「――要するにキミ達、ボクらを尾行してたの?」
「人聞きの悪いことを言うな。
探索を行っていたら偶々お前達のパーティーを見かけたので、襲いかかるタイミングを伺っていただけだ」
「……そちらの方が余程人聞きが悪いって自覚、あります?」
一先ず二人と合流した私達は、彼らから事情の説明を受けていた。
要するに兄貴と三下は、偶然<次元迷宮>探索中の私やジャンさん達を見つけ、私との再戦を目論んで後をつけていたらしい。
そしてゲートの暴走を目撃、私が暴走に巻き込まれたのを見ると、それを追ってゲートに飛び込んできた、と。
その後はどうも私達と違う場所に転移したらしく、彼らは彼らでこの階層の探索を続けていたところ、私達を目撃したそうだ。
「……言っては何ですけれど、馬鹿ですか貴方達は」
暴走したゲートに飛び込むなど、自殺行為もいいところ。
「これはなかなか手厳しい意見だな」
「まあまあ、クロダの旦那。
ここはあっしの顔を立てて、一つ勘弁しちゃあ貰えやせんかね」
「何で貴方の顔を立てなくちゃならないのですか」
あと、三下が妙に私に馴れ馴れしいのは何故か。
「そんなつれないこと言うなよぉ。
一緒に夢を語り合った仲じゃあないか」
「そんなことありましたっけ?」
彼とはエレナさんを襲ってきた事件以来、あった覚えは無いのだが。
「へへ、忘れちまったかい?
あれは星が綺麗な夜だった。
あっしと旦那は二人で杯を傾けながら、一緒にボクっ子の明日について話しただろう?
今でも鮮明に思い出せるぜ、旦那がボクっ子のなんたるかについて熱く語る姿をよ。
それを見て、あっしのボクっ子好きなんてまだまだ未熟だったと思い知らされたもんさ。
でも、でもよ、旦那。
それからあっしは修行を重ねた。
来る日も来る日も、ボクっ子への想いを、萌えを、募らせてきたんだ。
今じゃあ、あんたに勝るとも劣らないボクっ子好きになったつもりだぜ?
近く、新しいあっしを旦那に見せてやるつもりだったんだが、な」
「ほう、お前とクロダの間にそんなことがあったのか」
「クロダ君、そんなことしてたの?」
「いや、ちょっと待って下さい。
記憶にありませんよ、そんなの」
エレナさんが少し軽蔑の入った目で私を見るが、いくら思い出そうとしてもそんな光景は私の頭の中に無い。
「そりゃそうでしょう。
全部あっしの妄想ですから」
「「「お前ほんとふざけるなよ」」」
3人の思いが一つになった。
「……う、うう、酷い。
なんだか雰囲気が悪かったのをあっしなり改善しようとしていたのにっ」
とりあえず三下を3人でボコり、改めて兄貴との話を始める。
「とにかく。
こちらからの提案は、ここから脱出するまで協力をしないか、ということだ」
「それは……願ってもいないことですが」
兄貴と三下は、共に高いランクの冒険者。
三下は<盗賊>のようであるし、兄貴の方はBランクにも達する<戦士>という話だ。
そんな2人の協力は、私達にとってこの上ない助けとなる。
「んんー、でもなー。
何か下心あるんじゃないのー?」
エレナさんが私の心を代弁してくれた。
そもそも、いきなりエレナさんをレイプしようとしてきた相手だ。
信用など早々できるものではない。
「信じろ、というのも無理かもしれないが。
こんなところでいがみ合いをする程、俺も常識を知らない訳では無い。
共に行動した方が生存確率が上がることは、互いに承知しているはずだ」
「そう、ですね」
というより、それしか手は無いとも思う。
どれほど彼らを嫌悪しようと、私とエレナさんだけでここを脱出するのは、余りに難易度が高い。
「まあ、こちらの下心が無い、というわけでも無い」
「ほほう、何かの見返りを求めていると?」
私との再戦を要求してきたらどうしよう。
……エレナさんの安全を考えれば、それ位は飲まねばならないか。
そんな私の心配を、兄貴はすぐに否定してきた。
「そういう訳でもないのだ。
実を言えば、この階層に来てから、一人の仲間とはぐれてしまっていてな」
おっと、そうだったのか。
確かに、<戦士>と<盗賊>だけでの探索は厳しい。
バランスを考えれば、最低でもあと<僧侶>は欲しいところだ。
「そのお仲間を探すのを手伝って欲しい、というわけですか」
「その通りだ。
お前達は脱出するための戦力を得て、俺達は人探しのための人手を得る。
……なんなら、手間賃も払おう。
悪い話ではないだろう?」
「……どう思う、クロダ君?」
「嘘は言っていないように見えますね」
「うん、ボクもそう思う」
私はエレナさんと短く言葉を交わす。
「分かりました。
こちらも協力をいたしましょう」
「そうか、有り難い!」
兄貴は私達へ頭を下げてきた。
しかしまだエレナさんは信じ切っていないのか、そんな彼へ辛辣な言葉をかける。
「んー、でもキミも仲間を助けるとかするんだねー?
