先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか 作:果肉ぬき
高校時代の憧れの先輩「雛里やよい」と偶然の再会を果たした会社員「風見健一」は、やよいと肉体関係を結ぶも、やよいが約3ヶ月後の9月27日に健一たちの前からいなくなるかもしれないという話を知って戸惑う。
自分にできることはないかと思い悩んだり、自暴自棄になったりしていくなかで、ずっと健一のことを好きだったやよいの妹「えな」とのセックスに耽溺していき、やよいから自然と逃げていた健一だったが、あるときやよいたちの家で生徒会のアルバムを見つけ、自分が本当に大事にしたかったものを思い出す。
そして、アルバムに残されていたメモに従い高校の中庭に10年ぶりに戻ってきた健一は、やよいと3ヶ月ぶりに会う。だが、自分の想いを健一に告げたやよいは、再び健一の前から姿を消してしまい、健一はやよいに会えないまま9月27日を迎えようとしていた。
●9月26日(火)曇り
先輩がいなくなるまで、あと1日。
きょうから日記をつけることにした。
そうでもしないと、心が爆発しそうだったから。
ノートに文字を書くのは久しぶりだ。
小さくて、少し書きづらい。
これはいま、先輩たちの部屋の前で書いている。
インターホンを押しても、ふたりとも出なかった。
えなさんは大学のあとそのまま夜勤に行ってるのかもしれない。
連絡もつかない。
先輩もいっこうに姿を現さない。
先輩の匂いを嗅ぎたい。
また卒業式の日のように、ふたりで写真を撮りたい。
●9月27日(水)晴れ
朝、先輩はおろか、えなさんすら現れなかった。
昼、コンビニでサンドイッチを買って玄関の前に戻って食べた。
トイレに行きたくなったときはまたコンビニまで行った。
夜まで待っても、先輩にも、えなさんにも会えなかった。
もしかしてと思って終電で高校まで行った。
電車のなかで、先輩と再会した6月の夜からきょうまでの時間を数えてみた。
3ヶ月、2週と1日。
あまりにも短い時間に感じた。
高校に着いて、中庭まで潜入した。
そしていま、花壇に腰かけてこれを書いている。
先輩が現れるまでアルバムを眺めていようと思う。
●9月28日(木)曇り
夜明け前、警備員の人に見つかって慌てて逃げた。
始発に乗ったとき、きょうは休暇申請を出していなかったことに気づいた。
始業直前、電話できょうも明日も休むと伝えた。
●10月1日(日)雨
なにも手につかない。
えなさんから手紙が届いた。
ここに貼っておこう。
†
健一さんへ
お久しぶりです、というほど時間は流れていませんが、こうして健一さんになにかしらの言葉を投げかけるのは、もうずいぶん長いことしてなかったように感じます。
お姉ちゃんのこと、話します。
お姉ちゃんは、いまから1年前の9月27日に、あのマンションから飛び降りて亡くなりました。11階と屋上をつなぐ階段の踊り場が、お姉ちゃんの最後の場所でした。
遺書はなくて、残っていたのは健一さんも見たあの段ボール1箱だけでした。
そんなお姉ちゃんが、半年くらい前から姿を現すようになりました。
幽霊などという存在が実在するとは思っていなかったので、私もとても驚きました。
あんなにも生きている人間となにも変わらないのなら、この世の人間のどれだけが本当に生きているのかなんてわかりませんね。
お姉ちゃんは、心残りがあると言っていました。
私たちはもうお互いに深く干渉するような関係ではなかったので、お姉ちゃんは私には多くを語りませんでした。
けれど、きっと健一さんのことが気にかかっていたんだと思います。
お姉ちゃんがもう死んでいることは健一さんには言わないでほしいと言われました。
そうして3ヶ月、健一さんが私のもとから離れていったあの日の夜遅く、お姉ちゃんは私のところに来て「大丈夫そうだから、もう行くね」と言って、私の前からも姿を消しました。
一周忌に健一さんを呼ばなくてもいいのかと聞きましたが、恥ずかしいから、というよくわからないことを言っていました。
これがお姉ちゃんの、私が知る限りの本当の最期です。
私たちの実家の住所、この裏に書いておきます。
そこに行けば、お姉ちゃんが大学に入って一人暮らしを始めるまでのだいたいのものがまだ残ってるはずです。
健一さんが来ても驚かないよう、親にも伝えておきます。
お線香もあげてください。
お姉ちゃん、喜ぶと思います。
あ、お姉ちゃんのアルバムは健一さんが持っててください。私も親も、それがなくても健一さんほど困ることはないので。
P.S.
