高等部一年生の教室から移動したアテランシア、士郎、凛の三人は一先ず、中等部の校舎にある食堂に向かうことにした。
向かう途中でも遠くから聞こえて来る発砲音や悲鳴。
それらが聞こえるということは無事な人間がいるのだと安堵するが、同時に化け物に襲われているのだと思うと気持ちが沈んでいく。
しかし自分達が行ったところで解決する訳でもなく、ただその誰かの無事を願ってひたすら進んでいく。
あれから姿の見えない化け物に気取られぬよう息を殺し、できるだけ音を立てずに進む三人。
さほど時間は経っていないはずだが、極度の緊張の中では何時間も経ったような気さえしてくる。
一組、二組の教室の前を通り過ぎ、三組へ差し掛かったところでガチャン…と重い金属音が反対側の教室から聞こえた。
三人の間に緊張が走る。
一年生の教室とは反対側の教室は校長室と社会科室、社会科準備室の三つが並ぶ。
今、三人がいる三組の教室の向かい側にあるのは社会科準備室。
社会科を担当する教師が歴史好きで、手先が器用なのでミニチュアサイズの西洋鎧や東洋の兜などを作っては見せてくれることは知っていた。
しかし今の音はそんな物ではない。
ガチャン、とまた音が響く。
息を呑んだアテランシアの手を凛が握りしめ、士郎が二人を庇うように立つといつでも走れるようにする。
ガチャン、ガチャンと連続で聞こえる金属音は足音のようで、嫌な予感が三人の頭の中を過ぎる。
他の教室と同じく曇りガラスの扉の向こうに黒い影が見えた途端、士郎は二人の手を掴んで走り出した。
「っ走れ、遠坂!フェリス!」
その言葉に二人が駆け出した後、派手な音を立てて社会科準備室の扉が破壊された。
手を引かれながら走るアテランシアが見たのは、白銀の甲冑に身を包んだ何かだった。
両手待ちの長剣を振り下ろした状態のソレが、高等部の校舎から中等部の校舎に向かって走るアテランシア達の方向を向く。
頭の部分が丸く縦長の兜を被ったソレは床に切っ先が食い込んだ長剣を抜き、金属音を響かせながら後を追いかけてきた。
バタバタバタと響く三人の足音を追いかけ、ガチャンガチャンと騒しく鳴る金属音。
目的の食堂はもう少しだというのに、あの甲冑を着た何かをどうにかしなければ中に入ることもできない。
「くそっ何なんだよアレは!!」
「知らないわよ!それよりこのまま食堂になんか行けないわよ!?」
「分かってる!俺が囮になるから、二人は何処かに隠れて…」
準備室の角を曲がり、中等部の校舎の廊下を走りながら士郎が思わず叫び、それに合わせて凛も怒鳴るように問い返す。
中等部一年生の教室の前を通り、ほとんどの生徒が使用する玄関のエントランスへ出る寸前で事態は最悪な方へ傾いた。
「きゃ…っ!!」
「フェリス!?」「フェリスさん!!」
元々少なかった体力が限界を迎え、足がもつれたアテランシアが階段の近くで転倒。
すぐそこにある食堂への入口を通り過ぎようとした士郎と凛は、アテランシアよりも数m先で立ち止まって振り返る。
転んで出来た擦過傷が痛むが、それよりも恐ろしさからアテランシアは背後から迫る脅威から逃げようとした。
しかしその時に兜の隙間から腐敗した肉の様なものが見えた。
どろりと黒い何かが鎧の隙間から滴り落ち、顔があるだろう位置にある丸い隙間から光を映さぬ眼球がアテランシアを見る。
眼孔からずり落ちるその眼球に見られ、アテランシアは恐怖から体が固まってしまった。
逃げたい、
それなのに怖くて、恐くて、うごけない。
凛が震える手で拳銃を構えようとし、士郎が駆け出そうとするが、それよりも追い付いた白銀の甲冑が鈍く光る長剣を振り上げる方が速い。
恐怖に固まるアテランシアは目の前で起きる事を、映画をスローモーションで見ているような感覚になっていた。
視界の端で凛や士郎が何か叫んでいる。
遠くで響いているだろう誰かの悲鳴や、目の前にいる白銀の甲冑がぶつかる音も、何処か遠くで聞いているような感覚がした。
自分は此処で死んでしまうのか。
身体があまり強くないアテランシアは、自分の命はあまり長くないのではないか、といつも薄々思っていた。
それでも、こんな所で捨てるつもりは一切無かった。
それはそうだ。
誰もこんな非日常的な事が起きるなど、想像すら出来ないだろう。
青白い顔を逸らすことなく、アテランシアは涙で歪む視界の中、目の前に迫る鋼を見ながら思う。
いやだ、
わたしは、まだ、
まだ生きていたい!!