もっと冷酷なやつかと思ってた」
「俺にどういう感想を持とうとお前の勝手だ。
……まあ、町の法に従う気はないが、冒険者の掟を破る気もさらさらない、ということだ」
「いや、町の法にもちゃんと従って下さいよ」
私の指摘にも、兄貴はどこ吹く風。
「……あれ、でもクロダの旦那も女に対してギリギリアウトなことしてるって噂がぁあああああっ!!?」
三下がまた変なことを言い出したので、黙らせる。
「撃ったぁっ!?
この人、いきなりあっしに向けて<射出>撃ちましたよっ!!?」
真剣な話をしてるところへ茶化してくるからである。
当てなかったことを感謝して貰いたい。
そこまで話をしたところで、私はふと気づく。
「……そういえば、貴方達のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?
まだ、聞いていませんでしたよね」
少しの間とはいえ、これから仲間として行動する間柄。
いつまでも兄貴・三下と呼ぶわけにもいくまい。
私の問いに、兄貴はそういえばそうだったと前置きをしてから。
「俺の名前は、アーニー・キーンだ。
そして、そっちのが――」
「あっしはサン・シータだぜ。
クロダの旦那、よろしくな!」
「………」
――兄貴と三下で問題なかった。
さて、いざ出発……の前に。
「なるほど、兄貴さんは<
「で、三下君が<
なんかイメージと違うー」
まずは互いの戦力を把握しておこうということで、兄貴と三下の冒険証を見させてもらっている。
「へっへっへ、言うだろう?
人は見かけによらねぇってよぉ。
……ところで兄貴はともかく、あっしの三下ってなに?」
「貴方の呼び名ですが――いけませんか?」
「いけねぇだろうがよ!
三下って完璧に蔑称じゃねぇか!
兄貴からも何か言ってやって下さいよ!」
「なるほど、一理ある」
「兄貴っ!?」
そんな一幕を挟みつつ、私は彼らのステータスを確認した。
まず兄貴。
本当にBランク冒険者の<侍>だった。
<侍>とは<戦士>の派生職であり、1対1の戦いを得意とし、<盗賊>に勝るとも劣らない敏捷を誇る職業だ。
対多数の戦闘を不得手とし、防御力がやや低いものの、それを補って余りある機動力・火力を持つ。
特に<訪問者>の間で人気のある職業である。
兄貴の能力値はその職業に相応しく、筋力と敏捷に非常に高い数値が表示されていた。
あと三下。
驚いたことに、こちらもBランク冒険者。
さらにいえば、<暗殺士>。
実にイメージ合わない。
前にも説明したことがあるが、<暗殺士>は<戦士>に匹敵する白兵能力を持つ<盗賊>の派生職だ。
そのため、三下は三下の癖に筋力・体力・敏捷がバランス良く高くなっており、これだけだと実に優秀な冒険者に見える。
しかし、<侍>と<暗殺士>とは――えらく前のめりなコンビだ。
「では、今度はそちらを見せて貰おうか」
「……やはり、教えねばなりませんか」
「ボクも、なんだか気が進まないなー」
相手から先に見せて貰っておいて酷い話だが、どうも私達はともに気乗りしていなかった。
「そこまで都合が悪いというのであれば無理強いはせんが」
「えー、そりゃねぇぜ兄貴!
