聖女(性女)様と一緒 ~悠々自適の一人旅が、波瀾とエロに満ちた珍道中に~ 作:ぐうたら怪人Z
「……いい様に、乗せられているな」
誰も居ない部屋で、壮年の男――ダンマスはそう独りごちた。
そうだ、今の自分はあの少女達の思うがままに動かされている。
その自覚はある。
(だというのに……この
長年抱えてきた心の“
“なんだ?”などと疑問を浮かべてはみたものの、その理由は明白である。
たったそれだけのことで、心がここまで晴れやかになってしまうとは――ダンマス自身、思いもよらぬことであった。
「……だが」
問題は山積みだ。
聖女達はサーラを村から連れ出し、上手く王国を説得して軍を動かすつもりのようだが、果たしてそう上手くいくのだろうか。
まず逃げられるかどうか、である。
ラティナは優秀だ。
必ず嗅ぎつけ、追手を差し向けるに違いない。
それを何とかしたとして、王国を説得できるか否か。
聖女や魔女に加え、“あの方”の口添えもあればそう無碍に扱われないようにも思うが、王国上層の連中は
逆にこちらが丸め込まれてしまうかもしれない。
神獣への時間稼ぎはどうする?
奴が神獣とは名ばかりの狂暴な獣であることはよく知っている。
生贄が逃げたとしれば、怒り狂うことだろう。
その怒り狂った獣を、倒せるか。
相手は仮にも神。
王国が総出で動いたとしても、そう容易く討てる相手ではない。
そして、仮定に仮定を重ね、万に一つ上々に事が運んだとして。
この“村”に所属する者達が無事で済むかどうか。
神獣の行いを見過ごしてきたとして、全ての不祥事を被されかねない。
ただの構成員ならばまだしても、村長としての立場を与えられた自分はほぼ間違いなく処刑されることだろう。
「それに……」
自分に娘を救う“資格”があるのか、も疑問だった。
ダンマスはサーラのように幼い子達を、幾人も生贄として教育し、送り出してきた。
何も知らぬ無垢なる子供を、命を差し出して当然と考えるよう仕向けてきたのだ。
それだけでも、人道に背く鬼畜の行いである。
中には、反抗する子だっていた。
死ぬのは嫌だと、涙ながらに訴えてくる子供も居たのだ。
その子を、ダンマスは
……とてもではないが、口に出せない。
「それでも――それでも、だ!」
成功確率が極僅かであることも。
自分には確実な
これまで畜生にも劣る行為をしてきたことも。
全て考慮して、それでもなお。
――娘を助けられるかもしれない、という甘い誘惑は抗し難かった。
成功率が低い?
問題無い、どうせサーラはこのままなら確実に殺されるのだ。
自分は死ぬ?
丁度いい、どうせ生きる価値など無い男だ。
これまでの所業を棚に上げ、自分の娘だけは守ろうとする外道には、死こそふさわしい。
罪の償いと考えれば、寧ろ願ったりかなったり。
と、そこまで考えて。
「ああ――なんだ」
結局、サーラを助けるための理屈ばかり思い浮かべていることに気付いた。
つまり自分は
ならば、今この一時は悩むのを止めよう。
後悔するかもしれないが、そんなものそれこそ後ですればいい。
「……よし!」
顔を上げる。
覚悟は決まった。
「まずはサーラを説得か。
素直に言うことを聞いては――くれないだろうな」
そんな風に育てたのは他ならぬダンマスだ。
場合によっては、無理やり連れ出すことも考えねばならない。
そう思いながら部屋から出ると、
「こんな夜更けにどこへお出かけですか?」
「……メイヴィル」
すぐに声をかけられる。
そこに立っていたのは、老侍女メイヴィルだった。
まさか、自分が悩んでいる間ずっとここで待っていたのだろうか?
