先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか 作:果肉ぬき
終電間際の住宅街、高校時代の憧れの先輩「雛里やよい」と偶然の再会を果たした「風見健一」は、性欲に衝き動かされるがままにその夜のうちに先輩の自宅で先輩と情を交わしたが、朝になって帰ってきたやよいの妹「えな」に追い出されてしまった。
仕事はまったく手につかなかった。
神経を直接揺さぶってくるかのような甘美な匂いも、ふれていると同化してしまいそうなほど白くやわらかな肌も、抑制と昂揚の混じった声も、ぼくが感じた先輩のすべてがなにをしていても絶えず本物のように浮かんできた。
デスクワークがこんな形で意義を見出すとは思わなかった。断続的に勃起するペニスを匿うことができた。オンラインゲームのカスタマーサポートという職種上、同僚と直接言葉を交わす機会も少ない。
もしつねに立ちっぱなしでお客さんの前にいなければならない接客業などに従事していたら、ぼくはいまごろ交番で事情聴取を受けていたと思う。あるいは女性社員からセクハラで訴えられ、謹慎処分を受けていたかもしれない。股間の膨らみは罪ではないのだと説得できるロジックなど思いつかなかった。
ただ、お昼休みには我慢できずにトイレの個室で自慰行為に耽った。さすがに自分が勤めている会社と同じフロアでするのは躊躇われたから、同じオフィスビルの一つ下の階で済ませた。
生まれて初めて1日に2回も射精をした。いや、先輩とのセックスを含めればこの24時間で3回も出していることになる。ただ、昨晩の先輩との情交はぼくにとって初めてのセックスであったことを思うと、それもまた自然なことなのかもしれない。
童貞喪失もさることながら、もともと内向的な性格が災いして性別に関係なくこれまでろくに人間関係を築いてこなかったぼくにとって、昨晩は嘘のようなひとときだった。
そもそも、ナンパなどしたことがなかったぼくがなぜあのような行動に出ることができたのか、自分でもわからない。
ただ、生きることになんのリアリティも感じられなくてやぶれかぶれになっていたことは確かだった。IT系の専門学校をやめてからいくつかの会社を転々としてきたけれど、いまだにこの生という道を歩き続けることに自信がもてなかった。
†
「なんですか」
インターホンを3回押したところで、ようやくドアが開かれた。
抑揚のない疑問文には思わず怯んでしまったけれど、先輩にもう一度会いたい気持ちは吹き飛ばない。
「そ、その、先ぱ……やよいさんはいらっしゃいますか?」
女性の装いもよくなかった。生の太ももが半分見えるくらいまで裾のあるワンショルダーのロングTシャツからは、ブラジャーの肩紐が見えなかった。思わず胸の先端に目が行ってしまう。
「なんのようですか」
視線に気づいたのか、相手はかろうじて肩に付かないくらいの金のボブの毛先を撫でるように何度もつまんでいた指を止め、腕を組みながら座った目でぼくの全身を眺めていた。
ここは1フロアで10戸はあろうかという中型マンションの4階。帰宅時間帯であるいま、誰かに見られてあらぬ誤解を受ける可能性は決して低くはないだろうし、そうなった場合にすぐに逃げられるような高さでもなかった。
「で、ですから、えと、やよいさんは――」
「あ、風見君だ」
先輩の声が届くと同時に、玄関のドアが閉じる音がした。
「あれ? えな、まだいるんだ」
「え、えなさんっていうんですね、妹さん」
「そっか、風見君には妹のこと話したことなかったっけ、ははっ。あれ、でもどうして妹ってわかったの?」
「実は、今朝先輩が寝ているときに――」
もともと大人びていた高校時代の先輩の表情は、より神秘的に見えた。
†
先輩と一緒に夕飯を食べる準備をするころには、えなさんは仕事に出かけていた。どうやら夜勤の仕事をしているらしい。
「えな、失礼なこと言ってなかった? なんか不機嫌そうだったから」
「あ、いえ、ぼくが急に押しかけてきたのがいけないんです。それでちょっと怒らせちゃったみたいで……すみません」
