こよみクライシス(危機)
---阿良々木暦---
新学期に入る数日前、俺はいつもの学習塾跡、所謂廃墟を訪れた。階段を昇っていき、目的の人物のいるであろう部屋を目指していたのだが…階段の踊り場にいるはずの者がいない事に気づいた。
そして、目的の人物に会い、いるはずの者がいない理由を問い質した。
俺の名は阿良々木暦、私立直江津高校三年生で、春休み中にアクシデントに遭い、「再生スキル」を得た、聞きようによっては、幸運な青年になる。
が、実際は、吸血鬼に襲われた後遺症で、怪我の治りが非常に早くなっただけの、不運な青年なのだ。
「阿良々木君、元気そうだね」
目的の人物、忍野メメが僕に挨拶代わりにそういった。彼は怪異(人外)の専門家で、僕が春休みに遭遇した、吸血鬼事件の時に、世話になり、知り合いとなった。
吸血鬼に襲われた僕は、彼の手助けで人間に戻れることになったのだが、俺を襲った吸血鬼を見殺しには出来ず、彼女の眷属として、彼女の主として、共に生きることにしたのだ。
「忍野、忍は?」
忍野忍…俺を襲い、俺と共に生きることとなった怪異の王たる吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードのことだ。ハートアンダーブレード、刃の下には心ありということで、忍野が彼女に新たなる名前を授けたのだ。
「それがな…友達が出来たといって、遊びに行ったんだ」
はぁ?吸血鬼に友達?なんだ?どこで?
「あぁ、阿良々木君が混乱するのも、わかる。僕もねぇ、不思議なんだよ。どこで知り合ったんだろうってね?」
その時、階段を昇ってくる音がしだした。
「おっ、帰ってきたみたいだな」
階段の方へ視線を向けると、忍と仲よさそうな青年がいた。
「忍さん、また、遊びにきます」
彼は、忍を抱きしめて、額にキスをして、立ち去っていった。忍は、俺に見せたことのない笑顔で彼を見送っていた。
「忍、あいつは誰だ?どこで知り合ったんだ?」
「…」
忍は、未だに俺に心を開いてくれていない。眷属であり主である、この俺に…
「忍、答えてくれ」
「道化師…彼は、悪夢の道化師だよ…」
ぼそりと呟いた、忍。
俺は振り返り、忍野に尋ねた。
「悪夢の道化師って何だ?」
「う~ん、はて?聞いたことないなぁ。でも、彼は人間ではなさそうだよ」
「わかるのか?」
「これでも僕は怪異の専門家だよ、阿良々木君。関わらない方が良い、そんな怪異の気がする」
彼は何者だろうか?その答えの一端は、新学期になって早々に判明する。
◇
謎の青年と遭遇してから数日が経ち、新学期の始業式の日になった。俺は、学校に行く前に学習塾跡へ寄ってみようと思い、家を少し早めに出た。
踊り場にいるべき者の姿はなかった。忍野の部屋に向かい、忍の行方を訊いてみた。
「家出だ。ここよりも住みよい住処が見付かったってな」
ここより住みよい?吸血鬼である忍は、一般住宅には住めない。太陽の光で死ぬことはないもの、弱点であることには代わりは無いから。どこかの家の地下室でも見つけて、移り住んだのだろうか?
「どこか、わかるか?」
「まるっきり、見当もつかないよ。どこに行ったんだろうね、阿良々木君」
忍野は他人事のように言っているように見えるが、あれこれと考えているのだろう。
「嫌な予感がする。僕の先輩に相談してみる。何か分かったら、知らせてくれ」
忍野が他の者を頼るとは…なにやら大事なのかも知れない。ここで、一緒になって考えることも良いが、始業ベルの鳴動時間が近づいていた。俺は、始業式の始まる学校へと向かった。
◇
始業式が終わり、自分のクラスの教室に向かうと、羽川翼がいた。巨乳であり、可愛くもある俺の唯一の友達である。俺は、「人間強度が落ちる」という理由で、この歳まで友達を作って来なかったのが、春休みの吸血鬼に遭遇する日の昼間に、ひょんなことから羽川と友達となっていた。
「よぉ、羽川。おはよう」
俺は俺好みの女、羽川に挨拶をした。
「阿良々木君、おはよう」
見違えるような笑顔の羽川がいた。春休み中に出会った彼女は眼鏡で、三つ編みの垢抜けない素朴さを感じさせる女だったのが、目の前にいる彼女は眼鏡無しでショートカットだった。ものすごくかわいい。俺の好みと言っても良いくらいだ。そう、俺のストライクゾーンは広いのだよ。
羽川に更に話しかけようとした時、担任が入って来てしまった。くそっ、タイミングの悪い担任だな。渋々、俺は自分の席についた。
なんか転校生がいるようだ。羽川という自分好みの友達ができた俺には、転校生なんか興味のない話であったのだが…教室に入ってきた転校生は、アイツだった。忍の友達…人間ではない者…
「代羽有栖といいます。よろしくお願いします。今は訳あって、羽川翼さんと暮らしています」
と…はぁ?羽川と暮らしている?ど、どういうことだ?アイツは、羽川の隣に座りやがった。この俺の許しも無く…
◇
放課後、俺は、アイツ…代羽と羽川の後を付けた。校舎の裏に向かうようだ。何をするんだ?隠れるように見ている俺の前で、二人は抱き合い、キスをしていた。
「おい、俺の羽川に何をするんだ?」
つい、声を掛けてしまった俺。
「なんだ。覗き見かい?それに、いつ翼さんは、君の物になったのかな?」
代羽が、羽川を背中で隠して、俺と向き合った。
「お前は何者だ?怪異のクセに…羽川を解放しろよ、おい!!」
「はぁ?吸血鬼もどきに怪異と言われるのは、心外だよ」
吸血鬼もどき?何で、知っているんだ?羽川が話したのか?
「なぁ、これ何かわかるかい?」
代羽は指先で、輝く何かをつまんでいた。俺がそれに気づくと、その何かを指で弾いて、俺の右手を撃ち抜いた。
「うごぉ~!」
焼け付くような熱さと激痛が襲ってきた。地面に蹲り、痛みに耐える。
「それは、僕からのプレゼントだ。聖水で清めた銀の弾丸だ。あぁ、撃ち抜いちゃったから、体内には残っていないかな?これに懲りて翼さんには近寄らないでくれよ、吸血鬼もどき君」
アイツは羽川と肩を組み、この場を立ち去った。追いすがろうとしたのだが、しかしながら、あまりの激痛で意識が遠のいてしまった。
意識が戻ると忍野の顔があった。ここは学習塾跡か?
「阿良々木君、大丈夫か?心配になって、学校にいたんだよ。そしたら、君が倒れていて…手当はしたけど、治りは遅いかもしれない。よりによって聖水で清めた銀の弾丸とは、手の込んだことしてくれたよ」
忍野の指先には、あの弾丸が摘ままれていた。
「忍野…アイツは何者なんだ?」
俺は、忍野に尋ねた。