天界にある知恵の樹は、もう実がならない。樹に宿る精霊がいなくなってしまったから。
知恵の樹の実は、食べた者に善悪の知識を与えるのだが、神ヤハウェはその実を食べると死ぬと言っている。なぜそんなことを言っているのか、大天使サマエルにはわからなかった。
天界に有る、エデンの園と呼ばれる階層の中央に、その樹はあった。樹の周囲には、神と同じ姿の生物、人間が放し飼いされていた。いわゆる家畜である。今でこそ、信者、教会関係者は子羊といわれているが、大人となった羊は神の貢物にされる。私の主の住んでいるこの国でも人柱という形で、神に捧げられている。人間は神の好物であるのだ。
いまでこそ、三大勢力と言われている、天使、悪魔、堕天使であるが、元を正せば、同じ種族である。天使が欲にまみると堕天使に。天使が神に反すると地に落とされて悪魔になる。今の三大勢力で気づいているのは、きっと天使長だけであろう。昔起こった三大勢力による戦争っていうのは、神ヤハウェが統治する神話体系での、内乱みたいな小さな争いに過ぎない。あそこの勢力がすべて滅びようと、他の神話体系にはまったく影響が無いから。
話を戻そう。
放牧されていて、ただ生きているだけの人間を憐れむドラゴンがいた。神の仰せの通り生きているので、事の善悪がわかないため、理不尽な行為をされようと、なされるがままであった。そんなある日、ドラゴンは意を決して、人間達に知恵の実を食べさせた。人間達には、まず羞恥心が芽生え、男のシンボルと女のシンボルを葉っぱで隠すようになった。その光景を神が見て、知恵の実を食べさせたことがバレてしまった。大天使であったサマエルは、ドラゴンのしたことが悪いことは思えなかったが、神の怒りが神の心の闇を増大させていることに気づいた。
このままでは、あのドラゴンが危ない。サマエルは独断で、ドラゴンを次元の狭間に逃した。あの空間なら神の手が伸びないと思ってのことだ。しかし、サマエルがドラゴンを逃したことが神にバレた。サマエルの同僚が密告をしたようだ。神はサマエルの身体の半分を罪深い蛇(ドラゴン)に変え、天使としての資格を奪い堕天使に堕とした。その際、神の心の闇も注入された。そしてサマエルは全身から毒気を放つ危険なドラゴンと成り果ててしまった。神は、真実を知っている危険な生き物を、最下層に位置する死神が住んでいる冥府の最深部であるコキュートスに封印するつもりのようだ。
そんなサマエルの処遇に私は、我慢できなかった。彼は彼なりの正義で動いていた。何よりも、自分と同じ姿の家畜を飼う神の神経の方を疑った。そして、私は宿っていた樹から分離した。私がいなくなった樹はもう実をつけないだろうけど、善悪の知識を独占する神が許せなかった。私はサマエルの封印の刑を執行する死神達と交渉して、知識の実とサマエルを交換した。いまコキュートスに封印されているのは、その時刑を見届けようとした天使の一人である。
私は、救いだしたサマエルを白い十字架のネックレスに封印して、自分も書籍に封印をした。再びあの時の仲間が集うまで、大人しくしていよう…私自身には戦える力が無いから…