「サーラお嬢様を説得しようとお考えであれば、無駄ですよ」
こちらから何か言う前に、老女が口を開く。
「し、しかしだな……」
余りに無情な断言に反論しようとするが――
「旦那様がこれまでどれだけ親らしいことしてきましたか。
今更、父親として振る舞うのは
――説得であれば、私がやります」
反論できなかった。
その言葉が余りに的を得ていたから、ではない。
台詞と裏腹に、老侍女が
これ程朗らかに笑う彼女を見たのは、いつ以来だろうか。
「……分かった。
頼むよ、婆や」
「ええ、お任せ下さいませ」
格式ばったお辞儀をするメイヴィル。
彼女が顔を上げてから、互いに一度だけ笑いあった。
この老侍女との付き合いは彼是二十年を越えるが……こうして心が通じ合ったのは初めてだったかもしれない。
そして、夜が明けた。
「……はぁ、マジか」
ラティナは大きくため息を吐く。
眼下で行われている“茶番”が原因だ。
彼女は今、村全体を見渡せる丘の上に居る。
ここで、村の入り口を監視していたのだ。
「本気でアイツら、サーラを連れ出しやがった」
そこでは今、“
渡しているのは村長であるダンマスであり、受け取っているのはあの聖女と魔女だ。
「メイヴィルといいダンマスといい、歳くって頭おかしくなったか?」
しかし、まだあの2人はいい。
老侍女は元より、村長も前々から挙動に不安定なところがあった。
だから、彼等が“裏切った”ことに――腸煮えくり返る気分であるものの――納得はできる。
ラティナが信じられなかったのは、“その他の連中”だ。
「何であんな何人も協力者が出てきてるんだよ……!」
苛立ちが抑えきれず、地面を蹴る。
聖女達の周りには、他にも村人が数人集まっていたのだ。
笑う者、喜ぶ者、呆れ顔の者、苦虫を嚙み潰したような顔の者、表情は様々だが、誰一人としてこの“受け渡し”を妨害しようとしない。
つまり彼等もまた聖女の意見に賛同した、ということだ。
「どいつもこいつも!」
甘くみていた。
仮にも自分達は特殊な訓練を受けた工作員。
あんな小娘に説得されるわけが無いと高を括っていたのだが、聖女の“扇動”は相当に強力だったようだ。
ラティナが“あの男”にかまけている間、これだけの人数を味方につけるとは!
「――で、どうします、隊長」
隣から声がかかる。
直属の部下の一人だ。
その男に向かい、ラティナは頭を一つ振ってから、
「どうするもこうするもないだろ。
さっさと出て行って止めるぞ。
腹は立つが、アイツらは“王国”の重要人物だ。
炎虎ズィーガの気に触れて殺されでもしたら堪らない」
「あー、やっぱ無理ですかね、コレ?」
「無理だよ無理無理。
“王国”を動かすとか以前の問題として、ズィーガに
あの神獣が逃げる獲物を見逃すほど悠長で温厚な性格じゃないこと位わかってるだろ?
サーラが助かる可能性何て、ゼロだゼロ」
「まあ、そうですよね。
ただ、生贄のコト神獣に報告してるのは俺達なわけで、黙ってりゃ少しは時間稼げないかなぁ、とか」
「……あん?」
訝しむラティナに、部下は頭を掻きながら、
「いや、要するに俺達も連中を手伝えば、その可能性、ちっとはマシになりませんかね?ってことなんですけど」
「――おい」
有り得ない発言に頭が痛くなる。
「オマエもあの聖女に誑かされたのか?」
「まさか。聖女様には何もされちゃいません。
ただね……」
部下の男は照れ笑いを浮かべた。
「……昔、サーラちゃんにお手伝い券もらったことありまして。
ここであの子がいなくなったら、この券使えなくなっちゃうなー、と」
「な、何言って――」
ふざけたことを言うな、と叱るよりも先に。
その場にいた他の部下達が口を開く。
「あのー、実は自分も同じもの貰っておりまして」
「ワタシ、サーラちゃんからの誕生日プレゼント毎年楽しみにしてたんスよね」
「いつも朝してくれる元気な挨拶が聞けなくなると思うと、寂しいものがある」
「あんだけいい子が生贄になるかならないかなんだ、やってみる価値はありますぜ!!」
次々と便乗する部下達に、ラティナは二の句が継げなくなった。
「お、オマエら……」
頭痛が酷くなると同時に、一つ悟った。
(ふん、要するに聖女だけが仕掛けていたわけじゃないってことか)
自分は
無意識のうちに、これだけの大人を絆していたとは。
どうもサーラを真っ当に育て過ぎたようだ。
……だが。
「オマエ達の意見なんざ知ったことか!
決定は覆らない!
いいか、すぐに生贄の身柄を確保!
聖女達が妨害してきたら、適当に拘束して馬車にでも詰めとけ!
そのまま王都へ直行させる!!」
「隊長っ!?」
上がる非難の声が、さらにラティナを苛立たせる。
「なんだ!?
文句でもあるのか!?
なんならオマエも一緒に――」
「そうじゃなくて、隊長!!」
「ん?」
部下の様子がおかしい。
こちらを咎めているというより、もっと
「アレ!!
アレ見て下さい!!
