エロないです。
日常という名の場繋ぎ回です。
今日も食堂は喧しい。
もはやこの活気は祭りか何かと思うほどだが、それも仕方あるまい。
どのサーヴァントも食事は貴重な楽しみの一つだ。その楽しみを共有しているというのであれば、話や雰囲気も活気づくというもの。
白身魚のフライの残滓をシュナップスで飲み込む。
イギリス料理など残飯以下だと思っていたが、コック次第でこうも化けるとは思わなかった。
欲を言えばもう少々緑が欲しいものだが。
「お隣、よろしいですか」
聞こえた方向に視線を投げると、そこにはメロン峠――殺生院キアラがいた。
珍しいこともあるものだ、最近はヤツと行動を共にしていたはずだが。
俺の視線を受けると、許可を出す前に勝手に隣ではなく対面に腰掛けた。
「ヤツはどうした」
名前を伏せた俺の問いにキアラは視線を移して答えた。
瞳の先にはセイバー・オルタとジャンヌ・オルタ相手に見事な直角をキメて謝罪をしている藤丸立香の姿があった。今度は一体何をやらかしたのか。まさか奴らとまで関係を持ったのではないだろうな。
「取るに足らない瑣末事のようです」
随分と知ったふうな口を利く。
いや、ヤツのことに関しては実際知っているのだろう。
ヤツを見つめる瞳は薄気味悪いくらいに穏やかだ。
瞳も以前はこの世全ての膿をかき集めたかのような濁った黄色だったというのに、今はまるでトパーズに見紛う程の輝きを灯している。人類史に刻まれるレベルのサゲマンがここまで変化するとは、ヤツとの間に起こった化学反応はもはや人智を超えたものではないだろうか。
まぁ、良い方向に向かったのならそれでいい。このメロン峠が召喚されて以来、様々なフォローに回ったかいがあったというものだ。もうあんな胃を雑巾絞りにされるような痛みは金輪際ゴメンだ。
「アンデルセン」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「ああ」
淡白に済ませておく。
実際俺のしたことなど、負担はともかく効果としては大したことではない。
むしろ、礼を言う相手は俺ではなく――
「ヤツにもいつか言っておけ」
「……ふふ」
怖気がした。
聞いたことのない、いや、このメロン峠からは一生聞きたくなかったトーンだ。
眼前には上気した頬と、それに沿われた両手。
……この顔を幾度となく見て、その後に幾度となくため息を吐いた記憶がある。
思い返すだけでもキッツいが、それに加えて躰までくねり始めた薄気味悪さは今までの比ではない。藤丸立香への想いでまたぞろ妄想か回想にでも耽っているのだろうが、いい加減にTPOを弁えろと言いたい。
「ハァ……そんなによかったのか?」
「……きゃー♡」
「ヴォエ!」
訊くべきではなかった。適当に流してさっさと立ち去るべきだった。
視覚と聴覚から得てしまった今世紀最大の悪性情報に堪えきれず、身体は瞬時にアレルギー反応を引き起こしてしまった。
「ちょっと!?」
「オヴォッ、オロロロロロ!」
何を引き換えにしてもいい。具体的に言えば今しがた飲んだ酒と白身魚のフライを引き換えにしてくれていい。それと共に先程の光景をこの身体から排出してくれ。汚染された記憶よ、全て消え去ってくれ。
「少しは見直したと思いましたが、貴方は全く変わっていませんね!」
「それはこちらの台詞だ! 熟れすぎた乳袋から腐敗が脳みそにまで到達したか!」
「な、なんという物言いでしょう……! 本当にしようもない悪童ですね!」
「これは自己防衛だ! お前は今しがた精神汚染を仕掛けたという自覚はないのか!」
両頬をぐいーっと引っ張られる。
やり返したいが悲しいかな腕のリーチが足りずにされるがままだ。
おのれ、変わったと思ったがこのメロン峠の性根は何も変わっていない。ただベクトルが変わっただけだ。
「ええ、ええ。以前から貴方にはお灸が必要だと思っていましたとも……!」
