目覚めたくない。
ずっとこのまま眠りに逃避していたい。
だけど、自分の行ったことは、そんな甘えの許されるものでは――
瞼を開く。
あたりを軽く見回すも、彼女は既にいない。
時刻は9時をやや過ぎた程度。朝食はあと少しで下げられるだろう。
だが、今は何も食べる気にもならない。もし無理に胃に入れても戻してしまうに違いない。
毛布をどかすと、そこには赤く小さな雫の落ちたシーツ。だが、別に予想外の光景ではない。これはただの再確認だ。
そう、昨夜の再確認だ。
キアラさんを裏切ったことへの再確認だ。
マシュを傷つけた挙句、執着と同情で抱いたことへの再確認だ。
天井を見上げ、ため息を、一つ。
感情は驚くほど澄み渡っている。
それはそうだ。何せ心が揺れ動くものが全て無くなったのだから。
疑問を挟む余地も、対策を講じる必要も既にない。何をしたところで手遅れだ。
終わってしまったのだ。
彼女との恋愛が。彼女との親愛が。
全て終わってしまったのだ、全て自分から放り出してしまったのだ。
床に足を下ろす。
終わってしまったとは言え、最後にやることがある。彼女たちにしなくてはならないことがある。
(シャワーくらい浴びよ)
一刻もはやく向かうべきなのだろうが、ただでさえ見苦しい顔を更に見苦しくする必要もない。
これ以上の悪印象は与えたくない。
嫌がる足をシャワールームへ引きずる。
まったく、この期に及んでなんて往生際の悪い……
「さて、どういたしましたマシュさん?」
聞く必要はなかったが、それでも聞いておかなければならない。彼女は聞いてもらうために自分の部屋にやってきたのだから。
彼女が自室に訪れたのは朝食を取ろうと食堂に向かおうとした矢先だった。体調を崩していたらしい彼女が、何故自分の部屋にという疑問も、彼女を見て察しはついた。赤い瞳、重心の怪しい足取り、微かに漂う彼の匂い。ここまで揃えばわかろうというもの。
「昨夜、先輩と寝ました」
「まあ」
このようなことを全く予想していなかったわけではない。
「ごめん、なさい。先輩とキアラさんの邪魔をして、ごめんなさい」
「――――」
得心がいった。
彼女は横恋慕と認識して彼と最後までしたのだ。
彼のことだ、彼女に自分との関係を詳らかに白状したのだろう。それは自分に対する好意と彼女に対する誠意だとは思うが……
だが、彼女はそれでも引かなかったのだろう。だから自分にそれを告げに赴いたのだ。
他の虫ならいざ知れず、彼が彼女とセックスするのは何も問題はない。
当初、自分はそれを期待していたのだ。まるで物語のような彼と彼女の淡い恋愛を眺め、情事に至るまでを想像しているのがとても楽しかったのだ。付け加えるならば情事は現地で見学したかったのだ。
自分には遥かに遠かったと思っていたそれを。あの日、病の寝台で知って以来、訪れる機会は永久に無いと思っていたそれを。自分は彼と彼女を通じて見て、知りたかったのだ。
その気持ちは彼と繋がることができた今でも変わらない。
彼が自分を選んでくれたことは、とても嬉しい。だが、それも彼と彼女の育んだ土壌があってこそではないのか。本来の立場は逆ではないのか。彼女こそが彼の隣で笑っているべきであって、届かぬものを永久に渇望し、眺め続けるのは自分のはずではなかったのか――
(――こんな、結末)
認められない。
彼女が悲恋に終わるのも、自分と彼が分かたれるのも。
それは物語だけでいい。今の自分たちに起こっていいことでは断じてない。
「マシュさん」
「は、い」
「本当に言いたいことは、そうではないのでしょう?」
「……っ」
諦めないで欲しい。
どうか、今一度。終わろうなどと思わないで欲しい。
「せん、ぱいを……返してっ、返してくださいっ」
流れる涙が、悲痛に歪む顔が、見ていてとても痛々しい。
予想通りとは言え、こんな表情をしていい子ではないのに。こんな言葉を吐いていい子ではないのに。
彼女に歩み寄り、肩を抱く。ビクリ、と彼女の肩が跳ねる。彼女の顔は心と表情を隠すようにうつむいたまま。
「立香さんはわたくしのもの、わたくしは立香さんのものです」
「ッ!」
「ですが」
