うっそうとした森を抜けると、少し開けた場所に出た。大きくて太い幹を持つ大木が1本、そびえ立っている。その枝の1本に少女が座って、そこから見える景色を楽しんでいるようだった。
「遅くなって、ごめん~」
先程の少年の声が聞こえた。少女は少年の姿を捉えて、
「遅いよ~祐一君」
と、声を掛けた…その瞬間、太い枝が前触れ無く折れた。落下して地面に激突する少女。駆け寄り、変わり果てた少女の姿を見て、逃げ去っていく少年…逃げると言うより、助けを呼びに行ったのかな?
僕達は少女の元に向かい、二人で治癒回復の術を施していく。
「大丈夫か?なぁ、意識はあるか?」
僕は声を掛けながら、治癒の術を施す。
「祐一君は…」
少女は少年の姿を探しているようだった。
「祐一君は戻って来ない…」
あゆさんが俯いて呟いた。
「あなた達は?」
少女が僕達の存在に気づいたようだった。
「通りすがりの者だよ、今救急車を呼ぶから…」
とは、言ったものの、この時代に携帯電話という物はまだなかったのか、通じない…あっ、どうしよう。
「ねぇ、病院に直接運んでください」
あゆさんに言われた。そうだよね。そうしよう。僕とあゆさんで、怪我をしている少女を、病院まで運んだ。
「手当が早かったので、大事には至らないと思います」
と、手当をした医者の話。頭蓋骨が陥没して脳に損傷があったけど、それは治癒の術を施して治してある。僕達は、命にかかわりそうな箇所だけは治した。病院に運び込む予定だたので、全部治すと不自然だから。
僕達は通りすがりの第三者ということで、その場を後にした。長居をすれば、警察の事情聴取とかでアレコレ聞かれるから。まさか、別世界の未来から来たとは言えないしねぇ。
◇
そして、家に戻ってきた。
でも何で、あんなに太い枝が前触れもなく、折れたのだろうか?あの箱もそうだ。あんなに底の深い箱で蓋付きじゃ、出られない気がする…何かの悪意を感じられる。
「有栖…何をさっきから考え込んでいるの?」
あゆさんが心配そうに尋ねてきた。
「いや、不可思議だったんで…あんなに太い枝が、前触れもなく折れるものなのかなって」
「そうだよね…毎日同じ枝に乗っていて、あの日も違和感なかったんだよ。それが、いきなり折れるんだもの…」
あゆさんも不思議そうだった。
「真琴さん、箱は底の深い蓋付きの箱だった?」
もう1つの違和感を確かめる。
「うん。ブラウン管テレビの箱だから、デカくて…暗くて…寂しくて…」
その当時の事を思い出したのか、泣いてしまった。あゆさんと忍さんが宥め始めた。
「どう思う?」
僕は見て来たことを、翼さん、ひたぎさんに話して意見を求めた。
「有栖くんの疑問…確かにそうよね。箱は、小さい箱が無かったのかしら?」
翼さんも不思議がっている。
「箱といえば、ミカン箱が便利よ。机にもなるし」
と、ひたぎさん。
「なんで、私には意見を求めてくれないのですか。ねぇ、先輩」
と、ポージングをしながら話す駿河。スルーしておこう。
あっ、明日から学校に通うんだ。準備しないと、僕は学校へ教科書とかを貰いに行った。
◇
学校に通うのは、僕と駿河、あとあゆさんだ。僕は高校2年、駿河は1年、あゆさんは、中学1年で、あゆさんには代羽姓を名乗ってもらうことにした。「月宮あゆ」という名前が、同じ時間軸の同じ学区に二人存在するのは、おかしいから。
後の者は家に待機してもらう。翼さんもひたぎさんも高卒レベルの学力だし、了承してくれた。その代わり二人には、家事をお願いしてある。
そして、転校当日。クラス担任に紹介されて、無事に編入した。昼休み、僕に興味のある者が近寄り、自己紹介をしてくれた。
「俺は、北川潤だ。よろしく」
明るそうな男子。
「私は、美坂香里。こっちの眠そうな子は、水瀬名雪よ」
香里さんは姉御タイプで、名雪さんは…本当に眠そうだな。
「私は…月宮あゆです。あの…どこかで会いませんでしたか?」
うちのあゆさんより乙女を感じる女のに成長したあゆさん。
「小さい時に、会ったかもな…7年くらい前に、この辺りで旅行したはずだから」
