先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか 作:果肉ぬき
高校時代の憧れの先輩「雛里やよい」と偶然の再会を果たした会社員「風見健一」は、やよいと肉体関係を結ぶも、やよいが約3ヶ月後の9月27日に健一たちの前からいなくなるかもしれないという話を知って戸惑う。
自分にできることはないかと思い悩んだり、自暴自棄になったりしていくなかで、ずっと健一のことを好きだったやよいの妹「えな」とのセックスに耽溺していき、やよいから自然と逃げていた健一だったが、あるときやよいたちの家で生徒会のアルバムを見つけ、自分が本当に大事にしたかったものを思い出す。
そして、アルバムに残されていたメモに従い高校の中庭に10年ぶりに戻ってきた健一は、やよいと3ヶ月ぶりに会う。だが、自分の想いを健一に告げたやよいは、再び健一の前から姿を消してしまう。
それからやよいたちの家に通い続け、9月26日、健一は久々にえなと遭遇する。「あと5時間くらい待ってください。そしたらお姉ちゃんのこと、話します」
「健一さん、風邪引きますよ」
4階からマンションの入り口や近辺の路地を眺めていたぼくに、えなさんがタオルケットを掛けてくれた。寝起きのせいか、えなさんの声音はさきほどまでに比べてふんわりとして優しかった。
べつに寒くはなかったけれど、ぼくはえなさんのほうを向いてありがとうと一言だけ返し、視線を戻した。タオルケットから漂う柔軟剤の香りに、ぼくはなぜか泣きそうになった。
「もう、時間です」
「うん」
「お姉ちゃん、帰ってこないですよ」
「うん」
「なかに入りませんか」
「うん」
「健一さん」
どうせこのまま待っていても先輩は現れないという諦念と、もしかしたら来てくれるかもしれないという期待が結託して、ぼくをこの場所から動けなくしていた。
雨も降ってなくて、風もそこまで強くない。星空と呼べるほど晴れ渡ってはいないけれど、天気はあまりよくないと言えるほど雲が多いわけでもない。人を待つにはちょうどいい気候だった。
「健一さん」
「うん」
「
えなさんが怒っているふうでもなく、そうするのが自然なことであるかのように淡々とした調子で部屋に戻っていった。
ぼくは最後にもう一度だけマンションの周辺を見下ろした。
先輩はやはり見つからなかった。
先輩が、死んでる……?
えなさんの言葉の意味がやっとわかってきて、胸の鼓動が激しくなる。
ぼくはえなさんが用意してくれたタオルケットを軽く折り畳み、玄関のドアを開けた。
「お姉ちゃんが自殺をしたのは、ちょうど1年前の9月27日でした」
えなさんが入れてくれたホットミルクを一口飲んだとき、自分の身体が思っていた以上に冷えていたことに気づいた。夕飯も食べていないせいか、胃のなかに温かさが浸透していく感覚もはっきりとわかった。
「ちょうど半年くらい前から、たまに現れるようになったんです。思い残したことがあるって言って」
ぼくは黙ってえなさんの話を聞いていた。あまりに突拍子のない話だった。
けれど、これまでのことをよくよく思い返してみるとむしろ先輩が幽霊だったという話を信じるほうが自然なことのように思えてくる。
この3ヶ月、いつも生気のない目をしていた先輩、中庭で物音も立てずにいなくなった先輩、死期を目前にして思い悩むどころか、すべてを見通していたかのような口調の先輩――。
それに、半年前といえば、ちょうどぼくがいまの会社に転職したころだ。
先輩にはぼくがこの街で働き始めたことが、見えていた……?