肩から背中を伝い尻に指を這わせる。小ぶりながらも弾力に満ちた感触。彼は昨夜この弾力をどこまで堪能できたのだろうか。
「ひゃっ、キ、キアラさんっ!?」
「まだお話できることがあると思うのです」
「あーら、マスターじゃない」
「……」
「随分とお早いお目覚めで。朝食はもうなくなっちゃったけど?」
「そう」
ジャンヌに自分でも上の空だとわかる返答を返す。
あまりに失礼な態度だけど、今はそれでもいいと思ってしまう。
それよりもまずはキアラさんの部屋に行かなければ。ここで道草を食ってる暇なんてない。
「どうしたマスター」
「何が」
「覇気がまるでない。事情を聞いてくれと言わんばかりだ」
「なんでもないよ。……遅くなったけど、おはよ」
これは後に響くなと、どこか他人事のように思う。いや、セイバーのことだから、それが今から始まってもおかしくないのかもしれない。だとしたら、それは困る。今はまず、キアラさんの部屋に向かわないといけないのに。
「ちょっと、なんなの? 朝から辛気臭い顔しないでよね」
「ごめん」
「なぁに? 可愛い後輩と何かあった?」
「……」
「えっ、やだ、図星ぃ?」
「うるさい」
ジャンヌの顔がびきり、と引きつった。
最悪だ。今のは完全なやつあたりだ。昨夜から自分はいったい何を……
でも、それよりも。
「……ごめん、ちょっと急ぐから。また後で」
「……」
「――――」
「おい、今のは――」
「う、うるさい、って、いっ、今、私っ」
「脆すぎるだろう!」
涙目でぷるぷる震えるジャンヌ・オルタを眺めつつ、先程のマスターの様子を思いだす。
マスターがアレほど苛立ちをむき出しにするのは珍しい。過去を振り返っても片手で足りる程度のはずだ。
その原因はどうやらマシュ・キリエライトであることに間違いなさそうだが……
「昨日の件とは……流石にこじつけか」
「そっ、そんなに、わっ、私っ」
「おまえはいい加減に立ち直れ」
まだ再起動しないジャンヌ・オルタの肩を押し廊下を進む。
あのマスターのことだ、どうせ後で私たちに謝罪をしにくるのだろう。事情はその時にでも聞き出せばいい――
「どうぞ、立香さん」
このしっとりと落ち着く綺麗な声も今日で聞納めか。
そういえば、初めてこのドアの前に立った時は死刑執行台に向かう心地だったな。
図らずもまた同じような心地になるとは。待っている結末はあの時とは真逆なのに。
一歩進むと、予想通りの顔と、予想とは違う顔が。
「マシュ?」
彼女がそこにいた。
(そうか、キアラさんはセラピストだったな)
キアラさんに相談をしに来たのだろう。
昨夜傷ついた、心の相談を。
「立香さん、お話とは何でしょう?」
「……」
マシュもいるのに話していいものなのだろうか。
用があるのは二人。手間は省けるけど、一人ひとり話すべきなのではないだろうか。
「内容は、昨夜のマシュさんの件でしょうか」
「……うん、そうだよ」
「でしたら、お話はマシュさんから伺っております」
「そっか。……聞いての通りだよ。オレはキアラさんを裏切り、マシュを傷つけた。オレは――」
「立香さん。一つよろしいでしょうか」
「えっ、はい」
キアラさんが話を遮るとは。
やはり彼女の、いや、彼女たちの怒りと失望は――
「まず、これだけはハッキリとさせておきましょう。わたくしは、立香さんとマシュさんが共に寝たことに対して、反発を覚えておりません。むしろ望ましいとさえ思っています」
「えっ」
「間違わないでほしいのですけれど、あくまでマシュさんとはです。他の虫とでしたら、わたくしにも少々思うところはございますが」
「えっ、え?」
「ええ、あくまでこれはわたくしだけの考え。わたくしがこう、だからと言って立香さんに似たような条件を飲んでもらいたいなどとも思っておりません」
「――――」
言葉がない。
これは、何がどうして、どうなってるんだ……?
いや待て、キアラさんはマシュとは、と言った。つまり、それは。
「確認させて欲しい。オレとキアラさんの関係は?」
「恋人でしょう? 改めて言わせるだなんて立香さんったら」
「あ、そう、だよね」
どういう、ことだ……?
遠回しに拒絶されているわけではないのか……?
