聖女(性女)様と一緒 ~悠々自適の一人旅が、波瀾とエロに満ちた珍道中に~ 作:ぐうたら怪人Z
「旅の方、此度はありがとうございました。
この町の代表として、お礼申し上げますぞ」
「いえ、大したことはしていません、町長」
礼を言われ、こちらも頭を下げる。
目の前に居るのは壮年の男性――この町の町長である。
ヴィルは今、彼の自宅に来ていた。
この町を苦しめていた魔物を倒してくれた、その礼がしたいと向こうから申し出てきたのだ。
特に断る理由も無いため、ここに来たわけだが――
「それで町長、もう一つお話があるのですが」
「……むぅ」
――ヴィルには謝礼を受け取るのとは別の目的があった。
町長の方もそれを察しているのだろう、あからさまに苦い顔となる。
「ジットのことですか」
「そうです。
……部外者が口を出すことでもないと思いますが」
話とは、相談を受けた青年についてのことである。
何故町長にそんな話をするかと言えば、
「話はセリーヌから伺っています。
しかし、分かっているのであれば身を退いて頂きたいものですな。
これはあくまでうちのアルムとジットとの問題ですから。
町を救ってくれた方にこんなことを言いたくはありませんがね」
ジットの想い人は、町長の娘なのだそうだ。
名前はアルムというらしい。
ヴィルは町長へずいっと寄って、問い詰める。
「ええ、ご理解頂けていて助かります。
この話は、“彼ら2人だけの問題”だ。
例え父親であっても、そうそう口を挟むべきではないでしょう」
「あの子らがどういうつもりであっても、結婚とは家族が関わるもの。
2人が納得すればそれでいいというものでは無い――違いますか?」
「彼らは好き合っている。
一緒になる理由としてこれ以上が必要ですか?」
「世間体というものがあります。
そもそもこの件、既にジットには条件を提示しておりますので。
これ以上、譲る気はありませんな」
町長は頑として譲らなかった。
(俺が何か言ったところで解決できるとは思っちゃいなかったが)
所詮、自分は蚊帳の外の人間だ。
それでも一言言いたかった。
性分として、課題をクリアすれば結婚を許すという話に納得がいかないというのがある。
そういう物理的なことではなく、結婚に必要なのは互いの話し合いだと、ヴィルは考えていた。
加えて、家族だの世間体だのの問題は、正直なところヴィルとエルミアの間にも発生しうる問題なので、余り他人事に感じなかったというのもある。
結局、無駄足ではあったが。
まあそれはいい。
最初から期待してはいなかった。
ただ――
「ところで、町長」
「なんでしょう?」
――それはそれとして、聞きたいことがある。
「この際、ジット達を認めるのに条件を出すのはいい。
だがどうして、その条件が“あやとり”なんだ?」
「おや、ご存じない?」
「何を?」
「我が町は、上質な糸が名産なのです」
「……へー」
そういうことらしい。
(しかし、あやとりか……)
ヴィルは考える。
まさか、あやとりとは。
他に幾らでもありそうなものだというのに、よりにもよってあやとりである。
そんなものの助力なんて――
(――まさに俺が適任じゃないか!)
自然と顔がにやける。
そう、何を隠そうあやとりはヴィルの得意分野だった。
(ふっふっふ、こんなところで士官学校あやとりサークル永年会長の実力を見せることになろうとは)
なんとこの男、あやとりサークル(会員数1名)の永年会長(ヴィル卒業と同時に解散)だったのだ!
連載開始から8話目にして判明した、本気でクソどうでもいい事実である。
セリーヌがこんなことを知っていたとはとても思えないが――
(偶然にも、最善の選択をしたわけだな!)
にこやかな笑顔でガッツポーズを決める。
かつてここまで彼が意欲を湧かせたことは無かったのではないだろうか。
それ程までに、ヴィルはノリノリだった。
(こんな町の大会程度、軽く優勝させてやろうではないか)
などと、一人しかメンバーのいなかった弱小サークルのボス猿がほざいておりまして。
(大船に乗った気でいるといい、ジット君!)
