聖女(性女)様と一緒 ~悠々自適の一人旅が、波瀾とエロに満ちた珍道中に~ 作:ぐうたら怪人Z
剣戟が起きている。
見上げんばかりの巨体を誇る虎の、その鉤爪と。
大きいとはいえ、携帯武器の範疇を出ないサイズの
本来であれば渡り合える筈の無い2つの得物が、幾度となくぶつかり合っている。
それも、信じられない速度でだ。
(遠目で見てるからなんとかなる、けども)
ラティナの動体視力をもってしても、目で追うのがやっとだった。
ズィーガの、その身体に似合わぬ敏捷性も驚嘆に値するものだが、目が釘つけになるのはヴィルの動きだ。
<炎身>により極まった身体能力を十全に発揮し、地を駆け空を跳んで神獣へと斬り付けている。
その立体機動のスピードは、幾つもの残像を残す程。
(実際に分身してても、もう驚かないぞ!)
その程度の技術は習得しているようにすら思う。
だから、青年が空中で
炎虎が
――そう。
戦いは、ヴィルが優勢であった。
ここまでかの将軍の能力に驚き続けてきたが。
ラティナの心の底では、それでも神獣と戦えるのかどうか、疑問が燻っていたのだ。
当然だろう、何せ相手は神。
人知の及ばない存在である。
どれだけ英雄ヴィルバルトが強くとも、その上を行かないとは限らない。
……だが、それは杞憂であった。
天を裂かんばかりの、強烈な斬り上げ。
大地を叩き割る、猛烈な斬り降ろし。
薙ぎ払いは周囲の森を、大地を、地形を吹き飛ばす。
ヴィルの放つ攻撃を、ズィーガは爪で、炎で、どうにか防御しているが、少しずつその身を削られていった。
逆に炎虎の繰り出す攻撃は、青年に危なげなく対処されている。
鉤爪は大剣で受け捌き。
炎は斬撃によってかき消し。
その巨躯で体当たりを仕掛けても、身をかわして華麗に回避。
稀に掠ることはあっても、鎧によって完全に防がれている。
『ぬ、あ、あ、あ、あ――!!』
苦し気な、それでいて苛立ちの籠った神獣の呻き声。
無理も無い、己が防戦一方になるなど、欠片も想像していなかっただろう。
(もうすぐ、決まる――!?)
この均衡は長く続かないと、ラティナは見積もった。
いや、この戦いを眺める者のほとんどがそう感じていることだろう。
じわじわと、確実にヴィルがズィーガを追い詰めている。
刻まれる傷は次第に深くなり、そのダメージによるものか動きも僅かに鈍くなってきた。
炎虎には、今の状況を維持し続けることすら難しい筈。
そんな思いは――
『がぁあああっ!!?』
――呆気なく実現した。
ヴィルによって腕を
(や、やりやがった……!)
心で喝采を上げる。
ただの“人”が、“神”を地に伏せさせたのだ。
ラティナでなくとも、感極まるのは免れまい。
実際、聖女も魔女も、村長も老侍女も、他の村人たちも、程度の差こそはあれその表情から険しさが抜け始めている。
……訂正、聖女は最初からずっと顔が蕩けっ放しだった。
倒れたズィーガへ、ヴィルが一歩一歩近寄る。
その表情に油断は無い。
確実にトドメを指す気だ。
しかしその直前、巨虎が動く。
『……ま、待て!
我を殺すと、後悔することになるぞ!』
態度こそ尊大であるものの、それは紛れも無く命乞いだった。
“神獣”が、“人”相手に斯様な態度をとるとは――
「ほう。
お前が死ぬと、俺にどう不都合があるんだ?」
興を示したのか、ヴィルが会話に乗る。
『お前達は知るまい、何故神々が我を神獣としたのかを。
全ては、ある“存在”と戦うためなのだ。
神さえ容易く手出しできぬ“存在”を屠るため、我々神獣は存在している!』
「ふむ、その存在とは?」
『耳にしたことはあろう。
その名はベルトル――悪竜などという俗名でも呼ばれておるか。
この世界そのものを破滅させかねん、漆黒の邪悪よ!』
「…………」
青年が口をつぐんだ。
まあ、彼にしてみればそんな態度をとるしかないだろう。
しかしズィーガはそれを
『よいか? ここで我が居なくなれば、神獣を1柱欠いた状態で彼奴に挑むこととなる。
そうなれば、ベルトルに抗することは難しかろう。
その後待っているのは、人の世の終わりだ』
「…………」
ヴィルがなんとも言えない顔をしていた。
横から聞いているラティナでも、心中は察して余りある。
『そしてベルトルは近く復活するのだ!
となれば、如何に神とて代わりの神獣を用意は間に合わぬ。
よいか、小さき者よ。
我をここで殺してはならぬ。
滅びの道を歩みたくなければ――』
「殺したよ」
『――む?』
ぼそっとした一言に、神獣が台詞を止める。
その隙にヴィルは言葉を紡ぐ。
「ベルトルなら殺した。
もう3年も前の話だ。
今の話が本当だとしたら、神獣とは随分と怠けた連中だな。
俺はお前達から何の援助も貰った覚えはないぞ」
『――――え?』
炎虎の目が点になった。
そんな表情もできたのか。
ズィーガはしばし呆然とし、その後喚きたてる。
『馬鹿な! ありえん!
ベルトルは神を滅ぼすために生まれた殺神兵器!
ありとあらゆる武器、魔法で奴を傷つけることは不可能!
