※この作品はR-18です。

夢魔に、そして人外に輪舞曲を   作:redStrange

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12話 CFMA

「…スピカさん…ダメ…もう、無理です…」

 

「アキ様、もう終わりですか?わたくしはまだ続けても構いませんが…」

 

「…いいですよ、もう…6戦6敗、いいところもなく負けたら、誰でもこうなります…」

 

 あの夜から、3日ほど経った。

 スピカとは、浴室での情交以降、夜を共にしていない。

 彼女も普段の鉄仮面に戻り、向こうから誘惑することもない。

 むしろ、アキを見かけても反応を示さないあたり、以前より態度が冷たくなった気がする。

 そんなスピカを見ていると、あの一夜は彼女の見せた夢なのかもしれないと思えてしまう。

 夢の悪魔と書いて夢魔だ。その妄想も、あながち間違ってはいないかもしれない。

 ゲーム盤の縁を指でなぞりながら駒を片付け、元の場所にしまう。

 いつもと変わらない佇まいだが、その様子はどこかぎこちない。

 アキが手伝わなくては、少しばかり作業が遅れるほどだ。館やその住民の世話をするスピカにとって、それは大きな障害になり得るだろう。

 なるべく彼女の負担が軽くなるように、できることは自分で済ませるようにはしていた。

 昨日脱いだ着替えを畳んでいたところで、部屋の扉が開かれる。そこに立っていたのは館の主のリオスだ

 

「アキ、これから出かける。着いて来てくれ。」

 

「あ…どこへ行くのですか?」

 

「会わせたい者がいる。スピカ、君は留守番を頼む。」

 

「…かしこまりました。」

 

 踵を返すリオスを追うために、アキは椅子から立ち上がる。立ち眩みで出が少し遅れたが、それくらいは特に問題はない。部屋を出る際にスピカに一礼したものの、スピカの返事はないのは気になった。

 

 

* * *

 

 

 リオスの後に続いて、着いたのは見覚えのある場所だ。

大きな門の向こうに、白亜の教会が昼の時刻を告げる鐘を鳴らしているのが見える。

 普段は門の先で子供達と、それらの世話をする修道士達が和気藹々としているのだが、今日はそれに加えておおよそ教会には似つかわしくない者が多く見られた。

 

 具体的には皆揃って逞しい体つきではあるが、スポーツにはあまり向かない肉の付き方をしており、大小様々な刺青を入れている者も散見する。

 前述の通りスポーツをするには歪な体だが、戦闘という面から見てはアスリート以上に美しい筋肉をしている。

 まるで軍人のようだと、アキは思った。

 教会と孤児院を管理する修道士達は彼らを邪険にする様子はなく、むしろ親しげに会話をしていた。修道士からすれば、彼らは歓迎すべき客人なのだろう。

 

 門をくぐり、辺りを見回すと、一人の女と目が合った。

 一般の女よりも10cm、もしかすると15cmは上回っていそうな恵まれた背に、他の男と同じく筋肉の付いた女だ。

 両腕にはストライプ状の模様が所狭しと描かれ、首元にはドッグタグの刺青が、凛々しい顔にも頬の辺りにワンポイントの刺青が入れてある。

 その女の姿を、アキは以前見たことがあった。あの廃工場で暴れていたアキを制止した、あの女だ。

 

「坊主!」

 

 アキが何かリアクションをとる前に、先に女が動いた。アキを呼んだ上で、まっすぐこちらに向かってくるところから、やはり彼女は夢魔であるアキが見えるようだ。

 

「坊主、あの時はすまなかったッス。ただ、あんなクソ野郎でも、仲間には違いないッスから、殺されかけてるのを見過ごす訳にはいかなかったッス。」

 

「え、あぁ…いえ。僕の方こそ、ついカッとなってしまって…あそこまでやらなくてもよかったのに…」

 

「なに、自業自得ッスよ。しばらくは出歩けねぇッスから、アイツも頭冷やしてくれれば…」

 

「…知り合いか?」

 

 アキと話していた女が、リオスへと意識を移す。やはり、彼女は何故か夢魔を認識することができるようだ。

 

「あ、こんちはッス、リオスさん。いやいや、ちと一悶着あったといいますか…」

 

 夢魔が見えるだけではない。この女はリオスと面識がある。

 女に対するアキの興味が湧いてきたが、同時にリオスは興味無さげに一言返すと、教会へ足を運んだ。

 歩きだしたリオスを見たアキは、女に一礼してリオスを追うしかなかった。

 

 目的の人物には、すぐに会えた。ブロンドの髪を肩甲骨半ばまで流すように伸ばした、蒼眼の女だ。

 あの刺青の女ほどではないが、長くほっそりとした体躯を飾り気のない衣類と白衣で包んでいる。

 モデルとして暮らしたほうが、少なくとも今よりもいい生活を送れそうなほどの美人ではあったが、彼女も周りの男達同様、堅気とは異なる雰囲気をもっていた。

 

