軍人が全員揃うのに、20分とかからなかった。
装備自体は写真で見た他の軍隊のそれと、あまり違いはない。
変わった点は、皆が標準的なライフルよりも一回り、いや、下手すれば二回りも大きな小銃を携帯していること。もはやアサルトライフルというよりは軽機関銃と書いたほうが相応しいかもしれない。
あとは、一部の者は太い金網のような物を背負っていることの2点だ。
班に分かれて捜索、発見次第、目標を殲滅せよ。また、周りに人がいるならば避難を優先せよ。
このような旨の指示を受けた軍人達は、足早に散らばる。
気がつけばリオスも蝙蝠のような羽を広げ、どこかへと飛んでいった。
この場に残っているのはアキとリリィだけになってしまった。
「アキ君。悪いけど、ボヤボヤとしている場合ではないわ。君もあの化物を探してもらうわ。」
「僕も、ですか?」
こうなることは分かっていたつもりだ。
しかし、いざ突然の実戦となれば、心構えなど無意味だった。
アキは戦いというものを知らない。
戦いといえば、子供同士の喧嘩ぐらいだが、セレネの戦いぶりを見てしまった後では、そんなものは戦いではないことは誰だって理解できるだろう。
深呼吸を1回、2回と行い、無理矢理にでも気持ちを落ち着かせる。
ここで尻込みしていては、マグノリアを守るなど夢のまた夢だ。
付け焼き刃甚だしいが、ほんの少しだが恐怖を和らげることはできた。問題は"どうやって戦うべきか"だ。
そこでリリィから都合のいいプレゼントが与えられる。
──ワルサー P99
拳銃にしては小振りだが、それ故に軽く、加えて手の小さいアキでもグリップをしっかり握ることができる銃だ。
人間相手であれば頼もしいことこの上ないが、相手は怪物だ。この小ぢんまりとした銃で渡り合えるとはあまり思えないが、ないよりはマシであった。
「あなたは捜索をお願い。戦闘は私達に任せればいいけど、これはもしもの時のために、渡しておくわ。あと、これも。」
と、銃に続けてリリィからイヤホンのようなものを渡される。
コードはついてない代わりに、なにやら短い棒が付いている。
「これで、私達と連絡をとることができるわ。いい?あなたはこの辺りを探して、見つけ次第連絡して。」
はい。そう返事をしたアキが、敷地を出る。
勇み足で飛び出したのはいいが、どこにいるのかは見当がついていない。
奴等がどんな場所に現れるのかも、まるで分からない。
なんとなく思いつくのは、あの広場…以前マグノリアと出会った、あの公園だ。
理由こそないが、まずはそこを目指して走った。
教会の喧騒とは反対に、あの公園は相変わらず狭くちっぽけな空間を、涼しい潮風が海から吹いている。
予想はしていたが、案の定あの怪物はいなかった。
代わりに、この時間帯には珍しく一人、小さなベンチに腰をかけて涼んでいる。
その人物は、アキが会いたかった者だった。
「…マグノリア!無事だったんだね?」
「あ…アキ君。」
声をかけると、マグノリアは振り向いてくれる。微笑んでくれてはいるが、それはほんの少しだけぎこちないようにも見えた。どこかアキに怯えているような、それを隠す為に笑っているような、そんな顔だ。
この前の事があって日が経っていないのなら、無理もない。
あの男達はマグノリアが盲目であることを知っていたので、目隠しをしなかった。
が、彼女は盲目であっても、唯一アキの姿だけは見えるのだ。
つまり、アキが怒りに任せて暴れる姿も見えてしまったことになる。
彼女には優しく接するアキだが、あの顔、あの行動を目の当たりにした後では、アキに恐怖を覚えてもおかしくない。
「マグノリア、大丈夫?あの時はごめんね。僕が目を離したばかりに、あんな目に…」
「気にしなくていいわ。あたしもアキ君から離れちゃったから。」
