※この作品はR-18です。

社畜冒険者の異世界変態記   作:ぐうたら怪人Z

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※今回のお話では、主人公の一人称ではなく、三人称にて物語が進みます。


第十三話 ウィンガスト騒乱
① 少女の独白


 

 

 

 「お怪我はありませんか?」

 

 それが、『彼』から貰った最初の言葉だった。

 

 

 

 ――はっきり言えば、“少女”は自分の力を過信していた。

 

 名家の子として生まれ、家の名に恥じぬだけの魔力を生まれつき持っていた。

 成長するにつれ、彼女の力はさらに増していき――

 気づけば、同世代で彼女に勝てる者は……比肩する者すら、いなくなっていた。

 

 周囲の大人も彼女の才能を褒め称える。

 そんな環境が、彼女を増長させ続けた。

 自分は誰よりも強い、特別な存在なのだと少女が思い込み始めるのに、そう時間はかからなかった。

 ……大人達が彼女を褒めたのは、彼女が名家の子女であったから、そして、“子供にしては強いから”、だったというのに。

 

 だが少女も次第に、周囲の言葉が自分をあやしているだけだということにうっすらと気づいていく。

 

 ――だから。

 <次元迷宮>の話を聞いて、そこへ潜って“自分の強さ”を見せつけてやろうと考えた。

 迷宮が危険な場所であることは再三耳にしたが……所詮は『人間にも踏み込める』程度の場所だと高を括っていたのだ。

 そして、周囲が止めるのにも耳を貸さず。

 数人の仲間を伴ってそこへ向かったのだった。

 

「……はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」

 

 肩で息をしながら負傷した身体を引きずって、少女は独り、迷宮を歩いていた。

 ――意気揚々と迷宮へ侵入した少女だが、その余裕が続いたのは最初の内だけだった。

 

 階層を進むごとに、強力になっていく魔物、凶悪になっていくトラップ。

 迷宮に潜む数々の脅威は、少女を少しずつ消耗させていった。

 

 ――もっと早く引き返しておけば良かった。

 

 薄々と感じてはいたのだ。

 このダンジョンは、自分の手に余る代物だと。

 なのに、少女は前に進んでしまった。

 大見得を切って出てきた手前、逃げ帰ってきたという醜聞を彼女のプライドが許さなかった。

 

 ……そのプライドが実につまらない、取るに足りないものであったことも、すぐに思い知らされることになるのだが。

 

「……はーっ……はーっ……はーっ――――う、うぅぅ……」

 

 今の“状況”を思い返して、少女は嗚咽を漏らした。

 

 ここは<次元迷宮>の奥深く――人間達が『赤色区域』などと呼んでいる場所。

 持ってきた武器は幾度もの魔物との戦いにより全て使い物にならなくなった。

 探索による疲労の蓄積で、体力も僅か。

 度重なるスキルの使用により、魔力は欠片も残っていない。

 休憩しようにも、食料もまた底を尽いている。

 

 そして緊急用にと持たせて貰った脱出用のアイテムも――仲間の裏切りにより、失った。

 ……彼女の強情さに、『もうついていけない』と愛想尽かされたことを裏切りと呼ぶのは、少々酷かもしれないが。

 

 ――つまるところ、もう少女の“終わり”は確定していた。

 

「…………うぐっ、う、あぁあぁぁぁ……」

 

 叩きつけられる絶望に吐き気すら催すが……幸いなことに、吐ける物が今彼女の腹に入っていなかった。

 ――もう丸2日、何も食べていない。

 

「……うぅ……ひ、くっ……うぅぅ……」

 

 そして、泣いているにも関わらず、涙が流れていないことに気づく。

 水も飲めていないのだから、涙が出るわけが無いな、と自分の中の冷静な部分が分析した。

 

「……帰、り、たいよっ……」

 

 かさかさの唇を震わせて、弱音を吐く。

 言ってどうにもならないことは理解しているが、言わずにいられない。

 

 帰ろうにも、帰る方向すら分からない。

 助けを求めようにも周囲に魔物以外はおらず、帰った仲間はもう自分のことなど見捨てているだろう。

 

「……………や、だ」

 