こっちはきっちりステータスを確認させてやったんだ。
一緒に戦うからにゃ、そっちだって相応の誠意ってもんを見せてくれても罰はあたんねぇだろ?」
「……それもそうですね」
そうなのだが、三下に正論を吐かれるとなんだか腹が立つ。
「うう、ジャン君達にも見せたこと無いのにー」
「まあ、仕方ありませんよ」
私とエレナさんは、彼らに自分のステータスを見せた。
「……お、なんだ嬢ちゃん、結構優秀な<魔法使い>なんじゃねぇか、Eランクの割には」
「そうだな、なかなかのステータスだ……Eランクの割に」
私達の能力値を見た第一声がそれだった。
何か含みのある言い方である。
「知力・魔力・幸運だけ見りゃCランクにも片足突っ込んでんじゃね?
おお、立派立派!」
「しかも適性はB。
他の能力値はEランク相当に低いな……一点特化型か。
前衛に出ることの少ない<魔法使い>向けのステータスだ」
私もエレナさんのステータスを覗き込んでみる。
すると2人の言う通り、Cランクの<魔法使い>にも匹敵する知力・魔力の数字がそこにあった。
だというのに、レベルはまだ10と低い。
彼女が<魔法使い>として高い才能を持っていることが、ここから伺える。
……まあ、Bランク冒険者の二人からすれば、取るに足りない数値なのかもしれないが。
「いちいち人をバカにするような言い方するね?」
兄貴と三下を睨みつけながら、エレナさん。
彼女の言い分も分かる。
「いや、すまん。
お前に対して他意があるわけでは無いんだ」
「すぐ横に完っ璧なランク詐欺師がいたからよぉ。
ついつい変な言い回しをしちまったわけよ」
二人の視線が私に集中する。
「……ランク詐欺師とは、私の事でしょうか」
「お前以外の誰が居る」
「なんだよ、このステータスはよぉっ!!」
三下が、私のステータス画面を指さしながら怒鳴り声をあげる。
それ程のことだろうか?
「Eランク冒険者が出していい能力値がねぇぞ、これ!
Bランクの<魔法使い>にも負けてねぇじゃねぇか!
旦那、ランク詐欺にも程があんぞこれぇ!」
「俺としては驚き半分、納得半分だがな。
仮にも俺に勝ったのだ、これ位の能力値はしていてくれないと困る」
次々と私のステータスについて文句にも近い批評をしてくる兄貴と三下。
「つかね、いっそ知力と魔力が高いのはいいんですよ。
何で体力までこんな高いの?
あっしらの中で一番高いってどういうこと、これ?」
「……コナー君より頑丈とかそんなレベルじゃなかったね。
このメンバーの中でも普通に前衛立てるんじゃない?」
三下の台詞に、エレナさんが乗っかる。
まあ、確かに体力の値だけみれば私は<侍>である兄貴よりも高いのだが、実際のところ防具の差で耐久力は向こうが上だと思う。
<魔法使い>の防具は<戦士>の防具に比べて防御性能は低いのだから。
「あー、体力に関しては、どうも素質があったみたいです」
私は体力についての解説を入れる。
能力値の成長は、冒険者になる前の能力値の高低からも影響を受ける。
私どうやら元々体力が人並み外れて高かったらしく、そのため<魔法使い>にしてはありえない数値の体力にまで成長してしまったのだ。
――この高い体力と『絶倫』の特性が合わさり、一般的なモノからかけ離れた精力まで獲得してしまったのだが。
「そ、素質でどうにかなるもんなのかよ。
なんかあっし、自信が失われてきたんだけど…
ま、まあ、ステータスの体力とあっちの力は別物だからな!
