聖女(性女)様と一緒 ~悠々自適の一人旅が、波瀾とエロに満ちた珍道中に~ 作:ぐうたら怪人Z
そして、深夜。
街の誰もが寝静まった頃、静かに街を動く影があった。
数日前、エルミアを襲った覆面達と、彼らに連れられたグレッグ司教だ。
(――読みがあたったな)
ヴィルはほっとする。
このまま、素直に裁判を待たれたらどうしようかという懸念もあったのだ。
即ち、裁きを受けても司教には何の支障もない可能性――上層部への根回しを終えている可能性だ。
幸い、彼にとっても今回の糾弾は痛手だった様子。
「――大丈夫なのですか?」
ヴィルへ話しかけてくる声。
ロアナだ。
「ああ。
君達に危険が及ぶようなことは無いさ」
青年が少女達を連れているのは、人質にされるのを防ぐためだ。
この街で一番安全な場所は
「――そうではなくて。
――彼らは、グレッグ司教が集めた精鋭です。
――それが、20人近く。
――その、聖女の守護騎士である貴方の強さを疑うわけでは無いのですが。
――もう少し、相手の隙を伺った方が」
「大丈夫よ、ロアナ」
少女の隣にいるエルミアが、ロアナに返す。
「ヴィルって滅茶苦茶に強いから。
あんなの、楽勝楽勝♪
――でしょ?」
「楽勝とは言わないが、どうにもならない相手でもないな」
エルミアの言葉に、ヴィルは頷いた。
「――ほ、本当ですか?」
「信用に足る根拠を用意できなくてすまないが、とりあえず信じてくれ」
まだ疑わし気なロアナに、念を押す。
「……向こうも大分動いたな。
そろそろ、行くぞ」
司教が郊外――戦いやすい場所にまで移動したのを見て。
ヴィルは少女達を
「――こんな夜遅くに、ご苦労なことだな、グレッグ司教」
「……っ!!」
暗闇の中、相手に話しかける。
一瞬で、司教の表情が変わった。
覆面達も、一斉にこちらを向く。
「――ヴィル様」
「もういい加減、敬称はいらないんじゃないのか」
律儀にもこちらへの呼称変えないグレッグに、少し呆れる。
「私を、つけていたわけですか」
「必ず動くと思ったのでね。
個人的な見解だが、もう少し待った方が良かったな」
「この教区を担当する司教が、明日にもこの街を訪れると聞きまして。
ゆっくりしてはいられなかったのですよ。
……これも、貴方の差し金ですか?」
「エルミアに、その司教へ連絡を取ってくれるように頼みはしたな。
すぐに腰を上げてくれて何よりだ」
「聖女の頼みを、そう無碍にはできんでしょう。
しかし――」
司教はため息を吐く。
「“閣下”。
貴方は、政治の場にも進出すべきでは?
これ程上手く立ち回ってくれるとは」
「それはこちらの台詞だ。
貴方こそ、宗教家より政治家の方が向いているだろう」
「あっちは面倒くさそうでしてね。
民衆より信者の方が動かしやすい」
「そうか」
一旦、会話が止まる。
「……それで。
見逃しては、くれんわけですかな?」
「無論だ」
「これだけの人数に、勝てるとでも?」
「やってみれば、分かるだろう」
「……なるほど」
グレッグは、周囲の覆面達に指示を出す。
「――やれ。
但し、なるべく殺すな」
その言葉を合図に、覆面が散開する。
ヴィルは長剣を抜いて迎え撃つ。
戦いが、始まった。
――いや。
戦い“らしきもの”が始まった。
「――えー?」
ロアナが、呆然とした声を出す。
無理もない。
ここまで
戦況は、ヴィル有利に進んでいた。
この状況を、有利などという生易しい言葉で表していいのならば、だが。
「……つ、強すぎる」
グレッグ司教が驚愕の色を濃くする。
彼の部下達は、ヴィルへ一矢報いることもできないでいた。
斬り伏せられる。
青年が手にした剣で、次から次へと。
一方で、覆面達の攻撃はかすりもしない。
グレッグは戦いに詳しいわけでは無い。
しかし、その素人目で見ても、両者の間に絶対的な隔たりがあるのがよく分かった。
力が、速度が、技量が、何から何まで全てが。
どうしようも無い程にかけ離れていた。
「……下がれ」
司教を守る位置に居た一人の覆面が、仲間へと指示を飛ばす。
ヴィルを取り囲んでいた――取り囲もうと努力していた――覆面が、後退していく。
代わりに、命令を出した覆面が、青年の前に立った。
(――む。
これは、なかなか)
ヴィルは、胸中で舌を巻く。
目の前の覆面は、他の連中とは格が違うようだ。
“強者”の空気を纏っている。
「――参る!」
そんな掛け声と共に、長剣を振るってきた。
堂に入った振舞。
どうやら、ただの暗殺者というわけではなさそうだ。
(――ん?)
それをいなして、ヴィルは気付く。
その覆面の、正体に。
(――んんっ!?)