ぼくが声をかけたあの晩、先輩はぼくに声をかけられることを予感していたのだろうか。
いまとなっては確認する術などなかった。
「お姉ちゃんには口止めされてました。健一さんにはなにも言わないでって。あ、でも私が隠してたのはそれくらいですよ。私の前にあまり姿を現さなかったのは本当です。ふたりで一緒に暮らして、ベッドまで一緒だったわりには、もともと仲がいいというわけでもなく、淡泊な関係でしたから。たぶん、お姉ちゃんもとくに私に言いたいことなんてなかったんだと思います」
先輩のことを聞いても要領を得ない言葉しか返してくれなかったこれまでのえなさんの表情が、「いつ現れるかも、わからない」と言っていたえなさんの言葉が蘇ってくる。
「お姉ちゃん、やっぱり健一さんのことが気にかかってたんだと思います。生徒会のときから、ずっと……。だけど、先輩がアルバムを見つけて飛び出しちゃったあの日の翌日、私のとこに来て言ってました。『もう大丈夫そう』って。『だから、じゃあね』って」
じわっと視界が歪んだ。
先輩が成仏できたことが嬉しく、もう二度と先輩には会えないことが悲しかった。
小学生のようにシンプルな感情が交互に押し寄せてきて、ぼくはこの先どうしたらいいのだろうと途方に暮れそうになる。
ぼくはハンカチで軽く目元を拭き、木箱からノートの切れ端を取り出してえなさんに見せた。
「……実は、アルバムを見つけたあの日、このメモを見ながら先輩と一緒に話したんだ。あの高校の中庭で」
えなさんは、いたずら好きな猫に困っているのに叱れないときのような笑みを浮かべていた。
「……もし言えるならでいいんだけど、先輩はなんで自殺なんてことを……」
「ごめんなさい、それは最後まで……いまになってもわかりません。お姉ちゃん、なにも言わずに逝っちゃったんですよ。遺書もありませんでした。残っていたのは健一さんも見たあのアルバムの入った段ボール一つだけです。それだけなんですよ」
ぼくは鞄のなかから水色のクリアファイルを取り出す。
開かず、なにも描かれていない無地の表紙だけをしばらく眺めてみる。
「私その日も夜勤で、朝帰ってきたらもう警察もKEEP OUTのテープも残ってなくて。まああとで事情聴取しに何度か来ましたけど」
「KEEP OUT?」
「飛び降りだったんです、このマンションの最上階から。たぶん、終電くらいで帰ってきて、そのあとだと思います。私が出勤するときにはまだ帰ってきてなかったので。荷物とかも全部綺麗に捨てられてました。あ、でも、お姉ちゃんが働き始める前のものなら、実家に行けばまだ残ってますけど」
ぼく自身、自殺の誘惑に駆られたことは何度かあった。けれど、先輩と再会できたのは、精神的に低調で自暴自棄になっていたことが原因だった。
そんなふうに、どこかになにかが転がっていて、でもどこになにが転がっているのかわからないのがきっと人生で、その「なにか」に期待してしまうからこそ、ぼくはこれまで死ぬことができなかった。
先輩はその一線を超えた。
いつも一人でいたぼくを気遣ってくれたあの笑顔は、なにを覆っていたのだろう。
「……えなさん、上、行ってみてもいいかな?」
「いいですよ……お姉ちゃんも喜ぶと思います」
ふたりで靴を履き、エレベーターに乗った。
ドアの開閉音がやけに響いた。
最上階である11階のボタンを押す。
先輩は最後、エレベーターで上がったのだろうか。それとも、階段で上がったのだろうか。
そんなことを考えながら、ぼくは階数表示を見つめていた。
「ここです、この踊り場」
そこは、11階と屋上を接続する階段の踊り場だった。
屋上への扉には鍵がかかっていて、それ以上先に進むことはできない。
「お姉ちゃんもきっと、どうせなら屋上からって思ってたかもしれませんね」
屋上の扉を見つめたまま固まっていたぼくを見て、えなさんがそう言った。
「そんなにドラマチックにはいかないんだね」
「ですね……っ……」
えなさんの目が潤んでいた。
「えなさん……?」
なぜか生唾が出てきた。
「もう少しだったのに……」
涙の雫はどんどん大きくなり、えなさんは手の甲で拭い始めた。
ぼくはまた何か決定的な失敗を犯してしまったんじゃないかと不安になり、5時間前にえなさんが玄関のドアを開けてくれてからこれまでのあいだのできごとを振り返る。
「もう少しで、私……っ……健一さんのこと、笑って……っ、っ……送り出せるって、思ってたのに……そんなにドラマチックには……っ……いかないんですね……」
「ぼ、ぼく、またなにかやっちゃ――っ!?」
えなさんは飛びつくようにぼくの首に腕を回し、ぎゅっと強く抱きしめて唇を押しつけてきた。ミントの匂いが急激に身体中を駆け巡っていく。
「え、えなさんっ……」
えなさんが唇を離す。
「押し返さないんですか」
そう言われてなお、ぼくはうまく身体を動かすことができなかった。どうしたいか、自分でわかっていないからだ。
ぼくは何がしたいんだ……? なんで押し返さないんだ?
