後半残酷な描写、かも?
その日もいつもと変わらない日常が始まるのだと、誰もが思っていた
まだ日が昇ったばかりの早朝。
朝露に濡れる草を踏みしめて、その少女はある建物から出て来た。
色素の薄い茶髪を緩く纏めて肩に流し、垂れ気味の丸い碧眼を優しく細めると少女は手に持っていた古いジョウロで小さな花壇に水をやり始める。
紺色のセーラー服の上から淡いピンクのカーディガンを羽織り、水が少なくなったジョウロを持ち直して、下を向いていた顔を上げる。
少女、アテランシア・フェリスは明るくなってきた空を見上げ、次に深い緑の中で一際目立つ建物を見つめる。
そこは高い塀に囲まれた白い校舎だった。
初等部、中等部、高等部、大学部で区切られた校舎は繋がっており、上から見たらほとんど四角形の形をしていると言っていい。
百年以上、いや、もしかしたら何百年という歴史を持つその校舎は、昔から政治家や有名企業の社長、重役などを多く輩出したという学園である。
入学する為には倍率3桁近くという驚きの入試を通らなくてはいけないのだが、その基準が分からないことも実しやかに噂されていた。
そんなとんでもない学校に偶然か、はたまた奇跡なのか、アテランシアは合格して学園の学生寮でこうして花の世話をしている。
入学してから既に何年も経つが、それでもまだ信じられない想いがあるほどだ。
ぼんやりと校舎を眺めていたアテランシアだったが、後ろの方にある学生寮から出てきた誰かに声をかけられる。
「おはよう、フェリス。相変わらず早いな」
「あ…おはよう、衛宮くん。これから朝練なの?」
「あぁ、桜や楓も一緒に行くんだ」
後ろを振り向けば、花壇から少し離れた場所に赤銅色の髪と瞳をした青年が立っていた。
名前を呼ばれた青年…衛宮士郎はアテランシアの問いに頷くと、綺麗に咲く花達を見て言った。
「綺麗に咲いたな、この花」
「うん、元気がなかったけどなんとか…」
「フェリスが一生懸命世話をしたからだろ?俺は自信持っていいと思う」
「あ、ありがとう」
士郎の言葉に頬を赤くしながらアテランシアは微笑む。
それを見た士郎も笑みを浮かべて、話を花のことから別の話題に変えた。
他愛ない話をしていると、学生寮の方から二人の少女が走ってきた。
二人に気付いた士郎は軽く手を上げ、アテランシアもぺこりと頭を下げる。
近くで見ると瓜二つの顔をした少女達は軽く息を整えてから、士郎とアテランシアに挨拶をした。
「おはようございます、衛宮先輩。フェリス先輩」
「遅くなってすいません…」
「おはよう、桜、楓。さっき着いた所だから気にするな」
「おはようございます、桜さんと楓さん。逆になんだかお邪魔になってごめんね…」
アテランシアの言葉にとんでもないです、と少女二人は首を振った。
双子の姉妹である紫がかった長い黒髪の少女、姉の桜は手にしたお弁当箱の包みを抱え直しているのを見て士郎は言った。
「それじゃ、そろそろ行くか。桜、それ持つぞ」
「だ、大丈夫ですよ?!待って下さい衛宮先輩!」
「えっと、さようならフェリス先輩」
「朝練がんばってね、三人とも」
ひょいと包みを持つと歩き出す士郎に桜が慌てて追いかけ、そんな姉の後を同じく紫がかった黒髪が短い妹、楓がアテランシアにお辞儀をしてからいなくなる。
賑やかにいなくなった三人を見送り、アテランシアも学校の準備をするために学生寮へと足を向けた。
***
朝礼が始まる前に、アテランシアは自身の教室に向かって歩いていた。
いつも通りの時間。
いつも通りの道。
いつも通りの生徒達。
それなのになんだか違和感を感じるアテランシアは、落ち着かなさそうに通学路を進んで行く。
すると彼女の横から小柄な少女が駆け、赤いランドセル…ではなく、黒い学校指定の鞄を背負って追い抜かして行く。
お尻にまでつきそうなほど長い黒髪を靡かせて駆ける少女の後ろ姿を何となく目で追いかけ、ふとアテランシアは違和感の正体に気が付いた。
音が、声が聞こえない。
いつもなら聞こえる鳥達の鳴き声が、虫達の奏でる音が、自然の中にいるからこそ聞こえるそれらが、何も聞こえないのだ。
何故…と考えるが、理由を知らないアテランシアが分かるわけもない。
ゾクリと背筋にはしる嫌な予感に頭を振り、近くまで見えてきた校門に足を進めようとしてアテランシアの脳裏に声が響く。
『……て…、……ぁー…』
「え…?」
思わず後ろを振り向けば、そこには通学路を急ぐ生徒達の姿しかない。
立ち止まるアテランシアを訝しげに見る者はいるが、声をかけたような者はいなかった。
聞いたことのない声だったが、その落ち着いた雰囲気の心地よい声が不思議とアテランシアの中で引っかかる。
ぐるぐるぐると頭の中で思考すること数分。
自然と俯いていた彼女の目の前に、黒曜石のような瞳の美女の顔が広がる。
「どうかなさいました?フェリスさん」
「ひゃわぁっ?!や、八丘先生!」
思わず手に持っていた鞄を放り投げるほど驚いたアテランシアは、数歩下がってその美女の名を叫んだ。
叫ばれた美女はダークブルーの長髪を耳にかけ、困ったように微笑みながら放り投げられた鞄を拾って砂埃を払う。
「あらあら、そこまで驚かれてしまうと
