※この作品はR-18です。

社畜冒険者の異世界変態記   作:ぐうたら怪人Z

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④ 勇者エゼルミア

 

 

 

「――<聖戦(ジハード)>! <猛戦士(ベルセルク)>! <聖戦士(アインヘリアル)>! <修羅神(イクサガミ)>!」

 

 エゼルミアが持ちうる強化(バフ)スキル――即ち、現人類が保有する全て恩強化術法を、片端から使用していく。

 対象は己を含めた3人。

 自身の全能力(パラメータ)が飛躍的に上昇していく。

 

「うっひょぉおおおおおっ!!

 かつてない程の力があっしの身体に漲っていくぅ!?」

 

「流石は勇者の力ということか。

 しかし、最初から大盤振る舞いして大丈夫なんだろうな。

 途中で援護が切れるのはぞっとせんぞ」

 

 興奮するサンとは対照的に、冷静なアーニーが問いかけてくる。

 

「御心配なさらず。

 この程度(・・・・)であれば、半日は保てます」

 

「……そりゃ結構なことだ」

 

 僅かにアーニーが息を飲むが、驚かれても困る。

 これから戦うのは、エゼルミアなど及びもしない程の埒外な存在なのだから。

 本当であればさらに入念な強化を施したいのだが、残念ながら時間が無い。

 “リア・ヴィーナ”はすぐ目の前に迫っている。

 視界が歪む程に濃密な魔力を纏って。

 

 しかしそんな彼女を前にしても、たじろぐことなく一歩前に踏み出る男が一人。

 

「ヒューッ! ハハ……すげー迫力だぜ。

 それに見ろよあのパイオツを!

 これでボクっ子なら会ったその日にでも手を出したんですがね!?」

 

 ……サンだった。

 どうした訳か余裕綽々な表情で“リア”へと近づいていく。

 

「しかし残念だったなぁ、リアちゃん!

 このスーパーパワーアップを遂げたあっしの前じゃあ、今のリアちゃんだって赤子の手を捻るかのように――って、あぎゃっ!?」

 

 捻られた。

 腕を。

 あらぬ方向に折り曲がるまで。

 

「あぁああああああっ!!! 手がぁあああっ!! 手がぁあああああっ!?」

 

「バカですか貴方は!?」

 

「意味も無く正面から近づいてどうする!!」

 

 慌ててこちらに戻ってきたサンに、2人して同時にツッコミを入れる。

 だが奴は不服そうな顔をして、

 

「えー、真っ向勝負って言われたのにぃ」

 

「だからと言って何の策も弄さずに前に出れば叩き潰されますでしょう!?」

 

「だいたいお前は<暗殺士《アサシン》>だろう!

 元々正面からの戦いなど向いていないと何故分からん!?」

 

 フルボッコである。

 エゼルミアとしても、あそこまで無防備に開戦するとは思わなかったのだ。

 幸い、すぐ離脱できたからよかったものを――

 

「ただまあ、これで分かりましたぜ」

 

「何がです?」

 

「あっしの足止めも、ちょびっとは(・・・・・・)効く」

 

「……!」

 

 ――言われて見れば。

 “リア”の動きが僅かにぎこちない。

 そして地面に写る彼女の影に一本のナイフが刺さっている。

 相手の動きを止める盗賊スキル<影縫い(シャドウスナッチ)>だ。

 サンへ追撃しなかったのは、気紛れだけではないらしい。

 

「まあ、どちらにせよ無駄な行動でしたけれど」

 

「スキルが効くかどうか試すなんざ、後ろからこっそりやればいいだろうに」

 

「……すいません、ちょっと調子に乗ってました」

 

 結局謝ってきた。

 まあ、収穫が無かった訳でもない。

 こちらの妨害(デバフ)が効くと分かったのは実のところ大きい。

 

(リア・ヴィーナの適性の低さ(・・)と――暴走状態だから、でしょうね)

 

 龍が十全に力を発揮できたなら、あの程度の拘束ものともしなかっただろう。

 それができずとも、龍の御業をもってすれば拘束を無効化することも容易だ。

 だというのに、極微小とはいえ<影縫い(シャドウスナッチ)>の効果は出た。

 今の“リア”には、十分な力を発現する適正も、スキル解除を試みる思考力も無いということだ。

 

(いけますわね)

 

 まるで、倒して下さいと言わんばかりの状況。

 それでも勝てると断言できない辺りが彼我の実力差なのだが、仮にも六龍の一柱を相手にたった3人で勝算のある戦闘が行える。

 ゲブラーやケセドの時と比べれば、遥かに与し易い。

 そのことをアーニーも感じ取ったのだろう、抜刀すると同時に駆け出し、

 