へっへっへ、夜のモンスター具合なら、旦那にゃ負けねぇぜ!」
「……んー、たぶんボロ負けしてると思う」
三下さんの台詞に、エレナさんが小声でぼそっとつっこんだ。
すまない、私の場合、体力と精力は同義なのだ。
敢えて指摘はしないが。
「……何はともあれ、お前達の戦力がこちらの想定以上だったというのは嬉しい誤算だ。
そっちの女も、このステータスであれば足手まといにはならないだろう。
これなら、探索も大分容易だ」
「――それはどうですかね?」
兄貴の楽観的な分析に私は異を唱えた。
「言っておきますが、こういう何が起こるか分からない初めての場所において――私は物の役にも立ちませんよ?」
「胸を張って言うことじゃないよねー」
呆れ顔のエレナさんにつっこみを入れられてしまった。
その後、改めて出発した私達は、兄貴さんと三下さんというBランク冒険者も加わったことで順調に――
「うぁああああああっ!?」
「あー、クロダ君が爆発で吹っ飛ばされたー!!」
「だからちゃんと離れてろって言っただろ旦那!」
「何ふらふらしているんだ貴様っ!」
「ぬぁあああああああっ!?」
「あー、クロダ君が魔物に頭から食われた!」
「なんで前に出てきちゃったんだ旦那!」
「その程度の攻撃、かわせ貴様っ!」
「あああぁぁぁぁぁぁ……」
「あー、クロダ君が足滑らせて崖から落ちた…」
「足元注意って言ったでしょ旦那…」
「やる気あるのかお前…」
――順調(?)に階層を進んで行ったのであった。
そして。
「……むっ」
私は突如床から飛び出してきた棘を、ステップで軽くかわす。
「――てりゃっ!」
後ろから襲ってきた、蟹のような甲羅を持つ魔物に<射出>で矢を放ち、上手く甲羅の隙間に矢を刺して仕留める。
「――これでっ!」
目の前に降ってきた群れた触手のような魔物に矢を10本まとめて撃ち、全ての触手を射抜くことで止めを刺した。
……これでこの辺りの障害は全て排除したことになる。
「こちらは終わりました!
そちらは如何ですか!?」
私は少し離れたところで魔物と戦っていた兄貴さんと三下さん(一応、さん付けはしておくことにした)に声をかける。
見れば、二人の戦いも終わっていたようだ。
流石はBランク冒険者、危なげなく魔物を倒している。
ちなみにエレナさんは、私や兄貴さん達の中間位に立ち、双方への支援(攻撃スキルやら強化スキルやら)を行っていた。
「……なぁ、クロダよ。
一つ言いたいことがある」
こちらの近づいてきた兄貴さんが、そんな言葉を放った。
「はい、何ですか?」
「……最初と今とで、動きが違いすぎやしないか?」
ああ、そのことか。
確かに、この階層で戦い始めたときは場所にも敵にもなれず、私は彼らの足を引っ張り続けていた。
だがこれだけ長く居続ければ、いい加減階層や出現する魔物の情報も把握できてくる。
そうなってくれば、私もそこまでの無様は晒さない。
「慣れてくれば、こんなものでしょう」
「うっそこけぇ!?
ヨタヨタの爺さんみたいで『なんだこいつ、つっかえねぇな、どっかで捨てるか。独りになっちまった嬢ちゃんはあっしがよろしく……ぐっへっへっへ』とか企んでたのに、何でちょっと戦闘経験した位でキレッキレの動きに変わっちまうんだ!?
もう今じゃ『なにこの人、すごぉいっ!? あぁん、もう、抱いて!?』とか思っちゃってるんだぜ!?
あっしの股間はもう濡れ濡れよ!!
こんなん、慣れ不慣れだけで片付けられるか!」
私の返答に、三下さんは納得できない様子。
……あとこいつは近々事故に見せかけて抹殺しておいた方がいいかもしれない。色々な意味で。
「そうは言われましても……私、いつもこんな感じですよ?」
よく言われることではあるのだが、本当に慣れたかどうか――
兄貴さんは質問相手をエレナさんに変えて、
「……本当か?」
「んー、ここまでとは思わなかったけどねー。
一応、話では聞いていたよ」
話を振ってみたが、エレナさんからも私を肯定する内容が語られるのみ。
そんな私達に対して二人は、
「えー……マジか。マジなのか」
「お前に手の内を見せるのは、控えた方が良さそうだな…」
不承不承ながらも、納得してくれたようだ。
兄貴さんの方からは物騒な本音が漏れていたが。
……嫌な風向きになる前に、話題を変えよう。
「さ、さぁ、先に進みましょう。
大分調子も出てきましたし!」
幾つかある分岐の内一つを適当に指し示し、私は歩を進める。
そこへ、三下さんが声をかけてきた。
「と、ちょっと待ってくんなっ!」
先に進もうとした私を制し、彼は目を閉じて神経を集中する。
今、三下さんは聴覚強化の<盗賊>スキルを自ら使用した上で、私の<感覚強化>の魔法もかかっている。
通常であればまず聞こえない音も、今の彼ならば聞き取ることができるのだ。
「……聞こえる、聞こえるぜ!
