※この作品はR-18です。

夢魔に、そして人外に輪舞曲を   作:redStrange

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13話 初陣(後編)

 アキが攻撃から自身の身を守るために右手で払った時、鈍く硬い衝撃が腕を通して感じた。

 鉄パイプで人を殴ったときのような、いや、それよりは軽い衝撃。少なくとも生身よりは硬い。プラスチックの塊で打ち付けた衝撃と表すのが、最も相応しかった。

 攻撃を弾かれた怪物が2歩ほどよろめいた内に、己の右手を見た

 

 目の前にあったのは当然、自分の右手だ。

 しかし、一目見ただけでは、それが手であることを理解できなかった。

 手には失ったはずの拳銃、リリィから受け取ったワルサーP99があった。否、「あった」と記すより「埋め込まれていた」と記すべきだろう。

 小指球から母指球、示指、中指にかけてグリップ及び銃身へと成り代わり、そのグリップから残りの指がはえているといった有り様なだ。

 

「なに…これ…」

 

 自分の体なのに、自分の体ではない。

 生身のはずの手が、指のはえた無機質な塊になっている。

 左手で"銃"に触れてみる。

 触れた指に固く冷えた感覚が伝わるが、触れられた部分からは何も伝わってこない。

 

 状況を整理しているうちに、一体の怪物が吼えた。咄嗟に銃口を目前に迫った怪物に向けて、引き金を引く。

 乾いた銃声が2、3発響いた直後、手元から落ちたスイカのように怪物の頭部が四散。濁った体液を浴びせながら、力なく倒れた。銃から弾は出るし、殺傷能力も十分であることが分かった。

 好機。己の身に何が起きているのかは分からないが、攻撃手段は失われていない。アキは目に映る怪物達目掛けて銃口を向けると、また発砲した。

 

 群れて襲いかかる怪物の一部が、銃声と共に爆ぜて飛び散っていく。しかし、その部位の数は銃声よりも明らかに少なく、仕留めるどころか行動に支障のきたすことのない所だ。

 今まで銃を握ったことのないアキでは反動に振り回され、少し距離の離れた的、とりわけ命中すれば確実に対象を無力化できる場所に当てることなど無理な話だ。先ほどの怪物は腕を伸ばせば届くほど近くまで距離を詰められていたから当てられただけのことである。

 がむしゃらに銃を打ち続けるのにも、限界が来た。何回銃声が鳴ったのか忘れた頃に、もう一体怪物を撃退することも叶わず弾を切らしてしまったのだ。

 弾に限りがある点も、本物の銃と変わらないようだ。もっとも、この場で弾が尽きるのは都合が悪いのだが。

 

「ぐぅっ…ぁああ…!」

 

 急所を庇ったアキの細い腕に怪物の爪が食い込み、肉を裂いた。骨まで達する程の深い傷ではないにしろ、鈍い刃で斬られた傷は、これまで経験したことのない痛みを与える。ズキズキとも、ジワジワとしたとも形容できない、ただただ酷い痛みが、生暖かい血を吹き出している右腕を支配した。

 今のままでは戦えない。滝のように脂汗を滲ませるアキは、背後で耳を塞ぎながら怯えるマグノリアを抱る。そのまま歯を食い縛って辺りを見回した。

 怪物達が邪魔で、来た道を引き返すことはできない。だが、それらの反対側へ逃げ、迂回して教会に向かえば、目的は果たせる。

 ここは引こう。命あっての物種、無理に立ち向かって死ぬよりは数段マシだ。

 

「マグノリア…逃げるよ、掴まってて!」

 

「う、うん…」

 

 マグノリアに声をかけ、来た道とは反対に走り出したのと、軽傷あるいは無傷の怪物達が三度飛び掛かったのは同じタイミングだった。

 腕が千切れそうなほど痛み、軽くはないマグノリアの体重が足取りを重くさせる。それでも尚、アキは常人以上の、乗用車と比較しても劣らぬ速さで怪物から離れることはできた。

 が、逃げ切れることはなかった。少し走ったところで、前方よりあの怪物の姿がまた数体確認されたからだ。

 

ー無理に突破するべきか、いや、一人ならまだしも、マグノリアに危害を及ぼすことになるかもしれない。

 

 疲れと痛みの中で、解決案を捻り出そうとするものの、悪戯に時間を浪費するだけだ。状況は好転することなく、前からも、背後からも怪物達が迫って来る。

…一巻の終わりだ。

 それでも絶望で眼を濁らせなかった。息を整え、抱えていたマグノリアを道の端で下ろして彼女の前に立つ。

 

「マグノリア…僕から離れないで。」

 

「でも…あ、アキ君…その腕!怪我してるじゃない!」

 