余りにフラグめいた台詞。
本人のやる気と反比例し、行く先には暗雲が立ち込めていくかのようであった。
というわけで、早速特訓は始まった。
しかし。
「――――あれ?」
信じられない、という面持ちのヴィル。
今、彼とジットは町外れの森で――町中であやとりするのは何となく恥ずかしいから――練習を始めたわけなのだが(恥ずかしいという気持ちが出てくる辺り、ヴィルのあやとりに対する本気度に疑問が生まれる)。
やはりというか当然の帰結というか、早速座礁に乗り上げていた。
「む、難しいですね、コレ」
困った顔で糸と睨めっこするジット。
「いやいやいやいや、難しいわけないだろう!?
誰だってできることだろう!?」
「こんな細い紐を自在に操るだなんて――流石、セリ姉が選んだ
「無理に褒めるなよ!
こんなことで持ち上げられても嬉しいどころか寧ろ辛い気持ちになるわ!」
そんなジットに全力でツッコミを入れるヴィル。
熟練者であるヴィルが、初心者のジットに最初から難しい技を教えている――わけではなく。
「“つり橋(※)”なんて、基礎中の基礎だろ!!」
※吊り橋の作り方
①両手に紐をかけます。
②紐を両腕に一回ずつ巻きます。
③右の中指で左腕の紐を取ります。
④左の中指で右腕の紐を取ります。
⑤完成!
ジットが苦戦していたのは、あやとりの中でも最も簡単な技であった。
どうしてコレができないのか分からないレベルである。
「……よ、よし、もう一度だ。
もう一回、やってみよう」
「は、はい」
息を整え、ヴィルは再度の挑戦を促す。
ジットは紐を手に持って――――プチッ
「あ」
「『あ』じゃないだろう!?
何で千切るんだ!?
どうして千切れるんだ!?
紐が持てないとかあやとり以前に日常生活大丈夫か君!?」
「ち、力の加減が難しくて……」
「加減の問題か!?」
ジットはあやとりの才能が壊滅的に無かったのである。
そりゃもう、ヴィルが諦めかけてしまう程に。
(……
そして町長の魂胆も分かって来ていた。
彼はジットの絶望的な不器用さを知っていたのだろう。
故に、『絶対に不可能な条件』としてあやとりを選んだのだ。
(性格悪いな、あのおっさん!)
先程会った際にはそこまで感じ悪い男には見えなかったが、それはあくまで客向けの顔だったということか。
(しかしはてさて、どうしたものか……?)
町長の意地の悪さは一先ず置いておいて、この現状を如何に解決するか。
どれ程の無理難題であろうと、引き受けた以上はやり遂げねばならないのだ。
ヴィルがこれからの練習メニューで頭を悩ませていると、
「捗っておられますか?」
「こんにちはー」
彼の下へ訪れる、二つの人影。
「ああ、セリーヌさん。
それと――」
「アルム!
来てくれたんだね!」
一人はヴィルの知る人物である、セリーヌ。
そしてもう一人の見知らぬ少女――こちらが件のアルム嬢のようだ。
「ええ、こんにちは、ヴィルさん。
早速特訓をしているそうでしたから、差し入れを持って参りましたわ」
セリーヌの手にはパンやクッキーの詰まったバケットが抱えられていた。
朝食の出来を鑑みるに、こちらも期待できそうだ。
「それと、紹介しておきますわね
この子がジット君の想い人、アルムさんですわ」
「あの、セリーヌさん?
そういう紹介の仕方はちょっと……」
困ったようにはにかむ少女。
なるほど、ジットが入れ込むのも分かる、美少女であった。
いや勿論顔が全てというわけでもなかろうが。
「えっと、改めて。
わたし、アルムって言います。
貴方はヴィルさん、でいいんですよね?