あいつの声だ!」
「……例のお仲間さんですか?」
「ああ。
へへ、忘れもしねぇぜ。
初めてあいつの声を聴いたのはあっしがまだガキの頃――近所のガキ共を束ねて大将気取ってた頃さ。
あいつは周りに馴染めず、いつも一人で遊んでたっけな。
でもよ、でもよ、独りで遊びながらも、時折あっしらの方を羨ましそうな眼で見やがるんだよ。
いつの頃からかあっしはそれに気づいて、こっちから声を――いったーいっ!?」
語りだした三下さんを、兄貴がぶん殴った。
「――その昔馴染みな仲間の危機と、お前の語りと、どっちが重要だ?」
「す、すいやせん兄貴!
あっしとしたことが!!
こ、こっちだ、ついて来てくれ!」
正気に戻った三下さんの主導で、私達は通路を進んで行った。
到着したのは、大きな部屋だった。
入り口から、そっと中を伺っている私達。
「……ミーシャ」
三下さんが呆然と呟いた。
おそらく、部屋の中にいる冒険者の名前だろう。
てっきりお仲間は男性かと思っていたのだが、女性だったようだ。
……まあ、本人を見れば一目瞭然なのだが。
ミーシャさんは、かなり小柄な女性だった。
身長はエレナさんと同じ位だろう。
ただ、彼女に比べれば凹凸はかなり少ないか。
髪は銀髪で、短く揃えているのも相まって、少年的な印象を受ける。
もっとも、見ただけで分かる肢体の柔らかさが、彼女が女であることを主張していた。
――何故、私がここまで詳しく彼女のことを描写できるか、疑問に思った人もいるだろう。
理由は至極簡単、彼女は今、裸だからだ。
裸、なのだが……今の彼女に興奮するのは、余りに不謹慎というものだろう。
「……酷い」
今度は、エレナさんが呟く。
――そう、酷い。
部屋の中は――ミーシャさんの状態は、余りに酷い有様であった。
私達の目の間にある大部屋の中は、テンタクルスと呼ばれる触手型の魔物が蠢いていた。
その数、数百、或いは千にも届いているか?
この階層としては珍しく、この部屋は岩肌で構成されているのだが……それがほとんど見えなくなる程、床にも壁にも天井にも魔物が這っている。
部屋の中に魔物がいるというより、魔物によって部屋が構成されているといった表現の方が近いか。
その真っ只中に、ミーシャさんの姿があったのだ。
彼女は装備を全て剥ぎ取られており、その身体には無数のテンタクルスが集って――
「……うげぇっ……おごっ……あがぁっ……」
――触手の動きに合わせて、ミーシャさんが呻く。
触手は彼女の身体に巻き付き、穴という穴に入り込んでいる。
そして、ミーシャさんの腹は、臨月を迎えた女性のように膨らんでいた。
「……おぐっ……あ、んがっ……うぇえっ……」
時折聞こえる呻き声。
それは彼女がまだ生きてはいることを私達に伝えてくる。
――整っていたのであろう彼女の顔は、苦痛と快感によって見るも無残に歪められていた。
瞳の輝きはとうの昔に失われ、ひたすら魔物に嬲られるだけのモノと化している。
こんな状態を、生きていると表現できるのであれば、だが。
「……あ、あっあっあっあっあっ!」
突然、彼女の身体がびくびくと震えだす。
それと同時に、女性器から触手が抜け出る。
「あっあっあっあっあっ……んがぁああああっ!!」
ミーシャさんが一際大きな悲鳴をあげる。
――少しして、ミーシャさんの膣口から、小さな触手が這い出して来た。
テンタクルス達の子供、だろう。
彼女は――魔物の苗床にされているのだ。
魔物の中には、交配を行って子を作る種もある。
そしてその一部には、他種族の雌の身体を使って子孫を増やすものもいるのだ。
テンタクルスもその1種である。
「はーっ…はーっ……う、ぐっ……ぐぅうっ……」
触手を産み落として一息入れた彼女の膣に、再び触手が侵入していく。
また、産卵するつもりか。
「……うう、ぐぅっ……おごっ……あがっ……んおっ! おっおっおっおっおっ!!」
呻きの声質が、今までと変わってきた。
……今度はなんだというのか。
「……おげぇぇえええ! ごぼぉっ!!」