「はわわ…ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて…」
「良いんですよ、体調が悪くなった時はすぐに教えて頂ければ。それよりも、そろそろ朝礼が始まる時間ではありませんか?」
「い、いけない…!すいません、これで失礼します!」
律儀に頭を下げてからパタパタと走って行くアテランシアを美女、国語教師である八丘うみは前髪で隠れた右目をそのままに苦笑する。
そしてやれやれと肩を竦めると、まだのんびりと歩いている生徒達に向かって声をかけるべく、流水模様の見事な刺繍が施された深海色の着物の裾を翻した。
うみから離れた後、玄関に着いたところで息切れを起こしたアテランシアは、偶然にも靴箱のところで出会った同級生の手を借りて教室にやって来た。
やっとの事で自分の席に着き、アテランシアは自分をここまで連れて来てくれた黒髪をツーサイドアップにした美少女に礼を言う。
「はぁ、ふぅ…教室まで連れて来てくれてありがとう、遠坂さん」
「良いのよ、それより今日は体調が良くないの?フェリスさん」
「ううん、いつもより少し良いよ。でも朝礼が始まると思って走ったら疲れちゃって…」
「そう、なら良いけど…無理だけはしないでね?」
「うん、ありがとう」
遠坂凛と呼ばれた美少女は他愛ない話をした後に自分の席へと向かう。
なんとか落ち着けたアテランシアだったが、また雑音混じりにあの声が聞こえる。
『…そ……、ぃた……め……、!』
「…貴方は、だれなの?」
ノイズが酷すぎてよく聞き取れない声にぽつりと呟くが、返事の代わりに朝礼の合図である鐘が鳴った。
思い思いに友人と話していた同級生達が自分の席に着くのと、全校舎内で放送が流れるのは同時だった。
『全校生徒の皆さん、及び教職員の方は速やかに第3体育館に集まって下さい。繰り返します、全校生徒の…』
それを聞いた生徒達は戸惑った。
アテランシアが教室の入り口を見れば、ちょうど教室に入ろうとしていた担任の男性も困惑した様子でさらに混乱する。
この時に考えて見れば可笑しかったのだ。
全校生徒だけでなく教職員も呼び出すと言うことは、部外者の誰かが何らかの意図を持って呼び出していると言うことなのだから。
兎に角このままでは拉致があかない為、アテランシアを含めた生徒達は廊下へと出た。
廊下に出るとそこは生徒達でごった返していた。
登校してすぐの者は鞄を持ち、そうでない者も携帯やペットボトルなど何かしら持っていた。
大学部の校舎にある第3体育館に行く途中で士郎、凛と合流し、そのまま歩いて行くと先ほどよりもハッキリとした、しかしまだノイズ混じりの声がアテランシアの脳裏に響く。
『はゃ…、に……て…!…ス…ぁー!』
思わず周りを見渡すが、結局声の主を見つけることは出来ずに第3体育館へと進む。
体育館の中は既に大多数の生徒達でごった返していた。
ステージ前に並んだまだ幼い初等部の子ども達、その後ろに中等部、アテランシアのいる高等部、そして大学部と続いて整列する。
壁際には約五十人いる教職員や事務などを担当する大人達が並び、平静を装っているが皆が動揺した様子を隠せない。
そしてそんな彼らを囲むように、黒いスーツに身を包んだ同じ格好の男が均等に並んでいた。
直立不動で佇む姿はまるで機械のようで薄気味悪く、アテランシアだけでなく士郎や凛も顔を顰めた。
ざわざわと落ち着かない体育館の中で響いた手を叩く音に、全校生徒がステージへと視線を向ける。
明かりが付けられたステージには黒服の男達と同じく、黒いスーツにサングラスをかけた女性が穏やかに微笑んでいた。
「全校生徒の皆さん、及び教職員の方々。まずはこの場にお集まり頂き、ありがとうございます。私は政府直属の組織に属する研究機関の者です」
そう話し始めた女性に生徒達は戸惑ったように騒めく。
突然集められたと思えば、政府直属の研究機関の者だと言う人がいるのだから当然といえば当然だ。
それが分かっているのだろう、ダークブラウンの髪を高いところで一つのお団子頭で纏めた女性は穏やかな表情のまま話し続ける。
「この度、皆さんに集まって頂いたのは我々のとある研究のお手伝いをして頂きたいと思ったからです。この学園では以前から実験のお手伝いをして頂いており、無事終了した暁にはそれ相応の報酬が皆さんに与えられると思います」
「おいおい、報酬だってよ」
「マジかよ…それが上手くいったらすげー事なんじゃないか?」
女性の言葉に色めき立つ生徒達…と言っても話の内容を理解しているのは良くて中等部の生徒達から上の学年であり、初等部の子ども達は何が何だか分かっていない様子だ。
不安に思ったアテランシアがそろりと教師達の方に視線を向ければ、大人達もその話を知らなかったのだろう、殆どの人がどう言うことかと近くにいた人と話し合っていた。
そんな中で異彩を放つのは怪訝そうな表情で女性を見つめるうみと、ふわりとしたポニーテールが印象的な白衣の男性教師。
身体が弱く、保健室のお世話になることも多いアテランシアは男性教師の事もよく知っている。
(?八丘先生と、ロマニ先生…?)