 それでも少女を足を止めなかった。

 最悪の未来を――そう遠くない将来確実に訪れるであろう結末を想像しては、かぶりを振って打ち払い、彼女は何のアテも無く迷宮を彷徨う。

 

 ……疲労と緊張で混濁する意識の中、益体も無い考えが、浮かんでは消えていく。

 

 ――魔物がこんなに強いなんて思わなかった。

 仕方ないと思っていても、後悔の想いがとめどなく溢れてくる。

 

 ――魔物なんて、魔族(あたしたち)に使役されるだけの存在だと思っていた。

 そうでないことを、今は身をもって知っている。

 <次元迷宮>の奥に棲む“奴ら”は、少女を容易く蹂躙した。

 同じ『魔王』から生み出された存在といっても、そこに手心など無く。

 ……そもそも、意思疎通すらまともに出来ない間柄なわけだが。

 

 ――人間にも、入ってこれる場所だったはずなのに。

 もっとも、当の人間達にとってもここは地獄のような場所だったようだ。

 ここに来るまで、幾つもの人間の死体が転がっていた。

 いや、死んでいたのならまだ増しだった。

 時には、魔物の苗床になった女の姿も――

 

「…………やだ、やだやだ!」

 

 あんな風にはなりたくない。

 生きて帰りたい。

 また、父や母の顔が見たい!

 

 そんな恐怖をカンフル剤にして、少女はさらに進もうとする、が。

 

「―――――あ」

 

 そこで、気づく。

 いったい何時からだったのだろう――周囲を、魔物に囲まれていた。

 体力の消耗で、周囲への警戒が散漫になっていたのだ。

 

「…………あーあ」

 

 ため息を一つ。

 どうしようもない結末を突きつけられると、人はかえって冷静になる。

 少女の胸には、諦観が去来していた。

 

 取り囲む魔物達が、じりじりと自分との距離を詰めてくる。

 もう、彼らを倒す力はおろか、彼らから逃げる力も、気力すら持っていない。

 それでも、それでも――

 

(……死にたく、ないなぁ)

 

 少女はそう思った。

 それは生物として当然の欲求であったわけだが、しかし、その欲求を満たすことはもうできそうにない。

 だからせめて――それが全く意味の無い行為だとしても――最期にその気持ちを言葉にする。

 

「…………誰か、助けて」

 

 ――そう、呟いた瞬間だった。

 魔物の内の一体が、音もなく崩れ落ちた。

 

(……?)

 

 倒れた魔物は、ピクリとも動かなくなる。

 うめき声一つ立てない。

 

(……死んで、る?)

 

 他の魔物もそれに気づき出したのか、途端に周りが騒がしくなる。

 自分達の『敵』を警戒し始めたのだ。

 だが――

 

「……ギッ!?」

 

「……ガッ!?」

 

 にもかかわらず、さらに数体の魔物が倒れ伏す。

 少女を散々苦しめてきた魔物が、いともたやすく。

 

(…………誰?)

 

 暗闇の中、目を凝らす少女。

 すると――

 

(……人間?)

 

 人間が――たった一人の人間の男が、魔物を屠っていた。

 ひょっとしたら仲間もいるのかもしれないが、少女から見えるのはその青年一人だけ。

 的確な動きで魔物の攻撃を躱し、精密な攻撃で魔物を一匹、また一匹と倒していく。

 

(……凄い)

 

 その人間の見せる強さに、少女は感嘆した。

 万全の自分でも、彼には勝てないかもしれない。

 それ程、その男の戦いぶりは圧倒的だった。

 

 少女はただ、青年の戦闘を見ているだけだったが――

 

「――あ」

 

 不意に、声を上げる。

 魔物が一匹、少女に向かって突進してきたのだ。

 彼女の方を先に襲おうと考えたのか、それともあの人間から逃げる先に偶々彼女が居ただけか。

 

 少女には、その魔物を避ける余力は既に無い。

 しかし、彼女が焦りの感情を抱くよりも先に。

 

「……ギャッ!?」

 

 魔物がつんのめる様にして倒れた。

 見れば、背中に矢が刺さっている。

 撃たれた向きからして、あの青年が放ったようだ。

 

(……助けてくれたの?)