そしてそのせいで、頭が混乱してしまった。
(――ちょっと待て。
するとなると――あれが――こうなって――)
目の前の男の正体が“彼”だったとなれば。
ヴィルは、“考え違い”をしていたことになる。
確認をするため、青年は男の覆面
「……やはり。
貴方だったのか、“隊長”」
「――ばれてしまったか」
現れたのは、ヴィルの見知った人物だった。
エルミアとの旅を始めてから、最初に訪れた宿場町。
そこで、バーゲストへの対処に来ていた討伐隊の隊長である。
「まさか、こんなところで再会するとは」
「私もだ。
貴方とは、正規の騎士として面会したかった」
言葉少なに、会話をかわす。
討伐隊の隊長が、グレッグの配下だった。
これが意味するところはつまり、あの討伐隊はエルミアの捜索を目的とした部隊であったということ。
(――そうだったならば、どれだけ気が楽なことか)
ヴィルはその考えを否定する。
そうではない。
そんなことはありえない。
エルミアを捜索していたならば、あの時、
しかし、隊長達はただヴィル達を歓待しただけ。
純粋に、聖女に出会えたこと、
要するに、彼らは本当にバーゲストを排除するため遣わされていたわけであり、
(しかも、それを指示したのはグレッグ司教だ)
そうとしか考えられない。
“隊長”は他の覆面へ命令し、ぎりぎりまでグレッグの守備位置を離れなかった。
彼はグレッグの腹心だと考えられる。
そんな人物が、自分だけの考えで
間違いなく、あの部隊の派遣は司教によるものだ。
(だから――あんな
ヴィルは、想定していなかった。
司教が、様々な策を用意していることは考えていた。
あれだけ追及を受けても、自分の教区へ逃げ込んでしまえば何とでも処理できてしまうであろうと見込んでいた。
仮に裁きを受けたとしても、致命傷とはならないよう手筈を済ませているだろうと推察していた。
だが、グレッグ司教が
(ど、どうする?)
斬っていいのか?
これだけ
そんな相手を、ここで斃していいのか。
いや、ヴィルとて司教が善人だと思い直したではない。
ギリー司祭を殺したのは事実なのだから。
善人か悪人かで言えば、悪人だ。
民の利益もしっかりと慮っている悪人だというだけ。
――ただ、それだけの事実でも青年を悩ませるには十分だった。
悩みは切っ先にも顕れる。
ここまで覆面達を圧倒してきたヴィルだったが、
「――どうした!?
動きがにぶいぞっ!!」
「――ぐっ!」
“隊長”の高い剣腕もあって、青年は押されていた。
戦いとは、一瞬の駆け引きで全てが決するもの。
そんな場で思い悩むなど、負けて当然。
真剣に戦う相手を侮辱する行為だ。
――しかし、甘く見てはいけない。
ヴィルという男は、生温くなかった。
「――舐めるな」
一閃。
鋭い斬撃で、敵の剣を根元から
「――な」
“隊長”が呆然とする。
瞬く間の逆転劇。
理解が追い付かないのも当然だろう。
ヴィルは、彼に剣先を突きつける。
「……まだ、やるか?」
「――無論だ!」
“隊長”は、予備の小剣を抜き、青年へ挑まんとする。
だが――
「――もういい」
それを止める声があった。
“隊長”が振り向く。
「ぐ、グレッグ様!?」
そこには、司教の姿。
「もう、いい。
これ以上、無為な戦いを続ける必要はない」
「しかし――!?」
反論しようとする言葉を遮って。
「……今までよく仕えてくれた。
お前の忠誠に、感謝する」
「――申し訳ありません。
私が、力不足であったばかりに……」
“隊長”は力なく腕を降ろす。
彼に代わって、グレッグが前に出てきた。
「私の負けです。
ただ、どうしても一言言いたい。
――反則すぎやしませんか、貴方の強さは」
「……これで飯を食ってきたのでね」
「左様ですか」
司教が苦笑する。
色々と覚悟を決めたのか、その表情は思いのほか穏やかだった。
「では、私の首をお刎ね下さい。
聖女と司祭殺しの容疑を受けた上、そこから逃げ出し、さらにはその発見者を亡き者にしようとした。
しかし、ここまでしたのです。
他の者達へ罪を問うことは、お止め頂きたい」
「――分かった」
なんというか。
最期まで、段取りのいい男だった。
こうまで言われれば、覆面達は逃がすより他ない。
……たとえ、彼らが敬愛する上司の敵討ちとして、ヴィルの命を狙うことがあろうとも、だ。
青年が、剣を振り上げる。
「お止めなさい、ヴィル」
――彼を静止する言葉が投げられたのは、その時だった。
一夜が明け。
ヴィルとエルミアは、王都へ向けて出発していた。
「……あれで良かったのか、エルミア」
「いいわけないでしょ。
ギッタギタにしてやりたかったわよ」
ヴィルの問いかけに、隣を歩くエルミアはふくれっ面をする。