「なあ、遠坂。どう思う?」
「そんな上手い話がある訳ないでしょ。なんだか嫌な予感がするわね…フェリスさん?どうかしたの?」
「う、ううん、何でもない…」
他の人と違う二人の様子に首を傾げるアテランシアだが、士郎と凛に話しかけられた為にすぐに思考を切り替えた。
そうしている間も女性の話は進み、黒服の男達からある物を手渡されていく。
「…今から実験で必要となる道具をお渡しします。許可が出るまで中身を確認するのは控えて下さいね」
「何を渡すんだ?」
「支給品って所かしら」
三人で固まっていると黒服の男が一人やって来て、アテランシア達に袋を渡していく。
一つは掌に乗るような小ぶりな巾着袋で、中につるりとした丸く小さな物が入っているのが感触で分かる。
もう一つは人によって大きさに違いがあり、アテランシアは学生鞄よりは小さく、士郎は縦長の袋で重たく、凛は二人よりも小さいがアテランシアよりも重たい袋だった。
周りを見渡しても大きさは様々なようで、他の生徒達も好奇心を滲ませた声でどこか楽しそうに話している。
しかしその楽しげな雰囲気も、とある女子生徒の叫び声によってすぐに霧散する事となった。
「ひ、ひぃいっ?!!な、何よこれ、ほ、本物の銃!!?」
「…え?」
「う、嘘だろ?」
「まさか、」
叫び声と共に落下した袋からはゴトン、と重たい音がして、緩んだ袋の口から黒光りする鉄の塊が顔を覗かせた。
それはどう見ても拳銃にしか見えず、体育館内は静寂に包まれる。
そんな中、あの女性がさっきと変わらぬ異常なほど穏やかな声で言った。
「あらあら、お話を聞かない子はこの先で生き残れませんよ?次は気をつけて下さいね」
「っお待ちなさい!あなた方は何を考えているんです?!」
生き残れない。
その一言に遂にうみが声を張り上げて女性に詰め寄る。
しかしステージへの道は黒服達により遮られ、壇上を睨みあげるのみ。
そんな様子を女性は微笑みながら見下ろし、静かな声で事実上の死刑宣告を行う。
「何って、皆さんの命を対価にした実験ですよ?」
静まり返った体育館に響いたその言葉は、全員の頭にすんなりと受け入れられなかった。
それすら関係ないと言わんばかりに女性は話を続ける。
「今から皆さんには手にした道具を使って、サバイバルをして頂きます。実験の間は如何なる方法であろうと外部との連絡は遮断、校舎外にある塀を越えることは禁止させて頂きますのでご容赦下さい。また、サバイバル終了のお知らせは追って連絡致しますので、それまで頑張って生き残って下さいね?それと袋に入っている玉は皆さんの命と言っても過言ではないほど大事なものです。無くさないように充分注意して下さい」
淡々と告げられる言葉はもはや異常でしかなく、他の生徒達だけでなくアテランシアも顔を真っ青にして後退りした。
その時、視界の端に黒服達に混ざる見慣れぬ青年を見かけるのと、脳裏にあの落ち着いた声が響くのは同時だった。
『危ない!伏せて下さいマスター!!』
「っふ、二人とも、伏せて!!」
「え?ぅわあっ!?」
「きゃあぁ!?」
今までと違い、ハッキリと聞こえた声に反射的に従ったアテランシアは、押し倒すようにして士郎と凛を伏せさせた。
突然のことに訳が分からない二人だが、次の瞬間にはその意味を嫌という程理解することになる。
中等部、高等部、大学部の生徒が並ぶ体育館の後方で突然壁が破壊され、瓦礫と共にそこから化け物が侵入して来たのだ。
アテランシアを含む三人は比較的前列にいた為、瓦礫の被害は最小限に抑えられたものの、最後尾にいた生徒の複数人は瓦礫に押し潰された。
突然の事態に全員が固まる中、穏やかな声で女性が言った。
「さあ、サバイバルの始まりです。頑張って生き残って下さいね」
悪夢の日々が、始まった
基本的に話の中心はアテランシアになりますが、視点が他の子達に変わることもあります
まだ出てこない人がいっぱい…どうしよう