わからない。説明されているはずなのに何一つわからない。
そういうもの、として飲み込んでいいものなのか……?
それとも、謝罪の機会さえ与えられないということなのか……?
「ですので、そこはお気になさらずとも結構です。……何やら、お二人とも同じことを考えていらしたようですので」
「えっと、でも、オレとキアラさんは恋人、なんだよね? じゃあオレのしたことは、浮気とか二股にあたるんじゃ……」
「わたくしはそう思っておりませんが。わたくしとも、マシュさんとも。そこにいったい何の問題がありましょうや」
本人堂々の公認が出てしまった。いや、本当にこれでいいのか……?
キアラさんの好意というか考えとはいえ、安易に流されていいものではないように思うのだが。
そもそも、マシュの気持ちもあるのではないのか。
「それを踏まえて、マシュさんの件ですが」
「うん」
「立香さんには、もう少し素直になっていただきとうございます」
「素直、って……」
それは、昨晩キアラさんと話したことを言っているのか。
しかし、それは。
「立香さんにも考えがあってのこととは存じています。ですが、マシュさん自身を見てあげてほしいのです。マシュさんの瞳に映った立香さんではなく、マシュさん自身を」
「――――」
「マシュさんもそれを望んでいます。立香さんも、それはご存知でしょう?」
自分が、間違っていたのだろうか。
いや、昨夜の彼女の涙は確かに自分のせいだ。
他ならぬ自分の、彼女の気持ちを鑑みない気遣いが招いた涙だ。
しかし、だからと言って、素直にだなんて。
自分がマシュを嫌いなわけがない、でも自分にはキアラさんが――
「二人は、それでいいの?」
「ええ」
「はい」
「こんなの普通じゃない。だって、恋人が二人なんて」
「先輩」
マシュがこちらに身を乗り出す。
「私は先輩が好きです。どんな形でも、私は先輩のっ」
「……」
「先輩っ」
「ああ――」
そうか。
自分はカッコつけて誤魔化していただけなんだ。
可愛く慕ってくる後輩に、先輩として良いところだけを見せようとしてたんだ。
彼女の好意を見ないふりして、自分を飾って満足していただけなんだ。
本当は、自分も彼女を想っていたくせに――
「マシュ」
彼女を抱き寄せる。
「今までごめん。オレも好きだったんだ。遅くなってごめん」
「……っ、はいっ。私も先輩が好きですっ」
彼女たちに、感謝を。
傷つけてしまってもなお、好きでいてくれた彼女に。
虚飾を払い、許容し、気づかせてくれた彼女に。
自分が彼女たちにどれだけのものを返せるかわからない。
それでも弛まず、緩まず、自分の全てを二人に注ごう。
「はい。では、これよりお二人にはセックスしていただきましょう」
「キアラさん?」
何を言い出すんだこの人は。
あまりの不意と衝撃に軽い脳震盪が起こったのではないかと錯覚してしまった。
口には出さないが、ちょっとこのタイミングでそれは少しガクリとくるものが……
「マシュさんからは、セックスの最中お互い謝り続けたと。そう伺いました」
「……うん。間違いない」
「言語道断です」
すっとキアラさんの目つきが鋭くなる。視線は自分をまるで射抜くかのように、強く睨めつけている。
こんなキアラさんの表情は初めて見た。過去の自分の浅慮な行動にも、不用意な言葉にも、キアラさんはこんな表情を見せなかった。彼女は今、本気で怒っている。
「そのようなこと、あなた方が行って良いことでは断じてありません」
「……ごめん」
「晴れて三人とも恋人になったのです。無用な悲しみを払拭するためにも、さあ」
「待ってって。オレはともかくマシュは……」
「マシュさんはわたくしが先程軽くほぐしておきましたので問題ありません」
「キアラさん!?」
何をやってるんだこの人は。
そんな動揺を尻目に脱ぎ始める二人。って二人?