この度はジットをよろしくお願いします」
「ああ、丁寧にありがとう。
分かっているようだが、俺はヴィルだ。
どれだけ力になれるか分からないが、全力を尽くそう」
互いに一礼しながら挨拶を。
アルムはストレートの黒髪をお尻の辺りまで伸ばした、利発そうな感じの美少女だった。
上は半袖のカーディガンを纏い、下はショートパンツといった出で立ちは、彼女のはつらつさを印象づけてくる。
また、その顔立ちはどこかセリーヌを彷彿とさせた。
姉妹と言われれば、信じてしまいそうな程に。
「ふふふふ、ヴィルさん。
アルムさんが気になりますか?」
じっとアルムを見るヴィルの視線が気になったのか、セリーヌが声をかけてくる。
「いや、気になるというか――君とどこか似ているなぁ、と」
「あらあら、分かります?
アルムさんと
町長――アルムさんのお父さんが、私の従兄に当たるんです」
「そうだったのか」
「ええ。
実は今回の話、その縁でアルムさんから依頼されましたのよ」
「ほうほう」
事情説明にこくこくと頷く。
セリーヌが町長へ話を通していたのも、この辺りが理由なのだろう。
「ジットって、一人じゃ何にもできない癖に一人で抱え込んじゃうことが多いから」
「そ、そんな言い方ないだろ、アルム」
アルムの言葉に、ジットが弱々しく反論する。
(……なんか、将来尻に敷かれそうだな)
そのやりとりだけで、二人の将来像がぼんやりと目に浮かんでしまった。
もっとも、ヴィルから見てもジットは意思表示の強い青年に見えないので、これ位ズバズバ言ってくれた方がバランス良いようにも思う。
そんなことを思い描いていると、隣のセリーヌが尋ねてきた。
「それでヴィルさん、ジット君はどんな具合ですの?」
「どんな具合と聞かれると――」
ジットに目配せする。
正しくそれを受け取った青年は、紐を取り出し手にかけて……
プチッ
期待に違わず、またしても引き千切ってくれた。
「――こんな具合だ」
「相変わらずですのね、ジット君のぶきっちょ加減は」
セリーヌが肩を竦める。
彼女も、ジットの問題は把握していたようだ。
昔馴染みなのだから、当たり前か。
「あのね、ジット君。
そんなんでは、将来アルムさんを悦ばせることができませんわよ?」
「おい待て、いきなりナニの話をしている?」
まだ明るい内から下の話題を出そうとするセリーヌを制止する。
「う、ううぅぅ……それを言われると……」
「君は君でへこむな。
大丈夫だから。何とかなるもんだから」
割と本気で意気消沈しだしたジットを慰めて。
「へぇ、ジットってば、わたしを気持ち良くさせてくれるの?」
「なぁ、話が進まないからこの話題ここらへんで止めないか?」
微妙に乗っかってくるアルムを窘めた。
なかなかノリの良い子のようだ。
そしてこの少女、今度はヴィルの方へと振り返り、
「ところで疑う訳じゃないんだけど、ヴィルさんって腕前はどんなもんなの?」
「ん? 俺のあやとりを見たいのか? いいだろう」
願っても無いことを聞いてくれたので、相手の返事を待たずにささっと懐から専用の紐を取り出す。
実は人に見せたくてうずうずしていたのである。
どうか嗤わないで欲しい。
この趣味を共有できる相手を、彼はこれまでの人生でほとんど見つけられなかったのだから。
「よく見てろよ」
言って、ヴィルは紐を操り出す。
十本の指によって支配されたあやとり紐は、見る見るうちにその姿を変えていった。
「ほい、四段はしご」
彼が手を広げると、梯子状になった紐が現れる。
「おー」
「さっと編み上げましたわね」
アルムとセリーヌが拍手する。
だが、こんなのはまだ序の口だった。
さらにパパッと手を動かせば、
「ほら、八段はしご」
梯子の数が倍になる。
「うわー」
「流れるようにやりますのね」
二人は大きな口を開けて驚いている。
しかしこれで終わりではない。
ヴィルにはまだ奥の手がある。
チャチャッと指を操って、
「さぁ、十二段はしごだ!」
緻密な足場をもった梯子が組み上がる。
はしごばっかりじゃないか、と突っ込んではいけない。
本気で高難易度の技なのだ。
「す、すごーい!」
「あれやあれやという間にできあがりましたわ!