嗜虐的な笑みを浮かべながら更に俺の両頬を引っ張るメロン峠。
吐き気と痛みに抗うように腕を振り回すも全く届かない。それどころか眼前のイラつく笑みは深まるばかりだ。
なんとかしてくれ立香。
今やこのメロン峠の手綱を握れるのはお前しかいない。
(なんたる厄日だ)
泥酔したわけでもないのに反吐を吐き、あまつさえ暴力を振るわれる始末。せっかくの酩酊感も消し飛んでしまった。これは更なるアルコールで埋め合わせをするほかあるまい。
てくてく、と廊下を歩む。
向かう先はウィリアム・シェイクスピアの部屋だ。
酒の補充という名目もあるが、ヤツの部屋には元々訪れる予定だった。
ヤツが半端ないスランプに陥って愉快にイカれている姿は、色々な意味で見るに堪えない。タダ酒の代金として多少は心配してやってもいいだろう。
眼前には閉ざされたドア。しかし、勝手知ったるヤツの部屋だ。キーを使い無断で入る。
「ん?」
部屋に入って少し歩を進めると何か微かに聞こえる。これは……うめき声か。
誰のものかと考えるまでもない、ここはヤツの部屋だ。
それにしても妙に苦悶に満ちた声だ。執筆が行き詰った苦悩から漏れる声にしては、少々苦痛が強いような。
「どうした? 最近は随分と筆が遅いじゃないか、偉大なる劇作家殿?」
作業机のある部屋に足を進める。
「お……おぉ……」
「ウワッ」
ヤツがうつ伏せに倒れていた。
駆け寄って様子を覗き込むと、顔には苦悶の表情が刻まれている。それを飾るかのような脂汗は、さながら滝の勢いのごとしだ。なるほど、これならば先程のうめき声にも納得できる。
だが、それ以上に目立つのはこのそびえ立つ剣。
見るに、華美な宝飾が目立つ、柄の短い典型的な西洋剣のようだが。
「――――」
それが何故、ヤツ――ウィリアム・シェイクスピアの臀部の中心に突き刺さっているのか。
「何が……いや、何をしたんだお前は」
「は、話は……まず、この剣を抜いてからに……」
俺がか。
剣を抜くこと自体は構わない。だが、ヤツのケツの穴から抜くとなれば話は別だ。
何が悲しくてこんなクッソきたない選定の儀を演じなければならないのか。あの人非人の夢魔とてこんなシナリオは夢想だにするまい。アーサー王伝説への風評被害どころか、ブリテンに対する国辱問題に発展するのではないだろうか。刺さっている宝剣もさぞや無念であることだろう。ややもすれば、ギリシャの大英雄も。
「……わかった。わかったから、さっさと四つん這いになれ」
「なれば……ヌいていただけるんですかな……?」
「ああ。抜いてやるから
ヤツからおかしい響きを感じたがどうか気のせいであってほしい。
まったく、いつかどこかでケツの穴まで鑑定してやるなどと言った気もするが、まさかケツの穴のフォローに回ることになるとは夢にも思わなかった。
覚悟を決めてヤツのケツに足を乗せ、極力視界に収めないようにしてから、刺さった剣を力任せに引き抜く。
「オォン!」
まるで獣のような悲鳴を上げながら患部を押さえるシェイクスピア。
さもありなん。常識的に考えてこれは重症だ。ヤツの指図とは言え、こんな乱暴な処置を行っていいものではない。
眼下には苦悶の表情でのたうち回っている偉大な劇作家。
憐憫すべき姿、同情すべき傷だ。だがそれ以上に、ああ、なんて――
「きたない」
漏れた言葉はあまりにもシンプルだった。
悶絶しているヤツを尻目に引っこ抜いたばかりの汚れた宝剣を放り捨てる。
「それで? 一体何があったんだ」
「いえ……英雄王にですな……」
「ギルガメッシュが?」
……まさか、あのろくでもない原稿が露見したのか。
あれは即時パイプの火種にされたはず……いや、その後に低年齢化を加えて再構成していたか。
「あの原稿を見せた……わけはないだろうな。見られたか」
「いえ、見せましたとも。エルキドゥ殿に」
「正気か!?」
「つい感想が欲しくなりましてな」