ミーシャさんの口から、触手が生えてくる。
大きさからして、子供というわけでは無いようだ。
……尻穴から入ったテンタクルスが、彼女の身体を貫通した、ということなのだろう。
私達が到着するまで、ミーシャさんはずっとこんなことを繰り返されていたわけか。
「ね、ねぇ、これ、もう……」
震え声で、エレナさんが話を切り出した。
「……ああ。
あいつの救出は、もう無理だな」
彼女の言葉を、兄貴さんが継ぐ。
「……数が、多すぎるよなぁ」
そして三下さんが、兄貴の台詞を補足した。
――敵の数が多い。
ミーシャさんを救うための問題点は、まさにその一点に尽きる。
テンタクルス一体一体は、決して強い魔物では無い。
しかし、今部屋の中には無数という言葉が誇張でない程のテンタクルスがいる。
如何に弱い魔物とはいえ、この数は脅威と言う他あるまい。
加えて、このパーティーにおける火力担当である私と兄貴さんは、多数への攻撃が苦手であるという事実。
<射出>はあくまで対個人への攻撃であるし、<侍>も前述通り1対1の状況にて性能を発揮する職業なのだ。
そして今までの戦闘を見えるに、三下さんも範囲攻撃スキルを決して得意とはしていなかった。
エレナさんは広範囲への攻撃魔法を習得しているものの、彼女の場合、単純に攻撃力が足りない。
テンタクルスは弱いと言ったが、それはBランク冒険者である兄貴さんや三下さんを基準とした場合の話である。
彼女のスキルでは、テンタクルスを仕留めるには至らない。
「そういうわけだ。
今まで協力すまなかったな。
お前達は先に進んでくれ」
大きくため息をついて、兄貴さんはそんなことを喋り出した。
「……ん?
それってどういうこと?」
「あっしらは、あいつを助けに行くってことよっ!」
エレナさんの疑問に、三下さんが答える。
「な、何言ってるのキミ達!
助けるのは無理だって言ったじゃん!」
「無理だとは言ったが、助けないとは言ってない」
「ミーシャを冒険者に誘ったのはあっしらだからなぁ。
責任は取ってやらにゃならねぇだろ?」
喚くエレナさんを諭すように、二人は言葉を連ねた。
それでも彼女は言葉を止めず、
「だ、だけど、なんとか助けられたとして、あの子、もう……」
俯いて、そう続ける。
……エレナさんの言う通り。
仮に救出できたとしても、あそこまでの責め苦を受け続けたミーシャさんの身体は深刻なダメージを受けているはずだ。
いや、身体の傷はスキルで治癒できるからまだいい。
彼女の心は――触手に身体の隅から隅まで蹂躙され続けた彼女の心は、既に壊れてしまっていることだろう。
「だとしても、だ」
エレナさんの心配を振り払うように、兄貴さんは口を開いた。
「言っただろう、俺は冒険者の掟には従う、と。
――仲間を見捨てることはしない」
「さっすが兄貴だぜ!
……ま、そういうことなんだ、旦那。
後は二人で頑張ってくんな。
無事脱出できることを祈ってるぜ!」
「……何故ですか?」
三下さんの台詞に、私はきょとんと聞き返す。
「はぁ?
いや、話聞いて無かったのかよ、あんた。
あっしらはミーシャを――」
「いや、私も協力するに決まってるじゃないですか」
何を言ってるんだろう、この人は。
これだから三下は困る。
「彼女が死んでいるのであればともかく。
生きているのであれば、できる限りのことはしませんと」
「だ、旦那」
「クロダ、お前……」
信じられない、とでも言いたげな口調で、三下さんと兄貴さん。
私とて冒険者の端くれ。
目の前で危機に陥っている冒険者がいれば、救助へ最大限助力することに何の異論もない。
彼らはさらに私へと言葉を続け……
「あんな状態の女にも欲情するのか」
「ちょっと引くわぁ…」
「喧嘩売ってるんですか?
売ってるんですよね?」
どうして女性が絡まないと私が協力的にならないとか思ってるんですかね、この人達は。
「んー、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。
助けるにしたって何か手はあるの?
