先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか 作:果肉ぬき
高校時代の憧れの先輩「雛里やよい」と偶然の再会を果たし二度の快楽を貪った会社員「風見健一」。「わたし、もうあといくらも生きていられないの」と突然告白された健一は思い悩むも、自分になにができるのかをつかみきれないまま、数日後に三度やよいのもとへと向かう。しかし、やよいは不在だと告げるやよいの妹「雛里えな」の誘惑に負けた健一は、えなとの濃艶で淫靡なセックスに没頭してしまったのだった。
「健一さんにこれ、渡しておきます」
初めて名前を呼ばれたような気がする、しかもファーストネームで。
おそらくこれまでの人生で一番ぼくに優しくしてくれた異性である先輩にすら下の名前で呼ばれたことがないぼくにとって、女性の声で「健一さん」と呼ばれることは、ひとりケーキショップでミルフィーユを買うようなむず痒い胸のときめきをもたらした。
そのときめきの音の前では、ぼくがえなさんと呼ぶのはNGなのにえなさんが健一さんと呼ぶのはOKなのかという文句の一つも湧いてこなかった。
「うちには固定電話はないので、私のケータイの番号とアドレスです」
ボールペンによる丸文字が記された花モチーフの付箋は、シャワーを浴びなおしたえなさんの手から伝わる湿気で少し柔らかかった。
「あ、ありがとうございます……」
「敬語、使わなくていいですよ。私、健一さんよりも年下なので」
「そうなんですか?」
「まだ21です。そろそろ終わらせておきたい大学の課題もあるので、姉の話はまた今度にしましょう。さあ、帰ってください」
大学に通いながら夜勤もしているのかと驚きながらも、えなさんに促されてぼくは雛里家を後にした。途端、異空間から生還して瘴気が霧散していくような錯覚に陥る。ぼくはなんてことをしてしまったのだろう。
胸ポケットに入れておいたえなさんの付箋を取り出してみる。
先輩は余命が近いと言っていた。ぼくは――自分で言うのもなんだけれど――ドラマチックな再会を果たすことができた先輩のことをもっと知りたくて、先輩の余命の真実を知りたくて、先輩とのことをもっと考えたくて、もう一度会おうと先輩を訪ねたはずだ。それなのに、ぼくは激しい情欲に流されてあんなにも淫らな行為を先輩の妹であるえなさんとしてしまった。
喉奥からへその奥にかけて冷たい炭酸水を一気に流し込まれるような感覚が襲ってきて、顔中は灼熱に包まれたかのごとく熱くなる。
悔やむ気力も湧いてこなかった。言い訳の入る余地などどこにもない。ただただぼくが性欲に負けた。それが真実だった。
目の奥にじわっとはんだごてを当てられたように何も考えられない。痛みだけが鮮烈に踊っていた。
いま自分は呆けて間抜けな表情をしているのだろう。
そんなぼくに「その顔、気持ち悪いです」と罵倒してくれるえなさんの冷淡な声が耳の奥で鳴り響いた。「大丈夫?」と気遣ってくれる先輩の穏やかな声はいくら耳をすませても聞こえてこなかった。
えなさんのダイナミックで挑発的な痴態と先輩のスタティックで切なげな肢体が、どちらのものともつかないくらいの速さで混ざり合いながら頭のなかを駆け巡る。
こんなときでも粛々と血液を集めている海綿体が憎かった。
†
[昨日は突然お邪魔してすみませんでした。風見です。]
帰宅しても落ち着かず、なにもできずに寝て終わった土曜日の記憶も鮮明に思い出せる日曜の朝、ぼくはひとまず挨拶だけはしておこうと結局捨てられなかった付箋に書かれたアドレスにメールを送った。
[きょうの15時に××駅の近くにある××モールに来れますか?
それと、敬語はやめてくださいと言ったはずです。]
1分と経たずに返ってきたメールには、文脈を無視した2つの要望が端的に書かれているだけだった。いまはまだ11時。××モールは雛里家の最寄り駅とぼくの最寄り駅のちょうど間くらいに位置しているショッピングモールだから、時間と場所に関しては断る理由はなかった。
[きょうはやよいさんは家にいるの?]
同じことを2回も言われてはさすがに無視することもできないと思い、慣れないため口で返してみる。こそばゆい。
[姉はいません。いつ帰ってくるかもわかりませんよ。]
そういえば、先輩がどんな仕事をしているのかもまだ知らなかった。ひょっとして、休日出勤があるような仕事なのだろうか。でも、それならえなさんが教えてくれるはずだ。
ひょっとして彼氏でもいるのだろうか……? もしかしてぼくのことは遊びとか……?
