「へー、このお店かー」
陽葵が呟く。
大通りを歩き、横道に入って裏通りをてくてく進み……
リア達は目的のお店に到着したのだった。
「……雰囲気のある喫茶店だな」
「素直にぼろっちぃって言っていいのよ?」
「そ、そんなこと思ってないぞ!?
リアが選んでくれたお店なんだし!」
目の前にある喫茶店は、壁が少し剥げていたり、窓ガラスに少々ヒビが入っていたりと……お世辞にも綺麗な建物とは言いづらく。
なんというか、急遽の工事でどうにかお店としての体裁を整えましたと言わんばかりの風体だった。
(言わんばかりも何も、その通りなんだけど)
心の中で苦笑するリア。
まあ、あまり綺麗に整備し過ぎて、客がたくさん来てしまうと困るので、これ位が丁度いいのかもしれない。
「……本当はオレがいい店を紹介できれば良かったんだけど」
「ヒナタはこっち来てまだ日が浅いでしょ。
こういうことはあたしに任せときなさいよ――ま、その内エスコートもして欲しいけど」
ぼやく陽葵に、笑いながらつっこみを入れるリア。
そんなことを言いつつも、実はリアもウィンガストについてそこまで詳しいわけでは無い。
何せ、陽葵が来る約一か月前に来たばかりなのだ。
“人間社会で暮らした”長さであれば、陽葵の方が長いくらいだろう。
――このお店に来たのは、“上”からの指示によるものだった。
(とりあえず連れてくればいい、みたいなこと言われたけど。
……大丈夫なんでしょうね)
陽葵には事情を全く話していない――これもそういう指示があったからだが。
いきなりアレコレ説明して、信じて貰えるのだろうか?
「ささ、外で突っ立ってるわけにもいかないし。
中、入りましょ」
陽葵の肩を押して、喫茶店のドアをくぐる。
すると――
「いらっしゃいマセ~!」
こちらが何か言うよりも先に、声がかけられた。
店に入った二人の目の前では、店員らしき人がにこやかに手を振っている。
その姿を見て、
(――――え)
リアの頭がフリーズした。
その店員は、ウェーブのかかった長髪をした、長身の美青年。
だが彼女は、彼の容姿に驚いたわけではない。
マスターが彼女の顔見知りだったから……でも無い。
というか、顔見知りが店員をしているであろうことは織り込み済みである。
リアが思考停止に陥った理由――それは、彼が“上”の人物、つまるところ、リアの『上司』だったからだ。
(――ここに連れてくれば後は大丈夫とか言ってたけど、いきなりこの人が出てくるなんて聞いてないっつーの!)
リアは必死で内心の動揺を押し隠す。
せいぜい、適当な下っ端が宛がわれているのかと思いきや。
(そもそも、そう簡単に人前に出てきていい立場の人だっけ!?)
上司と一口に言っても千差万別あるが、この男の立場はリアよりかなり上。
顔を合わせたことだって、数回しかない。
現代社会の会社で例えるなら、一般社員と支社長くらいの差があるのだ。
……社長とは言えないあたりが、微妙なところだが。
ともあれ、そんな人物が急に登場すれば、リアならずとも混乱しようというものだ。
しかしここで取り乱すわけにもいかない。
「こ、こんにちはー。
えっと、予約していた者なんですけど――」
自制心をフル回転させ、どうにか言葉を絞り出すリア。
陽葵に自分の混乱を気取らせてはいけない――と、思ったのだが。
(――――あれ?)
隣を見ると、肝心の陽葵はこちらをまるで見ていなかった。
ただ、前を――店員の方をずっと凝視していた。
そして、唇を震わせて声を発した。
「―――――れ、煉先生?」
「はい。
お久しぶりデス、陽葵クン」
(――――は?)
そんな二人のやり取りを聞いて。
リアの思考は、再び止まった。
「……あんた達、知り合いだったのね」
リアの頭がようやく動き出したのは、テーブルに座って二人が昔話に花を咲かせだしてからだった。
「うん、そうそう。
リアには話してたっけ?
オレ、孤児院で育ってたんだけどさ。
そこでお世話してくれたのが、煉先生だったんだよ」
「ハハハ、そうなんデスヨ」
(……そうなんデスヨ、じゃなくて)
いけしゃあしゃあと同意してくる店員――煉先生とやらに、心の中でつっこみを入れる。
そういう“仕込み”をしていたのであれば、事前に説明しておいてほしい。
「でも驚いたなぁ、先生もウィンガストに来てたなんて。
いつこっちに来てたのさ?
あっちの、東京の方はどうなってる?
