「おはようございます、マシュ・キリエライト様……どうか目を覚ましてくださいまし」
「ん……?」
聞いたことの無い女性の声を耳にした私は、ゆっくりと目を開けて意識を覚醒させる。
視界に映るのは光に包まれた世界……この場所も見覚えが無い。
「ああ……! ようやくお話出来ますね。はじめまして、でよろしいでしょうか?」
「あの、あなたはどなたでしょうか?」
「……私にとっては奇妙な状況なのですが、ちゃんと自己紹介はしなくてはなりませんね。私の名は殺生院キアラ、一応サーヴァントで、クラスはアルターエゴです」
「は……?」
私は困惑した。殺生院キアラなんて名前の英霊に心当たりは無いし、もっと言うならばアルターエゴなんてクラスは聞いたことも無い。
私のクラスである『シールダー』同様のエクストラクラスなのだろうか? そんな考察を重ねていた私に対して、キアラと名乗った女性は落ち着いた口調で話しかけてきた。
「ああ、いけませんね。ちゃんと私があなたに会いに来た理由を話さなくては……」
「私に会いに来た? どういうことですか?」
「ええ、その話をさせて頂きたいのですがその前に……質問を質問で返して申し訳ないのですが、今からマシュさんは
「!?」
私は、私の置かれている状況を知っている目の前の女性に対して驚きを隠せなかった。彼女の言うとおりなのだ。
私は今から、
人理継続保障機関カルデア……人類の未来を守り、人の絶滅を防ぐ為に活動するその機関の一員として、私は存在していた。もっとも、大して何かをしていたわけではないのだが。
それが変わったのはつい数日前の話だ。突如として2017年以降の未来が計測できなくなった人類史の問題点を解決するため、所長であるオルガマリー・アニムスフィアは特殊指令、グランドオーダーを発令。世界中からマスター候補生を集め、レイシフトという一種のタイムスリップを活用し、歴史におきた問題を解決しようとした。
だが、その作戦はカルデアの顧問であるレフ・ライノールの裏切りによって失敗に終わる。レイシフトを行おうと集まったマスター候補生全員を爆殺した彼の行いによって、作戦を行う人員がいなくなってしまったのだ。
加えて世界はカルデアを残して消滅してしまった。再びマスター候補生を集めることも出来ずに居た私たちだったが、たった一つの予想外の出来事が起きた。
それは、私がデミ・サーヴァントとして覚醒したことだった。戦力となる私が居れば、人類史の修復の為に戦うことが出来る……レフ教授の裏切りに遭い、死亡してしまったオルガマリー所長の無念を晴らす為、そして人類の未来を守るために、私は孤独な戦いに身を投じることを決意し、こうして冬木と時に続く二回目のレイシフトを行っているのだ。
そんな私の事情をなぜ彼女は知っているのか? そもそも、ここはどこなのだろうか? 確かに私はフランスにレイシフトするためにコフィンに入ったはずなのだが……?
「……マシュ様、どうか落ち着いて聞いて下さいましね。私は真実を話しています」
キアラと名乗った女性は、私を気遣う様子を見せながらはっきりとした口調で話を続ける。その口から飛び出してきたのは、にわかには信じがたい言葉だった。
「……私は別の世界から来ました。そちらの世界ではすでに問題は解決しています」
「……は!?」
「そんな……そんなことが本当に……?」
「ええ……信じられないでしょうが、これは事実なのです」
そこからキアラさんは私に掻い摘んで事情を話してくれた。それは、彼女が彼女のマスターから聞いたグランドオーダーについての話であった。
彼女の世界も私たちと同じく崩壊の危機に瀕した。カルデアに集まったマスター候補生がことごとく爆死したことまでは同じだ。
だが、たった一つだけ違いがあった。それは、生き残ったマスターが居たことであった。
唯一の生き残りであるマスターの名は、見たことも聞いたことも無かった。どうやら私たちの世界ではこのカルデアにやって来て居なかった様だ。そのことを残念がる私に対して、キアラさんは彼の活躍を話してくれた。
曰く、数々の英霊たちと絆を結び、数々の人類史の事件に立ち向かったこと。
曰く、サーヴァントたちも彼を認め、無数の英雄たちが彼に協力を惜しまなかったこと。
曰く、彼の活躍によって世界は救われ、彼の世界は無事に2017年を迎えたということ。
「……まさかこの世界では彼がカルデアにいないとは……なんとも非情な話です」
そんな彼の活躍譚を語った後、キアラさんは悲しそうに俯いた。そんな彼女の姿を見ていた私の胸の中に嫌な思いが去来する。
もしかしたら……私たちの世界はすでに
グランドオーダーの成功の鍵を握っているのは、私たちの世界のカルデアには居なかった『彼』なのではないだろうか? その彼が居ない以上、どうあがいても私は人理を修復できないのではないだろうか?
