※この作品はR-18です。

社畜冒険者の異世界変態記   作:ぐうたら怪人Z

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⑧ 社畜、怒る…!

 

 

 ――室坂陽葵は、ヒーローに憧れていた。

 別にそれ自体珍しいことではない。

 男の子なら誰だって、そういう時期はあっただろう。

 

 ただ、彼は他の子よりも少しだけ、『そういうもの』への想いが強かった。

 

 “突然、不思議な力が使えるようになる”

 “実は、自分は特別な存在だった”

 

 少し口の悪い言い方をすれば『中二病』とも呼ばれる、そんな展開に焦がれる気持ちをずっと心に燻らせていたのだ。

 

 そして、それは実現する。

 

 ――ある日、ウィンガストという異世界の街に飛ばされ。

 ――スキルという、地球では誰も使えなかった力を覚え。

 ――自分が魔王の息子であるという事実が明らかになる。

 

 陽葵が常日頃抱いていた願いは、全て叶ったのだ。

 

(……叶わなけりゃ良かった)

 

 陽葵は、心の中で毒づく。

 

 確かに不思議な力を使えるようになったが、それはこの世界においては“当たり前”の力であり――寧ろ陽葵は『か弱い存在』だった。

 確かに特別な存在ではあったが、必要なのは陽葵の肉体だけであり――『室坂陽葵』という人格は不要だった。

 

 挙句の果てには、この世界に来て初めてあった女の子――好意を抱いていた女の子は目の前で凌辱され。

 自分自身も、尊敬していた恩師に犯された。

 

(……なんで……なんでこんなことに……!)

 

 悔しさで涙が零れてくる。

 それを慰めてくれる人間は、彼の周りにいなかったが。

 いっそ全て夢であればと願うも、延々と穿り返された尻穴の痛みがこれは現実であると思い知らしてくる。

 

 陽葵は現在、馬車の中にいる。

 外はまだ薄暗く、夜明けの少し前ほどだろうか。

 散々弄ばれた陽葵とリアは、休む暇も与えられず裸のままこの中へ放り込まれたのだ。

 ただでさえ消耗の激しかったリアは、数時間にわたる蹂躙によって完全に体力が尽きたのか――未だ意識が戻っていない。

 

 今、馬車はガタゴトと進んでいる。

 ……おそらく、このままウィンガストから出るつもりなのだろう。

 

『クロダちゃんを信じてあげて欲しい』

 

 ふと、いつだったかアンナに――大きな商店の代表をしていた女の子に言われた台詞を思い出す。

 

『こいつは説明責任をまるで果たさないし、いざという時てんで役に立たなかったりするけど。

 それでも、ヒナタちゃんを守る意思と、ヒナタちゃんを守る力を両方持っているのは、この町でクロダちゃんしかいないから』

 

 黒田。

 陽葵の教育係として、こちらへ来てから最も長く付き合っている男。

 礼儀正しいように見えて実は変態で、最低ランクのベテラン冒険者。

 そして――勇者の関係者でもあるという。

 

(……もし、黒田をもっと頼ってたら)

 

 彼を騙してリアとデートなんてしたりしなければ。

 バールについていく前に、彼と相談しようとしていれば。

 この状況は、変わっていたのだろうか?

 

「――う、あ」

 

 隣から呻き声が聞こえた。

 はっとして、陽葵は声のした方を向く。

 

「……リア!

 大丈夫か!?」

 

 リアが目を覚ましたようだ。

 事態が改善したわけでは決して無いが、ただそれだけでも陽葵の心に少しだけ活力が湧く。

 だが――

 

「……ん、んん……ち、ちんぽぉ」

 

「――へ?」

 

 目覚めた彼女が最初に口にした言葉を、陽葵は一瞬理解できなかった。

 

「ん、ちんぽぉ……ちんぽ、ちょうだい……

 ねぇ……ちんぽ、あたしにはめはめしてぇ……」

 

 とろんと蕩けた表情をして周囲を見渡し、腰をくねらせるリア。

 その様は、雄を求めて欲情する雌犬そのものだった。

 

「……リ、ア?」

 

 陽葵の目の前が真っ暗になる。

 

 ――大丈夫では無かった。

 既にリアの心は、壊れていたのだ。

 

「おいおい、ちんこちんこ煩いぞ」

 

 こちらの騒ぎを聞きつけたのか、馬車の外にいた見張りの男が中に入ってくる。

 彼はリアの惨状を見ると、

 

「あーあ、もう頭おかしくなっちまったのか。

 味気ないなぁ、どうにも」

 

 つまらなさそうに、肩を竦めた。

 

(……お、お前!

