。のっそりと、大きな影が視界の端に現れたのだ。
「女だ。女のにおい! 俺たちを退治するためにこんなところまでやってきたのか、馬鹿な女!」
ふしゅう、と鼻息荒く鳴らしながらやってくるその影は、男の形をしていながら、頭は山羊の形。腰巻き一枚だけを身につけた異様な怪物だ。むろん、山羊頭である。
「ひ、ひひ。マアナの旦那に着いていけば美味しい思いができるとは思ってたが、ここまで早くチャンスが回ってくるとはな」
下卑た笑みを獣の顔に浮かべ、怪物が近づいてくる。
「ち、近づくな!」
「そそるなあ! 血を吸われて力も出ないくせに、強がっちゃってよお! 俺好みだぜ!」
2メートルはゆうにあろうかという巨体が目の前に迫った。葛たちは、なぜか山羊頭には手を出さない。
「ほら、顔を見せろ」
山羊頭がナズナの顎を無理矢理に掴み、上向かせる。ナズナはぎらぎらと光る獣の目に、情欲の炎が灯るのを見た気がした。
「こいつは大した上玉だ。へ、へへ。興奮するなあ……」
人間のものとは違う、長く分厚い舌が山羊頭の口から覗く。その異様な光景よりも、ナズナは怪物の体から漂う獣のにおいに嫌悪感を覚えていた。
「け……汚らわしいにおいをさせて、あたしに近寄るな!」
「おおっと。口には気をつけろよ。お前の首をへし折ってやってもいいんだからな」
ナズナの頭を掴んだ山羊頭の指に力がこもる。
「く……っ!」
「その目! たまらんなあ! 私は誇り高い女騎士で、怪物に捕まるなんて屈辱だって目! あああアア、興奮してきた、もうたまんねえ!」
ナズナの鼻に、さらに異様なにおいが漂ってきた。一層濃い獣のにおい。それは怪物の腰布の間から漂ってくるようだった。視線を向けると、腰布の中で膨らんだものが布を押し上げ始めていた。
「女なんて何ヶ月ぶりだ。前の女は子供を産む前に壊れちまったからなあ。今度は長持ちしてくれよ」
ふしゅう、と獣は鼻息を吐きかける。腰布を押し分けるように露わになったそれは、宮廷で見たパトリオットのものより二回りは大きい。その上ぼこぼこと瘤が浮き上がり、卑猥を通り越して破壊的にさえ思えた。
「や、やめろ、そんなものを近づけるな……ッ!」
精一杯の気迫を込めて、ナズナは山羊頭をにらみつける。しかし、血吸い葛に捕らえられた今となっては、無駄な虚勢だ。
「うるせえなあ。このにおいが気に入らないのか? ああ? このくっせえチンポのにおいがぁ!?」
怪物はナズナの頭を両手で掴み、ぐっと引き寄せる。ナズナの鼻先に肉棒を押し当て、それで汚れを落とそうとでもするかのように擦りつける。
「っひいいっ!? や、やめろ! あ、ぁああ……っ!」
異様な臭気を顔に押し当てられ、吐き気さえ催しながらナズナは叫んだ。これではまるでマーキングだ。こんな醜悪な怪物に、肉棒を押し当てられて自慰の道具のように扱われるなんて!
「このくせえのがやみつきになるまでやってやるよ! おら、おら、どうだ!」
ナズナの頭を抱えた山羊頭は、がくがくと動物のように腰を揺さぶる。ナズナの鼻を、ほおを、眉を額を、怪物の肉槍がなぶっていく。
怪物の肉棒はゴムの塊のような異様な弾力で、ぐにゃぐにゃと気持ち悪い感触が、臭気と相まってナズナの嫌悪感を一層あおり立てる。
「ほら、こっちもだ! 嗅げ、俺のキンタマのにおいを覚えるんだよ!」
ぶよぶよとした陰嚢が顔に押しつけられる。拳を二つ並べたような睾丸が、びたりと音を立てて顔を覆う。ナズナは必死に呼吸を止めていたが、ずっと我慢できるわけもない。
「や、やめろ、こんな……く、臭い、気分が悪くなる……!」
震える声。押し殺していた怪物への恐怖心がわき上がってくる。我知らず、屈辱と不快感で涙がこぼれた。
「そうか、そうか! 最高だな! 女騎士様が俺の臭いチンポを押しつけられて泣いてやがるぜ!」
異様な歓喜に身を震わせた山羊頭が、再び腰を振ってナズナの顔を犯していく。
「おら、もっと臭いものをお見舞いしてやるぜ! ありがたく受け止めろよ!」
山羊頭が鼻先に鈴口を押し当て、自分の両手で肉棒を扱く。
ナズナは絶望的な気分で顔を逸らす。
「やめろ! 貴様、そんなことが、許されるわけ……」
「おおおおおオオオー!」
ビュブブブブブ! ビュブ、ビュブブブブ……!
異様な音を立て、山羊頭の肉棒から黄ばんだ粘液が噴き上がる。液体と言うよりは、もはや個体に近い精液だ。背けられたナズナの頬をべったりと汚し、長い黒髪に絡みつく。
「嫌あァ……!
獣のにおいよりも、さらに臭い。鼻が曲がるかのような強烈な悪臭が、ナズナの肺の中に流れ込んでくる。
「あ……っく、こんな……」
思わず、ナズナは意識を手放そうとした。しかし、その腕を山羊頭がつかみ、ぶちぶちと血吸い葛を引きちぎりながら引っ張る。
「おおっと、まだまだ終わりじゃねえぜ。見ろ、仲間が集まってきやがった」
山羊頭が視線を奥へと向ける。
さらに3体の山羊頭が、欲情にたぎった瞳をナズナに向けて近づいてきていた。
解説編
○今回登場したモンスター
【巨鬼】:小鬼の20倍の《HP》を誇る大きな鬼族です。自軍のモンスターを食べることで自分がパワーアップするという能力を持っていますが、残念ながらその能力は使わずじまい、描写されずじまい。
【歩き髑髏】:レベルの低い死霊で、骨だけの姿をしたモンスター。英語で言うとスケルトン。遠距離攻撃が通用しづらいという能力を持っていますが、残念ながら(略)
【死にぞこない】:生きる事への執着心だけで動き回る死体。ちょうど《HP》が0になるようにダメージを受けなければ倒されないという能力を持っていますが、ナズナの【兵戈】を用いた【乗騎】での【剣劇】で吹き飛ばされてしまいました。
【血吸い葛】:迷宮の生物に絡みつき、生き血を吸う植物です。キャラクターを捕まえて無理矢理自分と同じエリアに移動させる、宮廷の戦闘スタイルを崩壊させる難儀な能力があります。
【山羊頭】:獣鬼族と呼ばれるグループに属する、獣の頭部に人の体を持つモンスターです。好色なモンスターで、女性キャラクターを相手にしたときにダメージが上昇します。「まよキン」には、こういったキャラクターの性別に影響されるデータが他にも存在します。
○今回登場したアイテム
【大剣】:以前からナズナの主武器として使われていた武具アイテムです。命中判定の難易度を上げることで、ダメージを上げることができるという効果があります。
※この作品はあくまで『迷宮キングダム』を下敷きにした小説であり、作中のすべてが原作のルールで再現できるわけではありません。