流石は世界に名だたる劇作家だ。スランプを拗らせただけでここまでの無謀を敢行できるとは。行き詰まったら風呂上がりに全裸で闊歩する俺などまだ可愛いものだ。こと今に至ってはヤツに抱いていた敬意は戦慄を通り越してドン引きにシフトしつつある。
しかし、よく命があったものだ。
あの片割れがオブラートに包んでくれたのだろうか。だとしたら、そんな気を使う前に最初からギルガメッシュに伝えないでほしいものだが。
そういえば何故エルキドゥはヤツへの制裁に参加していないのか。直接見せられたのならギルガメッシュに伝える前に本人が先に怒りをぶつけるのが道理のはずだが。
まさか、あの神造兵器……いや、憶測はここまでだ。死亡フラグは文章だけであって、自分に立っていいものではない。
「なに、流石に目は覚めましたとも」
「いい目覚ましだったからな。次はもう
「心配ご無用。先程の痛みで構想も閃きましたぞ」
「ほう?」
表面には出さないが期待が膨らむ。
「吾輩も流行を追ってみようと思いましてな」
「おい待て、それは」
「表題は、『セクシャル
「お前殺されるぞ!!」
もうコイツはダメだ。
聞いただけでIQが下がりそうなタイトルもマズいが題材はそれ以上にマズい。どのようなエッセンスを加えてもR-18タグから逃れられない題材である上に、あのメロン峠は舐めプはするものの、報復自体はきっちりどころか数倍にして斜め上に返すタイプだ。
なんてことだ、先のメソポタミア最強コンビよりもある意味質の悪いベクトルに向かってしまった。
「正気に戻れウィリアム・シェイクスピア! お前はそこまで
「ははは。なぁに、今度こそは自己保存で」
「お前はあの女の宝具特性を知らんのか!!」
――――諸法無我など猿の戯言
「これは空耳だよな!? 空耳であってくれ頼むから!!」
なんとしても
この偉大なる劇作家を、ひいてはカルデアの未来を。
まったく、何故この俺がこんな茶番に振り回されなくてはならんのだ――!
昨夜と違いマシュさんはいない。今夜は彼と二人きりだ。
彼女はフローレンス・ナイチンゲールに捕まってしまった。
彼が言うには、かすれた声をあの看護師に聞かれてしまったのだという。今頃はゆずしょうが茶でもしこたま飲まされてベッドに縛り付けられているのだろう。彼女がいないのは非常に残念だが、無理に連れてくるわけにもいかない。あの看護師はともかく、喉を痛めてしまったのは事実であるわけで。
「シッ!」
気合と同時に彼の震脚が部屋に響く。
踏み込んだ音が残響する中、肘打ちの姿のまま静止した彼にぱちぱち、と拍手を送る。
「やっぱ遅いよなぁ、これじゃ」
「まあまあ、教わって間もないのですから」
明日はあの拳法家と稽古を行うらしい。
そこで課題として教わったこの連携を披露するとのことだが。
(確かに、まだまだ)
先の連携はまだ甘い。
次の技に移るまでに見逃せない溜めがあり、一連の動きがスムーズではない。つまり、連携として成り立っていない。同レベルの経験者相手であれば勢いで押せはするだろうが容易に防がれるだろう。
反面、一つ一つの技の完成度は中々だ。
いつから稽古をしているかは知らないが、期間は一年にも満たないだろう。
平時のペースも最大で週3、2時間弱程度ならば、市井の人としては大した成長と言える。
まぁ、あのスパルタ王仕込みのトレーニングをこなしているのだ。その身体から生まれる技ともなれば妥当か。
競技にもよるだろうが、もう少々稽古を続ければそこそこの結果を生み出せるだろう。それこそ、同年代の県大会には出場できるが、入賞は不可能程度には。
しかし、何故このような連携をあの拳法家は教えたのか。
水面蹴り、左突き上げ、右下段蹴り、左踏み込み肘打ち。
正直に言えば、基本が出来るようになったばかりの彼が使うにはいささか早い連携だ。
そもそも始動の水面蹴りも然ることながら、そこから突き上げという流れもわからない。
