血に塗れたまま帰ってきたアキを、スピカ相変わらず仮面のような顔で出迎えてくれた。
お帰りなさいませ。と、アキの血は気にならないかのような対応だが、そうではないようだ。
「お体が汚れておりますね。浴室に案内いたしますので、ついてきて下さいませ。」
どこからかカンテラを取り出し、アキを先導する。血で館を汚したくないからというのもあるかもしれないが、何にせよアキに感心がない訳ではないらしい。
何も言わず、アキは疲れたような顔でスピカの後ろを歩いた。
* * *
「…スピカさん、一ついいですか?」
「どうぞ。」
浴室を目指して歩いている中、アキが質問した。気になるのは、あの女のことだ。
人には見えないはずの夢魔が、彼女には見えていることが、なんとなく気にかかるのだ。
「
「そうですが…中には我々が見える人間もいるようです。」
「僕らが、見える?」
「平凡な人間もいれば、霊の類いが見える人間もいます。我々は霊とはまた違いますが、そういった存在が見える方がいても不思議ではないかと…さて、こちらです。」
アキにはいまいち納得のいかない回答だが、スピカとてそう答えるしかないのかもしれない。異なる存在が見えるかどうかは、その人物しか分からないのだ。
まだ疑問符を浮かべているアキを、スピカは浴室に通した。
汚れた服を全て篭に入れ、浴室に入る。
中はシャワーと人が二人入っても余裕のありそうなバスタブだけだが、浴室としてはなかなか広い。
残念なのは、浴槽に湯が張っていないことだけだった。
とはいえ、国柄アキ自身はあまり湯に浸かることはないので、さほど気にすることもなかった。
ハンドルをひねり、ぬるい湯を出す。
暖まるには大変物足りない温度だが、体を流すにはとても気持ちのいい温度だ。それを頭からかぶり、乾きかけた血や汗を洗い流した。
火傷するほど熱くなった背中に湯がかかり、そこが少しひりつく。そういえば、この火傷のような痛みは何だったのだろうか。首を傾げてみるが、心当たりはない。
まあいいかと一息ついたときに、浴室にノックが響いた。スピカが何か持ってきたのだろう。
一度裸を見られているとはいえ、この姿を見られるのは、さすがにまずい。そう考えてタオルか何かで体を覆い隠そうと焦りだすアキだが、生憎、周囲にはそれができる物がない。
そんな彼を他所に、浴室の扉が無慈悲にも開かれた。
「失礼します。」
「ちょっと待って…って、スピカさん?何ですかその格好!?」
アキが赤面し、硬直する。スピカが文字通りの裸で入ってきたのだ。
豊満な体をもつ少女がタオルで体を隠すこともなく、眼鏡だけを身につけて入ってきたのだから、その反応は自然だ。
「疲れておいででしょうから、お体を流しに参りました。」
「い…いいですって。別に疲れていませんから!」
「遠慮なさらずに…これも、女中の勤めでございますので。」
そう言うとスピカは用意していた小型の椅子に座らせ、同じく持ってきた水差しの中身をアキの背に注ぐ。
甘い香りの、水や涎以上に粘りけの強い液体がアキの背に広がり、腹を絞られたような声が出た。
「ひっ!な、何!?何ですかこれ!」
「古来より、夢魔の間で使われていた香油です。数種類の香草や薬草で作られております。」
液体の正体の後、中身を淡々かつ長々と説明されるものの、その一字たりともアキの耳には入ってこない。
「…毒物は使用しておりませんので、多少であれば口に入っても問題はありません。…それでは、お背中から洗わせていただきます。」
その言葉のあとすぐ、すべすべとした、柔らかい感触がアキの背中を伝った。
耳元でオイル越しにこすれる水音やスピカの息がはっきりと聞こえて、何をされているのか、アキにはすぐに想像がついた。
彼女は
官能的な
洗体というよりは、風俗店で行われるローションプレイそのものだ。言わずもなもがな、アキはそのような店も行為も知らないので、この時点でも「体を洗っている」と信じている。
スピカの手は拳を握り、アキの体に軽く押し込む程度の圧をかけて、体幹を走っている。体を綺麗にすると同時に、固い肉もほぐしてくれるらしい。
体のコリがほぐれていく気持ちよさの裏で、柔く大振りな乳房を押し当てられ、滑る気持ちよさがアキの心を痺れさせている。
次第にスピカの息遣いも大きくなり始め、何か僅かに尖ったものが、背中を僅かに突いた。
彼女自身もオイルまみれになって動くうちに、彼女も興奮してきたようだが、オイルの甘ったるい匂いに気をとられ、その変化にもアキは気付くことができない。
塗り広げられているオイルは、その匂いだけでアキの判断力を著しく麻痺させていた。
「この模様…あの夜、無事に儀式を終えたのですね。」
唐突に、スピカの拳が解け、その指先が背中を撫でた。
自身の背がどうなっているのかはわからないが、彼女の指が模様をなぞっているのなら、肩甲骨の間辺りに小さな蝙蝠風の羽が描かれていることになる。
「僕の背中、どうかなっていますか?」
背部を見ることができないアキが尋ねる。
「背中に刻印が刻まれております。赤黒い、悪魔にも似た羽の刻印…これは夢魔と交わり、己自身も夢魔となった者の証。さぞかし、気持ち良かったことでしょう。」
模様を繰り返しなぞりながら、切なげな声でスピカが説明をする。あの火傷のような痛み正体は、この刻印であったようだ。
心なしか落ち込んでいるような、何かに嫉妬しているような声色で話していたが、それもすぐに終わった。
「…ここだけの話ですが…わたくし、あの晩はアキ様とセレネ様が激しく
「…!」
暗いトーンから一転、か細く、艶かしい声が、アキの脳を貫いた。
「自慰…ご存知ですか?"オナニー"と言い替えれば理解いただけますか?つまり…わたくしのおまんこを、わたくしの指で激しく掻き回していたということです。」
声や内容から、誘惑していることが判断の鈍いアキでもすぐに理解できた。
このまま覆い被さってくれることがスピカの本望なのかもしれないが、ここでセレネの言葉を思い出す。
『あなたはまだ夢魔になったばかり。その体でセックスをすることは、あなたの為にもならないわ。』
…あくまでも、これはただ体を洗ってるだけだ。今の言葉は、彼女なりの冗談なのだろう。
そう思い込む中、スピカの指が今まで避けていたアキの乳首に突然触れた。
始めは偶然だと思っていたが、彼女の指が乳首に触れる回数が増えてきたことで、ようやくアキは「これは洗体ではない」ことに気付いた
「…どうかされましたか?」
スピカの色声が、アキの耳元で尋ねてくる。
「スピカさん、これ…本当に洗っているんですか?なんか…違いますよね…?」
「何を仰ると思えば…当たり前ではありませんか。私はただ、アキ様のお体を洗っているだけです。にも関わらず…」
と、肩越しにアキの下半身に目を向ける。
愛撫のような洗体のせいか、先の発言のせいか、アキのそれは指一本触れられていないのにも関わらず、十分に血が回りっている。今にも弾けてしまいそうだ。
「あらあら…ただお体を流しているだけで、こんなに硬くしてしまうなんて…わたくしが自身を慰め、体を震わせて果てる姿を想像してしまいましたか?」
スピカの指摘に、顔を赤らめながらそこを隠そうとするが、腕をスピカの手に掴まれてしまう。
そのままアキの右手に回り、腕を抱き寄せるように体を押し付けると、また耳元で囁いた。
「アキ様がお望みであれば…その姿、今からお見せ致します。」