まさかこのまま突っ込む気じゃないよね?」
「いや、割とそのつもりだったのだが」
「ぱあっと男を散らしてやるぜ?」
散らしちゃ駄目だろう。
というか、テンタクルス相手だと違う意味で男を散らすはめにもなりかねない。
「……ねぇ、クロダ君。
こいつら置いてさっさと先行こうよ」
「いえいえ、大丈夫です、エレナさん。
私に考えがあります」
玉砕覚悟の二人に呆れたエレナさんを励ますべく、私は力強くそう宣言した。
「……ねぇ、これ強行突破と大して変わらない気がするんだけど」
「俺に異論はない。
他に策も思いつかんしな」
「あっしはどっちかというと、本当にそんなことできるのかってーのが心配なんですが。
大丈夫なんでしょうね、旦那」
三者三様に私の作戦への感想を言い合う。
不安になる気持ちは分かるが……
「大丈夫です、テンタクルスとはこの階層に来てから何度も戦いましたから。
私は失敗しません」
社畜の特性のおかげで、あの魔物相手に攻撃を外す気は全くしない。
これから行う動きについても、先程から何度も頭の中でシミュレートしているので、社畜のデメリット(初めての、又は不意の行動にペナルティが入る)もそんなには出てこないだろう。
……突然変異したテンタクルスがあの中に混じっていないことを祈るばかりだ。
「んー、まあ、クロダ君がそう言うなら……」
「信じてますぜ、旦那」
「是非もない。
やるぞ」
3人共、覚悟は決まったようだ。
「では、行きますよ!」
私の号令と共に、3人がスキルの発動を始めた。
「んー、<
身体の前方に魔法による火を生み出すエレナさん。
私はそれを、
「<
<射出>によって、周囲の空気諸共にエレナさんの“火”をテンタクルスの群れに向かって撃ち放つ。
――熟練度の高い<射出>ならば、気体のように形のない物も飛ばすことができるのだ。
もっとも、ただ空気を<射出>するだけでは大したダメージを与えられないだろうが――
私のスキルによって勢いが付いた“火”は、巻き込んだ空気にも燃え広がり、“炎の奔流”となって魔物を襲う!
「おお、魔物が!」
「吹き散らされていくな」
三下さんと兄貴が言う通り、今の攻撃の衝撃によってテンタクルスが吹き飛ばされている。
「この調子です、どんどん行きましょう」
「うん!」
同じ要領で次々に火流を部屋の中へ放つ。
順調に魔物達を散らしていく私とエレナさん。
しかし、この攻撃ではあのテンタクルスの群れは倒せない。
派手に爆炎をあげているものの、これで倒せている魔物は吹っ飛んだ内の数匹程度だろう。
これでは殲滅に遠く及ばない。
「兄貴さん!」
「任せろ」
私の合図で、兄貴さんが部屋に飛び込む。
武技<
そして、炎によって魔物を吹き飛ばすことによって露出した“岩肌”へと到達した。
――そもそもあの攻撃は、テンタクルスを倒すための行動ではないのだ。
兄貴さんが安全に『作業』を行うための“場”を作ったに過ぎない。
「うぉおおおおっ!!」
凄まじいスピードで刀を振るい、岩を斬り取っていく兄貴さん。
「受け取れ、三下!」
ブロック状に斬り出した岩を、まとめて三下さんに投げて寄越す。
「なんで兄貴まであっしのことを三下呼び!?」
不満を漏らしつつそれを受け取る三下さん。
そして、
「<
行くぜ、だっしゃおりゃぁあああああっ!!!」
材料さえあれば瞬時に矢を生み出せるスキル――盗賊の暗技<矢作成>を使って、その岩から矢を作り出していく。
但し、本人が簡易版と叫んだように、完全な矢を作成するわけではない。
今回作ってもらったのは鏃の部分だけ。
時間短縮・コスト削減のためでもあるし、私の<射出>であれば鏃だけで十分テンタクルスを殺傷できるからでもある。
「頼むぜ、旦那!」
三下さんが、1個の岩から生み出された数十個の鏃を私へと放り投げる。
放られた鏃は、全て私の周辺の空間に“固定”されていく。
「うわ、凄っ!」
「ほ、本当にやれるのかっ!」
エレナさんと三下さんが驚きの声を上げた。
私が、<射出>によって一度に複数の物を飛ばすことができるのはご存知の通り。
スキルの中には、熟練度に応じて使用対象を増やすこと可能なものがあるのだが、<射出>もその内の一つなのだ。
そして、私程の高熟練度となれば、一度に<射出>できる数は、百近くに上る。
「……一斉掃射!」
その言葉と引き金として、それぞれの鏃を魔物に向けて狙いをつけ、撃ち出していく。
鏃は過たずテンタクルスを貫き、次から次へと仕留めていく。
その様は、弓矢のそれから大きく乖離し――機関銃を連想させる。
「う、あ、あ――」
「お、おお――」
数十の鏃が飛んでいく迫力に、言葉を失くすエレナさんと三下さん。
彼女はともかく、三下さんに惚けられては困る。
「三下さん、次の鏃を下さい!」
「――お?」
「お?…じゃなくて! 早く!!」
今の掃射で数十匹は倒せたが、しかし所詮は数十匹。
相手はまだまだ無数にいるのだ。
「よ、よっしゃ、任せろ!!」
素早く次の鏃を作り出す三下さん。
「こっちも出来たぞ!
