※この作品はR-18です。

社畜冒険者の異世界変態記   作:ぐうたら怪人Z

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第三十四話 魔龍討滅最終戦 合成魔龍イネス
① 勇者 VS 勇者


 イネス・シピトリアがどのような人生を歩んできたか――そんなものを詳細に語る必要は無い。

 本人がそれを望まない。

 “肉奴隷”“雌犬”“便女”、そういう単語(・・・・・・)から連想されることは粗方ヤられた。

 屈辱塗れの人生。

 ただ、それだけだ。

 

『クハ、クハハハハ、勝った! 勝ったぞ! この勝負、我の勝利だ!!』

 

 耳障りな声が聞こえる。

 緑龍ネツァクだ。

 ただただ世界の戦乱を望むだけの、愚かな龍。

 偶然の巡り合わせで自分が最後の一匹となったことが、それ程までに嬉しいらしい。

 

『後は忌々しいミサキ・キョウヤの代理とやらを葬るだけか。

 今のお前であれば、それも容易だろう!』

 

「ええ、そうですね」

 

 呼びかけられたので、一応返事する。

 鬱陶しい事この上無いが。

 

 ここは、ウィンガストの街から程近い荒野。

 イネスはそこに独り――より正確には緑龍に憑りつかれた状態で、だが――立っていた。

 

『クハハハハ、これで我が六龍の頂点だ! 

 

「それは無理ですよ」

 

 上機嫌なネツァクへ水を差す。

 

『……何。イネス、今なんと言った』

 

「無理だと言ったんです。

 貴方はこれから、消滅するんですから」

 

『お前、自分が何を言っているか分かっているのか』

 

「貴方こそ、自分の立場がまだ分からないんですか?」

 

 イネスは、自分に憑依しているその龍を“外”へ摘まみだした(・・・・・・)

 緑色の“光”が彼女の身体から弾き出される。

 

『――あ?』

 

 呆気にとられたようなネツァクの声。

 間抜けな表情が見えないのが少し残念だ。

 

『ど、どういうことだ? 何故、こうも容易く――?」

 

「理解できませんか?

 今のアタシはケテルの力が使えるんですよ。

 龍同士で力自体は互角なのですから、アタシの分だけ、こちらが上回るのは当然でしょう?」

 

『馬鹿を言うな!

 お前がどれ程のものだというのだ!

 龍に比べれば人の力など塵芥も同然――ガァアアアアアアアアアアアアア!!?』

 

 発言の途中で、ネツァクの悲鳴を上げる。

 その表面には、無機質な“文字”が浮かび上がっていた。

 いちいち会話を続けるのが面倒になったので、“ケセドの契約文字”を使った浄化を開始したのである。

 

「アタシもね、色々ヤって力を付けてた訳ですよ。

 ケテル無しでも貴方程度ギリいけるかなとも思ったんですが、安全策を取らせて貰いました」

 

『アァアアアアアアアアアアア!!? 消える!? そんな!? 我が消える!?

 馬鹿な!! お前が我を裏切ることなど出来ぬ筈!!』

 

「ああ、アタシを縛ってた呪いですか?

 そんなのとっくに外してますよ。

 外した上で、ずっと従順なふりをしてた訳です。

 貴方をどうにかできるだけの力が蓄えられるまで、ね」

 

『っ!? ま、待て!! イネス!! 話し合おう!! 話せば――』

 

「――分からないのでさっさと消えて下さい」

 

 龍の懇願をあっさりと切り捨てた。

 実際、この盤面で奴に情けをかけるメリットなど皆無である。

 

 ……程なくしてネツァクの声は沈黙し、後には純粋な“緑光”だけが残った。

 

「呆気なかったですね。

 ま、こういう単純な奴だからこそ、ネツァクを最後に残したんですけど」

 

 その台詞は実にあっさりとしていた――散々自分に苦汁を舐めさせた仇敵に投げかける、最後の言葉にしては。

 

「後は――」

 

 イネスが手を伸ばすと、光は彼女へと吸収されていく。

 

「う、ぐっ!」

 