 お前が! お前らがっ!!)

 

 その対応に、頭が沸騰しそうになる陽葵。

 彼らにってはリアがどうなろうと、玩具が壊れたかどうか程度の関心しかないらしい。

 

 しかしリアは、そんな男へとにじり寄って行く。

 

「……ねぇ、ちんぽぉ……あんたのちんぽ、ちょうだいよぉ……

 いいでしょう……ちんぽ、しゃぶりたいのぉ……」

 

 艶めかしく肢体を動かし、瞳を潤ませて、見張りの魔族へ懇願する。

 男は、リアへ蔑んだ視線を向けながら、下卑た笑みを浮かべた。

 

「へ、仕方ねぇ。

 お嬢様からのリクエストに答えてやるとするか」

 

 いそいそとズボンから肉棒を取り出す魔族。

 そんな彼へ、外から声がかかる。

 

「おい、任務中だぞ?」

 

「別にいいだろう、そんな時間かけたりしないさ。

 ちょっと盛りのついた雌犬の相手をしてやるだけでな」

 

 おそらくは別の見張りが窘めるのも聞かず、その魔族はイチモツをリアの眼前に突き出した。

 

「……さあ、お待ちかねのちんこだぞ。

 きっちり舐めるんだ」

 

「あぁああ……ちんぽぉ……」

 

 嬉しそうにソレへしゃぶりつくリア。

 じゅぽじゅぽと、彼女のフェラ音が大きく響きだし――

 

「ぎゃあああああああああっ!!!!?」

 

 魔族が絶叫した。

 

「――え?」

 

 見るに堪えず、情景から目を逸らしていた陽葵は、改めてリアの方を見る。

 男は股間を押さえて蹲り、リアはそんな魔族を見下ろしながら口から物体を吐き出す。

 ――男性器だった。

 

「……ふん、単純な奴」

 

 一言、魔族の男を侮蔑してから、リアは陽葵の方を振り向いた。

 そして――

 

「逃げるよ、ヒナタ!」

 

 ――力強く、そう言ってくれた。

 

 彼女は、壊れてなどいなかった。

 虎視眈々と、隙を伺っていただけだったのだ。

 無防備に股間を曝した魔族は、哀れ、自分の愚息を噛み切られることとなる。

 

「――リア!!

 お、オレ、リアがおかしくなっちゃったのかと……」

 

「こんなんでおかしくなってたまるかっての!!」

 

 いつものような快活な笑みを浮かべるリア。

 陽葵へ駆け寄り、彼の身体を抱きかかえると、

 

「……こなくそっ!!」

 

 馬車の壁を体当たりで突き破り、外へと飛び出した。

 突然のことに周囲を囲む魔族は反応できない。

 陽葵はリアの抱えられ、そんな彼らの頭上を飛び越えていった。

 

 ……その時に。

 

「――ま、無駄な足掻きなんだけどね」

 

 そう、自嘲気味に小さく呟いた言葉は、幸い陽葵に届かない。

 

 

 ――そして残念なことに、その懸念は正しかった。

 

 

 走る。

 2人は、力の限り走る。

 ここがどこだか分からない。

 どこを目指せばいいかも分からない。

 でも走る。

 まだ暗い、人気の無い路地をただ走る。

 誰かに会えれば。

 騒ぎに気付いて貰えれば。

 何か、が起きるのではないかと信じて。

 

 ――走った、のだが。

 

「……いっつっ!!?」

 

「うぁあっ!!」

 