と、お茶を濁す。
「有栖って…女性みたいな名前だな」
って、北川。
「それってセクハラだと思うが…」
と、指摘すると
「そうだ、北川。それはセクハラだ」
と、乗っかった香里さん。この女の子、心に闇があるなぁ…
この4人とは、帰宅時までに友達になれた。
「部活はどうするの?」
放課後、香里に訊かれた。
「帰宅部かな…香里さん達は?」
「名雪は陸上部で、私とあゆと北川は帰宅部だ。じゃ、帰宅部の部活をするか。街を案内してやる」
と、香里さん主導で、街を案内してくれるみたいだ。
商店街をぶらつく。たい焼き屋の前で立ち止まるあゆさん。僕は彼女と香里さんに、たい焼きをプレゼントした。
「「ありがとう♪」」
「なぁ、俺には無いのか?」
北川も欲しいみたいだが、
「男を餌付けしない」
と、断言。
「えっ?!私とあゆを、餌付けしようとしているのか?もっと、高い物じゃないと、ダメだぜ、有栖」
と、香里さん。そう来るよな…で、香里さん主導でパーラーに入った。
「な?俺も頼んでいいのか?」
「北川は自払いで頼む」
しょんぼりする北川。その姿を笑って見ている香里さんとあゆさん。そうか、あゆさんは元気でいたのか。
香里さんはパフェ、あゆさんはプリン、僕はコーヒー、北川は紅茶を頼んだ。
「で、有栖の両親は何をしているんだ?」
父様は絶対神、母様は悪魔の名門家の次期当主で、戦士養成学園の副園長とは言えないので、
「父様は社長、母様は…入院している」
母様は精神を病んでしまって、未だに次期当主のままだった。学園の方は、休職扱いになっているそうだ。
「家は父子家庭ってことか?」
香里さんの質問が止まらない。転校生が少ないのだろうか?やけに僕の事に、食いついている。
「父様は単身赴任で、家は知り合いとシェアハウスしています」
などと、ウソとは言い切れない嘘を並べておく。
「シェアハウス?なんか、都会みたいな感じね」
都会?アウロスに比べたら、ここも都会だと思うんだけど。
「これから来ます?北川はダメだけど」
「なんで、俺はダメなんだ?」
「男嫌いがいるから、僕以外の男性は、ボコられるぞ」
などと、ウソをいっておく。いや、ボコられる程度で済まないかもしれないし。
「ふ~ん、じゃ私とあゆで行こうかな。北川、明日報告してやるから、我慢しろよ」
と、姉御肌の香里さんが北川を気遣う。
そして、パーラーを満喫して、僕達3人で家へと向かった。
◇
「ここって、名雪の家の近くじゃん」
って、僕の家の前で香里さんが言った。そうだよとも言えず、
「そうなんですか」
と、言っておく。そして、家の中へ…
「あら、早かったのね。そちらの二人は?」
と、ひたぎさん。
「同じクラスの美坂香里さんと月宮あゆさんだよ」
香里さんの肘鉄が腹部へ…痛いって。
「ねぇねぇ、あの美人のお姉様は?」
「戦場ヶ原ひたぎさんだよ。失礼があるとボコられるから」
「有栖、失礼な言い方ね、私はボコらないわよ」
って、ボールペンのペン先を、僕の額に突きつけてきたひたぎさん。
「瞬殺だから…」
そういうと、奥へと消えていった。恐怖を感じたあゆさんは、僕の背中に隠れ、香里さんは、固まっていた。
「北川を連れて来なかった理由はこれだよ…寸止めはしてくれるけど、初めての人だと、むやみに動くから、たまに刺さるんだよ」
そういいながら、二人をリビングに案内した。キッチンには翼さんがいた。
「有栖君、今お茶を淹れるから」
と、声を掛けてきた。
「お願いします」
「ねぇねぇ、あの巨乳のお姉様は?」
香里さんが訊いてきた。
「羽川翼さん。僕の家庭教師もしてくれているんだ」
「いいなぁ…」
香里さんって、ユリなのか?翼さんを見る目が明らかに違う。
「ただいま♪」
あゆさんが帰ってきたようだ。あゆさんの声に反応したあゆさん。
「あっ…あのときの天使さんだよね?」
って…その発言に固まるあゆさん。あゆさんが怪我を負って、病院へと運ぶ時、天使モードになった僕とあゆさん。まさか、覚えているのか?