人がどうあがいたところで、そもそも勝負にすらならぬ!!』
「ああ、こっちが用意していた作戦が悉く無駄になってかなり焦った。
伝説の武器だの窮極の魔法だの、何をどう仕掛けてもかすり傷一つ付かんし。
仕方がないから、最終的にこう――首をきゅっと」
『―――――は?』
(―――――は?)
ズィーガと全く同じ反応を、ラティナもしてしまった。
周りをちらりと見れば、全員が同じ顔をしている。
(嘘だろ?)
あの男は。
ヴィルバルト・グルムバッハは。
武器を何も使わず、
(は、は、ははは)
なんというか、もう笑うしかなかった。
完璧に理外の存在だ。
本当にアイツは同じ人間なんだろうか。
ラティナの頭が思考することを止め、ひたすら渇いた笑いを零し続ける。
『――――ひっ』
しかし、
そのヴィルバルトを敵に回している、ズィーガである。
『ひ、ひぃいいいいいっ!!?』
神獣は、逃げ出した。
恥も外聞もかなぐり捨て、敵である青年に背を向けて全力疾走で逃げ出したのだ。
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!』
木々を薙ぎ倒し、丘を跳び越し、山を駆け抜け。
凄まじい速度で
あっという間に、姿が小さくなる。
そう遠くないうちに、こちらの視界から消えることだろう。
……だが。
「良くないな、それは。
生き延びたいのであれば、お前は降伏しなければならなかった。
戦術的撤退は敵意の維持有りとみなさざるを得ない」
ヴィルは、ズィーガの逃亡を良しとしなかった。
彼は腰を深く沈め、大剣を大きく振りかぶる。
まるで肉食獣が獲物へ飛びかかる直前のように。
まるで弓の弦を限界まで引き絞っているかのように。
限界まで、力を溜めていく。
「ふっ!」
吐き出される息。
<炎身>によって噴出する炎。
ヴィルは正しく弾丸のような速度で一足飛びにズィーガへ迫る。
そして――
(――え?
空駆けるヴィルの姿に、上手く焦点が合わなくなる。
魔法で強化したラティナ視覚をもってしても、どこか
察するに、
(“振動”している、のか?)
それも恐ろしい程の高速で。
……聞いたことがあった。
それは、“帝国”の名門グルムバッハ家に伝わる破壊技法。
それは、攻撃時に生じる“力の流れ”を敢えて歪ませることで、物質を崩壊させる“破壊振動”を生み出す奥義。
――即ち“震撃”。
「おおああああっ!!!」
響く、雄叫び。
<炎身>によって極限まで高まった身体能力で生み出された超振動を、<輝具>によって創られた最強の武具に乗せて撃ち放つ。
いかなる結果が、それによって生じるか?
『――――っ!!?』
“断末魔”は、無かった。
何か、
(う、そ……)
ラティナもまた、言葉が出せなかった。
こんな“光景”、初めて見る。
(……消えていく)
ヴィルを中心として。
いや、彼が振り下ろした大剣を中心として、物質が消滅していった。
土も、木も、岩も――大地も山も。
果ては、
ありとあらゆる全ての存在が、姿を無くしていった。
(いや、違う。
消えたんじゃなくて――)
――正確には、
超振動により分解されて、
余りにも細かく。
余りにも美しく
ラティナの目には、消えたように見えただけ。
炎虎は、何も残さず、何も残せず。
遺言も怨嗟の叫びすら許されず。
極小の粒子となって、この世から去った。
「……さらばだ、ズィーガ」
周囲に何も無くなった“クレーター”の中心。
そこには黒い鎧を纏った青年が、一人静かに佇んでいる。
「――あれが、本当の“震撃”なのですね」
三度、聖女が呟く。
しかし今度ばかりはその顔に“おふざけ”は欠片も存在しなかった。
感慨深げに、それでいて心底嬉しそうな視線で、青年を見つめている。
彼女だけでは無い。
今日、この戦いを目にした全ての者が、あの青年の雄姿を目に焼き付けようとしていた。
自分達は今、“伝説”の生き証人となったのだから。
ラティナも、隣にいるイーファもそれは同じだった。
ヴィルから視線を外さないまま、2人は震える唇で同時に言葉を零す。
「……震撃って、エロい技じゃないかったんですね」
「……あんなもの、ボクの中にぶち込んでたのか、アイツ」
俄かに信じられなかった。
あんな超破壊を齎す必殺技を、あの男は女体の最も敏感な場所へ撃ち放ったのである。
常軌を逸している。
まともな思考でできる発想じゃない。
どうしたら、長く受け継いできた誇り高き技をエロに転用しようと思えるのか。
技を開発した祖先に申し訳が立たないとは、考えなかったのか?
(……変態だ。
紛うこと無き、変態だ――!!)
確信する。
神獣を倒し、なんか格好良い雰囲気出しているあの男が、どうしようもない変態であることをラティナは確信する。
実際、自分がアヘアヘになっても責めの手を全然緩めてくれなかったし。
あそこまでの痴態を人に見せたのは、アレが初めてである。
何故、彼程の英雄が“帝国”を出奔しているのか不思議でならなかったが、きっとこの性癖が原因なのだろう。
(ヴィルバルト・グルムバッハ――なんて恐ろしい男! 色んな意味で!!)
ラティナは、この男だけは決して敵に回してはならないと心に決める。
その“果てしない勘違い”にツッコミを入れてくれる人物は、残念ながらこの場に居なかった!