結局、エルミアは司教を許した。
別に彼を逃がしたわけでは無く、正式な裁判を受けるよう再度捕獲したのだ。
彼女は、あの場で彼の命を取ることを良しとしなかった。
「ギッタギタにしてやりたかったけど――あんなに潔くされちゃったらね。
ロアナのことも、方法はどうあれ本気で愛してたみたいだし。
あの位で、ギリーも許してくれるでしょ、たぶん。
それに、ちゃんと裁判にかけられたらどっちみちあいつの出世街道は終わりよ」
「……そうだな」
少女の言葉に頷く。
自然と、口元が緩んでしまう。
エルミアもまた、自分と同じ考えでいてくれたことが、喜ばしかったのだ。
しかし彼女は、少し思案気な顔をして、
「でも――あのやりとり、全部演技だったらどうしよ?」
「だとしたら大したものだ。
今すぐ劇団の役者にスカウトした方がいい」
ヴィルは笑いながら、そう返す。
万一、仮にそうだとしたら――
その時は、今度こそ全力で潰すだけだ。
……2人はさらに街道を往く。
ちなみに、ロアナは置いてきた。
グレッグ司教に関する事情聴取やその他諸々の後処理を行うためだ。
本当はヴィル達にも声がかかっていたのだが、“王都へ急がねばならない”として抜け出した。
『――わたしもすぐ王都へ向かいますからね。
――合流したら、いっぱい相手して下さいよ?』
別れ際に、そんなことも言われた気がする。
(……どうだろうな)
ロアナは、なんだかんだでグレッグ司教のことを気にかけているのではないだろうか。
案外、元鞘に戻ったりもするのでは――と。
そんな、“甘いこと”を考えているヴィルであった。
「あ、そうだ」
突然、エルミアが声を出す。
「どうしたんだ?」
「あのさ、私達って――恋人同士に、なったのよね?」
「――あ」
騒動のドサクサで忘れていた。
いや、騒動のドサクサに紛れて告白していたわけでもあるが。
「そ、そうなる、のか?」
「なんで、そうならないのよ。
私は貴方のことが好きで、貴方も私のことが好き。
ほら、恋人になるしかないじゃない」
「ま、まあ、そう、だな」
凄いことを言ってしまったものだ。
過去に戻れるなら、あの時の自分を殴ってやりたい。
いや、彼女への想いは本当なのだけれど。
「もう一度確認したいんだが、君は、それでいいのか?」
「貴方こそ、本当に私でいいの?」
質問に質問で返される。
ヴィルは悩むことなく。
「俺が、嫌なわけないだろう」
「私だってそうよ」
エルミアも、すぐ返してきた。
「じゃ、じゃあ、恋人ってことになる、な。
……こんなあっさり決めていいのか疑問だが」
「いいんじゃない?
難しいことなんて考えなくても」
悩む青年とは対照的に、少女はあっけらかんとしている。
ただ――よく見れば彼女の顔もかなり赤くなっていた。
それを紛らわすためか、エルミアはすっと姿勢を正して、
「では――末永く、お付き合いをお願いいたします」
いきなり、“聖女”の顔で挨拶してくる。
「よ、よく急に切り替えられるな。
前々から思ってたんだが、そんなに畏まった態度で疲れたりしないのか?」
「慣れれば簡単ですよ。
それと、疲れるか疲れないかでいえば、
――こちらが私の素ですから」
「え、嘘!?」
「ふふ、どうでしょうね?」
曖昧にはぐらかすエルミア。
いや、幾らなんだって“聖女”の方が素だなんてことあるわけが――
(し、しかし、こっちはこっちで凄く自然体というか……)
不思議なことに、“聖女”と“性女”、どちらの顔も違和感を感じないのだ。
まさか本当に“性女”の方が演技で――?
(……わからん)
ヴィルは、すぐに思考を放棄した。
女性の内面を男が理解するなど、到底不可能なのだ。
「ああ、そうだ。
俺からも一つ、言わなくてはいけないことがある」
代わりというわけでも無いのだが、“あること”を告げるため、エルミアへ話しかける。
「なんでしょう?」
「いや、こうして旅を――恋人同士として続けていく以上、いつかは気付かれてしまうことなんだろうが。
一応、俺が“何者”なのか、説明しておこうかと」
「……貴方が何者か、ですか?」
訝しむエルミア。
ヴィルも、少々不安だった。
自分が“ただの旅人”ではないことを知って、彼女がどんな反応をするのか。
今までとは態度を変えられてしまうかもしれない。
もう、親し気には話してくれないかもしれない。
――それがとてつもなく怖かった。
ところがそんな懸念に反し、少女はけたけたと笑いだす。
「――貴方、まだ
「……へ?」
ヴィルの口から、間の抜けた声が漏れた。
空は高く澄み渡り、日差しも温かい。
今日は、絶好の旅日和。
彼らの冒険は、まだ始まったばかりだった。
第一部 完