先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか 作:果肉ぬき
高校時代の憧れの先輩「雛里やよい」と偶然の再会を果たし肉体関係を結ぶも、「わたし、もうあといくらも生きていられないの」というやよいの言葉をどう受け止めるべきか思い悩む会社員「風見健一」。それどころか、自分にできることを模索していくなかでやよいの妹「えな」と情事を重ねてしまう。9月27日にいなくなるとされているやよいにどんな顔で会えばいいかわからず自暴自棄になった健一は、1ヶ月半の間ふたりと連絡を取らなかったが、押しかけてきたえなからの告白に応じ、再びえなとのセックス三昧の日々に溺れていく。しかし、あるとき雛里家で「生徒会」とラベリングされたアルバムを見つけた健一は、そこにおさめられていたやよいと自分の写真に心を動かされ、一緒に添付されていたメモ書きが指し示す場所へと向かった。
こんなに電車を待つことに苦痛を感じたことはなかった。
時刻は夜9時。帰宅ラッシュはもう少し続く。電車はすぐ来るはずだ。
時刻表がスカスカになったわけでもない。いつもどおりだ。電車はすぐに来るはずだ。
鉄道会社はなにも悪くない。
それでも、どうしても急いてしまう気持ちをどこかにぶつけなければ叫びだしてしまいそうだった。
「次は~、××――」
車掌さんの声もいたっていつもどおりだった。なにも変わらない。でも、いらだつ気持ちを抱えていることはごまかせなかった。
「変わらないな……」
高校の最寄り駅に着いてすぐ、久方ぶりの街並に感慨深さを覚えるのもそこそこに、すぐにバス停へ走る。
時刻表を確認する。
雛里家から電車で30分、ここはいささか閑散とした地域だ。次のバスが来るのは25分後だった。
そこから10分はかかるとして、いまから35分。できる限り走ればそれよりもいくらか早く着ける。
ぼくは走った。
最後に全速力で走ったのはいつのことだろう。
中学校の体育祭? いや、そのころにはもう手を抜くことを覚えていたような気がする。
子どものころはあんなにも軽やかに走れたのに、どうしていまはこんなに体が重いんだ?
脚は意志についていけてないし、抑えようと思っても顎はすぐに上がってしまう。
息はすぐに切れ、立ち止まる。
膝に手をついて深呼吸を2回、すでに感覚が鈍くなって棒のようになった足を引きずるように動かす。
つまづき、転びそうになる。
鼓動が落ち着いてきたら、また走る。
ほどよい速さで距離を伸ばそうと思っても、どれくらいの深度で呼吸をすれば長く走っていられるのかわからない。
思いどおりに走れないもどかしさと早く辿り着きたい焦りですぐに全力で走ってしまう。
息はすぐに切れ、立ち止まる。
膝に手を――。
つまづき、転び――。
再び走り――。
そうしてぼくは、10年ぶりに、先輩と過ごした高校の正門前に辿り着いた。
時刻は夜10時。
明かりが灯っているのは職員室だけのようだった。これなら校庭のほうから入れば見つからない。
ぼくは止まりそうな心臓に最後の喝を入れて塀沿いに少し走り、フェンスを登って校庭に侵入することに成功した。
アルバムを開き、メモを確認する。
暗い。
携帯電話の懐中電灯機能をONにする。
あらためて確認する。
間違いない、これは中庭のどこかを示している。
校庭から、プールの脇の道を通り、中庭に着く。
もう一度メモを見る。ある手順で歩いていけと書いてある。
指示どおりに歩く。
「これは……」
小さな花壇があった。代々、生徒会メンバーで管理している花壇だ。ぼくが在学していたころから変わっていない。
植えられている花の種類も、そこから香る匂いも、レンガの汚れ具合ですら当時のままなんじゃないかと思えてくる。
頬を伝う涙に気づくよりも先に、近づいてくる足音に意識が向かう。
ぼくは、音のするほうを振り向いた。
「おかえりなさいっ。風見くん」
やっぱりその目に生気は感じられなかったけれど、それでも、見つめるだけで自然と笑みが漏れてしまうような穏やかな表情の先輩が立っていた。