オレがこっち来てからなんか起きた?」
「陽葵クン、質問は一つずつネ。
あと主語をちゃんと入れるようにしまショウ」
「あっと、ごめんなさい」
先生に叱られたからなのか、素直に謝る陽葵。
「ウンウン、そういうところは直していきまショウネ。
それで、質問の答えなんですが――まず、陽葵クンの認識を改めなければなりませんネ」
「え?」
「ワタシはそもそも、こちらの世界の住人なんですヨ」
「えええ!!?」
体を仰け反らせて驚く陽葵。
自分の恩師が異世界人だと言われれば、心境穏やかではいられないだろう。
(まあ、これからもっと驚くはめになるんだけどね)
心の声で合いの手を入れるリア。
二人の会話を邪魔しないようにとの配慮である。
「ハハハハハ、驚きまシタ? 驚きましたヨネ?」
「そ、そりゃ驚くって!
え、何、じゃあ先生、ウィンガストで生まれてから地球に来て、またウィンガストに戻ってきたってこと?」
「ハイ、その通りです」
「そんなことできんの!?
なんでそんなことやったのさ!?」
さっき先生に質問は一つずつと言われたにも拘らず、連続して質問を飛ばす陽葵。
彼の心理状況を鑑みれば、無理もないことかもしれない。
煉先生も今度はそれを窘めず、返答をした。
「ハイ、ワタシにはできます――簡単なことではありませんケドネ。
そしてなぜやったのかと言えば、陽葵クンのためデス」
「……お、オレ?」
「また陽葵クンには驚いてもらうことにしまショウカ。
アナタはね、こちらの世界で生まれたんデス」
「にぇぇえええ!?」
驚愕し過ぎて、よく分からない叫び声が陽葵の口から漏れる。
だが煉先生はそれを意に介さず、畳み込むように話を続ける。
「フッフッフッ、まだ終わりまセンヨ?
陽葵クン、なんとアナタはね……魔王の、息子なのデース!」
「どぇえええええ!!?」
意味不明な叫び再び。
「な、なななな、何言ってんだよ先生!
オレが魔王の息子とかちょっと!
いや確かにそういうのに憧れてはいたけど、話を盛りすぎっていうか!
な、なぁ、リア!?」
今までの日常を覆す情報を一度に与えられたため、大分動揺しているようだ。
それを抑えるため、というわけでもないのだが、リアは極めて冷静に返事をした。
「うん、そうよ」
「――はれ?
り、リア?」
彼女から思っていたのと違う返しを受け――混乱が頂点に達したせいなのか――それまで張り上げていた陽葵の声が小さくなる。
続けざまに、リアは言葉を紡ぐ。
「ヒナタはね、魔王様のご子息なの」
――そこからは、意外に話は早かった。
陽葵は、リアが思っていたよりずっとすんなり、現状を受け入れたのだ。
信頼する煉先生と、ウィンガストに来てからずっと一緒だったリアが共に肯定したからであろうか。
「いやー、オレが魔王の息子だったとはなー!
自分が只者じゃないって予感はしてたけど、まさかねー!」
そしてご覧の有様である。
……単に、
「……ここまで単純だったなんて」
「ん、何か言った?」
「ううん、なんでも」
リアはついついぼやいてしまうが、本人が納得してくれるというなら特に異論はない。
『魔王の息子である』なんていうトンデモナイ事実をどう説明しようか、悩んでいたほどなのだから。
「聞き分けのいい子に育ってくれて、先生感激デスヨ」
煉先生はニコニコと笑っている。
「さて、説明を続けまショウカ。
魔王様の息子であることを受け入れて頂いたとしても、まだまだ疑問は尽きないでショウ?」
「え? あ、ああ、うん。
そうそう、まだ聞きたいことがあったあった」
(……完全に浮かれきってたわけね)
まだリア達が何者なのかも説明していないのに、この浮かれ様。
ちょっとこの先心配になった。
「まずご安心頂くために、ワタシ達のことをお話ししまショウ。
まあ、魔王の息子であるアナタを保護していたことからある程度お気づきかもしれまセンガ。
ワタシと、こちらのリアは、魔族なのデス」
さらっと、自分達が陽葵を保護していたことも台詞に織り込んでくる煉先生。
「えぇえええっ!?