 

 あの人間は、偶々遭遇した魔物を掃討しようとしているのではなく――明確に自分を助けようとしている。

 今の行動を見て、少女はそんな確信を持った。

 

(なんで、人間が、あたしを?)

 

 人間にとって、少女は倒すべき“敵”のはずなのに。

 目の前の青年は、どうしてそんな自分を助けようとしているのだろうか?

 

 

 ……少女がそんな疑問に頭を悩ましている間にも、男は魔物を倒し続け――

 気づけば、辺りから魔物の気配は消えていた。

 

 

(……本当に、倒しちゃった)

 

 ――つまり、少女は助かった。

 ほんの数分前まで、死を覚悟していたというのに。

 

 張りつめていた緊張が解け、身体から力が抜ける。

 そのまま、その場にへたり込んで、尻もちをついてしまう。

 

「……はぁぁああ……」

 

 肺から思い切り空気を吐く。

 生き残ったという実感がじわじわと少女の心に湧いてきた。

 

 一方、魔物を一掃した当の本人は用心深く周囲に注意を払い、他に敵がいないか確認しているようだった。

 ひとしきり確認を終えると、青年は少女の方へ歩み寄ってくる。

 

 ……彼女に、その男から逃げるという選択は思いつかなかった。

 自分を殺すつもりなら、とうに殺せているだろう。

 それだけの力を、目の前の人間は持っている。

 まあ、そもそも体力的な問題で身体を動かせなかったわけだが。

 

 青年は少女の近くにまで来ると、ゆっくり手を差し伸べてきた。

 ……そして、すっと微笑みながら、冒頭の台詞。

 

 

 「お怪我はありませんか?」

 

 

 ――そんな彼に。

 ――“魔族”である自分に、何の隔ても無く手を差し伸べてくれた彼の姿に。

 

 

 少女は、一瞬で恋に落ちた。

 

 

 

 

「――――ん」

 

 朝。

 少女――リア・ヴィーナは目を覚ます。

 

「……また、懐かしい夢を」

 

 懐かしいと言っても、夢の出来事からまだ1年程度しか経っていない。

 

「ん、んんん……!」

 

 身体を思い切り伸ばす。

 窓から差し込む朝日が眩しい。

 リアは眠そうに目を擦った。

 

「ふわぁ……」

 

 あくびを一つ。

 朝の日差しの光は、眠気を完全に覚ますには少々足りなかったようだ。

 

「昨日、遅かったからね…」

 

 とは言っても、いつまでも寝ているわけにもいかない。

 今日は彼女にとって、大事な日なのだ。

 まだ眠っていたいと訴える身体を、無理やり起こす。

 

「―――あ」

 

 立ち上がろうとしたところで、あることに気づく。

 リアは右手を自分のパンツの中に挿れた。

 

「うあ、零れてきちゃってる」

 

 下着に挿れた手には、ドロっとした白い液体がついている。

 昨日、抱かれた際に中出しされた精液が、女性器から漏れてきてしまったらしい。

 

「……流石にここは片づけていけなかったわけね」

 

 昨晩は深夜まで黒田とセックスをしていた。

 相当に乱れてしまい、部屋のあちこちを汚してしまったはずだが――朝起きてみれば、いつもの様に彼が掃除していってくれたようだ。

 そんな黒田でも、リアの膣の中までは手を出さなかったらしい。

 

「ま、いいけどさ」

 

 手についた白濁液を、舌で舐めとる。

 口の中に、精液の味と匂いが染み渡っていく。

 

「んっ…はぁ……クロダの味……」

 

 うっとりと、リアは呟く。

 昨晩の激しいプレイを思い出し、子宮が少し疼いてしまう。

 彼女は、蜂蜜でも舐めるかのように、丹念に手のザーメンを舐めとっていった。

 

「……はぁぁ」

 

 手が綺麗になったところで、満足そうに息を漏らす。

 

 リアは今、あの日、迷宮の中で会った青年――黒田誠一と、身体をかさねる仲となっていた。

 初めて目にした日から、ずっと想い続けてきた相手と。

 嬉しくないわけが無い――のだが。

 

(……想像してたのとは全然違う形なのよね)

 

 リアと黒田の関係は、彼女の考える恋人同士のそれとは違うものであった。

 毎日のように顔を合わせるし、働き先にまでエスコートをしてくれることもある。

 ただ、彼からの愛情を向けられているのかというと、少し違うような気がする。

 