 バランスを崩して、地面に転がった。

 巻き込まれる形で、陽葵もまた倒れる。

 

「り、リア!」

 

 何事が起きたのか。

 陽葵は彼女の様子を見やる。

 

 ――リアの右足が焼けていた。

 おそらく、炎系のスキルによる射撃を受けたのだろう。

 酷く爛れたその足は、もう歩けるようにすら見えなかった。

 

「……あ、あぁぁ」

 

 がっくりと肩を落とす陽葵。

 リアを見捨てるという選択肢は思い浮かびすらしなかった。

 もっとも、陽葵だけで逃げたとして到底逃げ切れるものではなかったろうが。

 

 ゆっくりと、魔族達が歩いてくるのが見える。

 独りの魔族の手から、煙が燻っていた。

 おそらく奴が炎を放ったのだろう。

 

 ――彼らとの距離は、思ったよりずっと近い。

 2人の最期の逃避行は、たった数十mで終わりを告げた。

 

「……いや、驚きましたヨ。

 大したものデス、リア。

 アナタのしぶとさには、いっそ敬意すら抱いてしまいマス」

 

 魔族の一人――バールが、パチパチと拍手をしながら語りかけてきた。

 陽葵にはもう、奴を睨み付ける気力すら残っていない。

 

「残念ですヨ。

 こうなってはもう、アナタは死ぬ他無イ。

 今のご時世、優秀な魔族は一人でも残しておきたいのですガネ」

 

 バールが手を上げると、数人の魔族がスキルを発動し出す。

 炎が、氷が、雷が、彼らの手から生み出されていった。

 ――標的は、リア。

 

「……終わりデス」

 

 

 「そちらがな」

 

 

 バールが手を振り下ろす直前、そんな声が辺りに響いた。

 

「がっ!?」

「ぐぁっ!!」

「ぎっ!?」

 

 次の瞬間、スキルを使おうとしていた魔族が悲鳴を上げる。

 見れば、彼らの腕に『矢』が突き刺さっていた。

 

(……あれって)

 

 陽葵はその矢に見覚えがあった。

 ウィンガストに来てから何度も目にした、『矢』。

 

 「――魔族、バール・レンシュタット、並びにその配下」

 

 声が続く。

 その場に居た誰もが、聞こえてくる方向へと視線を集中させた。

 ――路地の奥から、一人の男が歩いてくる。

 

 「ウィンガストへの不法侵入、身分詐称、各地での器物損壊。

 何よりも、私の友人達を傷つけた罪で――お前達を鏖(ミナゴロシ)にする」

 

 現れたのは、黒髪の男。

 顔を厳しく引き締めた、ウィンガストに住む<訪問者(日本人)>の冒険者。

 

「……黒田!」

 

「来て、くれたんだ…」

 

 陽葵とリアの声が重なる。

 

 ――その男は、黒田誠一であった。

 

 

 

(……あれ?)

 

 黒田の登場を喜んだ直後、陽葵は首を傾げた。

 彼の装いが、いつもとは異なったからだ。

 

 今の黒田は、如何にも魔法使い然としたローブ姿ではなく。

 黒を基調とした、軍服ような服を着込み。

 両手と両足には、赫く輝く籠手と脚鎧を装着していた。

 

 その姿は、<魔法使い>と言うよりも――

 

「……ぷっ!

 なんだぁ、その格好!」

 

 魔族の一人が突如、噴き出した。

 その魔族はケラケラと笑い、

 

「<魔法使い(ウィザード)>が<格闘士(グラップラー)>の真似事かよ?

 さっきの口上といいよぉ、お前、おもっきし滑ってんぞ?

 分かってる?」

 

 舐め切った態度で、黒田へと近寄る魔族。

 そんな男へ、バールが緊迫した声で警告を発した。

 

「不用意に奴へ近づくナ!」

 

 魔族がそれに反応するよりも早く――

 

 炸裂音がした。

 魔族が吹き飛ぶ。

 後ろの壁に激突。

 

 ……魔族はピクリとも動かない。

 首があり得ない方向へ曲がっている。

 

 ――軽口を叩いていた魔族は、死んだ。

 

(……え?

