白銀の甲冑に襲われ、殺される寸前だったアテランシア。
そんな彼女の窮地を救ったのは、こげ茶のコートに身を包んだ色素の薄い髪の青年だった。
青年を警戒する士郎と凛だが、一先ず彼から話を聞くためにすぐそこまで来ていた食堂へと向かう。
***
食堂は荒れた形跡もなく、一先ず安全だと判断した四人は鍵を掛けてから近くの椅子に座った。
そして擦過傷だと思っていたがガラスか何かで切ってしまったのだろう、アテランシアの足の治療を青年が行なう。
本人曰く、医者であるという言葉を信じてだ。
手慣れた手つきで包帯を足に巻いていく青年を見ながら凛が問いかける。
「それで、貴方は何者なの?フェリスさんの言ってたことが本当なら、一体何処から現れたのかしら」
「…私はシャルル=アンリ・サンソン。彼女をマスターとして現界することが出来たサーヴァントの一人です」
「サーヴァント…?」
「過去に偉業を残した偉人、英雄、神霊…総じて英霊と呼ばれる存在を使い魔として召喚し、そうして喚ばれた者をサーヴァントと言います」
「…つまり、貴方はそのサーヴァントっていう、化物とは違った存在だということ?」
はい、と青年…シャルル=アンリ・サンソンは頷く。
なんだか途方もないようなことに巻き込まれたと今更ながらにアテランシアは思った。
綺麗に巻かれた包帯を見つめ、自分の隣に座り直したサンソンにアテランシアは慌てて礼を言う。
「あの!ありがとう、ございます…」
「いえ、マスターが無事で良かったです」
「…なあ、そのマスターとかはどうやって決めるんだ?」
アテランシアの言葉にサンソンは柔らかく微笑み、心底安堵したかのように告げた。
その様子を見ながら、ふと疑問に思ったことを士郎が尋ねる。
しかしそれはサンソンにも分からないようで、困った表情で言った。
「私もどうやって決めているのかは…。私の場合、玉が渡る前からマスターに呼びかけることが出来ましたから」
「ちょっと待って。この玉がサーヴァントを召喚する為のものなの?」
「正確に言えば、その玉にサーヴァントが閉じ込められている。そういう事になります」
サンソンから知らされた驚愕の事実に、士郎と凛は己が持つ玉を見つめた。
アテランシアもスカートのポケットから玉を取り出そうとするが、それがなくなっていることに気が付く。
それに気付いたサンソンはアテランシアに言った。
「マスターは既に私を召喚しているので、私を閉じ込めていた玉はありません。玉は召喚されたサーヴァントの核、と言える物になりますから」
「なるほど…」
そこまで話した瞬間、四人の耳に微かな物音が聞こえた。
全員が強張った表情で音のした方向を向く。
アテランシア達がいるのは食堂に入ってすぐ近くのテーブルの椅子。
入口から向かって左側には食事を作る厨房があり、その奥には備品などを保管しておく物置部屋がある。
しかしそこは普段は鍵がかけられているので関係者以外入ることは出来ず、アテランシアや凛も入ることは出来ない。
二階も食事が出来るようにテーブルや椅子が並び、窓際の一部はカウンター席のようになっていた。
物音が聞こえたのは物置部屋。
先ほどの白銀の甲冑のことを思い出して顔色を悪くするアテランシア。
そんなアテランシアを背に隠しながらサンソンは言った。
「…あそこはなんですか?」
「食堂の備品を置いてある物置部屋だ。開けるには鍵が必要なんだが…俺も持ってるから、開けるか?」
「お願いします」
サンソンの言葉に普段から食堂の手伝いをしている士郎が答える。
手伝いをする際に備品を持ってくることもあるので、士郎は例外的に食堂の鍵を持っていた。
彼の提案にサンソンは頷き、二人は物置部屋へと近付いていく。
その様子を心配そうに見つめるアテランシアと凛は、少し離れた場所で様子を見るようだ。
何かあってもすぐに反応できる位置にいることを横目に確認し、サンソンは鍵を開けるよう士郎に合図した。
それを見た士郎も頷き、震える手を誤魔化しながら物置部屋の鍵を開ける。
そして、物置部屋の扉が開いた瞬間に、扉の前にいたサンソン目掛けて何かが襲いかかる!!