「ん、んっ……ん……健一さんっ……はぁ、はぁ……ん、ぁ……」
なんとなく感じるんだよね。きっと風見くんはあのころの思い出に、感傷に浸ってるだけなんじゃないかなって。
先輩の言葉が蘇ってくる。
先輩がいないとわかり、もう先輩と一緒になれることはないとわかったから、えなさんの誘いを断れない?
それとも、初めからこうなることを望んでいた?
自分の気持ちを推測することも、その推測が外れていると断定できないことも、等しく恐ろしかった。
「ん……健一さん……ん、ん……私やっぱり、健一さんのことっ……諦めきれないですっ……ぁ……んん……」
先輩への気持ちはこんなもの?
「たとえ……っ……健一さんが、お姉ちゃんのほうだけを見てても……」
それとも先輩が言うように、ぼくは過去の綺麗な思い出に浸っていただけ?
「お姉ちゃんがいなくなってよかったって、一瞬でも思っちゃった自分が……嫌で嫌で、仕方なくっても……っ……それでもっ! それでも……健一さんがほしいんですっ……」
えなさんの顔は涙と鼻水で汚れていた。
ぼくの視界も歪み、目頭はどんどん熱くなっていった。
そうしてその涙の意味を考えることを放棄したとき、ぼくはえなさんの涙と鼻水を舐めた。
「健一さん……?……ん、ぁ……ん……っ……っ……んんん……はぁ……はぁ……はぁ……ん……んぁ……ん……ゃ…………っ……はぁ……ぁ……、ぁ……んん、ん、ん……んっ……」
えなさんの口のなかは、相変わらずぼく専用のローションプールのように瑞々しくて、優しかった。
ぼくは唇を離し、えなさんを階段の踊り場の手すりのほうに寄せる。
「健一さん……私……」
えなさんが花柄のワンピースの裾を口元まで両手で捲り上げる。恥じらうようなそのしぐさはあざとく計算高いもののはずなのに、ぼくはそんなしぐさをしてしまうえなさんの心理に惹かれていた。
「えなさん……」
ここまで来ても自分がなにを考えているのかわからなかった。
快楽に流されるまま、考えるのを放棄しているだけなのかもしれない。
それは先輩に対しても、えなさんに対しても失礼なことだ。
それでも、えなさんの求めに応じることだけはすぐにできてしまう。
ぼくはえなさんのベージュのパンティを膝のあたりまで下げ、顔を見せた蜜壺のなかへ指を潜らせていった。そこはすでに愛液に満ちていて、指は滑らかに進んでいった。
「ぁ……んっ……健一さんの指……久しぶり……っ……ひゃぁ……毎日毎日オナニーしてたんですよ……っ……ゃ、ん、んんっ……健一さんのこと、思い浮かべて……おま×こ……いつも……っ……健一さんのおち×ぽに、かわいがって、もらってるとこ、想像して……ん……ゃ……」
「ありがとう……」
えなさんの前にしゃがみ、膣襞をひっかくように指を動かしながらえなさんのやわい太ももにキスをした。
「ひんっ……健一さんの唇……あったかいです……」
ぼくは立ち上がり、ジャケットとスラックスを脱ぎ捨てパンツを下ろした。
「健一さん……もう我慢できないです……」
ぼくはえなさんの左の脚を右腕で抱えるようにして、えなさんの淫部に自分のペニスを宛がった
「ん……っ……ん、お、おかえりなさい……っ……健一さんっ……」
ぼくらは立った状態のまま、久方ぶりにつながっていた。
先輩が自らを投げ捨てたまさにその場所で、ぼくらはつながっていた。
「んっ……ぁ……ぁ、ぁ、ぁ、あ……だ、だめっ……初めてっ……はじめて健一さんと、ひとつに、なったとき、みたいっ……ぃ……ですっ……んっ、んぁ、ぁ、ぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ……んっ……っ、っ……んんん……っ……ゃ……」
夜風に当たっているせいか、部屋のなかでするときよりも強く、えなさんのなかのぬくもりを感じた。
「ぁ……わ、わたしっ……もうイっちゃいます……こんな……すぐなんてっ……ぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……んっ……はぁ、はぁ……んっ――っっっ!!」