私は、あのマンションからちょっと離れたところに引っ越します(といっても大学もバイトもあるので、限界はありますけど)。
あのマンションにはあまりにもいろんな思い出が詰まっていて、私には少し重くなってきました。
お姉ちゃんがいなくなってから1年、1人なのに2人分の家賃を払うのもそろそろつらくなってきたなと感じていたので、ちょうどいいタイミングなんです。
この3ヶ月間、健一さんにはいろいろとお世話になりました。
最後のほうはろくに話せなくてごめんなさい。
でも、お姉ちゃんのほうだけを見ている健一さんとどんな顔して会えばいいかわからなくて、最後もこんなふうな形になってしまいました。
さよなら、健一さん。
†
●11月15日(水)雨
会社を辞めて好き勝手な暮らしを始めて約1ヶ月が経過した。
あまりにも突然で一方的で失礼なぼくの言動に、上司はずいぶんと腹を立てていたけれど、なにを言おうがぼくが会社に行かなければすべては終わった。
好き勝手な暮らしといっても、やることはいくらもなかった。
これまではまったく飲んでこなかったお酒を何缶も買ってきて、なにも考えずに飲んだ。
吐いて、吐いて、吐いた。
あとは、アルバムと先輩のメッセージが書かれたノートの切れ端を眺めるくらいだった。
でも、きょう、やっと気持ちが固まった。
ぼくはまず、えなさんの手紙に書かれていた先輩たちの実家へ向かった。
電車で1時間くらいだった。
いわゆる閑静な住宅街にある、一軒家だった。
高校時代のやよいさんの後輩で、生徒会でお世話になりましたと言ってもなお、ご両親はどこか疑っているような目つきを隠さなかった。
弱くはない雨が降っている平日の夜、髪の毛もぼさぼさで髭も剃っていない男が突然押しかけてきたら、誰だってそう思うだろう。
あらかじめ連絡しておいてくれたえなさんに感謝だ。
最初に、1階の居間に案内された。仏壇があった。
遺影には映っている先輩はスーツを着ていた。
嗚咽をこらえすぎて、胸やけでもしたときのように気持ち悪くなった。
お線香をあげた。
そのときになって、ぼくはお供えものの一つも用意していなかったことにようやく気づいた。
線香をあげてから、先輩の部屋を案内してもらった。
2階にある2つの部屋の片方が先輩の部屋だった。
ご両親には、リビングにいるから帰るときになったら声をかけてくれと言われた。
ドアを開けると、先輩の匂いがした。
ぼくはもう我慢できなくて、ドアを閉めて床にくずおれて声を漏らして泣いた。
部屋には、実家を出てから先輩が送ったと思われる段ボールの荷物がちらほらと積み上げられていた。
けれど、それ以外はとくに片づけや整理をしているようには見えなかった。マットレスこそないものの、ベッドも置いてあった。
ぼくは先輩の机に座った。
フレームだけになっているベッドで横になった。
窓から雨空を見てみた。
持ってきたアルバムのすべてのページを見返した。
あのノートの切れ端に書かれた文字を見つめた。
部屋の隅には小さなクローゼットがあった。
なかには先輩の服がいくつか残っていて、その一つは高校の制服だった。
ブレザーとカーディガンに、リボンやブラウスやスカート。
ぼくはその制服一式をまとめて抱きしめて、顔をうずめた。
やっぱり、先輩の匂いがした。
甘くて、儚かった。
鼻から何度も大きく空気を吸った。
また床に座り込んで、何度も何度も吸った。
完全に勃起していた。
終電に乗って、先輩たちが住んでいたマンションがある駅で降りた。
マンションの1階でポストを確認した。
先輩たちのポストには雛里という文字はもうなくて、別の名字が書かれていた。
エレベーターに乗り、11階を押した。
4階に寄るつもりはなかった。
11階と屋上をつなぐ階段の踊り場の手すりから地面のほうを見てみた。
高かった。
ぼくがこんな状態でも、やっぱり先輩はもう現れてくれそうになかった。
呆れているかもしれない。
あるいは、一度成仏してしまうと、もう降りてこれないのかもしれない。
死後のルールはわからなかった。
だから、ぼくもそちらに向かいます。
そうだ、あの切れ端もここに挟んでおこう。
†
風見くんがちゃんと生きていけますように
†
「もう思い残すことはないや」と言ってくれた先輩の信頼を裏切ることになるから、向こうに行っても先輩は怒って会ってくれないかもしれない。
それに、ぼくのこの日記のせいで、えなさんが誤解して自分を責めてしまうかもしれない。
けれど、もう限界です。
先輩のアルバムとこの小さな日記帳を抱きしめながら、ぼくは飛びます。
さよなら。