 莫大な力の奔流が体内を駆け巡る。

 気を抜くと身体が破裂してしまいそうだ。

 実際、今にも弾けそうな程、肌が波打っている(・・・・・・)

 無理もない。

 イネスは既にケテルを“中”へ入れている。

 2匹目となれば、如何に高い龍適性を持つ彼女であっても至難の業であった。

 だが――

 

「こ・ん・な・の・で! へばってられないんですよぉ!!」

 

 ――イネスは耐えきった。

 それは気合いのなせる業か、それとも憎悪か、怒りか、復讐心か。

 とにもかくにも、彼女は今、2柱の龍の力をその身に宿したのだ。

 ただ立っているだけで、己の絶対的な力を実感できる。

 充実感が心に染みわたる。

 今ならどんなことでもできるという、万能感に支配される。

 

「やった……やりましたよ!!

 後はこれで――」

 

「――私にソレを渡せばハッピーエンドだ。

 そうだろう?」

 

「!!」

 

 突如、後ろから声をかけられた。

 それが“誰”なのかはすぐに分かったが、そちらを向かない訳にもいかないので振り返る。

 

「……ミサキ」

 

「やあ、久しぶりだな、イネス」

 

 視界に入ったのは、黒髪の女性。

 自称(・・)勇者のミサキ・キョウヤ――間違いなく、本人(・・)だ。

 

「今回は分身(アバター)じゃないんですね」

 

「君達が頑張ってくれたおかげで、不自由なくこちらへ来れるようになったんでね」

 

 六龍がほぼ居なくなったことで、彼女の呪縛も力を失ったのだ。

 まあ、それは仕方ない。

 こうなることは、とっくに予想済みである。

 

「それで、早速出勤してきたと。

 ファンタジー世界にスーツ姿で来るとかダサいと思わなかったんですかー?」

 

「午前中まで仕事していたんだ。

 まあ、どうでもいい案件ではあったのだが、社長である私が居てやらないと社員達が可哀そうだからな」

 

「うわー、何その上から目線。

 心底その社員さん達に同情しちゃいます」

 

「うちの社員満足度は100%だ。

 毎日私の姿を眺められるのだから、当然だな」

 

「おいおい、クッソムカつくな、この女」

 

 最後、つい乱暴な口調が出てしまった。

 しかしミサキはさして気にする様子も無く、言葉を続けてくる。

 

「それで、龍の力を渡すつもりは無いんだな?」

 

「当然でしょう。

 アタシはこれを使って、“世界を壊す”んですから」

 

「…………」

 

 目の前の女が一瞬、ほんの一瞬だけ、哀しそうな顔をした。

 

「そんなことをしても意味がない」

 

「ありますよ。

 アタシの気が晴れる」

 

「義務として聞いてやる。

 そんなことのために、幾十万の人々を殺すのか」

 

「はい、殺します」

 

 淀み無く答える。

 そう口にしても、イネスの胸には何の痛痒も湧かなかった。

 自分が本当に破滅を欲しているのだとを実感する。

 

「……お前が殺したいのは私だろう?」

 

「そりゃアナタも殺しますよ。

 アタシから“勇者”も“復讐”も“誠一”も奪ったアナタを、殺さない訳ないでしょ。

 ああ、ひょっとして殺されてやるから世界を壊さないで欲しいとか、そういう殊勝な態度とったりします?」

 

「まさか。

 たかが世界一つの破滅が、私の価値に釣り合う訳ないじゃないか」

 

「言っときますけど、今のアタシはその台詞にツッコミ入れたりしてあげませんよ」

 

「それは残念」

 

 ミサキは大きく息をつく。

 その後、スッと目を細めて、

 

「止めるぞ」

 

「やれるもんならやって下さいよ……!」

 

 そう言うと、イネスは“封域”を展開する。

 限られた空間内を、己の思うがままに操る彼女オリジナルの特性。

 かつては十数m程度の範囲にしか拡げられなかったが――龍の力を得た今であれば、世界そのものを覆うことすら可能!

 大地が、空が、海が、イネスによって支配されていく……!!