何か自分の知らないところで事が進んでいるが、これは自分も続かないとまずい。
せっかくの二人の想いを無下にはできないし、何より脱ぎ終わった女性二人の前で脱ぐのは想像するだけで恥ずかしい。
やや遅れて全裸になると、目の前にはマシュだけが。
軽く見回すとキアラさんはベッドの上で正座して、ぽふぽふ、とシーツを軽く叩いている。
意図はわかるが、そこでセックスしろっていったいどういう……
とすん、と軽く柔らかい衝撃。振り向くとそこには
「先輩」
……そうだ、払拭したいのは確かだ。多分、お互いに。
迷う必要なんてない。そう、これから始まることで悩む必要なんてない。
そんなつまらない考えが、昨夜の涙を招いたのだ。なら――
「ひゃっ! せ、先輩?」
マシュを担ぎ上げる。所謂、お姫様抱っこというやつだ。
見上げるマシュを見つめ返して、キアラさんの座るベッドへ向かう。
「ん……」
柔らかくも優しい接触。
昨夜とは何もかもが違う。私からでもなく、荒々しくもない。先輩からの、優しく静かなキス。
(――――)
昨夜の私はなんてバカだったんだろう。
キアラさんが怒るのも無理はない。だって、こんなに嬉しくて心地良いのに、私は。
でも、今はそれでもいい。昨夜は考えうる最悪の夜だったけども、今はこんなに心地良いんだから。あの夜がなければ、今はなかったんだから。
先輩の唇が離れる。
もうこの時間が終わってしまうのかと悲しくなったけど、刹那、また先輩の唇が重なる。
ちゅ、ちゅ、と私の唇をついばむようなキス。それがとても気持ちよくて、暖かくて。
このキスが、暖かさが、私のわだかまりを溶かしていくのがわかる。何もかもを溶かしていくのがわかる。
それは涙となってこぼれ落ちた。泣いてはいけないのに、泣くべきではないのに。
でも仕方ない。これは先輩のせいだ。そう、頬を伝う涙さえ暖かく感じるのも――
「あっ」
私の左胸に先輩の手が重なる。下から押し上げるように、ゆっくりと揉まれ始める。
嬉しさとくすぐったさが綯い交ぜになったこの感覚をなんというんだろう。ふにふに、と揉まれる左胸がとても心地良い。ただ。
「んっ、ん……」
なにか、乳首が痺れるような感覚が。気持ちいいのだけど、どこかもどかしい。
そのもどかしさは解消されることなく、身体中に行き渡るような、そんな気分。
躰が熱くなりはじめている。なにか下半身がムズムズして、切ない。
すると、先輩の指は胸を離れ、お腹を伝いヴァギナに伸びた。
「ひゃっ」
くちゅ、と水音がかすかに聞こえた。続いて、ぞくりとした強い刺激。それが快楽だとわかるのは、水音が明確に聞こえはじめてから。
「あ、あっ、ああっ」
ゆっくりと規則的に動く先輩の指。入り口をなぞるだけの動きなのに、せいぜい指の腹が僅かに膣内をかするだけなのに、それが信じられないくらい気持ち良い。
水音が大きくなっていくのがわかる。いつもより溢れているのがわかる。自分でする時はこんなに濡れることなんてなかったのに、先輩の指で触られるだけで、どうしてこんなに気持ちよくなってしまうのか。しかも、そんな気持ちよくなってる顔を先輩に見られて――
こんなにされたら、私は、もう。
指が離れる。水音が止む。くい、と浮く自分の腰。
(ッ! ~~~!)
恥ずかしい。
意識して動かしたんじゃない。無意識に動いてしまった。それが余計に恥ずかしい。
止まった刺激が不服かのように、先輩の指を追いかけてしまったのが恥ずかしい。
体位上、見られていないとは言っても、これは……
「マシュ、いい?」
「っ、はっ! はい!」
そんな気持ちを知ってか知らずか、覗き込むようにして聞いてくる先輩。
私が安堵と羞恥で混乱している最中、先輩はペニスを私のヴァギナに添える。
ちゅ、と先端が触れるのがわかる。そして、ゆっくりとペニスが私の中を押し開いて、進んでいくのがわかった。
「あっ……あぁっ!」
トン、と押し上げられるような奥の痛みが、先輩が全て入ったと教えてくれる。
ずっとこの時を待っていた。夢にまで見ていた。
