唐突に伝えられた
謎の声に助けられたアテランシア達だが、
***
瓦礫に押し潰された生徒の呻き声が聞こえる。
士郎と凛の上に覆い被さる形で床に伏せたアテランシアは、震える身体から血の気が失せていくのが解った。
突然破壊された体育館の壁から侵入して来たそれは、正に化け物と呼称するのに相応しいものだった。
爬虫類に似た目と鱗、短い前脚に屈強な後脚で二足歩行をするそれは、鋭い爪と牙を剥き出しにして生徒達を、教職員を、その場にいる全員を威圧する。
赤く血走った目はギョロリと周囲を見渡して、すぐ近くでヘタリ込む女子大学生の姿を捉えた。
3mほどあるだろう巨体のソレに見られていると気付いた女子大学生だが、突然襲いかかった恐怖により動くことが出来ないようで、ガタガタと震えると言葉にならぬ声を零すのみ。
そしてソレは女子大学生に顔を近付けると、その凶悪な牙を持つ顎で噛み付いた。
「ひ…っ」
引きつったような声を搔き消すように肉が、骨が力任せに噛み千切られ、砕かれていく音が体育館に響く。
ボタボタボタ、と凄まじい量の血液が雨のようにその場に落ちる。
その音で我に返った生徒達は、恐慌状態に陥ると我先にと体育館の出入口に殺到した。
獲物が逃げていく様子をただ見ている訳のない
我先にと逃げ出す生徒達の中でまだ動かない者も多く、そういった者は次々とソレに喰われていく。
伏せたままだったアテランシアだが、一足先に我に返った士郎により立たされると凛と共に走り出す。
「ぁ…あぁ…、」
「っ立て!フェリス!!死んじまうぞ!!」
「急いで逃げるわよ、衛宮くん!…?!楓!!」
ガタガタと震えるアテランシアを半ば抱えるように立たせて走る士郎と、それに続くように走り出した凛だが、その視界の端を見慣れた姿が駆け抜けて行く。
思わず振り返れば、肩に着くくらいに切り揃えられた紫がかった黒髪の少女が、ソレに向かって走って行くではないか!!
向かう先には教職員の男性を捕まえ、中等部の制服を着た男子生徒に噛み付くソレのすぐ近くで、初等部の女の子が座り込んでいる。
少女、間桐楓は歯を食い縛ると勢いを殺すことなく駆け抜け、女の子の体を掬うように抱き上げるとそのままソレが入って来た穴から外へ出る。
幸いにも手に持つ獲物に夢中だったソレに気付かれなかった楓に、凛はホッと息を吐くのだった。
***
体育館から命からがら逃げ出したアテランシア達を待っていたのは、体育館と同じくらい悲惨な地獄だった。
遠く離れた校舎から聞こえてくる悲鳴、支給品にあったのだろう銃の発砲音、そして廊下の壁や天井、床に飛散する血飛沫。
これらを見て三人は青褪めた。
彼らを狙う化け物は、あの体育館にいるヤツだけではないのだと理解したからだ。
とりあえず三人はすぐ近くにある大学部の空き教室に入り、一先ず隠れることにした。
「…これからどうする?」
「どうするって…決まってるでしょ。生きる為にまずこの状況をどうにかするのよ。とりあえず、絶対に安全だって所の確保と、楓や桜との合流が第一かしら…」
「楓は多分、弓道場に逃げたんだと思う。初等部の子を連れて逃げてるなら、早く合流してやらないと。…フェリス、また走るけど大丈夫か?無理なら俺が背負って行くけど」
「…だ、いじょうぶ…。足手纏いには、なりたくないから…」
そう言って無理に笑ってみせるアテランシアだが、その表情は引きつって青褪めたままだった。
心配そうな二人だがしかし、今どうこう言う時間もないのでアテランシアの言葉を信じ、必要なことをまとめていく。
「あの黒服達から渡された物も含めて、武器になりそうな物や所持品を確認しましょう。私は教科書の入った鞄にペンダント、それと奴らから渡された拳銃に黄色の玉ね」
「俺も鞄と教科書、あと弁当に渡された剣が二振り、青色の玉かな」
「えっと…私は昨日作ったクッキーと、カモミールにラベンダーのポプリが一個ずつ、それと薬かな。渡されたのは救急セットと灰色の玉…」
「…見事に使えるか分からないものが多いわね、食料があるだけマシかしら」
自分達の所持品に頭を悩ませる凛だったが、ふと士郎がアテランシアに言った。
「そう言えば、さっきはありがとな。お陰で瓦礫に押し潰されなくて助かった」
「そうだった。私も言いそびれたけどありがとう、フェリスさん」
「う、ううん、私もその後助けてもらってるし…それに、声が聞こえたからその通りにしただけで…」
思わぬ時に礼を言われたアテランシアは慌てて首を振った。
実際も気付いたと言うよりは、声の言う通りにしたら偶然そう言う結果になっただけなのだ。
謙遜するアテランシアの言葉に二人は首を傾げ、凛が問いかける。
「声?どんな声なの?」
「えっと…落ちついた雰囲気の、年上の男の人かな。助けてくれた時は、危ないから伏せてって…あとマスターとも言ってた」
アテランシアの言葉に首を傾げる二人。
しかしそれについて深く考えている暇はなかった。
アテランシア達の後に第三体育館から逃げて来たのだろう、複数人の足音が聞こえたかと思うと悲鳴が聞こえたからだ。
聞こえた声に体を固くする三人。
今いる場所は裏口の玄関があるエントランス横の空き教室で、その後ろ側の入り口の奥にいる。
外に出て楓を追いかけるなら裏口から出ればいいが、校舎に入るならば悲鳴が聞こえた方へ走らなくてはいけない。