ズィーガが!! ズィーガが!!!」
「――え?」
指さされた先を見て、一瞬意識が飛んだ。
いったい、いつからそこに居たのか。
何故、自分達は気付かなかったのか。
どうして、村に来たのか。
様々な疑問が浮かぶも、答えなど得られるわけが無く。
ただ純然たる事実として、
「なんで、ズィーガがここに居るんだ……?」
掠れた声でそう呟く。
ラティナの視線の先には、炎虎ズィーガが。
本来、谷底で眠りについている筈の神獣が。
――完全に覚醒した状態で、村の入り口に鎮座していた。
『小さき者共よ』
ラティナ達や聖女達が反応するよりも早く、“燃える虎”は
ぽつりとした口調ではあるものの、その声は村中に響き渡る。
山ほどもあるその巨体に見合う音量だ――などという感想、抱いている余裕は無いはずだが。
『何故“贄”を運び出す?
我への献上は、明日の筈だが』
重々しい声は、聞く者に身動きを許さない。
事実、ラティナの部下達は身が竦んでいるし、聖女達ですら余りの事態に硬直している。
それはそうだろう。
森の巨木すら見下ろす程に巨大な虎が――その身から豪炎を噴き荒らしている虎が、誰にも気づかれずここまで接近することを想像するなんぞ、無茶というものである。
仮にも神に数えられる存在、常識は通用しないということか。
「ああ、クソ!!」
舌打ち、一つ。
「おい! オマエら!!
なに呆けてるんだ、行くぞ!!」
部下達を一喝し、炎虎の下へ駆ける。
それに応えて、彼等も遅れて動き出した。
(図体でかい癖に、細かいヤツだな!!
ずっと
声に出さず、愚痴る。
相手の耳に入りでもしたら、即殺されかねない。
(手遅れかもしれないけどな!)
何せ、ズィーガは神獣だ。
心くらい読んでくるかもしれない。
だとして、ラティナがやるべきことは変わらない。
「ズィーガ様!!」
『……お前か』
こちらの叫びは、幸いなことに無視されなかった。
とはいえ、自分の体よりも大きい目玉に睨まれるのは、それだけで生きた心地がしなかったが。
その異形の瞳が燃え盛っているともなれば、なおさらだ。
「どうか気をお鎮め下さい!!
これは、生贄が逃亡しているわけではございません!!」
『ほう、そうか。
この贄を逃がし、あまつさえ我を討伐せしめんと企てている――ように見えたのだがな。
それは、
(うっわ、バレてら!?)
全て把握している神獣の言動に頬が引き攣りそうになるのをぐっと堪え、
「も、勿論です!」
そう返すのがやっとだった。
色々“言い訳”に頭を巡らすが、眼前に居る炎虎の圧力にその全ては霧散した。
だがラティナ以外の面々は未だ微動だにできていないのだから、彼女の健闘は寧ろ称えられるべきであろう。
『
だが、せっかく来てやったのだ。
此度の贄は、我が手ずからここで回収してやろう』
「え、あ――?」
巨虎の言葉に、つい返答が遅れてしまった。
もっとも、相手は既に視線を生贄――サーラへと向けているため、別段気にも留められていないようだ。
(……ま、まあ、別に何の問題も無い、よな)
気を取り直す。
いきなりのことで少々動転したが、予定が一日早くなっただけだ。
寧ろ、アレコレ清めの儀式だのなんだのしないで済む分、このまま持ち去ってくれれば手間がかからない。
こちらの謀反を把握した上での対応と考えると、寧ろ寛大とすら言えるのでなかろうか。
(そうさ、このまま渡しちまえばいいんだ)
それで丸く収まる。
アホ臭い茶番劇の顛末としては、上々でなかろうか。
「――――っ」
それなのに。
このまま黙ってればいいというのに。
ラティナは無意識のうち、サーラを見てしまった。
生贄の少女を見てしまった。
年端も行かない少女が、
嫌がるでもなく、怖がるでもなく。
何もかもを受け入れて。
何もかもを
微笑んでいるのを見てしまったのだ。
(……ああっ!! クソクソクソっ!!
涙の一つくらい流せよ、ガキがっ!!)
次の瞬間、ラティナは“魔法”を起動する。
対象は程良く近くに居た魔女、イーファ。
(おい、そこの魔女!!)
「にょっ!?」
変な声を上げる魔女。
一気に肝が冷える。
恐る恐るズィーガを見上げるも、奴はこちらに気を払っていない。
ほっと一息いれてから、
(バカ!! 声を出すな!!
<
(ら、ラティナさん!?
<思念会話>なんて高度な魔法どうして使えるんですか!?
ていうか、これ、どういう状況なんですかー!?)
(そん位使えるわ、ボケ!!
あと状況は見ての通りだ、アホ!!
オマエらの企みは、とっくにバレてたんだよ!!