先輩が、私を抱いてくれる日を。
私からでも、無理矢理でもない、先輩からの――
涙がまたこぼれ始める。でも、止めることなんてできるわけがない。
だってこんなに嬉しいんだから。こんなに待ち望んでいたんだから。
あんなに焦がれ、乾き、喪ったと思っていた先輩が、私の中にいるんだから。
「マシュ」
「はっ……い」
「好きだよ」
「っ、私もっ、好きですっ、先輩が、好きですっ……!」
先輩が動き始める。私の躰が揺さぶられる。抽送が、始まる。
膣口の付近はとても気持ちよかったけど、それより先はまだ圧迫感のほうが強い。
下から内蔵を押し上げるような圧迫感があって、ちょっと苦しい。
でも、その圧迫感すら今はとても幸せに感じる。だってそれは、先輩のだから。
同時に、先輩のものなのに全てで感じられない自分がいて、申し訳なく思ってしまう。
でも、これは今回だけじゃない。昨夜と違って、これで終わりじゃない。
キアラさんが、先輩が、私を受け入れてくれた。
だからこれから先、感じられるようになるまで――
「あっ」
途端、何かを感じる。何かじわっ、とした感覚が生まれたような、そんな何かを感じる。
先輩の抽送を意識すると、それがだんだんわかり始める。膣内のお腹側。そこに先輩のペニスが当たると、何かよくわからない刺激があるのがわかる。意識し始めると、それがだんだん大きくなっていくのがわかる。
そうだ。これは、快楽だ。
まるで積み重なっていくように、階段を登っていくように。規則的な抽送は、それを更に自覚させるように、少しずつだけど確実に快楽が大きくなっていくのを感じる。快楽が止まらない。どんどん大きく、昇っていくのがわかる。わからない。この快楽の先がわからない。このまま続けていったら何かがくる、きてしまう。私の知らない何かが――
「あっ、ああっ、せっ、先輩ぃっ……!」
こわい。
そう、口にしかけた。でも、それは違う。
怖いのは確かだ。何か凄いのがきてしまって、壊れてしまうのではないかと恐怖がある。
でも、先輩にならいい。
壊れてしまっても、壊されてしまっても。
それこそ、取り返しの付かないことになってしまっても。
だから、
「も、もっとっ。先輩っ、もっとっ!」
これで、いい。これが正しい。
途端、抽送が早くなる。快楽がどんどん強くなる。
視界がよくわからない。何か光っているのか、真っ白になっているのか。
「先輩っ! 先輩ぃ!」
「マシュ! マシュっ!」
「あっ、あぁっ、あ――!」
先輩にしがみつくと同時に起こった、全身の震え。
それは下腹部から全身に伝わった、躰が壊れるほどの衝撃に耐えている証拠。
そう、今までの何よりも強い快楽と幸せの証拠。
今しがみついている
「あ――ァ……♡」
霞む視界に何かが映る。
すると、唇に何か柔らかいものが重なるのを感じる。
それは、くっついては離れ、くっついては離れを繰り返して。
(せん、ぱい)
もっと、もっと――
二人は繋がりながら抱きしめあい、ついばむようなキスを始めた。
彼の降り注ぐキスを懸命に受け止めてなお催促する彼女の姿がとても愛らしい。
(
瞳を閉じて、頷きながら心ごちる。
悲恋だけのセックスなんて二人にあってはならない。そう、これこそが二人に相応しいセックスなのだ。
グッジョブ祈荒、ナイス殺生院。この記憶は過去の全てを置き去りにするほどの輝かしさだ。録画できなかったことが実に悔やまれる。だが、それも仕方ない。準備できる猶予もなかったことであるし、何よりよくよく考えれば野暮でもある。これはライヴ限定であるべきなのだろう。と――
「あら」
瞳を開けると自分の両手が掴まれていた。左手首は彼に、右手首は彼女に。
二人はいつの間にか解け、正座する自分の前に移動していた。
これは一体どうしたことなのか。流れとしては二回戦の開催か、眠りにつくかのどちらかの筈だが。
「あの……? お二人とも?」
「今度はキアラさんの番だよ」
「ええ、キアラさんの番です」
(わたし、の……?)
まさか、二人がかりで?