(――嫌われてるってわけじゃないみたいだけど)

 

 セックスだって頻繁にしているけれど、それも性欲のはけ口として自分を使われているような――

 リアが失神するまでヤり続けるのが殆ど。

 時には、前戯もなしに突き挿れてくることもあれば、人の目がある場所で手を出してくることもある。

 

 “人間同士”の恋愛に詳しくないとはいえ――彼女が幼い頃から思い描いていた、恋人の有り方とはあまりに乖離していた。

 

(……こんなのじゃなくて。

 もっと、もっと――)

 

 黒田への不満が心に湧き出てくる。

 同時に、片方の手を股間に、もう片方を胸に当てる。

 自らの乳首とクリトリスを弄り始めながら、リアは黒田への欲求を吐露した。

 

「――――もっと、乱暴に扱ってくれればいいのに」

 

 人を『肉便器』などと呼んでおきながら、黒田は自分のことを優しく扱い過ぎていた。

 性交をした後はしっかりと掃除や片付けをしてくれるし、食事だって代わりに用意してくれる。

 とてもではないが、『便器』に対する扱いとは思えない。

 

「……あっ……はんっ……あ、あっあっあっ……」

 

 指を激しく動かす。

 頭に痺れる快感が流れ込んでくる。

 

 ――乱雑に扱って欲しい。

 ――ヤり捨てて欲しい。

 ――モノのように見られたい。

 

「……ああっ……ああんっ……んぁあっ……ああああっ……」

 

 感覚が蕩けていく。

 恥部を弄る手はもう止められそうにない。

 

(そうよ、クロダもあいつらみたいに――ゲルマンやセドリックみたいに、あたしを扱ってくれれば…!)

 

 ゲルマンは、リアが働いている店の店長で、セドリックはその店の常連だった。

 毎日のようにリアにセクハラ――スカートをめくるだの、胸を触るだの、尻を揉むだの――してくる性根の腐った連中。

 そのままレイプ紛いのセックスを強要してくることも少なくない。

 こちらの都合など一切お構いなく、だ。

 

「あっ! あんっ! あぁあっ! あっ!」

 

 あの男達のようなことを、黒田がしてくれたら。

 

 ――嫌がる彼女を無理やり組み伏せたり。

 ――事後、精液に塗れた彼女をそのまま放置したり。

 ――あの青年にだったら、小便をかけられたって…!

 

(クロダに、そんなことされたら、あたし……あたし……!)

 

 心が昂るまま、ガムシャラに胸を、陰核を弄り、快楽を貪る。

 彼に『そんなこと』をされている妄想に浸りながら――

 

「あ、あぁぁぁああああっ!!」

 

 ――リアは、絶頂した。

 

「…はーっ…はーっ…はーっ…はーっ…」

 

 胸を大きく上下させながら、余韻を味わう。

 ……本当に、黒田とそういうことをしだしたら、きっと自分はどうにかなってしまう。

 そう、正真正銘の『肉便器』へと――

 

「――って何考えてんのあたしっ!?」

 

 両手でパンっと頬を叩く。

 

「落ち着け……落ち着け。

 なんか凄くやばい妄想に憑りつかれてた気がする」

 

 深呼吸して、気を落ち着かせる。

 

 ――いくらなんでもアレは無い。

 今だってリアは、黒田に抱かれることに色々と我慢しているのだ。

 

「あんなことされたら、どうにかなるのは向こうの方だってーの」

 

 主に暴力的な意味で。

 彼が再起不能になるまで、ギッタギタにすることだろう……たぶん。

 

(……しかも、黒田ならまだしもあいつらのことまで想像しちゃうなんて)

 

 店長やセドリックとのプレイを悦んでいるなんて、なおさら絶対に無い。

 今度やってきたら、確実に息の根を止めてやろう。

 

 今までそれをしないでやったのは――

 

(まあ、店長には私が路頭に迷いかけてたとき助けて貰ったし、

 セドリックにも家買う時に色々援助して貰ったし)

 