 

「この六龍界そのものがアタシの領域です。

 アナタに勝ち目があるなんて思わないことですね」

 

「そうか。

 ま、やってみろ」

 

 しかしこの状況下においても、ミサキは軽く肩を竦めるだけだった。

 その仕草が、妙に腹立たしい。

 

「余裕ぶってますねー?

 アタシとしては一思いに殺さず、ジワジワ嬲り殺してやってもいいんですよ?」

 

「御託はいいからさっさと来い。

 格の違いという奴を教えてやる」

 

 

 

 ミサキとイネス。

 2人の“勇者”による戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 ――いや、始まると思っていた。

 少なくとも、イネスは。

 

「こ、の――!!」

 

 地面に<隆起せよ>と命じ、大地の刃で身体を切り裂く。

 大気に<落ちろ>と命じ、超高圧で押し潰す。

 空間に<捻じれろ>と命じ、世界の屈折で捻じ切る。

 

 その全ての試みを、ミサキは無効化していた。

 彼女が呪を唱えれば、或いは手をさっとかざせば。

 土の刃は砂に変わって崩れ去り、圧縮空気の塊は霧散し、空間の捻じれはすぐ元通りに戻る。

 

「嘘でしょ!? こんな、こんな――!!」

 

 こんな筈ではなかった。

 こんな結果を得るために、今まで苦痛に、屈辱に耐えてきたわけではない。

 

「もう終わりか?」

 

「ふ、ふざけたこと言わないで下さい!! これからですよ!!」

 

 叫んで自らを鼓舞する。

<封域>で“世界”を操り、思いつく限りの攻撃を実行する。

 

 地割れを作った。

 氷柱を落とした。

 爆炎を生み出した。

 突風を吹き散らした。

 雷を走らせた。

 

 その全てが、ミサキによってかき消される。

 

 水も。炎も。風邪も。雷も。

 果ては重力や空間操作でさえ。

 一つ一つが街を壊滅させるような規模だったとしても

 

 ――ミサキ・キョウヤに、何の痛痒も与えられなかった。

 

(なんで!? こんなの、反則(チート)にも程がある!!)

 

 ここまでの差がある筈無かった。

 今のイネスは、白龍と緑龍、2つの力を手に入れているのだ。

 神すら超えた力と形容してもいい。

 エゼルミアも、ガルムも、デュストも、相手にすらならない。

 例え3人同時に戦ったとしても、イネスの勝ちは揺るがないだろう。

 

(なのに!!)

 

 それでもなお、ミサキには及ばなかった。

 この世で最も憎い、あの女に。

 大切なモノを全て奪い取った、あの女に。

 尊厳すらかなぐり捨てて身につけた力が、欠片も通用しない。

 こちらが引き起こした現象を、最小限の力(・・・・・)で打ち消してくる。

 

(不公平――過ぎませんか!?)

 

 この世は平等だ、などと嘯くつもりはない。

 それでも――それでも、費やした代償の見返りを要求するのはいけないことなのか。

 “努力”に成果を期待してはいけないというのか。

 

「次はこちらから行くぞ」

 

 怒りに打ち震えるイネスの耳に、ミサキの声が入ってくる。

 

 瞬間。

 

 視界が、白に染まった。

 

「ひっ!?」

 

 慌てて防壁を組み立てる。

 

「あ、あ、あああああっ!?」

 

 削られる。

 削られる。

 削られる。

 防壁が削られる。

 灼熱の光が、イネスの張った結界を抉っていく。

 

「――――は、ひっ」

 

 あと僅かで消失する、というところで、眩い奔流は消えた。

 しかしミサキはそれを予期していたのか、悠然とした態度でこちらを眺めていた。

 

「これで分かっただろう。格の違いというものを」

 

 そして、心底子憎たらしい台詞を投げかけてくる。

 

「……何ですか、この馬鹿力。アナタ、龍より強いとかおかしいでしょうっ!」

 

「いや? 馬鹿力なのはお前の方だよ。

 誠一達がアレコレ策を弄して対処していた六龍を、まさかほとんど力業だけで捻じ伏せるとは私も思わなかった。

 単純な“力”なら、そっちの方が上だろう」

 

「くっ――誠ちゃんのこと下の名前で呼ばないでくれます!?」

 