そんで、気の短いことに神獣自らおいでなさったわけだ、クソ!!)
(……あ、頭の中で直接罵倒しないで下さいよー。
なんかこう、ぐわんぐわんって目が回って……)
(緊張感を持てよオマエ!?)
<思念会話>とは読んで字のごとく、思考を飛ばして離れた対象と意思疎通を行う霊属性魔法だ。
隠密工作の訓練の一環で身につけたのである。
とはいえ、ラティナの技量では近場の相手しか対象にできないのだが。
(いいか、よく聞け!!
今からボクがズィーガを僅かなりとも
(うぇっ!?
足止めって、そんなことしたらラティナさん殺されちゃいますよ!?)
(うるさい!! オマエらがやり出したことだろ!!
まさか何の犠牲も出さずに神獣をどうにかできると思ったか!?)
(うっ――)
魔女の戸惑う気配が伝わってくる。
しかし、もう四の五の言っていられない。
(言っとくが、ズィーガを止められたとして秒単位だ!
その後はオマエらの方でなんとかしろよ!?)
(う、うぅ……わ、分かりました!)
やや無理やり感はあるものの、納得したらしい。
一方で聖女はと言えば、こちらへ意味ありげに目配せしてきた。
おそらくラティナと魔女とやり取りしていることを察している――のだと、思い込むことにする。
「……ふぅぅぅぅ」
深呼吸を、一つ。
こんなにも簡単に命を捨てる覚悟を決めるのは早計に過ぎると自分でも感じるが、事態を打開するには誰かが命を懸けるより他ない。
何せ、相手は“神”なのだ。
「あー、ズィーガ様?」
意を決して、声を出す。
少し、震えてしまったかもしれない。
『……なんだ?』
返答があった。
こちらに例の巨大な目が向けられる。
この神獣、案外応対はしっかりしていた。
今は嬉しくもなんともないけれども。
「えーっと、ちょっと容赦してくれません、かね?」
『何を“容赦”しろ、と?』
おぞましい声に身が震えそうになる。
大きく息をついてそれを堪えてから、
「生贄を捧げることを、です。
できれば、これからもずっと」
『ほほう。
……仕掛けるタイミングとしては、こころかもしれない。
ただ、それを使えば数瞬後に自分は殺される。
だから、ラティナは今まで言いたかったことを最期に言うことにした。
「いや、だって、ほら。
神が自作自演してたとか、ジョークとしても笑えないって。
人様バカにすんのも大概にしろ」
『……そうか』
ズィーガの目が細まる。
それが如何なる勘定によるものかは、すぐ分かった。
『ならば死ね』
無造作に炎虎の前足が振り上げられた。
頑強な建造物ですら平然と叩き潰しかねない、そんな巨大さを誇る足だ。
(――あ、死んだ)
ラティナは己の終わりを確信した。
しかし、
(<思念会話>による、“叫び”――!!)
それが彼女の切札だった。
己の意思で紡いだ強烈な“叫び”を対象へ転送し、その思考を混乱に陥れる。
神獣相手に物理的な攻撃など一切通らないだろうが、精神的な干渉であれば多少は効果があるのではないか?
そんな憶測をもとに
(頼むから効いてくれよ!!!)
炎を纏った足が、笑えてしまう位にバカでかい爪が、迫りくる。
極限状態で引き延ばされた意識の中、ラティナは人生最後の魔法を発動――――しなかった。
「え?」
思わず声が零れる。
直前で、ズィーガの足が静止していたのだ。
何が起きたのか、訝しむよりも先に――
「違うだろう、ズィーガ」
――背後から聞こえる声。
思わず振り返る。
いや、その場にいる全員が――炎虎ですらも――その方向を向いていた。
「そこはな、“その一言が聞きたかった”とか、“人の持つ絆に感服した”とか殊勝なことを言って、そのまま立ち去るのが“粋”ってものだ」
予想はついていた。
案の定、現われたのは黒髪の青年ヴィルだ。
ここ数日ラティナの頭を――ついでに身体も――悩ませ続けた男。
そいつが、いつもと変りない姿でそこに立っていた。
……いや、一点だけ違うところがある。
彼の身体から、
“それ”を察知したズィーガが、動きを止めてしまう程の。
そしてヴィルは、周囲の注目を受ける中、凄みのある笑みを浮かべ――
「――そうすれば、
平然と、神獣の抹殺を宣言した。
『何者だ、お前は』
身をさらに燃え盛らせる炎虎が、投げかけた言葉。
青年はそれに応えて曰く。
「“帝国”軍属、将軍ヴィルバルト・グルムバッハ。
義によって推参した」