流石です、ヴィルさん!」
やんややんやと褒めそやすアルムとセリーヌ。
ヴィルも気をよくし――
「――――ちなみに、バカにはしてないよな?」
ふと冷静になった。
「そんなわけないよ」
「なんでそう思いますの?」
「そ、そうか。
それならいいんだ」
周りから褒められ過ぎるとかえって不安になるというアレである。
あやとりでここまでもてはやされていいのか、という疑問が湧いてしまったのだ。
この辺り、自分の芸に自信を持っていない証拠である。
所詮個人サークルの主催者に過ぎないというか。
(……さっきから地の文、俺を蔑み過ぎじゃないか?)
気のせいである。
それはそれとして、改まった形でセリーヌが話しかけてくる。
「それで、結局ジット君はどうしましょう?」
「うーむ、そうだなぁ……」
腕組みして考える。
いったいどこから手をつけたものか。
この調子だと、力加減を教え込むだけで二日経ってしまいそうだ。
悩むヴィルの前で、ジットは再度あやとりに挑戦していた。
もっとも、すぐに糸を切ってしまうのだが。
そんな彼を、アルムが面白半分、呆れ半分といった表情で見ていた。
そこだけ切り取れば、カップルがあやとりをダシにイチャついているように見えなくもない。
不意に吹いた風で、彼女の黒髪が流麗になびく。
ヴィルは何とはなしにそれを見て、
(あ、そうだ)
案を閃いた。
「ジット、考え方を変えてみよう。
いいか、その紐をアルムの髪だと思うんだ」
「え、アルムの?」
「そう。
君の大事なアルムの髪だぞ、傷つけたりしたくないよな?
そう思って紐を扱ってみろ」
「な、なるほど」
持っているのが単なる安っぽい紐ではなく、決してぞんざいに扱ってはいけない大切なものだと思い込ませる作戦である。
そう上手くはいかないかもしれないが、試してみる価値はあるだろう。
――髪だと思え、というのは少々陳腐な例えだったかもしれないが。
「これは、アルムの髪……これはアルムの髪……これはアルムの……」
しかしジットはその提案を素直に受け取ったようで、紐をまじまじと見つめながらぶつぶつ呟き出した。
彼のこういう真面目なところは、実に好感が持てる。
「これはアルム……アルムの髪……アルム……アルムの……」
暗示でもかけるかのように言葉を繰り返し続けるジット。
なかなかの集中力だ。
これはひょっとしたらいけるかもしれない。
そのまま数分が経過したところで――
「――はむっ」
「おぉい!?」
ジットはあやとり紐を
「なんで食べた!?
なんで食べた!?
なんで食べたんだよ!?」
「い、いえ、これがアルムの髪だと思ったら、つい」
「お前は好きな人の髪を食べる性癖でも持ってるのか!?」
「実を言うと、何度か食べたことが」
「すまん、聞いた俺が馬鹿だった!
別にここでガチな性癖暴露をせんでもいい!」
ジットは思いのほか重症患者であった。
そんな青年を見て、当の本人であるアルムは、
「もう、ジットってば♪」
「……いや、ここ顔を赤らめる場面違うぞ?」
うっとりとした顔で身をくねらせる彼女を見て、ヴィルは頭痛を感じるのだった。
時は経過して、既に夜。
あれからジットに付き合い何時間も練習を重ねたが、これといった成果は上げられなかった。
一先ず今日はお開きということで、宿代わりにしているセリーヌの実家へ帰ってきたわけである。
「……なんだか、妙に疲れたな」
暖簾を腕で押し続けたというか、糠に釘を撃ち続けたというか、そんな作業を延々とこなしてきたような気疲れが今のヴィルにはあった。
今日はさっさと休もうと思い、寝室として宛がわれた部屋に向かうと、
「あっ! ん、ん、んんぅっ!
も、止めっ――止めて下さい、エルミアさ――あぁあああっ!!?」
「ん、ふっ――だ、駄目ですよ、イーファ。
これは、貴女への罰なのですか、ら――う、くぅうううっ!?」
やたらと艶めかしい少女の声が2つ。
間違いなく、エルミアとイーファである。
(これは――確実に面倒事が起きている予感!)
まだまだ就寝などできそうにないという諦観を胸に、ヴィルはドアを開けた。