……となると、これは連携を行う上での身体操作と重心移動を学ばせるためのものか。
低姿勢から次の技へと繋げる動きを理解させるがための課題、恐らくはそんなところだろう。
だが、そんなことよりも――
(彼の拳からは一体どのような味がするのでしょう……)
あの突きからはどのような痛みを味わえるのだろう。
いや、動きを見れば拳にどの程度の威力が宿っているかの想像は容易につく。
だが、彼の拳となれば話は別だ。それが自分に与える
彼の性格上、自分に拳骨を振るうなどしないだろう。
つまり、こんなチャンスはほぼ無いと言ってもいい。ならば、今なら、
いやしかし、その後の彼はどのような顔をしてしまうのだろう。困惑か、悲しみか、怒りか、或いは全てか。欲を言えば悦んでほしいのだが、それはまずもってありえないだろう。
「立香さん。よろしければ正面から見させていただきたいのですが」
「え、結構進むし危ないよ」
「ええ。ですので、突きだけを一つこの辺りに」
「それなら、まぁ」
(はしたない女でごめんなさいね)
心の中で先に彼に謝罪する。
そう、これは今回だけ。一打だけ、少しだけ、先っちょだけ。
「ん、じゃあいくよ?」
「はい、どうぞ」
構えを取った彼が一歩浅く踏み込む。
足から生まれた回転が身体を伝い、肩から手首に連動されて、真っ直ぐにブレなく射出された突き。
自分はそれに合わせて一歩踏み出す。受ける箇所は鳩尾付近だ。
彼の突きが直撃する。
じん、というよりも、ツン、とくるような、肉を徹る痛み。
それは、腕力だけに頼った押し潰す突きではなく、正しい重心移動と身体動作を経て威力が収斂された証拠。
その痛みは鳩尾から拡散し、鋭い痺れとなって胴体を支配していく。
(なんて瑞々しい拳打――)
打撃自体は当然自分に通じるレベルではない。でも、彼の打撃と言うだけでここまで
彼から受けた刺激の前に膝から力が抜けると意識した途端、かくんと視点が下がる。いけない、これでは彼に無用な心配をかけてしまう。
でも、この快楽を我慢などしたくない。
彼が今まで鍛え上げた身体の結実が。彼が今まで磨き上げた技量の賜物が。
闘志に彩られ暴力に変じて、自分の肉を蹂躙するのがたまらなく嬉しい。
一打だけとは言わずにもっと打ち込んで欲しい。限界がくるまで打ちこみ続けて欲しい。
(本当に残念)
頭の上から彼の驚いた声が聞こえる。
打たれた箇所が鳩尾で本当に良かった。これより下だったらある意味取り返しの付かないことになっていただろう――
バチッ、という衝撃音。
拳は刹那の柔らかさを越したかと思えば、硬質ながらとんでもなく質量のある何かに堰き止められた。
それはまるで、大型トレーラーのタイヤを殴ったかのような感触。
そんなものを貫く事などできるわけもなく、突きの反動はそのまま自分に帰ってくる。
自分の重心は前。当然後ろに反動を逃すこともできず、衝撃は手首どころか肩にまで伝播した。
(つっ……!)
手を痛める寸前だ。
いや、痛めてしまったのかもしれない。
なにせ反動を覚悟する必要もない、ただ空を切るだけだったはずの拳だ。
それが途中で何かに当たるなど考慮していなかったのだ。
しかし、今はそんなことよりも。
「キアラさん!?」
何故彼女が前に出てきたのか。
そう、拳は空を切らずに彼女の鳩尾に炸裂した。いや、阻まれた。
その拳を受けた彼女はその場に膝を折り、ぷるぷる眼下で震えている。
「ちょっ……! なんで!? どうして!? 大丈夫!?」
「ええ……
なんでこの
いや、それよりもダメージを受けた、のか? サーヴァント相手に自分の力なんて通じないと思っていたのだが。しかし彼女は見た通り悶絶している。これは、効いてしまったのか……!?
「っ、令呪をもって――」
「大丈夫ですよ、立香さん」
「だってキアラさん震えて」
「これは立香さんの修練の結果に感動しているのです」
そう、なのか……?
