先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか 作:果肉ぬき
高校時代の憧れの先輩「雛里やよい」と偶然の再会を果たし肉体関係を結ぶも、「わたし、もうあといくらも生きていられないの」というやよいの言葉をどう受け止めていいのかわからない会社員「風見健一」。それどころか、自分になにができるのかを模索していくなかでやよいの妹「雛里えな」ともセックスをしてしまう。
今度こそやよいのことを知りたいと思い、やよいの死期について教えてくれるという条件でえなの誘いに応じてショッピングモールへ向かった健一は、しかしトイレに連れ込まれてまたしてもえなの淫牙にかかり何度もイカされてしまう。そして明かされるやよいの死期、「おそらくですが、9月の27日に私たちの前からいなくなると思います」。
傘を取り出すことよりもハンカチを取り出すことのほうが多くなってきた6月の終わりに、家族連れやカップルで賑わうショッピングモールでえなさんと獣性に溺れてから1ヶ月と2週間、ぼくは先輩ともえなさんとも会わずにまたあの灰色の日々を過ごしていた。
やよいさんと10年ぶりに再会し童貞を捧げたあの晩の翌日のように、仕事が手につかないということはなかった。
えなさんと一度ならず二度も淫猥な行為に没入してしまったことや、そのせいでやよいさんにどういう顔で会えばいいのかわからなかったことは、もちろん悩みの種ではある。けれど、それらはいくらつついてみても発芽の兆しを見せることはなかった。それも当然で、ぼくにはそれら形のふぞろいな種に与える水をどこからもってきたらいいのかわからなかったからだ。
えなさんとの色情狂的な交わりを思い出しては股間をたぎらせ、その勢いと熱量に任せて手淫を重ねては、宿ることのない生命の源が混ざった液体を浴槽やティッシュや何の役にも立たない左手にぶちまけることはあった。とはいえ、そんなもので種子が育っていくことなどなく、それはむしろひたすらぼくから考える誠実さを奪っていくだけだった。
だから――そんなことだから、仕事はむしろ淡々とこなすことができた。元来、楽しみもやりがいも潤沢な給料もなく、そうした当たり前でありきたりで平凡な日常を自分の思い描く方向に彩ろうとする気概もないぼくが送る灰色の日々は、放出される白濁液に染まることもなくひたすら灰色のままでいた。
むしろ、土日の休みの時間の使い方は前よりもまた一段と下手になった。
ぼく自身が変わらない限りこの日常は変わらない、けれどそのぼくはなにをしたいのかというとなにかしたいわけでもない。そんな無気力な状態でぼんやりと過ごしていた週末は、やよいさんとえなさんのことがぼくのなかで無視できないくらい大きな悩みになってからはよりいっそう静的なものとなっていった。フローベールの時代からバカの一つ覚えのように謳われ続ける「例外的な暑さ」が本格的なものとなっていくこともその流れに拍車をかけていった。
[お姉ちゃんのこと、またなにかわかったらお伝えします。]
[今度の土曜日、また××モールに行きませんか?]
[健一さん、病気ですか……?]
[家はどこでしょうか? なにも返事がないので少し心配しています。
教えていただけたら看病しに行きます。]
えなさんからは数日おきにメールが届いた。ぼくはたいてい、金曜の晩や土曜の朝にそれらのメールを見た。この土日こそはちょっとした気分転換くらいはできるかなと期待してみても、えなさんからのメールを見返すだけでいつだって後悔と焦りと劣情の週末に早変わりしてしまう、きょうのように。教えてもらった電話番号のほうにはまだこちらからかけたことがなかったから、着信音が鳴り響くことがないことだけは不幸中の幸いだった。
私にもよくわからないんです。なにが起こっているのか。
9月27日にやよいさんがぼくらの前からいなくなるだろうというえなさんの推測は、どこか残酷で冷静な印象を受けた。でも、それはどういうことなのかというぼくの質問に対するえなさんの返事は、まるで超常現象でも前にした人が驚きを通り越して放心したように発する間の抜けた感想のようなものだった。ただはぐらかしているだけではないのかとも思ったけれど、問い詰めても返ってくる答えは変わらなかった。
もし本当にえなさんにもわからないのでは、ぼくがわかるわけはない。
放尿を終えたあとわけもなく便座に座っていたぼくは、太ももが痺れてきたのを感じてとりあえずベッドまで戻ろうとトイレのドアを開けた。
「お邪魔しています、健一さん」
そっと吹きかけられるだけで飛ばされてしまいそうなどほど可憐なサマーロングカーディガンを羽織ったえなさんが、つい先ほどぼくが自慰のために使用したノートパソコンの置かれたローテーブルを前にしてぺたんこ座りをしていた。
「えなさん、どうして」
「私の勝手な偏見ですけど、男性の一人暮らしってもっといろいろなものが散らかっているのかと思ってました」
「いや、どうしてここが……?」
「お姉ちゃんの、高校時代の生徒会の緊急連絡網をちょっと覗いちゃいました。健一さん、弟さんいたんですね。高校の同窓会の招待状を送りたいと伝えたら、ここ、教えてくれました。インターホンを押すと健一さん出てきてくれないと思ったので、鍵がかかってなかったのをいいことに入っちゃいました」
真綿で首を絞められていくようだった。
「それよりも健一さん、下、ズボンかなにか穿いたほうがいいと思います」
6月に会ったときとは違うミントのような香りがすでにこの狭いワンルームには充満していた。ぼくがそう気づくよりも早くおそらくぼくのペニスはその匂いを感じ取っていたのだろう。一度射精したばかりだというのにすでに勃起していて、パンツの下から己の存在感を誇示していた。
「それとも、また、したいですか?」