息を殺して教室の入口を凝視する士郎と、震えるアテランシアを抱きしめる凛。
べちゃ、ぐちゃ、と水っぽいものを音を立てて食べるような音が微かに聞こえ、前側の教室の扉に人のような影が映る。
曇りガラスの所為で詳しく分からないが、ソレは人型をしているようだ。
ズル…ズル…と何かを引き摺る音を立てて、裏口の方へと移動していく何か。
全員がソレから目を離さずにいると、通り過ぎるかと思われたソレは立ち止まり、曇りガラスでよく見えないが確かに顔を
ヒュ…と息を飲んだのはアテランシアか、凛か。
士郎は咄嗟に二人を背に庇い、使ったこともない双剣を構える。
そして次の瞬間、ソレは乱暴に後ろ側の扉をバンッ!!と叩いた。
「ひ…っ!!」
思わず洩れたアテランシアの悲鳴に扉を叩く音は酷くなる。
叩かれた曇りガラスには赤黒く手形がつき、ガタガタと扉が激しく揺れる。
それから視線を逸らさずに士郎は凛に言った。
「…遠坂、俺が少しだがアレを引きつける。お前はフェリスと一緒に教壇の辺りに隠れて、合図を出したら走れ」
「…分かった。どこに向かうかは決まってるの?」
「決まってない、けど、それを考えるのは後だ…来るぞ」
「っフェリスさん、こっち!」
士郎との短い会話の後、凛はアテランシアを引っ張って教壇の陰に身を潜める。
二人が隠れたのを横目に見た士郎は深く息を吸い込み、吐くと未だに激しく揺れる扉を眼光鋭く睨みつけた。
「…来い!!」
僅かに震えながらも叫べば、それと同時に扉が外れて内側に倒れこむ。
そして現れたのは、上半身を喰いちぎられた高等部の制服のズボンを掴む、血を全身に浴びて歩く腐った屍体だった。
大きく目を見開く士郎を酷く不快な腐敗臭が襲うが、何とか抑え込むと緩慢な動きで襲いかかって来るゾンビ目掛けて、近くにあった机を思い切り蹴った。
上手い具合に他の机や椅子も巻き込まれた事で、ゾンビは後ろへと倒れると下敷きになった。
「っ今だ、遠坂!!」
「行くわよ、フェリスさん!!」
「う、うん…!」
ゾンビが動かなくなった瞬間を狙い、士郎が叫ぶと凛はアテランシアを連れて立ち上がり、教室の外へと向かって駆け出した。
そのすぐ後を士郎も追いかけ、抜け出そうともがくゾンビの横を通り過ぎる。
廊下を出てすぐに第三体育館への道と、隣に上へと向かう階段。
階段の向かいにはトイレがあり、その隣は事務室と、向かい側に大学部のクラスが二つある。
大学部の校舎は殆どがこのような作りになっており、唯一五階のみ図書室と資料室だけのフロアとなっている。
凛はザッと大学部の校舎を頭の中で浮かべ、即座に高等部に続く廊下を走り出す。
あまり来たことのない大学部よりも、高等部の校舎内の方が地の利があると考えたからだ。
バタバタと音を立てて走る三人は事務室と大学部一年生の教室前を駆け抜け、高等部へと繋がる渡り廊下を走ろうとして、あの声が聞こえてアテランシアが声を上げる。
『止まって、マスター…!!』
「?!と、遠坂さん、ストップ!この先、何かいるかも…!!」
「えっ!?」
事務室の角を曲がろうとする凛を寸前で止めて、アテランシア達は事務室の前に身を隠す。
追いついた士郎が訝しげな表情をして二人を見ると、凛が静かにするようジェスチャーする。
その間にアテランシアが角からコッソリ顔を出して様子を伺えば、渡り廊下のちょうど真ん中から大学部寄りの位置にゾンビがいた。
座り込んだゾンビが貪っているのは初等部の子どもらしく、後ろ姿しか見えないが血の気が失せた白い手だけが見える。
その手がゾンビが貪る振動に合わせて揺れるのを見て、湧き上がる吐き気を両手で口を塞ぐことで無理矢理押さえ込み、アテランシアは凛と士郎に言った。
「…っぐ、こ、この先、に…ゾンビ…いる…」
「だ、大丈夫か…?」
「こ…こども、た、たべ…てた…」
「っ!!…そう、」
血の気が無くなるのを通り越してもはや紙のように白いアテランシアの顔を見て、二人とも遣る瀬無い表情を浮かべて彼女の手を握ったり、肩に手を置いたりする。
それだけで少しだけ心が軽くなり、アテランシアは震える声で言った。
「…まだ、こっちには気付いてないみたい…どうしよう?」
「高等部に行くためには中庭に出るか、渡り廊下を通るしか…渡り廊下は一階と三階にしかないし、何とかここを通りましょう」
「そうだな。それに早くしないとあのゾンビも追いかけて来る」
すぐにそう決めた三人だが、足音を立てれば即座にあのゾンビは此方へと襲いかかって来るだろう。
どうやってかは不明だが、化け物達は自分達を見つけられるようなので隠れてやり過ごすことは出来ない。
ゾンビを倒すために士郎が双剣を手に立ち上がろうとすると、凛が手を突き出して制止した。
「…私がやる。衛宮君は後ろから追っ手が来ないか見てて」
「……分かった、無理するなよ。遠坂」
「あら、誰に言ってるのかしら」
震えながらもそう強気に返す凛に、士郎は一言だけ声をかけて後ろの方を警戒する。
凛はすぐに支給品の拳銃を取り出すと震える手で握りしめ、アテランシアを守るように前に出た。
渡り廊下に続く廊下にしっかりと立ち、未だに背を向けるゾンビの背後に照準を合わせる。
自然と速くなる呼吸を意識して深く、ゆっくりとしたものに変える。
そしてゾンビが此方に気が付いて振り向いた瞬間、その頭を目掛けて撃鉄を起こす!