「……気に障るとこそこなのか」

 

 そんなことは無いが、そんな軽口でも叩かなければ心が折れそうなのである。

 

「じゃ、じゃあ、どうしてこんなに差があるっていうんですか!?」

 

「だから言ったじゃないか、“格”の違いだと」

 

 つまらないことを聞くな、と言わんばかりの口ぶりだった。

 

「出力は大きくても、扱い方が雑なんだ。無駄が多すぎる。

 分子の動きを変える、分子間力を操作する、原子へ分解する、素粒子の流れを読む――そんな簡単な(・・・)ことも、お前はできないんだろう?」

 

「――――!!」

 

 絶句。

 そんなこと、人間ができる訳が無い。

 勿論、“地球”の科学をもってすればある程度は可能だが、それは大掛かりな装置を用いての話だ。

 個人でそんなことができるとは――

 

「――それが、<ラプラスの瞳>の力ですか」

 

「そうだ。

 視界内の存在を素粒子レベルで読み取ることができる。

 私が持つ、最強の特性」

 

 共に旅をした時、話は聞いていた。

 だがその時は話半分程度にしか聞いていなかったのだ。

 魔法と科学、その両方を理解しているイネスにすら、夢物語にしか聞こえなかったから。

 だいたい、素粒子を()れるなど、人の脳の限界を超えている。

 頭が壊れてもおかしくない。

 

(そもそも、7年前からパワーアップしてません!?)

 

 既に最強と称されていたとはいえ、手の届かない存在では無かった。

 恐らくだが、あの時はまだ自在に<ラプラスの瞳>を操れていなかったのかもしれない。

 それが今や、この有様だ。

 

「――な、んで」

 

「うん?」

 

「なんで、アナタはそうなんですか!?

 突然異世界からやってきたと思ったら、勇者とか名乗り始めて!!

 アタシ、アタシは、凄く辛かったけど、苦しかったけど、自分は勇者なんだからって、自分が頑張んなくちゃいけないんだって思って、必死にやってきたのに!!

 なのにあっさり、アタシから勇者の立場を奪って!!

 アタシを弄んできた連中も、アナタにさっくり殺されちゃって!!

 おかげで復讐の機会すら無くなりましたよ!!

 その上、誠ちゃんの恋人になったって!?

 その時の絶望が分かりますか!?

 誠ちゃんさえいれば、アタシはそれで良かったのに!!

 あの人だけが、そのままのアタシを受け入れてくれたのに!!」

 

 堰を切ったように言葉が溢れてきた。

 涙も出てきた。

 

「だからアナタを超えようと歯を食いしばって強くなって!!

 その結果がこれですか!!

 アタシのしてきたこと、全部無駄!?

 何にも報われないの!?

 ねぇ、アタシが苦しんでる姿を見るの、そんなに楽しい!?」

 

 止まらない。

 感情が止まらない。

 ミサキ・キョウヤへの怒りが、感謝が、嫉妬が、憧れが、憎しみが、愛しさが、止まらない。

 

「……イネス」

 

 そんな自分を見て、目の前の女は目を伏せた。

 

「そうだな。

 私もつい遊び過ぎた。

 ……もう、終わりにしよう」

 

 ミサキの頭上に、彼女自身より遥かに大きい、巨大な“光”が出現する。

 周囲の分子を“純エネルギー”にまで分解して生み出した、膨大な“破壊の奔流”。

 イネス一人を破壊するのに、十分過ぎる力だ。

 

 ――例え、龍の力を総動員して防御に当たっても、アレは防げない。

 

 あっさりとそう確信できる程に、圧倒的な光景だった。

 全身が脱力した。

 絶望で思考が停止した。

 もうどうしようもない。

 自分はコレで終わる。

 何も為せないまま、終わる。

 

「……さようなら、イネス」

 

「……ええ、さようなら」

 

 ミサキの通告へ、呟くようにそう返す。

 “光”が迫りくる。

 自分の“終わり”を前にして、イネスの胸中にはただ一つ想いのみが残った。

 

 

 

 ――こんな世界、大嫌い

 

 

 

 

 

 

 第三十四話②へ続く

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