「なんだ、あの子そんなことで怒ってるの? 気にしないでいいからね。ほら、なんだかんだいって風見くんの料理も用意してくれてるしね」
ぼくは苦笑しながらありがとうございますとお礼を言い、えなさんが用意してくれた手料理をいただく。
部屋のなかにはなにかのフルーツのような芳香が充満していて、異様な解放感と安心感を与えてくれる。先輩の優しい声も清涼剤だった。
「でも、昨日はびっくりしたよ。まさかこの街で風見くんと会うなんて」
「ぼくもびっくりしました。3ヶ月くらい前からたまたまこの近くで働き始めただけで、それ以外にとくに所縁のある駅でもないので」
高校からも離れていたし、確か先輩の実家はそれ以上に遠いはずだ。
「それもそうだけど、終電間際に人通りの全然ない住宅街で急にナンパしてくる人がいるんだもん。それにその人があの風見くんだなんて。場所も時間も人も、全部が全部嘘みたいだったよ」
頼りない会長を毅然と支える先輩の姿に惹かれて入った生徒会で、ぼくは書記を担当していた。書記はなにかと便利で、みんなが雑談をしているときにうまく輪に入れなくても、書類整理なんかに徹していれば居心地の悪さをごまかすことができた。
「きょうも……していく?」
文脈が断ち切られた会話に戸惑う間もなく、きのうの情事がフラッシュバックする。
急に押しかけた後輩を家に上げ、気にするふうでもなく自然と浴室でシャワーを浴び始めた先輩の態度の意味について考えるよりも早くぼくのリビドーは先輩を求め、ぼくもそれに逆らうことができなかった。
「そのために来たんだよね」
そして、先輩もなぜかすんなりとそれに応えてくれた。
「それとも、なにか別の目的でもある?」
ただ――いや、だからこそ、先輩の肌にふれてから子宮に向けて精液を放つまで、なにかを間違えているような、ボタンを掛け違えているようなおさまりの悪さが消えることはなかった。
「緊張して言葉が出てこないかな? じゃあ……」
そして、それはいま同じだ。
「んっ……はふぅ……っ……んん……」
ついさっきまでえなさんお手製のしょうが焼きを食べていたはずなのに、ぼくの口内を這っている先輩の舌も、先輩の唾液も、どこか甘ったるかった。
「んはぁ…………ん……ん……はぁ、はぁ……んん、ん」
ぼくの脳がショートしているのかもしれなかった。あるいは、絶えず鼻の奥を刺激してくる先輩の匂いがそう錯覚させているのかもしれない。
「はぁ、はぁ……風見くんに……んっ……飲んで、ほしい……」
けれどそんなことはどうでもよかった。いまこの瞬間のぼくが先輩の舌や唾液を甘いと認識しているこの感覚には確かなリアリティを感じられたし、ぼくはとにかく先輩の唾液が飲みたいと思った。
「おいしい、です……」
先輩を仰向けに寝かせた。
水色のシャツのなかからは、先輩がきょうという日を全うしたことの証である汗の匂いが漏れてきた。
部屋のなかに漂っているフルーツの香りも、先輩の身体からあふれているのであろうフェロモンのフレーバーも、この汗の匂いも、すべてをぼくの脳に直接送りつけてやりたかった。そしてこのなんの役にも立たない脳を溶かしてしまいたいと思った。
「はぁ、はぁ……わたし……まだ、シャワー浴びてないよ……はぁ……」
「大歓迎です」
「風見くん……んっ……変態……」
ぼくは先輩の腰を少し浮かせ、黒のタイトスカートのファスナーを下ろした。
スカートは膝のあたりで止め、そのまま先輩の両脚を天井に向くよう曲げた。
「まる見え……?」
「綺麗です」
薄い桃色のパンティには清楚なレースがあしらわれていた。けれど、蒸れてより濃厚な臭気を放つ先輩の股布は、その清澄さをあざわらってもいた。
「そこ、食べてみて……」
頭のネジが外れる音がした。
ぼくは秘丘に鼻を寄せてから、そこを綿布ごとしゃぶった。アンモニアがぼくの理性を砕きにかかってきた。
「はふんっ――ゃ……へ、へんだよ……風見くん……はぁ、はぁ……っ……ぁ、ぁ、ん~っ……」
感情的な言葉とは裏腹に、先輩の目はやっぱり死んでいたけれど、ぼくはそれについて考える覚悟が自分にないのを知っていたから、気づかないふりをしてひたすら先輩の秘境を味わうことにした。