「サンソンさん!?」
「ふっ!」
驚いた士郎が叫ぶとほぼ同時にサンソンは何かの攻撃を避け、そして手にした剣で何かの首を断つ。
ゴロン、と士郎の前に転がったのは白くて丸い顔のようなもの。
青褪めて息を呑む士郎だが、よく見ればそれは精巧な人形の頭だった。
サンソンの方を見ればそこには崩れ落ちた人形の体があり、もう襲ってくることは無いと解る。
離れた場所から見ていたアテランシアや凛も駆け寄り、その落とされた首を見て思わず「ひ…っ」と息を呑んだ。
手に持つ剣を収めたサンソンがしゃがみ、人形に触れて調べると眉を顰めて言った。
「…どうやら、コレも化物の類のようですね。『人間を材料にした』殺戮人形のようだ」
「ひ…ひと、を」
サンソンの言葉にアテランシア達は絶句した。
斬り落とされた人形の首をよく見れば、ジワリとどす黒い血のようなものが滲み出てきた。
すぐに人形から目を逸らして凛は言う。
「っ…まだ、コレはいるのかしら」
「いいえ、この場所にはもういないようです」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
人形を調べていたサンソンが凛の問いに答えれば、はっきりと告げた彼に士郎が首を傾げる。
こんな危険な人形が隠れていたのなら、まだいると考えるのが普通だ。
それなのにもういないと言い切ったサンソンに疑問を抱くのはおかしくない。
凛の後ろに隠れていたアテランシアもそう思ったのだろう、恐る恐る顔を出すとサンソンの方を見る。
サンソンは人形を食堂の隅へと寄せながら言った。
「この殺戮人形は生きているモノを襲う習性があるのでしょう、扉の前に私と彼が来た時に微かでしたが殺気を感じました。こちらを襲う時もはっきりと殺気を向けてきたので、間違いないかと」
「…じゃ、じゃあ、今は向けられてないから、いないってことですか…?」
「そうです、マスター」
淡々と告げられるサンソンの言葉にアテランシアが尋ねれば、彼はしっかりと頷いた。
それを聞いた士郎と凛も安堵したのだろう、幾らか表情を和らげて物置部屋へと視線を向ける。
アテランシアも凛の後ろから出ると中を少しだけ覗いた。
中は照明が付いていない所為で薄暗く、部屋の半分を天井に届きそうなほど高い棚が占めている。
棚には調理器具の他に缶詰や瓶、インスタントの食料が保存されていた。
棚がない場所には米や小麦粉など袋に詰められたもの、業務用サイズのものが置かれている。
綺麗に整頓された物置部屋内を見渡していると、何度も来たことのある士郎が小さな違和感に気が付いた。
「……あれ、」
「どうしたの?衛宮くん」
「いや、あんな所に隙間なんてあったかと思って…」
「何処ですか?」
その言葉にサンソンが士郎に尋ねると、二人は物置部屋の中へと入って行く。
凛もその後に続き、アテランシアだけは先ほどまであの人形がいたと思うと、どうしても怖くてその場に残った。
士郎が違和感を感じたのは部屋のやや後ろ側にある米袋が積まれたスペース。
近くで見てみると確かに不自然な形で袋の山が崩れている。
米袋を横にずらしながらサンソンは言った。
「どうやら、あの人形は此処にいたようですね」
「え、此処に?俺、何回か米袋を取りに来たことあるけど、あんな人形は見たことないぞ」
「…時が来るまで見えないようにしていた、というのが妥当でしょう。生憎と私は魔術などには詳しくないのですが」
「魔術、ねぇ…。御伽噺の世界だけだと思ったけど、こんな事になったらあるんでしょうね」
サンソンの言葉に溜息を吐きながら凛が呟く。
それには士郎も頷き、周りに何か変わったことがないか見て回った。
他の二人も周囲を見渡し、凛がある事に気が付く。
「ねえ、これ何かしら」
そう言って指差したのは掠れて見難いが、何かの記号のようなものだった。
だいたい部屋の中心辺りにあるソレは掌ほどの大きさで、描きかけなのか半分ほどしか描かれていない。
士郎が見ても落書きとしか思えないが、どうやらサンソンは違ったようだ。