「なんともないよ。これくらいの傷、大したことでもない。」

 

 勿論、嘘だ。

 本当は今すぐ逃げて治療を受けたいほど腕は痛み、恐怖で脚もすくんでなかなか言うことを聞いてくれない。

 しかし、嘘でも平然を装っていないと、本当にマグノリアを見捨てて逃げ出してしまうかもしれない。

 そのようなことを、アキ自身が許せなかった。

 

「大丈夫。絶対に、僕がマグノリアを守る。だから…安心して。」

 

 無理にでも微笑んでみせる。大きく深呼吸すると、左右より来る怪物達に叫んだ。

 

「来るなら…来るなら来い!僕の命を引き換えにしても、マグノリアにだけは触れさせない!!」

 

 まだ脚は震えている。

 それでも、逃げる気はなかった。言葉通り、命懸けでマグノリアを守る覚悟が、その佇まいから見てとれる。

 そんなアキに天が味方したのだろうか、目前にまで迫った怪物が数体、その四肢が体から離れたかと思うと、二人に触れる寸前で倒れて事切れた。

 

 援軍か。

 

 普段ならここで現れるのはセレネであろうが、この様は彼女のものではない。もしそうなら、怪物達の亡骸はより無惨なものになっている筈だ。

 細切れになった怪物を見下ろすアキの耳に、覚えのある声が聞こえた。

 

「…その少女を守る為に命を投げ捨てる気だったようだが、身の丈を考えてから行動すべきだ。アキ、君がここで死んでは、その少女も死ぬ。君は犬死にするために夢魔になったのか?」

 

 気がつけば、目の前で漆黒の柔らかなマントと白髪がはためいていた。顔は見えなくとも声、側頭部より伸びる雄牛の如き角は、見覚えのある人物だ。

 それはこちらを一瞥した後、やはり笑うことも怒ることもなく続けた。

 

「だが、己が命を犠牲にして、他者を守るその意気…君は本当に理解し難く、愚かしくもあり、面白い子だ。」

 

「…リオスさん!」

 

 助っ人の名を呼んだ瞬間、リオスの姿が消えた。

 いや、消えたわけではない。"消えた"と錯覚するほど速く敵との間合いを詰め、怪物を一体、また一体と横一文字に切り捨てる。手負いのアキは、ただそれを眺めることしかできなかった。

 セレネが背よりも巨大な銃と戦斧で豪快に一掃するのに対し、リオスはアキの腕よりも細い軍刀で、目にも留まらぬ早さで敵を両断していく。戦い方は真逆ではあるものの、二人の間で共通している点があった。

 それは、両者ともに余裕を持った態度で、優雅に踊るように殲滅していく点だ。アキがリオスの戦う様を眺めていたのも、自身や怪物達と大きく開きのある戦力に圧倒されたというのもあるが、リオスの戦いぶりに見とれていた点が大きい。

 瞬く間に未だ活動している怪物が半数を下回った。それでも尚、動きは止まらない。動きも鈍ることもなく華麗に、迅速に、無慈悲に切り裂いていく。

 そんなリオスの足が不意に止まった。続いて、怪物のいない道、ちょうどアキが走ってきた道を指しながら告げた。やはり視線はこちらではなく、怪物達へと鋭く刺すように捉えたままだ。

 

「この道から教会へ避難させるんだ。奴らと会っても怯むな、逃げろ。戦おうと思うな。」

 

 突然の忠告に、ハッと我に帰る。そこから行動に移すのは早かった。一つ返事を残すとマグノリアをまた抱え、来た道を早々と引き返す。

 

「アキめ…一匹仕留めたようだな、初陣にしては上出来だ。」

 

 走り去るアキへと顔を向け、静かに誉めた。残念ながら、アキには聞こえなかったようだ。振り向くこともなく早速と地平へと消えて行った。

 

* * *

 

 やや奇妙な光景だ。

 雲一つなく、日光が直に肌を焼く快晴の空模様の中、男は艶のある長袖のライダージャケットを着ていた。

 腰まで伸びた栗毛をなびかせながら、高い一軒家の屋根から見下ろしている。その眼下で、化物の群れと重火器で身を固めた男達が戦闘を繰り広げていた。

 とりわけ目立つのは、その男達よりも背の高い女。車輪のついたバリケードを積極的に押すことで前線を押し上げ、手にしている軽機関銃や擲弾発射器で応戦している。時よりバリケードを越えてきた怪物を、太く長い鉄棒の一薙ぎで叩き潰している女だ。男達が腰抜けであることはないが、彼女は回りの男よりも勇猛果敢に戦っているように見える。

 

「へぇ…人間にもいるんだな。俺らの兵相手にあんだけ戦える奴が。」

 