ま、魔族っ!?」
「いや、そこ驚くところじゃないでしょ。
魔族じゃなかったら何だと思ってたのよ」
「……それもそうか」
この世界に住む普通の人間にとって、魔王とは最大の敵対者であり、その子供とて当然同じような目で見られるだろう。
……そうでない人間もいるかもしれないが、ここでそういう例外的な話を始めても仕方ない。
魔王の息子に危害を加える意思が無い時点で、リア達の正体に察してくれていてもいいくらいだった。
「でも、二人共普通の人間っぽいけど」
「これは変装デスヨ。
魔族の姿で人間の社会に入り込むのはなかなか難しいノデ。
変装を解けば――ほら、この通り」
言うや否や、煉先生の姿が変わっていく。
といっても、基本的な容姿はそのままで、大きな変化としては肌や髪、目の色が変わる程度であるが。
(――細かいところでは身長とかも少し変わってるんだけどね)
パッと見ただけでは、そこまで細かい変化は分からないだろう。
「お、おお、すげぇ!
リアも、ああいう風になれるのか?」
「まあねー」
リアも、人間への変装を解く。
煉と同じく身体の色が変わっていき――銀色の髪と青白い肌を持った、魔族としての姿に変化した。
黒田に対して、『リズィー』と名乗った姿だ。
「お、おおお――」
陽葵が感嘆の声を上げる。
それほど、彼の目から見て魔族の姿は魅力的に見えたのだろうか?
「――おっぱいが大きくなってる!!」
「って、そっちかい!!」
思わずペシっと陽葵の頭をはたくリア。
……やってから、魔王様の息子にこんな真似しちゃって大丈夫かという不安がよぎった。
目の前には“上”の魔族がいることだし。
――しかし彼女の心配はまるで不要だったようで。
煉先生はそんなこと気にもせずに微笑んでいた。
「陽葵クンも立派に男の子してマスネ。
ただね、リア、今は人間の姿をとっていた方がいいデスヨ。
胸のボタン、外れかけてマス」
「……え。うぁあっ!?」
慌てて人の姿に戻るリア。
彼女の場合、魔族の姿の方が人間の姿よりも身長が高くなり、スタイルも豊満になる。
……今日の服は、リアのスリーサイズの変化に耐えられなかったらしい。
「……ちぇ、もう戻っちゃうのか」
「なんか言った?」
「う、ううん、何にも言ってないぞ!?」
残念そうにする陽葵に、くぎを刺すリア。
バールは微笑ましくそのやり取りを見た後に、話を切り出す。
「ああ、それと、私の本当の名前はバール・レンシュタットと言いマス。
まあ、別に今まで通り、煉先生と呼んで頂いて構いませんケドネ」
「バール・レンシュタット……うん、やっぱり煉先生の方が呼びやすいわ」
「では、そのように。
それでね、陽葵クン、説明の続きに入りマスガ――」
魔族の姿のまま、煉先生――バール・レンシュタットが説明を再開した。
「順を追っていきまショウ。
陽葵さん、アナタはこの世界――グラドオクス大陸にて生を受けました。
そんなアナタが何故異世界である東京で生活することになったのかと言えば……危険から遠ざけるためデス」
「危険?」
おうむ返しに陽葵が尋ねる。
「ハイ。
アナタが生まれた当時から、魔族と人との間では戦争が起きていましたからネ。
魔族側が優勢ではありましたが、万に一つの可能性を魔王様は配慮なされたのデショウ。
そして、付き人として選ばれたのが、ワタシでしタ」
「なるほど、それで孤児院に預けられてたのか。
……あれ、そういえばオレ、姿かたち完全に人間なんだけどさ。
これも仮初の姿だったりするの?
先生みたいに変身できる?」
「はい、そうですヨ。
ただ、すぐには無理デス。
早々正体が露見しないように、陽葵クンの体には封印――まあ、魔族の姿や力がバレないようなセキュリティが施されていますカラ」
「へー、まずそのセキュリティを取っ払う必要があるのか」
「その通りデス」
こくこくと頷くバール。
「頃合いを見計らって、地球からこちらへと呼び戻す手配だったのですが……魔王様は、7年前の勇者との戦いで消息不明になってしまわれたノデ。
転移する経緯が煩雑になってしまったことをお許し下サイ」
「いや、いいよ、それ位。
こっちきてから、大きなトラブルに遭ったわけでもないからさ」
「ありがとうございマス。
……それで、陽葵クンをこの世界に呼んだ理由なのですがネ」
その話題になって、陽葵が身を乗り出す。
「そう、それ、聞きたかった。
まさか、オレに人間と戦えとか言わないよな、先生?」
「ハハ、まさかデスヨ。
幾つか理由があるのですが、まず一つとして――陽葵クンには、旗印になって頂きたいのです」
「旗印?」
バールの言葉を陽葵が繰り返す。
「ハイ。
魔王様がいなくなった今、魔族達は散り散りになってイマス。
統率は乱れ、中には魔王様というタガが外れ、好き放題暴れだす者まで出る始末。
今、ワタシ達には、上に立つ者の存在が必要なのデス」
「ふーん。
でもオレ、人の上に立つとかそういうの全然やったことないけど大丈夫か?