「仕切り直しだ、行くぞ、サン!」

 

「合点承知!」

 

 一歩遅れて、サンもそれに続く。

 若干の回り道を挟みつつ、とうとう戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 さて、勇者について話でもしてみよう。

 

 エゼルミアが勇者という単語を始めて耳にしたのは、いつのことだったか。

 物心つく頃には、知っていたように思う。

 悪い魔族をやっつけてくれる英雄(ヒーロー)として、寝物語に親が語り聞かせてくれたものだ。

 幼心に憧憬を抱いていたかもしれないが、それは子供であれば誰もが抱く感情だ。

 特別、彼女が強い想いを抱いていた訳では無く――前にも述べた通り、エゼルミアは普通の少女だったのだから。

 成長するに従い、勇者の御伽噺など忘却してしまった。

 

 そんな彼女だが、思いがけず勇者の実在を知ることになった。

 当人に出会ったからだ。

 ……魔族の奴隷をしていた時代に、同じ奴隷として隣の檻に収監されていた女性が勇者その人だった。

 詳しくは覚えていないが、エゼルミアに負けず劣らず大層酷い(・・)目に遭わされていたようだ。

 自分と違うのは、早々に奴隷生活を打ち切られた、ということだろうか――容貌が老いて、魔族に見限られ捨てられた(・・・・・)のだ。

 もっとも、当時はその女性が本当に勇者かどうかは半信半疑だった。

 魔族が吹聴した話しか情報源が無かったのだし。

 彼女が本当に勇者だと理解したのは、六龍から“勇者の話”を聞いた時だ。

 ――まあ、それなりに失望できた。

 

 実のところ、五勇者に加わる前のイネスと出会ったこともある。

 ……無残なものだった。

 自分より遥かに弱い小鬼に、子を産むための母体とされていたのだから。

 勿論、彼女が悪いわけでは無い。

 全て、六龍の気紛れによるものだ。

 失望に憐憫が加わった。

 

 勇者という単語への感情が根本的に変わったのは、ミサキ・キョウヤに出会ってから――ではない。

 実のところエゼルミアが認識を改めたのは、デュストに出会ってからだったりする。

 

 五勇者は特殊(・・)な人間の集まりだ。

 エゼルミアとイネスは良くも悪くも龍に選ばれ、その力を受けた人物。

 ガルムに至っては六龍そのもの。

 ミサキにしても、六龍打倒のため魔王によって異世界から召喚されたという、特別にも程がある背景を持っている。

 デュストだけなのだ、何一つ特殊な事情を持たずに五勇者へ加わったのは。

 

 そんな、言ってしまえば単なる一般人な彼が、幾度地に倒れても立ち上がる、不屈の精神を見せたのだ。

 戦いに戦いを重ね、最後には他の4人と遜色のない――いや、上回る程の戦いぶりを見せたのだ。

 そして復讐心を振り払い、かつて己の仲間達を殺した魔族達を、許す気概を見せたのだ。

 

 ――その姿に励まされた。

 龍の力なんて無くとも、ただの人であろうと、ここまでの“強さ”を身につけられるのだと。

 龍に狂わせた世界で、悪意に満ちた世界で、ここまでの“気高さ”を発揮できるのだと。

 デュストの存在は、六龍()に絶望し、世界の運命(システム)に絶望したエゼルミアに、人というものへの希望を示したのだ。

 

 昔、御伽噺で聞いたのとは違うけれど。

 彼のような人こそが本当の勇者なのだと、エゼルミアは漠然と感じていた。

 ――本人にそれを言ったことなど一度も無いし、そもそも彼と本心から語り合ったことすら数える程しかないのだが。

 

 自分は違う。

 勇者ではない。

 何故なら、エゼルミアは単に復讐を、龍からの命令を、遂行していただけなのだから。

 本心から人を助けたいと思って行動したことなど一度も無い。

 こんな自分が勇者な訳がなかった。

 

 ――だけれども。

 もっと彼と話すべきことがあったのではないかと。

 もっとしてあげられることがあったのではないかと。

 そう考え始めた時には、既にデュストはこの世を去っていた。

 

 亡くしてみて、存外に酷い喪失感に襲われ。

 エゼルミアはそこでようやく、彼のことをとても(・・・)嫌いでは無かった(・・・・・・・・)ことに気付いた。

 それは本当に遅すぎたけれども。

 そして、ある夢を抱いた。

 自分も、一度くらいは彼のように――本当の勇者のように、振る舞ってみたい、と。

 デュストが抱いていたような情熱を、己が持てる訳がないと悟りながら。

 

 

 

