「本来ならば前準備が必要ですが、今回は時間が無いということで省かせていただきます。」
儀式の間へと案内するスピカがアキに言う。
何故か声のトーンが少し低く感じたが、緊張しているアキには気にならなかった。
人間に戻るチャンスを捨て、今夜、アキは夢魔となる。
どのようなことをするのかは、まるで想像できなかった。
痛そうかどうかも、厳粛であるのかすらも、だ。
「儀式については、セレネ様の指示に従って下されば、問題ありません。では、こちらです。」
先導していたスピカの足が、より大きな扉の前で止まった。
大きく感じたリオスの部屋の扉よりも厚く、その取っ手は重々しい鎖と錠で固く封じられ、まるで異世界への入り口を思わせる。
永い間、誰もこの扉を開けていないのか、隅々まで埃がかかり、金細工に薄らと白がかかっていた。
スピカは懐から古びた鍵を取り出すと、錠に差して回す。
ガチャリと鍵が開けられた音がしたと思うと、大きな鎖が音をたてて床へ落ちた。
儀式における使命は果たしたかのようにスピカが踵を返し、アキにまた告げる。
「セレネ様は、この先の階段を登った先でお待ちしております。階段の前に篭がございますので、そこに服をすべて入れてからお上りくださいませ。では、わたくしはこれにて…」
どこか不満そうな顔で、スピカは歩いていった。
彼女の姿が見えなくなったところで、アキは扉を見る。
戒めが解かれて尚、こちらを拒絶するかのように聳え立っている。
思わず尻込みしてしまったが、もう後には引けないだろう。
取っ手を握ったアキは、力の限り扉を引いた。
部屋の中は闇そのもののように暗く、所々に置かれた蝋燭の火が、頼りないほど弱々しく辺りを照らしている。
かろうじて階段の様子と、服を入れる篭が確認できるだけで、上の様子は全く分からない。
ひとまず、アキはスピカに言われた通りに服を脱ぎ、篭に入れていった。
シャツ、ズボンを篭に放り、パンツにも手をかける。
が、下着も脱ぐ必要があるのかという疑問と、全裸で人に会うことに対する恥じらい、抵抗もあり、下着だけは身に付けたまま階段に足をかけた。
暗い螺旋階段を無言で登っていく。
片足に体重をかける度に、アキの足音が静かに響き渡る。
それほど一歩一歩に力をかけていないはずだが、上に高い構造が足音を反響させて、大袈裟な足音に変えていた。
窓一つなく、蝋燭の灯だけが儚く辺りを照らす中で、ようやく階段は終わり、その先の部屋に着いた。
この部屋も暗いはずなのだが、暗闇になれたアキの目が月明かりをいつもより強く感じさせ、目が眩む。
この部屋にも目が順応したところで、アキは部屋を見渡した。
円形の小さな部屋の中央に、人が二人で寝るとしてもまだゆとりのある、大きなベッドが置かれている。
そのベッドの側に、アキの背よりも二回り大きな窓が開かれ、そこから蒼白い満月が、窓からはみ出るほど間近に登っている。
まるで、月の目の前に立ったみたいだ、とアキは思った。
その月の前で、手にした薄いシーツを羽のように広げ、空を仰いでいる人物が一人。
黒く長い髪と山羊のような角から、セレネであると判断できた。
「…遅かったわね。待ちくたびれて寝ちゃいそうだったわ。」
月明かりを全身で受けたまま、こちらを振り向かずに言う。
「今日は一段と、月が綺麗。…ねぇ、月って、私たち夢魔に似ていると思わないかしら?」
アキには到底理解できそうもないことを、顔の向きを変えぬまま尋ねた。
何のことなのか分からないアキは、知らないと答えるしかないが、それに対して反応を示すこともなく、セレネは続ける。