部活の部長すらやったこと無いんだけど」
いきなり大それたことを言われたからか、心なし不安げな表情になる陽葵。
(……意外と責任感あるんだ)
リアの中で少し評価が上がる。
王様になってと言われたら、後先考えずに喜んで引き受けてしまうかと思ったのだ。
バールもまた、そんな陽葵の反応に満足したようで、
「細かいサポートはワタシ達がいたしまス。
陽葵クンは、なんとなくふんぞり返ってるだけでも大丈夫デスヨ?」
最後は冗談めかした風に喋る。
彼なりに、陽葵を安心させようとしているのだろう。
――と、ここでバールは表情を引き締める。
「……そして、もう一つの理由。
こちらの方が重要なのですが――」
「うんうん」
「――勇者達の存在デス」
バールの口調が苦々しいものに変わる。
魔族にとって、勇者の話題は面白いものではない。
「勇者達もまた、魔王様の子供の存在――陽葵クンの存在に気づかれたのデス。
そして彼らは、魔王様の子供を放置することを、良しとは考えていまセン」
勇者からしてみれば、魔王の子供など危険分子以外の何物でもない。
なんらかの処置を施したいと思うのが自然だろう。
「放っておけば、勇者達がアナタを召喚していたでショウ。
そんなことになれば、ワタシ達は陽葵クンへ接触することすら困難を極めてしまいマス」
「だから、急いでオレを呼んだ?」
「そうなのデス。
急ぎであったため、受け入れの準備が整っておらず……
取り急ぎ、こちらのリアに陽葵クンの保護へ向かってもらった次第デ」
「へー……ってことはリア、オレが魔王の息子だったから親切にしてくれた、のか…?」
陽葵が、おそるおそるリアの方をのぞき込みながら、そう聞いてくる。
「まあ、陽葵が魔王様の子供だっていうのを意識してなかったわけじゃないけど。
あんたが例え魔王様となんの関係がなくても、ちゃんと助けたってば」
「そ、そっか。
へへへ、ありがと」
にっこり笑う陽葵。
「……ふ、ふぉおおお……相変わらず、お美シイ……」
リアの耳に、隣からバールの不穏な呟きが聞こえた。
咎めるような真似はしないが、とりあえず冷たい視線は送っておく。
「……ゴホンゴホン、それでですね、陽葵クン。
早急にこの街を出て、ワタシ達の本拠地に来て頂きたいのデス。
ウィンガストでは、いつ勇者が来るとも限らナイノデ」
リアの視線に気付いたのか咳払いで誤魔化してから、陽葵へと提案するバール。
「うーん、まあ、先生がそう言うなら。
荷物もまだそんな多くないから、移動するのもそんな大変じゃないかなぁ。
……黒田にはなんて説明しよう?
あ、でもこの流れだと黒田も魔族だったりするのか?」
「…………」
バールが押し黙った。
それに気づき、陽葵が不思議そうな顔をする。
「……先生?」
「……陽葵クン、言い難いのですが――黒田誠一は、勇者側の人間デス」
「へ?」
「なので彼とは、二度と接触してはなりまセン」
「……ちょ、ちょっとちょっと!」
黒田の話題になって、リアは思わず話に割り込んでしまった。
「クロダが勇者の関係者だなんて話、あたし全然聞いてないんだけど!?」
「おや、そうだったのデスカ?
しかし、これは確かな情報なのデスヨ」
バールはそう説明するが、リアにとってそれはまるで納得いくものではなかった。
動揺を一切隠さず、彼女は叫んだ。
「そ、そんな!
クロダが、あいつが、あんな、あんな変態が勇者の関係者だとか嘘でしょ!?」
「そ、そうだよ!
黒田みたいな変態野郎が勇者と関わり合いがあるなんて、そんなバカげたこと――!!」
リアの言葉に、陽葵が続く。
「……アナタ方にとって黒田誠一とはどういう人物なのデスカ?」
二人の意見の一致ぶりに、少し汗を垂らすバール。
それ位、黒田と勇者という単語がかみ合わない代物なのだろう。
「――いや、しかし本当のことなんじゃよ」
場が騒がしくなってきたところで、3人の誰でもない声が聞こえてきた。
第十三話③へ続く