「…これは、恐らく結界を作ろうとしたのではないでしょうか」
「え、何でだ?」
「結界を張って化物から身を守ろうとしたのか、閉じ込めようとしたのか…。どちらにせよ、コレを描いていた人物は途中であの人形に殺されたようですが」
サンソンが告げた言葉に士郎と凛は口を閉じる。
その後も室内を一通り調べるが、これ以上分かる事はないと判断して三人は物置部屋を出ようとした。
入口で様子を見守っていたアテランシアも、これ以上危険はないと分かって安堵すると後ろを振り返り、ひゅ…っと息を呑んだ。
ある方向を見て固まったアテランシアに士郎と凛は首を傾げ、サンソンも「マスター?」と呼びかけながら駆け寄る。
アテランシアに駆け寄ったサンソンが、彼女の見ている方向を見る。
そこには
子どもに気が付いたサンソンがすかさずアテランシアを背に庇い、士郎や凛もその子どもに気付いて表情を強張らせる。
喰い千切られた場所から血と脳味噌が零れ落ちながら、子どもは目を丸く開いて食堂の中を見つめる。
そして四人に気が付くとぺたり、と赤く染まった小さな手を窓ガラスにくっつけた。
ぺたり、ぺたり、
ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺた、ぺた、ぺた、
ぺたぺたぺたペタペタぺたペタペタペタペタペタペタペタぺたペタぺたペタぺたペタぺタペタペタペタペタペタペタ
決して力任せに叩くわけでも、無言で開けろと訴えるわけでもない。
ただただ不思議そうに、どうして『中に入れないのか』を確かめるようにガラスを触り続ける子ども。
静かに赤い紅葉のような手形を付けていく様子にアテランシアは青褪める。
ドロリと頭の中身が垂れるほど首を傾げ、窓ガラスの下一面が真っ赤になるまで触ると漸く子どもは手を離した。
そして中庭を通って何処かへと居なくなる。
子どもが居なくなってから十数秒が経ち、そこでやっと士郎は大きく息を吐くことが出来た。
気配が無くなったことでサンソンも身構えるのを止め、それを見たアテランシアと凛も肩の力を抜いた。
「…いま、のは…」
「……解りません。殺意は無かったですが、一概に害のない存在とは言えないでしょう」
「アレがもし、此処に入ろうとしているなら…今のうちに移動した方がいいかしら」
「でも、今外に出て鉢合わせする方がマズくないか?…たぶん、また戻って来る気がするぞ」
アテランシアが震える声で小さく呟けば、力なくサンソンが首を振って答える。
あの不気味な子どもが居なくなった今、どうするべきか。
凛と士郎が話していると突然、サンソンが口に手を当てて言った。
「シッ…静かに、何か聞こえます」
その言葉に全員が息を呑めば、確かに遠くからバタバタという音が微かに聞こえてくる。
音を聞いているうちに何か分かった凛が言った。
「…これは、足音…?」
「誰かが逃げてきたのか?」
「で、でも、まだ化物か人間かなんて分からないよ…」
そう話しているうちに足音は食堂のすぐ近くまで聞こえ、四人の間に緊張が走る。
そして鍵が閉められた食堂の扉がガチャガチャッ!!と音を立てて開けられようとした。
「……駄目だ、劉!鍵が掛かってる!!」
「チッ、面倒臭いな…」
「ど、どうしましょうか…」
扉の向こう側でそんな会話が聞こえ、凛や士郎は顔を見合わせる。
アテランシアも聞き覚えのある声が聞こえて目を見開いた。
「!この声…」
「っ桜!!」
すぐに凛が扉に駆け寄って鍵を開けようとし、もし何かあった時の為にサンソンがすぐ近くに控える。
その少し離れた場所に士郎とアテランシアも立つと、扉が開くのを息を呑んで見守る。
外にいる誰かもこちらの声が聞こえたようで、内容まで分からないが小さく話している声が聞こえた。
焦りながら鍵を開けた凛。
そして開かれた扉の向こうには、紫がかった長い黒髪の少女と見知らぬ少年少女が四人いた。
現在の状況
*アテランシア
衛宮士郎、遠坂凛と共に食堂から移動せず
サーヴァント、シャルル=アンリ・サンソンを顕現する
*間桐桜
高等部と思わしき生徒四名と共に食堂へ