 その女と対面するなり、リオスの脚が畳むように折られ、その膝を地に付けて挨拶した。

 そして、女の手を取ると、その手の甲に口付けする。まるで、女王に対する挨拶だ。おそらくリオス以上に偉い人物なのだろう。

 深く頭を垂れるリオスを真似するように、アキもおずおずと跪く。そんな二人を、女は困ったような微笑みを浮かべて口を開いた

 

「もう…リオスさんったら、顔を上げて下さい。そんなことする必要ないって、口を酸っぱくして言ってるじゃないですか。」

 

「貴女は私の主であり、私は貴女の僕(しもべ)だ。敬意を示すのは当然だろう。」

 

 普段から、この対応に悩まされているのだろうか。諦めたようなため息をついた後に、彼から視線を反らすようにアキを見た。

 

「あら、君は…初めて見る子ね。」

 

「あ、初めまして。僕、アキっていいます。つい最近夢魔になって、リオスさんやセレネさんのお世話になることに…」

 

「そっか、君も夢魔なのね。こちらこそ、初めまして。私はリリィ・クロベスター。形だけなのだけど、特殊部隊"C.F.M.A"の指揮官をさせてもらってるわ。よろしくね。」

 

 差し出されたリリィの手を、アキはしっかりと握る。

 彼女の手からはハーブのような、不思議な香りが仄かにした。香水やコロンにしては香りが弱いが、誰も気にしないだろう。

 事実、アキはこの匂いについて何か言うことはなく、それよりも疑問に思ったことについて尋ねた。

 

「あの…CFMAというのは何ですか?」

 

「"Counter For Monsters Attack"、略してC.F.M.A。君も夢魔なら、思い当たるものはあるでしょう?」

 

 Counter For "Monsters" attack

 

 モンスターと聞いて、今のアキが真っ先に思い付くのは、2回ほど対峙したことのある、あの怪物だ。埋葬され腐敗した遺体が生を受け、再び地へ這い出たような禍々しい姿をした、あの怪物の姿だ。

 組織名からして、それらの攻撃に対しての防衛及び撃退を生業としているのだろう。分かりやすい名前だと思いながら、アキは言葉を返す。

 

「はい。あの、死体が蘇ったような化け物のことですよね?」

 

「その通り。昨年から姿を見せてきた"それ"は、最初のうちこそは私達でも対処できる程度の個体であったし、数もそこまで多くはなかったわ。ただ…」

 

 そこまで言ったリリィが、苦虫を噛み潰したような顔で口をつぐんだ。

 どんなことを言おうとしているのか、リオスはもとよりアキには何となく予想できた。

 おおよそ、ある時期から怪物の物量に押され、辛酸を舐める日々を迎え始めたのだろう。彼女の言葉、表情から、それが容易く読み取ることができた。

 案の定、彼女が恥を晒すのを決心したように話した内容は、アキの予想した通りの内容であった。

 

「…それも初めて発見されて、約半年までの話。次第に強大な個体も現れ、出現場所も増え、我々だけでは対処できなくなりました。そこで、私はリオスさんと契約を結んだのです。」

 

「リオスさんが?」

 

「私とて、人間には減って貰っては困るのでな。利害が一致した、とでも言おうか。」

 

 リリィの言葉に、リオスのフォローが入る。

 それに対して彼女が何か言おうとしたときだ。突然リリィは耳に手を当てる。

 その後、彼女の顔から柔和な笑みが消え、神妙な顔つきへと変貌した。この顔こそ、特殊部隊を指揮する彼女の顔なのだろう。

 

「こちらリリィ、総員に告ぐ!教会より半径3km以内にてゾンビの姿が確認された!数、タイプは不明!基地にいる者は直ちに装備を整えた上で教会へ!慈善活動中の者は輸送車より装備を整えよ!繰り返す!教会より…」

 

 先ほどまでの親しげな声色からうって変わって、数km先でもよく聞こえそうなほど大きく、よく通る声だ。

 そのリリィの指示が始まった途端に、辺りが騒がしくなった。

 厳つい者達は門前へ殺到し、修道士達は遊んでいた子供らを教会の中へ戻るよう促している。

 通信が切られる頃には庭には装甲で固めた者とリリィ、リオス、アキだけが残り、他は皆教会へと避難していた。

 もちろん、あの大女も他の軍人以上に大袈裟な装備を下げて、整列していた。

 

「このような状況で現れるとは…」

 

 どこか面倒に感じている様子で呟くリオス。その腰にはいつの間にか一振りのサーベルがぶら下がっていた。

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