えなさんの顎が上を向き、金髪のボブヘアが手すりに当たる。
そこはきっと、先輩が最後に足を置いた場所だ。
「んっ……ぁ……も、もっと激しくっ……おねがい、します……こんな……っ……いけないことしてる私をっ……もっともっと……んっ……はぁ、はぁ……はぁ……ぁぁ、ぁ、ぁ、ん、ぁ、ん……っ……ゃ……んっ、んっ、んっ、んっんっ……ゃ…………イっちゃいます……また……っ……ん、んんっ……なんかおかしいっ……私、きょう……ぁ、ぁ、ぁ、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん――ひゃんっっっっ!!」
えなさんの秘境から噴出している尿とも潮とも判別のつかない液体を浴びながら、ぼくはえなさんのなかで絶頂に達した。
えなさんの子宮に精液が注ぎ込まれているところをイメージしながら、硬度を維持したままのペニスですぐさま抽送を再開させる。
「ぁ……こ、こんなのって……んっ……ぁ……健一さんっ……んん~、ん、ん」
ぼくはえなさんの唇から垂れ流しになっている涎を舐め、左手でえなさんの胸をこねた。
えなさんは相変わらずブラジャーをしていなかった。
露わになっている乳首を指の腹で転がす。
「んひんっ……ぁ……健一さんっ……も、もう離さないっ……絶対離さないですっ……この感触っ……んっ……はぁ、はぁ……んっ、んっ、んっ、んっ、んっ……」
ぼくをずっと磔にしていた過去の楔が外れたのかどうかはわからない。
けれど、アンモニアと汗の混じったミントの芳香が覆う空間のなかで、ふわっとしたえなさんのボブの感触に浸りながら耳に響くえなさんの喘ぎ声を楽しむこの快楽が、少なくともいまのぼくが手にし得る最大限の幸せであることは否定できそうになかった。
†
「えなさん」
「なんですか、健一さん」
精液も愛液も、尿も潮も、汗も涎も鼻水も涙もすべてを出し切ってもなおぼくらは、11階と屋上をつなぐ階段の踊り場にいた。先輩の最後の場所にいた。
服を着てはいたけれど、それらはぼくらのさまざまな体液に濡れてまったく暖かくはなかった。
「ぼくはなにもわからないよ」
追い打ちをかけるように、白んできた空が冷たい風を呼ぶ。
ぼくは、ジャケットをえなさんの肩にかけた。
「健一さんは、私についてきてください。私が健一さんを幸せにしてみせます。健一さんに、生きててよかったって、私と一緒に生きることを選んでよかったって、絶対にそう思ってもらえるようがんばりますから」
えなさんはそう言って、ぼくのほうに手を差し伸べた。
誠実な言葉も優しい言葉も思いつかなくて、ぼくはまた泣きそうになった。
ぼくは立ち上がり、踊り場の手すりから、その模様もわからないくらい遠くにある地面のほうを見下ろしてみた。
えなさんも真似をするように横に並ぶ。
「高いね」
「高いですね」
先輩と再会した6月の夜からきょうまでの時間を数えてみる。
3ヶ月、2週と1日。
先輩の言うとおり、ぼくはなにもかもが遅かった。
出会ったときにはもう手遅れだった。
ぼくは何度も過ちを犯し、いまも道を外れ続けているのかもしれなかった。
それでもこうして朝はやってきて、ぼくは先輩のようにこの手すりを飛び越えることもなく呼吸をしている。
そして、隣にはえなさんがいた。
「健一さん」
「うん?」
「風邪引かないうちに、部屋に戻りましょう」
「……うん」
「今度はホットレモンティー入れますよ」
「……うん、ありがとう」
「私、ずっと待ってますから」
「え?」
「健一さんのほうから、この手を握ってくれること」
えなさんはそう言うと、急ぎもせず、かといって疲れを引きずるふうでもない、穏やかな足どりで階段を下りていった。
ネイビーブルーの空が、ぼくに先輩との初めてのセックスを思い出させた。
けれど、ひとまずいまはえなさんを見失ってはいけないと思い、ぼくは階段を下りているえなさんの足音を追いかけた。