それはいけない。いや、とてもいいのだが今はいけない。
今日の主役はこの二人だ。多少の手出しはすれど今回の自分はあくまで同伴者。
流石の自分もここだけは空気を読まなくては――
「きゃっ」
彼女が自分の両肩を押す。とすん、とシーツに背中がつく感触。
正座のまま倒されて上がってしまった膝が左右に開かれる。これは、彼か。
「あの、きょ んむっ」
今日は、と続けようとしたところ彼女の唇がそれを塞ぐ。
ちょんちょん、と彼女の舌先が自分の唇をつついている。止めるべきか、受け入れるべきか迷っていると、自分の両脚が高く上げられて、その間に何かが割り込んできた。尻が浮き、両腿の付け根付近を何かに支えられているのがわかる。
「んっ」
下にも唇が重ねられる。
上下の違いはあれど、奇しくもいま唇を塞いでいる彼女と同じ動き。ならばこの次は――
「あハァッ」
舌が膣内に差し込まれた。
その快感に喉を開くような声を上げてしまうと、完全に開いてしまった唇を通り抜けて彼女の舌が口内に差し込まれる。
二つの舌が、二つの口の中で動き出す。
「むぅっ! んんっ! んぅ~~~~っ!」
まるで肉をこそぎ落とすかのように荒々しい動きだった。
れるれる、と自分の舌を押しつぶして弾力と反応を確かめるような彼女の舌。
ぐりゅぐりゅ、と膣肉に押し付けて舐め溶かすような彼の舌。
それはとても初々しくも
よがり喘ごうにもそれすら許さない、自分を押さえつける二人の両手と舌。
(ふ、二人にっ、
自覚が官能を更に跳ね上げる。
何かに引き上げられるような心地がする。腰が震えて勝手に上がりはじめる。
いけない、まだ始めてばかりなのに、自分だけ。
しかし、逆らえない。逆らえるわけがない。こんな
「ん゛んんぅ~~~~~っ!」
視界が白く染まる。
全てが浮上し弾けるかのような感覚。
それは全身に伝い、痺れ、甘く蕩かした。
この悦びを身体で震えて表現したかった、声にあげて表現したかった。
でも、それはできなかった。彼の両腕が痛いくらいに自分の両腿を押さえつけている。彼女の唇が押しつぶすかのように自分を押さえつけている。それはまるで、絶頂の排熱すら許さないと言わんばかりに。この絶頂から生まれたものは、全て躰で受け止めろと言わんばかりに。
「ン……ん……♡」
舌が止まる。快楽の波が引く。世界が戻る。
どれくらい絶頂を味わっていたのだろうか。時間の流れさえも曖昧になるほどの強烈な官能だった。だが。
「んーーーっ!?」
ずぞぞ、と啜るような音。それは上下両方から同時に聞こえた。
吸われている。自分が二人に吸われている。まるで今から仕切り直すかのように、絶頂の発露が吸われていく。
身体が無意識に弓なりになるのがわかる。しかし、彼の両腕の力が強まりまた押さえつけられてしまう。
「んぅっ!?」
二人の舌が動き始めた。
(しっ知らないっ、こ、こんなの知らないっ)
これ以上の数を、これ以上の技巧を、これ以上の時間を経験した記憶がある。
しかし、二人の愛撫はそれら全てを遥かに上回っていた。生み出される官能は比ではなかった。何故自分はこの
(この人達、だから)
そう。虫や獣とは違う。この
膣内の舌が止まり、抜かれる。両腿を抱えていた手が離れ、シーツに尻が落ちる。
それに遅れて自分の口内から舌が抜かれる。目の前には彼女の可愛らしい顔。
息も絶え絶えな状態から少し首を起こすと、彼の怒張したものが見える。
「挿入れるよ、キアラさん」
「あ……あぁ♡」
挿入れてもらえる。舌ではない。彼の怒張した陰茎を。
膣半ばまでではない、奥の奥まで、自分の胎まで、貫いてもらえる。
期待に腰が無意識に震える。ぬちゅ、と亀頭が膣口に沿われて。
じゅぶ、と亀頭が埋まり、散々蕩かされた膣内に彼がゆっくりと入ってきた。
(すごい)
震える躰も、ピンと伸ばされた脚も、甲高い悦びの声も。
先程私の話を聞いてくれたキアラさんとはまるで別人のよう。あるいは、先程の私もこのように乱れていたんだろうか。そう思うと少し恥ずかしい。
ふと先輩の方も見てみると、喉を逸らしたまま震えている。これは二人共、達してしまったんだろうか。しかし、口を開けたまま今もなお微かに震え続ける二人を見て、セックスで起こりうる以上のことが起こってしまったのかと少々不安になる。
「お、お二人とも大丈夫ですか?」