「有栖くんもだよね?声を覚えているの…大怪我をした時に、助けてくれた天使さん達の声を…ねぇ、あの時の通りすがりの天使さんだよね?」
って…唖然としている香里さん。いや、それは正しい反応だと思う。
「あの時はありがとうございました」
って、正体がバレバレなのか?嫌な汗が出て来た僕。
「ねぇ、有栖…あゆの言っていることって、戯言だよね?」
って、香里さん。あゆさんが何かを見つけて、近寄り抱き寄せた。
「あの時の狐だ…ねぇ、私の事を覚えている?」
幼い狐は、あゆさんの匂いを嗅ぎ、あゆさんの顔を舐め始めた。
「え?ねぇ、あなた達は何者?」
パニくりはじめた香里さん。どうすれば良いんだ?
『正直に言っちゃえ。ここまでバレたんだ。仲間に引き込んだ方が良い』
と、父様から念話が飛んで来た。そうしよう。用心の為、家に結界を張り巡らせてから、正体を名乗る。
「僕達は別世界から者です、香里さん、あゆさん」
僕とあゆさんは天使の翼を展開した。
「やっぱり、あの時の天使さんだぁ~♪」
あゆさん…紛らわしいからあゆちゃんにしよう。あゆちゃんが僕達に頭を下げた。
「で、彼女は、別世界のあゆちゃんだ」
と、あゆさんを紹介した。
「別世界の私…別世界では私は助からなかったの?彼女は、私の小さい頃に似ているし」
「そうだよ。別世界では植物人間になってしまったんだ。その後、訳有って、天使見習いになったんだ」
「ねぇ、あの時の怪我って酷かったの?」
綺麗な瞳に涙を溜めて、質問してきたあゆちゃん。
「あぁ、頭蓋骨が陥没して、脳が損傷し、脊髄もボロボロだった。だから、別世界のあゆちゃんは植物人間になってしまった」
「私は?」
「僕と彼女で命に関わりそうな怪我は治癒させた。だから、今ここにいるんだよ」
「ありがとう…」
あゆちゃんが、あゆさんに縋りついて、お礼を何度も言っていた。ここまで蚊帳の外状態だった香里さんが口を開いた。
「ねぇ、どんな病気でも治るの?」
「精神を著しく病んでいる場合は駄目だよ。僕の母様がそうなんだけど」
少し考えて込んでから
「私の妹…原因が不明なの。医者には次の春は来ないかもって…」
栞ちゃんだっけ?別世界では父様が治したはず。なら、僕でも出来るかな?
「試してみる?原因不明なのが気がかりだけど…」
そして、香里さん、あゆちゃんは仲間になり、僕は僕達がこの地に来た理由を話した。
「悪意が渦巻いているの?この街には?」
驚いたような表情の香里さん。
「まだ、調査段階なんだけど、不可解な事があるんだよ」
幼い狐の事、あゆちゃんの事故のことを話した。
「確かに、不可解よね。でね、あの木は今は無いのよ。事故があったので切り倒したの。そうか、事故ってあゆの事故だったんだね」
って、香里さん。切り倒したの?死んだ木だったのかな?
『死んではおらん。ご神木といっても良いレベルの大木だったようじゃ』
現場へ調査に行ってくれている忍さんから念話が届いた。僕の心の中の推理は、忍さん達と共有していた。
そんな大木の太い枝が前触れ無く折れるものなのか?柔軟性もあるだろうし。
「そうなると、妹の病気も?」
香里さんが心配そうに言った。
「かもしれない。なんらかの悪意に触れてしまったのかもなぁ」
共通する人物はアイツだと思うが、現段階でこの地にはいない。遠隔でどうのこうのできる能力者なのか?身辺調査をさせた方が良いなぁ。
「で、香里さん。僕はどうやって栞ちゃんと接触すれば良いかな?」
「あぁ、そうだね…突然来られても…そうだ。妹の散歩コースを教えるから、散歩の途中で、知り合いになれないかな?」
う~、それも手ではあるが、
「栞ちゃんが寝入った頃に、お邪魔して、徐々に治癒させるのは?」
「妹の部屋に夜這い?」
『夜這い』という単語に反応して、一瞬殺意の渦が生まれた気が…ひたぎさんかな?
「夜這いじゃなくて、天使なんで、人間技じゃない方法で、先ず心の汚染状態を調べて、原因を探らないと、治癒の方針が決まらないからね」
「妹には手を出さないで」
「には?」
語尾が気になり、何の気なしに、訊いてみた。僕の疑問に、頬を赤らめた香里さん。
「もう、意地悪ね、有栖は…」
うっ…またも、良い角度で香里さんの肘鉄が、僕の腹部に叩き込まれた。
「香里さん、有栖君は鈍いのよ。ふふふ」
って、翼さん。父様同様、僕にとっても、女心は不可解です。
そして、話している間に、夜が更けてきたので、あゆちゃんと香里さんを、夜空の空中散歩で家まで送り届けた。