 リアが初めて人間の街――ウィンガストにやってきて、右も左も分からず右往左往していた時、手を貸してくれたのが彼らだったのだ。

 当時は、困った時に手助けをしてくれる、人の『暖かさ』に感激したりもした。

 だからこそ、“ちょっとやそっと”のことには目を瞑ってやったのに。

 

(……今思えば、あたしの身体目当てだったんだろうけどさ)

 

 あのゲス野郎共め。

 リアは、怒りに拳を震わせた。

 

 ともあれ、その温情もここまでだ。

 次に手を出してこようものなら、この世に産まれてきたことを後悔させた上で、その生涯を終わらせてやる。

 

「……ま、もう会うことも無いんだけどね」

 

 ひとしきり憤慨してから、彼女はふっと力を抜いて自嘲気味に笑う。

 

 ……そう。

 ゲルマンにも、セドリックにも、ひょっとしたら黒田にも、もう彼女は会わない。

 ――今日、リア・ヴィーナはウィンガストを去る。

 

 

 

 

 ……時刻はそれから少し経ち。

 太陽が高く上り、今は昼間。

 

「えへへへへへ」

 

「ちょっとヒナタ、さっきから何で笑ってんの?」

 

 人で賑わうウィンガストの大通りを、一組の男女が歩いていた。

 ……もっとも、男の方の性別をしっかり識別できる者が、通行人の中にいるかどうかは怪しいが。

 

 片方はリア・ヴィーナ。

 もう片方は、リアの同居人である室坂陽葵だ。

 

「え、だって、リアとデートだぜ、デート!

 へへ、オレ、嬉しくってさ」

 

「……あ、ああ、そう?」

 

 屈託なく笑う陽葵に、答えに窮してしまうリア。

 そこまで純粋に無く喜ばれると、少し罪悪感が湧いてしまう。

 ……このデートは、彼女が“打算的に”仕組んだものだからだ。

 

(いや、そもそもあんまりデートしてる気もしないんだけどね)

 

 正直なところ、女の子同士で一緒に出かけているという意識しかない。

 それは同居している時から抱いている思いだったが。

 

(一応、男の子――なのよね?)

 

 裸を見たこともあるので、それは間違いない。

 陽葵の股間には男のシンボルがある。

 性格や言動だって男の子っぽいし、リアに好意を抱いているところからして、性的欲求も男性のものなのだろう。

 

(……あたしへの好意を利用しちゃって悪いんだけど)

 

 先程の罪悪感がまた首をもたげてくる。

 そんな彼女へ、陽葵が話しかけてきた。

 

「ん? どうした、リア。

 なんか、暗い顔してるぞ。

 ――ひょ、ひょっとして、オレと居て楽しくない!?」

 

「そんなわけないでしょ!

 ちょっと考え事してただけ。

 あんたの方こそ、こんなんで心配顔なんてしないしない!」

 

「そ、そっか。

 それならいいんだけどさ」

 

 不安げにこちらを覗き込んでくる陽葵に、慌ててフォローを入れる。

 実際問題、リアとしても別に陽葵のことを嫌っているわけではない。

 寧ろ好いていると言っていい。

 彼の裏表の少ない性格は彼女の好みだし、気が合うのか話も弾むし、一緒に暮らして不快になったことだって無い。

 

 ……ただ、彼の“容姿”のせいで、異性としての好意をちょっと抱き辛いというのもある。

 

(男でこの顔って、反則だよね…)

 

 リアは陽葵の顔をじっと見てみる。

 彼との付き合いはもう数週間程になるが、それでもなお男だとは思えない容貌だ。

 風に吹かれてサラサラと靡く金髪、パッチリとした瞳、形の良い鼻、潤いのある唇――それらが奇跡的なバランスで組み合わさっている。

 この顔を見て彼を男だと見抜ける奴は、むしろ目が腐ってるとすら思う。

 

「……あの、リア。

 そんなにじっと見られると、流石に恥ずかしいかも」

 

「ご、ごめん!

 あんたの顔に、ちょっと見とれちゃってて…」

 

 陽葵からの指摘に、ついつい本音で返してしまった。

 まあ、デートであることを考えればそうおかしな返しでは無いだろう。

 ……『見とれる』の方向性が、美しい同性に対するソレであることを秘密にすれば。

 

「そ、そっか?