足元が崩れていく感覚に襲われる。もう世界は終わり……私の戦いは、始まる前にして終わりを迎えてしまったのだ。
「……大丈夫ですよ、マシュ様。私は、この状況を何とかするために来たのですから」
だが、震える私の肩を優しく叩く者が居た。はっとして顔を上げた私が見たのは、柔和な笑みを浮かべて私を見つめてくれるキアラさんの姿だった。
彼女は懐から何かを取り出すと私にそれを見せ付ける。金色に輝くそれの姿を見たとき、思わず私は叫んでいた。
「せ、聖杯!? なぜあなたがそれを!?」
「驚くのは早いですよ。ほら!」
驚く私のことを楽しげに見たキアラさんは次々と聖杯を取り出して私に見せてきた。10、20という数では足りないその聖杯の量に目を丸くしている私に対し、キアラさんは説明をする。
「マシュ様、私は、人理修復を成し遂げた世界からやって来ました。しかし、その世界はひとつでは無いのです」
「は……?」
「……人理修復を成し遂げた世界は、
「は? は?」
「1000万の世界のマスターが一つずつ私に聖杯を捧げてくれたとしたら、私は1000万もの聖杯を所持していることになります。ちゃんとした数は数えていませんが、私は膨大な量の聖杯を所持していると思ってください」
「は? は? は?」
「今から……この聖杯たちを使ってあなたを改造します。世界を救える強さを持つ英霊にあなたを変えるのです」
私は何一つとして彼女の言うことを理解出来ないでいた。
「すごい……! これが、聖杯の力……!?」
「ふふふ……! お気に召して頂けたようでなによりですわ」
数分後、私は聖杯の力に驚愕していた。手元には聖杯によって生み出されたタブレットがあり、その中には私自身のステータスが表示されている。
このタブレットの存在を確認できるのは私とキアラさんだけだ。この中には私のすべての情報が記載されているため、情報漏えいを防ぐ必要があるからだ。
「たとえサーヴァントになったとしても、秘密の隠し事をするというのはときめくものですね、うふふ……!」
楽しげに笑うキアラさんに微笑むと、私は再び自分のステータスの確認に移る。そこには、聖杯によって改造された私の霊基の情報が記されていた。
筋力、耐久と言ったステータスはあえて上げないでそのままでいる。これは、あまりにもチート過ぎる能力値を手に入れてしまうと戦いの経験が積めないからと言うキアラさんの提案によるものだった。
しかし、その代わりに私には様々なスキルの素質が付与された。これから戦いを経てそのスキルを開花させれば、きっと私の役に立ってくれるだろう。
「あとは……こんなのもいかがでしょうか?」
次にキアラさんが施したのは戦闘以外で役立つスキルの付与だった。例えば各国家の言語能力の付与、体力の回復スキル、知識の向上、etc.etc……これからの私の活動を支えてくれるであろうスキルの数々が表示されていくことに目を輝かせる。
「凄い! 凄いです! これさえあれば、一人で世界を救うことだって不可能じゃあ……」
「いえ、まだです。まだここからが本番なのですよ」
私の驕りを感じ取ったキアラさんがその気を引き締める様な台詞を口にする。私は、彼女の言葉に表情を真剣なものに変化させた。
彼女は私の知らない
その彼女がまだだと言うのならそうなのだろう。まだ私は、世界を救えるだけの力を得ていないのだ。
「マシュ様、この部分を見てくださいまし」
そう言いながら手を伸ばしたキアラさんがタブレット画面の一部分を指差す。そこには、レベルと書かれた表記があった。
今の私はレベル1……横には100と言う数字が刻まれているので、これが上限なのだろう。これも一応チートなのだと笑いながら言ったキアラさんは、この数字こそが一番大事なのだと語った。
「サーヴァントとして生まれ持ったステータスやスキルは強化の方法が限られています。しかし、このレベルこそが私たちの世界にとって一番重要なのです」
「そ、そうなんですか?」
「ええ……。高いステータスと強力なスキルを持っていた所でこのレベルが低ければなんの意味もありません。私たちの聖杯戦争とは、そう言うものなのです」
「は、はぁ……?」
よく分からないがこのレベルと言うものは相当重要なものらしい。であるならば、気になるのはその上げ方だ。
「キアラさん、レベルを上げるにはどうすれば良いのですか? 戦闘の経験を積めば良いのでしょうか?」
「いいえ……レベルは、戦闘をいくらこなしても上がりません。それどころか、実を言うと今のあなたにはレベルの上げる方法が無いんですよ」
「えっ!?」
私はその言葉に目を見開く。もっとも重要なレベルを上げられないと言うのはかなり辛い。何とかしてその方法を見つけ出せないものかと考え込む私に向かって、キアラさんは慌てた様子で説明を付け足した。