マグノリアの横で、アキにようやく落ち着いた様子が見られた。とはいえ、アキには長々と話している暇はない。
付近には怪物がいるのかもしれないのだ。
「そうだ、この辺りは危ない。僕が送るから、教会に戻ろうよ。」
「…どうして?」
「怪物が出たんだ。マグノリアと初めて会った時にも出てきた、あの…」
そこまで言いかけたアキの視線が、ベンチの先へと向けられた。
そこにはお目当ての怪物…ではなく、先ほどまでにはいなかった人物だ。
ウェーブのかかった黒い髪に、髪と同じく黒いシルクのカクテルドレスを召した、背の高い女。
そこにいたから、という理由だけで、アキの注意を惹いた訳ではない。
その女には、得体の知れない魅力…あるいはそれとは違う何かを漂わせていた。
もちろん、見とれている場合ではないことを忘れているわけではない。マグノリアよろしく、避難するように伝えようとしたが、その時には女の姿は消えたようになくなっていた。
「どうしたの?」
様子の変化を察したマグノリアから、疑問の声が挙がる。その時には、アキは忽然と消えた女のことよりも、さらに気にかかることがあるように、神妙な表情で辺りを見回していた。
何か来る。
確証はないが、周りを漂う空気に違和感を覚える。感じるのだ。
あの時…マグノリアと初めて出会った時にも感じとった、あの気配が。
予感の的中に備え、アキは渡された拳銃を構え…ようとしたが、ここでアキの顔から血の気が引いた。
(…ない!拳銃がない!)
アキの手元には、握っていたはずの拳銃がなくなっていた。
落としたのか?いや、リリィから手渡されてから、ずっと手に持っていたのは間違いない。
しかし、実際はどこにも拳銃などない。
念のためポケットも探るが、そこには何も入っていなかった。
それに畳み掛けるように状況を悪化させる出来事がさらに一つ。
あの声、聞くだけで背筋が凍るような、あの不気味な唸り声が辺りに響いたことだ。
一人だけのものではない。
少なくとも5匹は超えているのではないか。
文字通りの最悪の事態だ。
武器もない。
化け物と渡り合える自信もない。
おまけにマグノリアを守らなければいけない。
一人だけではどうしようもないと判断したアキは、耳元に手を添えて、マイクの向こうに声をかけた
「もしもし、もしもし!」
「こちらリリィ!アキ君、どうかしたかしら?」
イヤホンからリリィの声が聞こえてくる。少しだけだが、安心する声だ。
「奴らが…奴らが来ます!」
「数は?」
「わかりません!姿は見えませんが、声が聞こえてきました!」
「場所は、あまり遠くないわね…分かった。すぐに応援をそちらに送るわ!周りに人は!?」
「マグノリアが、孤児院の子が一人!」
「マグ…ノリア?」
リリィが名前をたどたどしく復唱する。
どこか怪しげな様子だ。
まるで知らない子の名前を読み上げる時のようだ。
いや、言ってしまえば、リリィは部外者であるし、マグノリアを訪れる者は少ないと、彼女自身も言っていた。
「…アキ君。その子を連れて、すぐに…」
そこから先は、よく聞き取れなかった。
ノイズか何かで聞こえなかったのではない。
ある事に意識が向いて、声に耳を傾けることができなかったのだ。
地中から腕が、変色した上腐敗からか骨を覗かせる腕が筍のように伸び、そこから探していたあの怪物が現れる。
予想通り、個体は6匹。
運の悪いことに、こちらの退路を塞ぐ位置に出現した。
加えて、こちらは丸腰。唯一の武器だった拳銃は、どこかに落としてしまった。その状態で戦うのは愚策と言えよう。
それでも、アキ達が逃げることはできなかった。
怪物はこちらを認識し、襲いかかってきたからだ。焦るアキを前に、一匹が鋭い爪の生えた腕を振り下ろした。