「っひゅ、かっ、はっ――ああ、うん」
かろうじて返答をしたのは先輩だけだった。キアラさんは今もなお微かに震えたままだ。
すると、先輩の腰が動き出した。
「あ゛ぁっ、あっ、あ゛ァ――」
途端に聞こえるキアラさんの声。それは、身体全体を使って発声しているような、まるで獣のような低い声。
……これが先輩とキアラさんのセックス。私もいつかこうなるんだろうか、こうされてしまうんだろうか。今も腰を振り続けて、低い声を上げ続けている、先輩とキアラさんに――
キアラさんの上半身を膝でまたいで結合部分を上から凝視する。
「わぁ……」
先輩のペニスがキアラさんのヴァギナに力強く出入りしている。結合部分は泡立っていて、吸盤を剥がすかのようなとても重い水音と、腰が打ち付けられる音が断続的に鳴り続けている。平時で見ればグロテスクとも思える光景だけれど、今はそれがとても綺麗で淫靡で。
「ひゃあっ」
途端、自分のお尻が誰かに引き寄せられた。振り向くとキアラさんが荒い息をしたまま自分のお尻付近を掴んでいる。そのままキアラさんの顔が近づき――
「うあっ、あっ、あぁっ」
私のヴァギナにキアラさんの舌が入り込んできた。
中をうごめくかのようにかき回す感覚に腰が震える。すると、キアラさんの片手がお尻から離れ、私のクリトリスに指を這わせた。
「やっ! やあっ、あっ、あっ、ああぁっ」
私の中を丁寧にも荒々しくかき回す舌とは裏腹に、あやすかのように優しくクリトリスを撫でるキアラさんの指。先輩がこの部屋に来る前にもされた愛撫に、私はまたも声を上げてしまう。あまりの快感に上半身が倒れそうになると、私の胸元を先輩の掌が支え、上半身を眼前まで押し上げた。
「んぅっ」
重なる先輩の唇と差し込まれる舌。応じようとこちらも舌を伸ばして先輩の舌を絡め取る。それは、お互いを溶かしあって一つになるような甘く淫らなキス。ヴァギナはキアラさんに激しく愛撫されているのに、上はまるで氷を口の中で溶かすようなゆっくりと丹念な愛撫なのが、私の意識の置き所を迷わせる。
(す、凄いことしてるっ……!)
先輩はキアラさんを正常位で貫いて、キアラさんは私のヴァギナをかき回して、私は先輩と舌を絡めてキスをしている。
傍から見ればまるでアーチの掛かった橋のように見えるんだろう。そんなことをまさか三人でするなんて。
先輩の鼻息が荒くなるのを感じる。それに続いてキアラさんの舌と指が強まる。
「んんっ! んっ、んっ、んぅーっ」
舌は中を掻き出すかのような、鈎を連想させるような動きに。
指は優しくなでるような手つきから、やや強く擦り上げるような指使いに。
何かが駆け上ってくるのを感じる。私が、二人が、震えるのを感じる。
(わたし、も)
三人で、一緒に
「んぅ~~~~~っ!!」
視界が白く染まる。
先輩の震えを、キアラさんの震えを感じる。
重なるくぐもった声で、ここにいる三人が同時に絶頂したのがわかる。
それはまるで、繋がる三人に各々の快楽が循環しているかのようで。
「んぅ……♡」
視界が白くなったまま戻らない。
それなのに意識だけは徐々に霞んでいくのがわかる。
これも、同じなんだろうか。できればそうであって欲しい――
意識が浮上し始める。
この心地よい微睡みには憶えがある。それもつい最近に。
さて、なんであったかと意識すると、これがいつもと違う目覚めであると気づく。
頭の高さと感触が違う。この弾力は枕ではない。身体の感じる熱が違う。この熱は布や毛布のそれではない。
「あ、起きた?」
「おはようございます……で、いいのでしょうか」
(ああ)
そうだ。自分は二人と一緒に――
「お二人とも、おはようございます……で、よろしいのでしょうか」
まだ寝ぼけているせいか、彼女と同じ言葉を返してしまう。それを自覚して、意識が完全に覚醒する。
自分の右には彼が、左には彼女がいる。これは一体どういうことか。両手にこんなかわいい子達からの腕枕と添い寝で起床とは、危うく角が生える寸前だ。
……そうか、目覚めは自分が一番遅かったのか。
「……」
少し恥ずかしいというか、不甲斐なさを感じる。
同伴者を気取っておいてこの体たらく。ここ最近、自分は少々不覚を取り過ぎではないだろうか……
「キアラさん? どうかした?」
「いえ、自戒を少々」
「あっ、そうですね……私たちは、その、朝食も取らずに朝から」