パァンッ!!と響く発砲音と衝撃に凛は一歩後退り、弾は見事ゾンビに命中した。
貪っていたのだろう子どもの腕を咥えていたゾンビは頭を撃ち抜かれ、倒れたその横をすぐに三人が駆け抜けるのだった。
***
真っ直ぐな渡り廊下を駆け抜けると、広がるのは三人に馴染みのある高等部の校舎なのだが、やはりあちらこちらに掠れたものも含めて赤い跡が残っていた。
高等部の校舎は渡り廊下のすぐ近くに階段とトイレがあり、その隣から三クラス分の教室が並び、向かい側に授業で使用する教室がある。
三人はトイレのすぐ隣にある高等部一年生の教室に転がり込み、周囲への警戒を強める。
50mあるか無いかという距離ではあったが予想よりも精神的疲労が酷く、士郎や凛は兎も角、身体が弱く体力のないアテランシアは疲労困憊であった。
化け物の姿が見えないことを確認して漸く肩の力が抜けた凛が、顔色の悪いアテランシアに声をかける。
「ふぅ…此処にはまだ、いないみたいね。大丈夫?フェリスさん」
「……だいじょうぶ…迷惑をかけて、ごめんね…」
「気にすんなよ、誰だってそうするさ」
凛の問いかけに力なく首を振りながらアテランシアが言えば、肩に手を置いて士郎が励ます。
そしてアテランシアの呼吸が落ち着いた頃合いを見計らい、士郎と凛が教室の中を見渡すとある事に気が付く。
「此処って、」
「あぁ、桜の教室だ」
見渡した教室は士郎を先輩と慕う双子の片割れ、間桐桜のクラスだったようだ。
何かないかと教室内を見てみるがこの教室に生徒は逃げ込まなかったのだろう、争った形跡などは見つからなかった。
後輩がやって来た形跡もなく残念そうな士郎と凛だが、すぐに気を取り直して廊下へと注意を向けた。
その間、アテランシアは体力の回復を待つと制服のスカートに入れていたあの玉を取り出す。
淡く光が渦を巻いて見えるその玉は心なしか温かく、先ほどよりも色がはっきりとしているような気がした。
ぼんやりと玉を見つめるアテランシアだったが、廊下を見ていた士郎が顔を顰めながら言った。
「化け物はまだいないみたいだけど、どうする?暫く此処で休んだ方がいいか?」
「でも、いつ此処にも化け物が来るか分かったもんじゃないわ。移動するべきでしょうね」
「で、でも、どこに行けば良いのかな…他の人にも会えないし…」
移動することに関しては全員が賛成するが、ただ闇雲に逃げるだけでは捕まって死ぬだろう。
中々いい場所が思いつかない凛やアテランシアの代わりに、士郎が考え込みながら提案した。
「うーん…食堂はどうだ?いざとなったら窓から中庭に逃げれるし、広さもあるだろ」
「…もしかしたら、他の人も逃げ込んでるかもしれないわね。行きましょうか。フェリスさん、もう少し頑張れるかしら」
「うん、今日はいつもより体調も良いから、大丈夫だと思う…」
「…よし、なら行こう。フェリスは無理だけはするなよ」
その言葉にアテランシアは頷き、二人と共に食堂に繋がっている中等部の校舎へと向かうのだった。
現在の状況
*アテランシア
衛宮士郎、遠坂凛と共に大学部校舎から高等部校舎へ移動
*間桐楓
初等部の女児を連れて外へ、弓道場に向かった?
*八丘うみ
第三体育館から消息不明
*間桐桜
第三体育館から消息不明