いや、こんなことを考えちゃいけない。こんなの、えなさんとえっちしたことの後ろめたさを払拭したいだけの自分勝手な妄想じゃないか。
[わかった。じゃあ××モールに行くよ。
でも、そこでやよいさんのことについて教えてほしい。
結局昨日はなにも話せなかったから。]
[わかりました。では、15時にモールの正面口から入ってすぐのところにあるベンチにいますので、遅れずに来てくださいね。]
先輩の死期が近いとはどういうことか。その死期はもう変えられないものなのか。それはいつからわかっていたことなのか。えなさんはどこまで知っているのか……。
どこまで踏み込んで聞いていいものかはわからない。けれど、ぼくは少なくともいま自分がなにを知りたいかということだけでも把握しておこうと、ベッドのなかでぼんやりと整理しながら出発までの時間を待った。
†
「上出来です」
5分前に着き、幸いにもすぐにえなさんを見つけられたぼくに対するえなさんの反応は相変わらず冷淡なものだった。
けれど、その装いはこう言っては失礼だけれど、少し意外だった。
先輩と再会したあの日、朝方に帰ってきたえなさんの服装はまったく覚えていないし、えなさんの家で会ったときは大きめなロングTシャツ一枚という非常にラフな格好だった。
だから、たんぽぽの綿毛のように繊細そうな印象を与える生地にセーラーカラーがあしらわれた膝丈のワンピースを着ているえなさんは、いつもとはまた違った魅力を放っていた。胸元のリボンも愛らしい。系統としては、再会した晩のお風呂上りに先輩が来ていたものに近かった。
「それでは行きましょうか」
えなさんはとくになんの説明もなしにぼくの手を取り歩き出した。ぼくの手首のあたりをぶっきらぼうにつかんでいるさまが嬉しくも気恥ずかしかった。でも、なによりも感じたのは昨日から一向に晴れてくれない罪悪感だった。
どうしてぼくはこの手を振り払うことができないのだろう。ここで振り払うのはえなさんに失礼ではないかという考えが真っ先に浮かぶも、それもまた自分の罪を正当化するための詭弁にすぎないと思い至り思考が停止してしまう。
なにより、可憐な出で立ちのえなさんに手を取られてすでに首をもたげ始めていたペニスの存在がある限り、なにをしても無駄な気がした。
思えばこれは、ぼくにとって生まれて初めてのデートなんじゃないか。いや、えなさんからしたらそんなわけないって絶対言うだろうし、実際そのつもりじゃないんだろうけれど、ぼくにとって女性とこんなふうに歩くことは、ただの知人や友だちとはできない特別なことであり、初めての経験だった。
「ここ、どうしてこんなふうにしてるのですか?」
だから、書店やえなさんの好きなショップを一通り一緒に回ったあとにいきなり多目的トイレに連れ込まれたときには、すでにぼくのペニスは待ってましたとばかりに臨戦態勢に入っていた。
「姉とするまで、童貞おち×ぽだったのですか?」
壁に押し付けられ、辱めの言葉とともにジーンズの上から逆手で淫部を撫でられる。これだけでイってしまいそうだ。
「もしかして、私に手をつかまれて興奮してたんですか? 私のおま×こにぶちこむところ、想像したんですか?」
「そ、そういうわけでは……」
苦しい言い訳だった。というより言い訳にすらなっていない。返す言葉は見つからなかった。
「健一さんはきょう、姉の話を聞きにきたのですよね? それなのに、どうして妹である私に連れまわされておち×ぽこんなふうにしてるのですか? 変態ですか?」
えなさんの語調が昨日のそれよりも容赦のないものになっている。ぼくは恐れと罪悪感の狭間にある愉悦の兆しを自分のなかに見てとり、考えることをやめた。
「だ、だめだよ……出ちゃう……」
「じゃあなぜ私の手を止めないんですか?」
「そ、それは……」
「逃げることもできるはずです。私、力弱いですから。たぶん健一さんが本気出せば簡単に負けてしまいますよ」
「はぁ……はぁ……っ……はぁ……うっ……」
「身体どころか、言葉ですら抵抗できないんですか? イキそうですか?」
「イ、イキそうです……」
「敬語はやめてくださいと言いましたよね?」
「……はぁ……ご、ごめん……はぁ……はぁ……っ……」
「そのまま出してください。汚らわしいザーメン、ぶちまけてください」
「……はあ……はぁ……ぅ……ぁ……はぁ……んんぅっ!」
えなさんの勝ち誇ったような表情は、恍惚のヴェールに包まれていた。