『マスター!!!』
脳裏にあの落ち着いた雰囲気の若い男の声が響き、アテランシアは反射的にスカートのポケットに入ったままの、あの小さな玉を握りしめる。
そして彼女に長剣の刃が両断しようと触れる寸前で、目も眩むような強い光が辺りを包み込んだ!
思わず目を塞いだアテランシアは金属同士がぶつかる音の後、体が痛くないことから自分が死んでいないことに気が付き、恐る恐る目を開いた。
そこで見たのは焦げ茶のコートを翻した色素の薄い髪の青年が、あの甲冑の持つ長剣を受け止めている姿だった。
横幅のある変わった剣で長剣を受けた青年は僅かだが眉間に皺を寄せ、すぐに力を横に受け流すと兜と甲冑の隙間に向けて剣を突き立てる!
ぶちゅ、と嫌な音が聞こえた後に甲冑は痙攣するかのように震え、少しするとだらりと力が抜けたように崩れ落ちた。
青年は剣を横に振って付着したどす黒い血のようなものを払った。
そして後ろに向き直ると、座り込んでいるアテランシアに目線を合わせて微笑みかける。
「…お怪我はありませんか、マスター」
青年の言葉に呆然としていたアテランシアは声も出せずに頷くと、その声が自身の脳裏に響いていたあの声だと気付く。
甲冑の化け物が崩れ落ちたことで我に返った凛と士郎がアテランシアに駆け寄り、突如現れた青年の前に立つと警戒心も露わに言った。
「っ、フェリスから離れろ!」
「助けてくれたことは礼を言うわ、でも貴方何者?急に現れてフェリスさんのことをマスターとか…」
二人の反応に青年は困ったような表情を浮かべ、それでハッとしたアテランシアは慌てて止める。
「え、衛宮くん!遠坂さん!この人、頭の中で聞こえてた声の人だよ…!」
アテランシアの言葉に二人は訝しげに青年を見る。
それに対して青年は頷くものの、未だに険しい表情で周囲を見た後に言った。
「詳しい話は後にしましょう、何処か安全だと思われる場所はありますか?」
「…そうね。此処で話してても化け物の餌食になるもの、移動しましょう」
青年の言葉に凛が頷き、四人はすぐ近くにまで来ていた食堂の中へと入って行くのだった。
***
「所長、サーヴァントの召喚を確認しました」
薄暗い部屋の中、パソコンなどの機材から発せられる光に照らされて、黒服の男が背後に立つ女性に言った。
それを聞いた黒いスーツの女性はサングラスに隠れた目をチェシャ猫のように細めた。
「…そうですか、『今まで』と比べるまでもないですね。最速記録を更新だなんて、こんな嬉しいことはありません」
引き続き、観測を続けて下さい。
その言葉に黒服の男は短く了解の意を伝え、己の役割へと戻る。
女性は男の前にある画面に目を向け、そのまま視線を横に向ける。
そこは校舎とは違う場所なのだろう。
窓がないその部屋は広く、一般的な教室を二つ、三つ繋げたような横長の構造をしていた。
光源となるものは機材の光の他に壁につけられたライトくらいで、薄暗く感じさせる。
その部屋にズラリと並べられた長テーブルには、どこもかしこもパソコンなどの機材に向かって座る黒服の人間達。
機材の駆動音とキーボードを指が叩く音しか響かない部屋の中、所長と呼ばれた女性はうっそりと微笑む。
「あぁ、楽しみ…もっと、もっとサーヴァントを顕現させるのです。そうすれば……」
そう呟いて、女性は嗤うとパソコンの画面に視線を向ける。
そこに映るのは悲鳴を上げ、逃げ惑う生徒達と追いかける化け物だった。
***
広い学園の校舎の何処かでまた一人、化け物に襲われて命を絶たれる。
事切れたのは女子生徒のようで、血を流して倒れる彼女の死体に化け物達が集まり、貪り始める。
化け物の爪で肉が裂かれ、牙で骨が砕かれ、歓喜の呻き声を上げながら血を啜る。
そんなとても聞いていられないような音を立てて喰らう化け物達を、一人の青年が離れた所で見ていた。
黒のベストにカーゴパンツ、灰色のTシャツ、こげ茶のブーツという青年は学園の生徒ではないとすぐ分かる。
無惨な光景を見て顔を顰め、青年は踵を返すと歩き始めた。
「…やっぱり、前より強化されてるな」
『』
「分かってる…早く『奴ら』を見つけないと…」
まるで見えない誰かと会話をしながら、眼光鋭く青年は進んでいった。
現在の状況
*アテランシア
衛宮士郎、遠坂凛と共に食堂へ
マスターと呼ぶ青年に助けられる
*黒服達
校舎とは別の場所から監視している
所長と呼ばれた女性が何か企んでいる様子
*部外者の青年
校舎の何処かにいる
何かを探している…?