まぁ、確かにサーヴァント相手に自分の打撃が効くはずもない。それならば彼女の言う通りそうなのだろう。
それにしたってわざわざ身体で受け止めなくてもいいのに。流石にこれには抗議しなくてはなるまい。
「キアラさん」
「はい、なんでしょう?」
「こういうのはもうやめて。ダメージはともかく、オレはキアラさんを殴りたくなんてない」
「まあ」
キアラさんが笑う。
綺麗なのに可愛い、言い方は悪いがずるい微笑みだ。
それに、この笑顔はなんとなくわかる。これは多分、自分を微笑ましいと思っている顔だ。
確かに自分は彼女に色々な意味で敵わないし、年下だけど、こういう真面目な時に茶化されるのは、ちょっと。
途端、彼女の指が自分に伸びる。
指は顔の横を通過して頭に伸びたかと思えば、自分の頭に絡みつき、引き寄せられた。
目の前にはとても大きく盛り上がった彼女の胸が。
「んむぅ」
むにっ、と暖かく柔らかい感触に包まれる。
彼女の胸に顔を押し付けられている。と言うより、顔が胸に挟まれている。
息苦しいが、その分彼女の熱と匂いが直接顔に伝わってきて色々とまずい。布越しだと言うのにこの強烈すぎる女性っぷりは反則だ。興奮すればいいのか安らげばいいのかわからないこの感触は、あまりにも卑怯。あまりにもずるい。もうホントにこのおっぱいすごすぎる。
「ごめんなさいね。つい確かめてみたくなってしまったのです」
「……」
「もう致しませんから、許していただけませんか?」
「……わかった」
言葉尻が少し乱暴になってしまったが、仕方ない。
彼女はずるい。こんなことをされて許さないなんてできるはずがない。
と、彼女の胸から引き剥がされる。非常に名残惜しいが、こうでもされないと永遠に埋めていそうだ。
「お詫びに、立香さんに一つ教えを」
「教え?」
「ええ。稽古相手になれないのであれば」
目の前に手の甲が差し出される。
「こちらも覚えて損はないかと」
ひょっとして、自分に技を教えてくれるのか。
そうか、そう言えば彼女は体系は知らないが体術を修めているんだった。
頼光さんは『所詮は僧侶の護身技』と源氏最強らしい評をしていたが、彼女の決め技を見るに、自分では推し量れない技量を持っているのは間違いない。
しかし、目の前に出されているのは――
「手の甲? バックハンド?」
「いえ、手の甲側の手首ですね」
「え? ここ?」
「ええ、手首を曲げて肘のように使います」
ここも打撃に使えたのか。
言われてみればここも関節だ。肘や膝に比べれば強度は劣るかもしれないが、使っても不思議ではない。
「裏拳などよりも威力は落ちますが、部位が固く軌道が見づらいので、不意をつくにはよろしいかと」
「なるほど」
「狙い目としては開手で払った後に、顎を下からすくい上げる感じでしょうか」
払うとなると外から内にだろうか。そして払った手で相手の顎を下から打ち抜くと。
なるほど、これなら受けに専念でき、反撃に拳を作る必要もなく、相手に速く返せそうだ。鍛えれば顎を打ち抜く角度次第で対峙した相手の意識を刈り取ることもできるのだろう。
「そして、手首を起こして喉仏に親指を突きこみます」
「えっ」
「余裕があれば握り潰してしまっても構いません。その後に金的が一連の流れです」
「……」
「立香さん? どういたしました?」
自分が不意をつかれてしまった。
意外。それは続く連携も然ることながら、彼女の口からそれが出たということ。
……いや、体術は詰まるところ、相手を打ち倒す技術に他ならない。
しかし、内容がエグくて聞かずにはいられなかった。
「それは、大丈夫なの……?」
「最初の一打で顎が上がれば喉仏は空きますから大丈夫ですよ」
連携の流れについて疑問を持ったのではない。
過度とも思える殺傷性について疑問を持ったのだ。
「もちろん常に狙える手ではありません。これはあくまで裏の択です」
先程の連携に踏み込み肘打ちがありましたね、と続く彼女の言葉。
彼女には悪いが話は半分上の空だ。ある意味で色々と敵わない部分が増えてしまった。
「後は眠るだけですし、汗をかかない程度に軽くやってみましょうか?」
「う、うん……」
なんか、やり取りが恋人っぽくない気がする。
確かに催促されたとは言え連携なぞ披露した自分が悪いのだが。
だけど、せっかくだからもっとこう、照れくさいことをしてみたい……
「そうです。顎を打つ時は半身を忘れずに」
「こう?」
でもまぁ、いいか。
彼女と一緒に過ごせるのならば、どんな形でも。
今夜は時間がくるまで彼女の動きをなぞり続けた。