 しかし。

 今、エゼルミアは戦っている。

 復讐のためではない。

 救おうとしている相手は、復讐対象である魔族だ。

 六龍の命令でもない。

 倒そうとしている相手は、その龍だ。

 

 永く生きてきたエゼルミアは、この時この瞬間、初めて勇者としての戦いを始めたのである。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「はっ――はっ――はっ――はっ――」

 

 荒い呼吸。

 身体は満身創痍という言葉が実に似合う。

 打身・切り傷・捻挫・骨折。

 負傷の数を数え出したらいったいどれほどになるのだろうか。

 精神力も底をついて、スキルを使うことはおろか、指先一つ動かすのも億劫だった。

 

 だがエゼルミアはまだマシな方で。

 

「が、はっ――ぜぇっ――ぜぇっ――げぼっ――ぜぇっ――ぜぇっ――」

 

 少し離れた場所で立ち尽くすアーニー。

 激しい息の合間に、吐血が混じる。

 あちらも無事な箇所など無いような有様だったが、傷の深さがより深刻だ。

 右目が潰れ、左腕は千切れ、片膝はあらぬ方向へ曲がっている。

 おそらく内臓も幾つか潰れただろう。

 寧ろ立っていられるのが不思議な程の重体である。

 

「あー、もー、痛ぇっ! もーこれ、本っ気で痛ぇってばよぉっ! あづづづづっ――」

 

 サンは愚痴を飛ばす気力をまだ残しているようだが、傷の程度はアーニーより若干浅い程度。

 両手両足が折れている中、這いつくばったまま瓦礫の中をどうにか移動している。

 ――仰向けに倒れた(・・・・・・・)、“リア”に向かって。

 

「――どう、にか――勝てましたわね」

 

 未だ動かぬ彼女を見て、エゼルミアは自分達の勝利を確信する。

 3人の作戦は見事に功を制し、白龍は契約文字によって浄化された。

 全員が戦闘不能一歩手前で、周囲の建造物は全て崩壊している訳だが、龍を相手に白星をあげたのである。

 ただ気になることもあり、

 

(ケテルの力が――ムロサカ・ヒナタの居る場所とは違う方向(・・・・)へ飛んで行きましたわね)

 

 “勇者の戦い”において、負けた龍は室坂陽葵の身体に宿るルールである。

 だがおそらく、ケテルはそのルールに則っていない。

 

(龍は勇者ではない者に宿り、それと戦う相手はキョウヤさんでもその代理人(クロダさん)でもない。

 例外だらけの戦いだったからこそ――仕掛け易かったということかしら、イネスさん(・・・・・)

 

 この事件を企てた相手を思い浮かべた。

 彼女は真っ新(まっさら)になったケテルの力をどう使うつもりだろう。

 

(……大よそ見当はつきますが。

 今更ワタクシが口を出す話でもないでしょう)

 

 もう直にこの世界へ現れる境谷美咲が対処することだろう。

 イネスはイネスで、美咲とは決着をつけたい筈だ。

 今更エゼルミアとの相対など望んではいまい。

 自分がしゃしゃりでも仕方ないことなのだ――と、そうエゼルミアは判断し、この件について考えることをやめた。

 

 と、そんな思案をしていたところへ。

 

「だーーーーー!!! チクショウッ!!!」

 

 悲鳴が響いた。

 リア・ヴィーナの容態(・・)を看ていた、サンの声だ。

 彼は骨折した腕をそれでもなお振り回しながら、

 

「駄目だぁっ!! リアちゃん、息してねぇよぉ!!? 心臓の音も聞こえねぇっ!!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 その宣告に、アーニーもエゼルミアも反応を返さなかった。

 薄々、勘付いてはいたのだ。

 ……時間がかかり過ぎたことを。

 

 遠目から見ても、リアの惨状は酷かった。

 身体の至るところに無数の“ひび割れ”が起きている。

 “ひび”からは血は流れず、ただ乾いた断面が顔を覗かせるだけ。

 それは人の死に様というより、打ち捨てられた人形のよう。

 エゼルミア達によるものではない。龍の力に器が耐えきれず、崩壊を起こした結果だ。

 

(やはり、無理でしたか……)

 

 心の中で嘆息する。

 せっかく、勇者らしく振る舞ってみたものの、やはり付け焼刃ではこの程度か。

 結局、自分は勇者になれなかった。

 

 勇者代理(黒田)であれば、上手くやれただろうか。

 何とかしたのかもしれない。

 あの男は――手のつけようのない、人として最底辺な変態ではあるものの――まごうことなく、勇者なのだから。

 

「……おい。

 なんとか、ならないのか」

 