 えへへ、なんか、嬉しいな」

 

 褒められたのが嬉しいのか、はにかむように笑う陽葵。

 リアの心臓がドクンっと高鳴る。

 

 ――やばい。

 ――マジで可愛い。

 

(あたし、そういう趣味は無いはずなのに…)

 

 いや、陽葵は男で、男相手にドキドキしているのだから、一周回って特に問題ないのか?

 ……そして彼のおかしい箇所は、何も顔だけではないのだ。

 

(この子、あたしより腰回り細くない?)

 

 陽葵は、身体も実に女らしかった。

 身体の肉のつき方が、男のものでは無い。

 程よく柔らかい上にハリもあり、その肌には染み一つ存在しない。

 前にマッサージと称して彼の身体を揉ませて貰ったのだが、その触り心地の良さは、癖になりそうな程だった。

 

(……ま、まあ、胸は勝ってるんだけどね!)

 

 男相手に胸の大きさに勝機を見出している時点で、惨敗もいいところだという事実には目を瞑る。

 そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、陽葵が口を開く。

 

「しっかし、良い天気だよなぁ、今日。

 黒田に無理言って、予定変更して貰って良かったぜ」

 

 陽葵には今日、黒田との探索の予定が入っていた。

 デートのために体調不良と嘘をついて、その予定をキャンセルしたのだが――

 

「ああ、そのことなんだけどさ、ヒナタ」

 

「ん、なに?」

 

「たぶん今日の事、黒田にはバレてるよ?」

 

「うぇええっ!?」

 

 オーバーアクション気味に驚く陽葵。

 まあ、これだけ血色の良い顔で体調が悪いとか言っても、説得力に欠けるだろう。

 無理強いしても仕方ないということで、納得してくれたのかもしれない。

 

(変なとこ気の利く奴ではあるし)

 

 リアはそう解釈した。

 

「……ま、マジで?」

 

「うん。

 かなり思わせぶりな口調で、あたしにあんたのこと頼んできたもん」

 

「……デートのことも、バレてんのかな?」

 

「それは――分からないけど」

 

 ひょっとしたら、そこも気づかれていたかもしれない。

 ただ、だとすると。

 

(あたしが他の男とデートするのをスルーされたってことだし――)

 

 気づいていなかった……ということにした方が、精神衛生上良さそうだ。

 黒田にとって陽葵が、男としてカウントされていない可能性も捨てきれないが。

 

「……うう、帰ってきたら怒られそう」

 

 一方で、顔を赤くして身体をもじもじとさせる陽葵。

 黒田に怒られるのを怖がっている、のだろうか。

 怖がる反応にしては、なんだか大分おかしい気もするのだが。

 

(……あの、凄く色っぽいんですけど、その仕草)

 

 肢体をくねらせる陽葵の動きは、実に扇情的だった。

 道行く男達が何人も振り返ってしまう程に。

 

「ちゃんと謝れば大丈夫でしょ」

 

「……う、うん、そうする」

 

 リアの言葉に頷くものの、それでも顔が少し赤いままな陽葵。

 そんな彼に、男たちの視線は釘づけである。

 

(……格好も悪いと思うのよ、格好も)

 

 陽葵の服装は、Tシャツに薄手の上着、そしてショートパンツ。

 気に入っているのか、彼は大体この格好をしている。

 

(間違いなく似合ってはいるんだけど――ちょっと、露出がねー)

 

 健康な男子達に、陽葵の太ももは眩し過ぎるだろう。

 お腹もチラチラと見えているし。

 

 ……実のところ、男共の視線はリアにも――今日のために気合を入れた、ミニスカート姿のリアにも注がれていることに、彼女は気づいていない。

 ある意味、似た者同士のカップルと言える。

 

(そもそもな話、ヒナタの容姿にあたしが勝てるわけないのよ、うん)

 

 最終的に、そんな形に結論付けるリア。

 彼の『出自』を考えればこの美貌も納得いくし、それと自分を比較することは、“不遜”とも捉えられかねない。

 

「ほらほら、そんな顔してないで。

 さっさとお店に行きましょ!」

 

「お、おうっ」

 

 心の整理をつけたリアは、陽葵の腕を引っ張って目的の場所へと急ぐのだった。

 

 

 

 第十三話②へ続く

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