早く矢を作れ!!」
兄貴さんは岩をさらに斬り出しており、こちらへ投げつけてくる。
「また行きますよ……一斉斉射!!」
魔物達はようやく我々を脅威と認識したのか、ミーシャさんを置き捨ててこちらへと襲い掛かってくるが――もう手遅れだ。
我々の必勝パターンは形成された。
テンタクルスの知能では、これを打ち崩すこと等できまい。
この作業を何度か繰り返した後。
「ふんっ!
――これで最後か」
部屋に巣食っていたテンタクルスの大半は私の<射出>によって討伐された。
今、兄貴さんが討ち漏らした魔物の掃討を終えたところだ。
「――熟練度が500を超えてるなんて聞いた時にゃ、この人とうとう気が狂ったかと思っちまったけど」
「この光景を見せられては、信じざるを得まい」
綺麗になった部屋をぐるりと眺めてから、三下さんと兄貴さんが呟いた。
「……熟練度って100が限界じゃなかったんだねー」
エレナさんもそれに続く。
一般に、スキルの熟練度は100が最大と言われているのは確かだが。
それは、全てのスキルを開発し、全てのスキルを扱える人物――五勇者の一人、エゼルミアさんの効果量を100として熟練度を設定した、という説明が正しい。
つまり、エゼルミアさんの能力を超えたならば、熟練度100を超えることもあり得る、というわけだ。
「熟練度100に到達したスキルを持つ冒険者など、俺は数人しか知らんぞ。
500など、飲みの席で話しても馬鹿にされる数字だ。
――三下の言う通り、気が狂ってるな、お前」
「酷い言い草ですね」
「褒めているんだ。
よくもまあ、ここまでの力を持っておいてEランクなどと嘯けたものだ」
いや、それ褒めてないだろう、絶対。
「ほ、ほら、そんなことよりも、お仲間さんですよ!
早く手当てをしないと!」
「そ、そうだった! ミーシャ!」
私が話題転換すると、三下さんがミーシャさんに駆け寄った。
懐からポーションや薬を取り出して、応急処置に乗り出す。
エレナさんがその横に立ち、ミーシャさんを覗き込みながら三下さんに問いかける。
「……どう?
この子、助かりそう?」
「――分からねぇ。
身体の傷だけなら、死ぬことは無さそうだけどよ。
……心の方は、なんとも言えねぇ」
私も彼らに近づいて、話しかけた。
「腕のいい薬師を知っています。
精神治療にも詳しい方ですから、その人なら或いは」
「ほ、本当かい、旦那!?」
目を輝かせる三下さん。
本当にお仲間のことを大事に思っているのだろう。
「……ん? それって、ローラさんのこと?」
「おや、ご存知でしたか」
「そりゃ、ボクも<魔法使い>だしね、結構お世話になってるよー。
あの人、心の治療も出来たんだ?」
「ええ、それは――」
私とエレナさんが話を始めたところで――
「エクセレント!!
素晴らしい!!」
大きな拍手と共に、そんな声が聞こえてきた。
第十二話③へ続く