 掠れた呟きが聞こえた。

 アーニーだ。

 震える脚で身体を支えながら、彼はすがるような眼差しをエゼルミアに向けてきた。

 

 期待されている。

 自分がこの状況を打開することを。

 

(しかし、もう手の施しようがありません)

 

 この世にスキルは数多あるが、蘇生スキルだけは存在しない。

 それは人としての限界なようで、あの境谷美咲ですら不可能と断じていた。

 まあ、死体をゾンビにしたり操り人形にしたりするスキルはあったりするが、流石に不適切だろう。

 故に最早あの少女を助ける手段は――

 

(――あ)

 

 思いついてしまった。

 リア・ヴィーナを助ける方法を。

 

 しかし、それをエゼルミアが実行できるのか。

 魔族を散々殺し続けてきた自分が。

 今ですら、魔族の女を助けずに済んだことに、どこか安堵している自分が。

 

(……勇者ならやります、やる筈です)

 

 だとすれば、エゼルミアも成し遂げねばなるまい。

 この一度だけは、勇者を全うしようと心に決めたのだから。

 復讐者エゼルミアはあの魔族を見捨てるが、勇者エゼルミア(・・・・・・・)ならば見捨てない。

 それが勇者という存在なのだと、彼女は信仰していた。

 

 だから覚悟を決めて、アーニー達へ一言告げる。

 

「ワタクシにお任せ下さいませ」

 

 足を引きずって、どうにかリア・ヴィーナの傍らへ。

 横たわる少女の身体に手を添え――魔族に触れるなど鳥肌がたって吐き気も催すが、我慢だ――目を閉じて集中し、詠唱を始める。

 精神力も生命力も大して残っていないが、幸いこのスキルの使用には大きな消耗を伴わない。

 ただ最高位の<僧侶>系スキル(加護)であるため、エゼルミアでも発動に相応の時間を要する。

 

 自身の体が淡い光り始めた。

 スキル使用に伴う発光現象である。

 その様子を見て――サンが俄かに慌て出す。

 

「あ、アレ? エゼルミアの姐さん、そのスキルってまさか――?」

 

 誰が姐さんだ。

 変なことを言ってこちらの気を散らさないで欲しい。

 

「おい、サン! その女を止めろ!! そいつは――!!」

 

 アーニーも勘付いたようだ。

 だがもう遅い。

 スキルは止められない。

 

「<奉魂《ソウル・デディケーション》>」

 

 エゼルミアは、発動ワードを口にした。

 彼女の身体から眩く神々しい輝きが放たれ――それは光の奔流となってリアへと注ぎ込まれていく。

 

 死は覆せない。

 これは絶対の不文律だ。

 スキルによって、新たな命を創造することはできない。

 ――だが、譲渡ならばできる。

 自分の命を他人に捧げる行為は、ギリギリで人の権能の範囲内だ。

 習得条件の厳しさ、発動の難易度、大きすぎる代償――それらのため、歴史上行使されたことは片手で数える程しかない代物ではあるが。

 

(こんな馬鹿げたこと、余程の愚か者でなければやりませんものね)

 

 つまり、エゼルミアは愚か者に仲間入りしてしまった訳だ。

 但し、ルビに“勇者”と付く“愚か者(勇者)”だが。

 

(悪く無い気分――かもしれません)

 

 対象が魔族でさえなえれば、最高と表現しても良かったかもしれない。

 この期に及んでも、魔族への憎悪が消えた訳ではないのだ。

 より勇者らしくあることを優先しただけの話で。

 

 薄れゆく意識の中、リア・ヴィーナの傷が見る見る内に治っていくのを確認した。

 ヒビは消え、肌に血色が戻る。

 これでこの少女は助かるだろう。

 もっとも、エルフと魔族という異種族間で命を譲渡して何の不具合もないのか、それに関しては保証できないし、責任も持たない。

 

(そこから先はご自分でなんとかして頂かないと)

 

 だいたい、そんな先のことまで冷静に考えた上で下せるような判断ではないのだ、この行為は。

 幸い腹立たしいことにこの魔族の周りには頼れる仲間が多いようであるし、多少の困難は解決できることだろう。

 まあ、有難いことに随分と“不埒な”輩も多いようなので――

 

「――せいぜい、不幸な人生を歩んで下さいませ」

 

 そんな呪詛を残して。

 魔族を殺戮することに人生を捧げた女は、魔族を助けるために命を落とした。

 

 

 

 その死に顔は大層安らかであったと、後世に伝えられている。

 

 

 

 第三十三話 完

 

 

 

 

 

 

 次回

「魔龍討滅最終戦 合成魔龍イネス」

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