「あ、ああ、勿論その為のスキルを付与するつもりですよ! 慌てないでくださいね」
「そ、それを早く言って下さいよ……!」
安心した。本当に安心した……。これで人理の修復も捗る。そう考えた私に向かって、キアラさんが微笑む。
「……では、早速……えい!」
キアラさんがかざした聖杯が輝き、消滅した。これで私に新たなスキルが付与されたのだろう。早速タブレットを確認する私だったが……
「あ、あれ……?」
どこにも新たなスキルの名前が無いのだ。何かの手違いなのだろうか? そう考えた私の耳にキアラさんの笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、ふふふ……ふふふふふ……♡」
……何かが変だと思った。今のキアラさんの笑い声は先ほどまでの優しいものとはまったく違う。まるで快楽に蕩けた様な……そして、楽しいおもちゃを前にした子供の様な笑い声なのだ。
「……マシュ様、このスキルを見たいのなら……こう、ですよ」
その笑い声にゾッとする何かを感じていた私の手からタブレットを取ったキアラさんは、画面に映る謎の紋章を指でタップした。瞬間、画面が切り替わり、その背景が白からピンクと黒の物へと変貌する。
「これ、は……?」
「これはあなたの裏のステータス、とっても素敵なあなたの姿を刻んだものですわ……♡」
私の手にタブレットを戻したキアラさんはそう言って恍惚とした表情を浮かべた。返して貰ったタブレットの画面を見た私は、そこに浮かぶ文字を見て唖然とした声を出す。
「『搾精E-』……? な、なんですか、これ?」
「スキルをタップすれば詳しい説明を見ることが出来ますよ」
作成の間違いでは無いだろうかと思った私だったが、キアラさんは平然とした様子で笑みを浮かべている。どうやら間違いでは無いようだ。
恐る恐るそのスキルをタップした私は、新たに浮かび上がってきた文字列を口に出して読む。
「搾精E-……男性との性行為で経験値を得る。そのプレイの内容と相手の持つ魔力の質量で得られる経験値の量は変わる。(効率は最低)……何なんですか、これ!?」
「それがあなたのレベルを上げられる唯一の方法ですわ」
「ひどすぎません!? これなら普通に戦闘で経験値を得られる様にした方が……」
「では質問しますが、一番最初の戦闘に勝利出来ると言う保障がどこにあると言うのですか? いきなり超が付く強敵に出会う可能性もあるのですが?」
「うっ……!?」
言われてみればその通りだ。戦って経験値を得られるスキルにした場合、戦闘に勝つことが絶対条件になる。味方の支援も相手の情報も何も無い現状でそのスキルはリスクが高い気もする。
「ならば、他の方法で経験値を得られる様にした方が良い……私は、マシュ様の置かれている状況と経験値効率から最良のスキルを付与したつもりなのですが?」
「そ、そうなんですか……?」
「……心苦しいお気持ちはご察しいたします。しかし、世界の未来を守る為には犠牲は付き物……御身を男性に捧げることで自分を強化出来るなら、マシュ様ならばそうするかと思いまして……」
「な、なるほど……!」
言われてみれば性行為はサーヴァントの魔力供給にも使われるポピュラーなものであった。それに気が付いた私は大きく頷いて納得するも、気恥ずかしさは消えない。
顔を赤らめた私に対して、キアラさんは優しげな笑みを……訂正、あのゾッとする笑みを向けて小さく囁いた。
「大丈夫ですよ……! すぐに怖くなくなります。むしろあなたの方から殿方を求める様になるでしょう……!」
「え……?」
ちょっとだけ……私は目の前の女性が怖くなった。何を考えているか分からない彼女にほんの少しの不信感を持った私に対して、キアラさんは最後の言葉を口にする。
「さあ……溢れ出る肉欲に溺れましょうや……♡」
その言葉を最後に耳にして、私の意識は沈んで行った。
「……おい、起きろ。起きるんだ!」
「う、ん……?」
再び聞き慣れない声に起こされた私が目を覚ました時、周囲には広大な草原が広がっていた。どうやら無事にフランスにレイシフト出来た様だ。
しかし……今の私の状況を見るに、決して問題が無いとは言えない。
「……お嬢ちゃんは何者だ? 鎧を着ている所を見るに兵士なんだろうが、お嬢ちゃんみたいな奴は見たことも無い」
「今、フランスは厄介な敵に襲われててな……。もしかして、お嬢ちゃんもその仲間なんじゃないのか!?」
「え、ええっと……?」
首筋に突きつけられる剣と槍。少しでも下手な動きをすれば私の命は無いだろう。
フランスに着いて早々敵意のある兵士たちの一団に囲まれた私は、次の一手を模索しながら前途多難な旅路に思いを馳せたのであった。
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