「うをぉ~い、フィーゴぉ。まだぁ?そんなゴミ共、放っとけばいいじン。オレ様ちゃん、早く帰りたいんだけどぉ~」

 

 と、いつの間にか現れては男をフィーゴと呼び、彼の脛を裸足で蹴突くのは、額の広い色黒の少女だ。パッチワークだらけでぶかぶかの黒いパーカーを羽織り、ダックスフンドのような大きな耳のついたフードを被っている。

 言動から察するに、外見と違わず精神的にも幼い。彼女の言うゴミがフィーゴの眼下で戦っている男達のことを指しているなら、人間を見下すくらい高圧的な性格のようだ。

 

「まぁ待ってろよ。奴らの動向を見守れってのが、"お母さん"の言い付けだろ。そんなことより、お前の方はどうだった?何か面白いものでもあったか?」

 

「あー…なンかちっこいのがちっこいの抱いて走ってたら、オレ様ちゃん達の兵隊に囲まれて死にかかってた。でさ、ここからが傑作なんだって!そのちっこいの、兵隊を前に脚をプルプルさせながら『ナンとかは僕が守るっ!』とか叫ンじゃってさ!ゴミなンざに守る価値とかあるのかよってかさぁ!そもそも腐りかけの相手一匹殺(ヤ)るのがやっとのヤツが、大勢相手に虚勢張っちゃうとかさぁ!こンなの笑うしかないじゃん!アッハ!アハハハハ!!」

 

 少女の言う"ちっこいの"とはアキのことだろう。彼の言葉を気取ったように真似したかと思えば、目尻から涙を浮かべて笑い出す。それを咎めることも、つられて笑いもせず、フィーゴはうんざりした様子でため息をつくだけだった。

 

「で、そのガキは結局死んだのか?」

 

「ハハハッ…あ…?こっからつまンない話だけどさ。あのロン毛野郎が何処からともなく兵隊バッサリやっちゃってさぁ…そしたらちっこいのが"リオスさん!"って叫ンでさぁ、なンだあのちっこいの、ロン毛野郎の知り合いかよって…」

 

「はぁ!?リオスの知り合い!」

 

 イライラしながら報告を聞いていたフィーゴの表情が一転、焦りの混ざった驚きの様子でようやく少女を見た。

 

「リオスの知り合いなら、それ十中八九夢魔じゃねえかよ…そのガキは見たことある奴じゃねえだろうな?」

 

「ンあ?えーっと、確か夢魔ってロン毛野郎の他に…まな板タカビービッチとムッツリロリ巨乳ぐらいだろ?知らねぇよオレ様ちゃん。」

 

 少女はリオスの同類を、名前ではなく適当な特徴で指を折りながら数えた後に、首を傾げる。やれタカビーだのムッツリだのに関してはともかく、外見的な特徴はやや当たっているとはいえ、セレネやスピカを胸でしか特徴を捉えていないというのは如何なものだろうか。

 むぅ…と考えて混んでいた少女だったが、突然目を輝かせながら肩を強く掴み、無理やりこちらへと向かせた。

 

「てかさー!オレ様ちゃん偉かったよぉ!?ロン毛野郎が兵隊全滅するの見てても手ぇ出さなかったンだよ!偉いでしょ~!ねね、褒めて褒めて~!」

 

「あぁ…はいはい、偉い偉い。」

 

 嫌々という心情が明確に現れている称賛と共に、適当に少女の頭を撫でる。それだけでも満足なのか、少女は鼻を軽く膨らませて笑っている。

 しばし撫でていたが、不意にフィーゴが手を止めると撫でていた手で乱暴にフードを握り、視線を少女の顔まで下げる。今までのイライラがついに爆発したかと思うほどに険悪な表情に切り替わっていた。

 それに対して、少女は別段気にすることもなく、睨むようにこちらを見る瞳だけに焦点を合わせている。怯えた様子は全く見られない。

 

「おいミシェリア…俺の予想が正しけりゃ、そのガキは夢魔になって間もない筈だ。そのガキを探せ。んでもって夢魔ってことが分かり次第殺せ。」

 

「今からぁ?」

 

「当たり前だ。ホラ行け!暇なんだろ!?」

 

「あいよぉ。オレ様ちゃんに任せといて!」

 

 フィーゴの指が動く前に、滑るように少女、ミシェリアが離れ、屋上を飛ぶように移動していった。視界から彼女の姿が見えなくなるのには10秒とかからなかった。

 

 ミシェリアは嬉々とした様子で、吊り上げた口元から尖った牙を、両袖からは大振りのククリナイフ、マチェットナイフを、それぞれ覗かせて、レンガの屋根を蹴った。

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