「夢魔は…人間と共に暮らしている。もちろん、私たちが食べるほうで、人間は謂わば家畜。ただ、人間達は"技術の発達"という、夢魔にはない力で環境に適応して、ここまで数も減ることなく過ごしてきたわ。…自分達の力だけで進化した人間が太陽なら、私達夢魔は、人間無しでは生きることも儘ならない月。自分で瞬ける太陽の光がないと、輝くこともできない月みたいに…」
そう言ったセレネが、ようやくこちらを向いた。アキの心臓が勢いよく跳る。
セレネは両手に持つ薄っぺらいシーツの他に、何も身に付けてはいない。あの革の細い帯も、ホットパンツを思わせる衣類も着ていない、文字通り一糸纏わぬ姿だ。
白い肌を月明かりに反射させ、セレネ自体が輝きを放っているように思えたアキはまた目が眩むような思いをした。そんな彼を前に、セレネが艶やかに笑いながらベッドに寝転ぶと、抱っこをねだる幼児のように、こちらに手を伸ばした
「おいで…儀式を始めましょう?」
母を思わせる優しい声でこちらを呼ぶ。
アキは一歩ずつ慎重に、地にしっかりと足が着いていることを確認しているようにゆっくりと、ベッドに歩み寄る。
ベッドへたどり着き、セレネの隣に寝転んだとき、そっと抱きつかれた。すべすべとした温かい感覚に体が包まれ、緊張が一気に引いていく。
抱きしめられたまま息を吸い込むと、開花したばかりの花のような、甘い香りが、アキの鼻をくすぐった。
「…儀式を前に、お願いがあるの。アキ、あなたは、あの子を守るために夢魔になるそうね?」
あの子というのは、マグノリアのことだろう。重くなりつつある目蓋を懸命に開かせているアキが、はいと答える。
「あの子の為に夢魔になることを、私は何か言うつもりはないわ。ただ、この儀式の間だけ…この夜が明けるまでは、余計なことは考えちゃ駄目。あの子のことも、この先も…今はただ…」
「…わたしだけを見て。」
最後だけ耳元に囁くように忠告したセレネは、アキと唇を重ねた。
ただ互いの唇を重ねるだけの、軽いキスだ。それを短い時間、間隔で3回ほど繰り返した後で、セレネがまた尋ねる。
「キスは、初めてだったかしら?」
「いえ…昨夜、スピカさんと…」
「そうだったわね。じゃあ、こんなキスは?…目を閉じてみて。」
セレネの指示に従うように、アキは目を閉じる。
それと同時にセレネがアキの耳を塞ぎ、そのまま再びキスをした。
唇を重ねるだけではなく、二人の唇の間に舌を入れ、アキの舌を探るように歯茎を、頬肉をなぞり、見つけてはそれを絡ませる。
スピカとしたキスとそこまでは同じだったが、視覚と聴覚を奪われた上での口付けだ。
もて余した感覚が口内へと回され、ただでさえ敏感な感覚器官を、さらに鋭敏にさせる。
舌を吸いながらアキの唇からセレネの唇が離れると、糸のように繋がった涎を拭わないまま、悪戯に笑った
「どう?同じキスでも、全然違うでしょう?ここも、ほら…もうこんなに欲しがってる…」
セレネの指が、布越しに肉棒を触れた。
ただ接吻を繰り返しただけで、それは苦しそうに反り返り、ピクピクと蠢いている。
それを軽く擦りながら、セレネはアキの耳元で囁く。
「悪い子ね…裸で来なさいって言ったのに、なぜ下着をはいているのかしら?」
「え…そ、それは…」
「なんて、冗談よ。それくらい気にはしないわ。ただ…ちょっとしたお仕置きをしなくちゃ…」
そう言ったセレネは一度アキから離れ、彼の隣で仰向けに寝た。
僅かに膨らんでいる胸が、腰が、恥丘が月光に明かされ、さらに白く見える。
ほんのりと桜のように染まっている乳首が、小さな乳房の先でぷくりと膨らんでいるのが目立った。
「あなたの欲しいことは、少しだけお預け。さぁ…スピカにされたこと、私にしてみてごらん?私が満足したら、アキのして欲しいこと、してあげる…」