「ああ、自戒は個人的なことですよ。時や場所の問題ではありません」
「そ、そうですね! 先輩たちは昨日のお昼から」
「そうだマシュ。それどこで知ったの?」
そう言えばそうだ。
痕跡は断った筈だ。もし漏れがあったとしても微々たるもののはず。それで彼女が真相にたどり着けるとは思えないのだが。
「その……ですね。ダ・ヴィンチちゃんの部屋に、録音された音声が、ですね」
「えっ」
「まあ」
回線は全て閉じておいたはずだ、それこそ自分が見落とすはずがない。と、なると……
「盗聴器の類でしょうか」
「断定はできませんが、恐らくは」
「……あ」
「立香さん?」
「ひょっとしたら、その……ロビンかも」
あのアーチャーか。
昨日の昼間と言えば、確かにタイミング的に合致する。
平時からやり口がテロリスト染みていると思っていたが、まさか現代機器にまで手を伸ばしていたとは。
「そうですか……差し当たっては、知っている者の洗い出しからですね」
「え、音声からじゃないの?」
「それは後で如何様にも。まずは出歯亀達の口封じを――」
「ストップキアラさん! カルデアで戦争はNG!」
「そうです! カルデアが地獄と化します!」
「あっ、はい」
流石に少々過激すぎたかと軽く反省する。
そんな自分を他所に、二人は平和的な方針を前提に今後のプランの相談をし始めた。出歯亀如きになんとも優しいと思うと同時に、この関係を尊重しようとしているその姿勢を嬉しく思う。
まぁ、余計な出歯亀のおかげで彼女がここにきてくれたのだ。ここは大目に見て、文字通り釘を刺すくらいに留めるのが落とし所か。差し当たっては、まずダ・ヴィンチに経緯を聞きつつ、音声を破棄してもらうところから始めるとしよう。しかし――
(地獄、ですか)
――これはもう、地獄の底までお付き合いしていただくしかありませんね?
召喚時に伝えた通り、当初はそのつもりだった。
なにせ自分のような女を喚びだしたのだから。しかし――
(それが二人に似合うでしょうか)
以前ならば、自分だけならば、何も問題はなかった。しかし今や一蓮托生の身だ。ならば、彼と彼女を地獄などにつきあわせて良いものだろうか。とは言え、自分のような魔性と繋がった以上、そこ以外に行き着く先などないわけで。
そうだ、ならば
(地獄を潰してしまいましょう)
何もただ降って囚われる必要などない。自分たちへと相応しい場所に塗り替えてしまえばいい。ちらつく有象無象は全て払い、煩わしい機構は更地にしてしまえばいい。
そこに新たな楽土を創ろう。
鬼の骸で社を建てて、虫を潰して
――それはなんて素敵な世界。この快楽に比べれば、億の数など陶犬瓦鶏。
そうだ、あの人も連れて行こう。自分たちの物語を紡がせよう。それはきっと素晴らしい話になるはずだ。
それがいい、とてもいい。なんとも心躍るシナリオだ。
「……さて、睦言はここまでにして。三人で仲良くシャワーでも浴びましょうか?」
「えっ、オレも?」
「先輩、今更です」
「立香さん、今日はこれ以上のえっちは厳禁ですよ。腎虚になりかねませんからね」
「キアラさん、ジンキョ、とはなんでしょうか?」
「詳細は省きますが、かかると立香さんはお亡くなりになられます」
「先輩、切に我慢を!」
我慢を、と言いつつ彼の両手を胸元に持っていく彼女が微笑ましい。
彼女に自覚はないのだろうが、その自覚の無さが更に彼を煽り立てていることに気づいていない。
みるみる勃起していく彼の陰茎を見るやいなや、それを握りしめ彼女は更に我慢を強いる。
「先輩ダメです! 死んでしまいます!」
「マシュやめて! 擦らないで! イッちゃうって!」
「ふふふ」
そう、逝くにはまだ早い。今を台無しにして終わるなど勿体無い。
もっと多くを識らなくては。もっと多くを交わさなくては。もっと多くを感じなくては。
その煌めく深い
ちら、と窓を眺める。
ガラス越しに映る青空はどこまでも澄み渡っている。それはまるで今の心のように。
――そう、今の自分の心のように。
これから花でも降り注ぐのではないかと思えるほどに、気持ちのよい青空だった。
これにていったん一区切りとなります。
何か思いついたらこの続きを書いてみたいです。
活動報告を書いてみました。
もしよろしければ目を通していただけると嬉しいです。