 え、え、何?)

 

 最初の炸裂音が――まるで銃声のようなその音が、黒田が魔族を殴った打撃音だと陽葵が気づくまで、かなりの間を要した。

 

 何故か。

 見えなかったからだ。

 黒田が魔族を殴りつける挙動はおろか――彼が、魔族のもとへ移動する動作すら。

 魔族と黒田の間には、10m以上の距離があったにも関わらず。

 

 『殴った』というのは。

 吹き飛んだ魔族が元々立っていたところに黒田が居ることと、彼が拳を前に突き出す姿勢であったことから予想しただけに過ぎない。

 

 だが、今の動きに驚愕したのは陽葵に限った話ではないらしい。

 魔族達にも、騒めきと緊張感が広がっている。

 

「陽葵さん、リアさん」

 

「おわっ!?」

 

 突然、すぐ近くから声をかけられ、驚く陽葵。

 いつの間にやら、黒田がすぐ傍に立っていた。

 先程と同じく、まるで瞬間移動でもしたかのような速さ。

 

 普段通りの丁寧な口調で、黒田が陽葵達に語り掛けてくる。

 

「お怪我は、ありませんか?」

 

「――あんたね」

 

 その質問に、リアが苦笑しながら答えた。

 

「これが怪我無いように見えるの?

 あたしもヒナタも、ボロボロだっての」

 

「……そうですね」

 

 文句を言いながらも、リアの表情は和らいでいた。

 黒田が来てくれたことで緊張感が解けたのか、或いは――

 

(――あれ?

 リア、頬が赤くなってるんだけど?

 あの、これって、ひょっとして――)

 

 それ以上、陽葵は考えないことにした。

 なんだか悲しい事実を目の当たりにしそうで。

 

「……ところであんた、あたしがリアだって分かってたのね?

 前会ったときはすっ呆けてたわけだ」

 

「あ、ああ、いや、それは……申し訳ありません。

 一応変装していたようでしたので、気づかない方がいいのかな、と」

 

「変なとこ気を使わないでよね。

 ……分かって貰えてないと思って、結構ショックだったんだし」

 

 リアと黒田の話は続いている。

 こんな時に不謹慎かもしれないが、少し疎外感を感じてしまう陽葵。

 

「――あの時と、同じ格好だね」

 

「ええ。

 隠し事をしている場合では無いようでしたから」

 

 ここで、黒田は表情を引き締めた。

 

「安心して下さい。

 今すぐ奴らを排除します」

 

「――うん」

 

 こちらに背を向けようとする黒田に、陽葵は慌てて声をかける。

 

「く、黒田!」

 

 陽葵の声に反応して、黒田が足を止めた。

 彼の背中に話しかける。

 

「あいつらに勝てるのか……?」

 

「――ええ。

 あの程度、何の問題もありません」

 

 事も無げに断言する黒田。

 すると、それを聞きつけた魔族が怒声を上げた。

 

「問題無い、だと!」

 

「言ってくれるな!

 勇者の飼い犬風情が!!」

 

「我々に挑むこと自体が無謀だと分からせてくれるわ!!」

 

 次々と怒りを露わにする魔族達。

 だがバールが、そんな彼らを一喝する。

 

「黒田誠一を甘く見るナ!

 ヤツはアークを倒してイル」

 

 その言葉で、冷や水をかけたように魔族達は静まった。

 

「……え」

「……なっ」

「……アークを!?」

 

 再び、彼らの緊張感が高まっていく。

 陽葵にはその理由が分からなかったが――隣に居たリアがぽつりと呟いた。

 

「……アークを足止めに使ってたんだ」

 

「リア、知ってんのか?」

 

「直接会ったことはないけどね。

 あいつらの中では、バールに次ぐNo.2だって話よ」

 

 ――そんな奴を黒田は倒したというのか。

 ならば、バールが警戒するも納得できる。

 

「……恐れることはありまセン。

 アークを倒したと言っても、それは仲間の助力を得た上でのコト。

 今、ヤツは独り。

 我々が負ける道理は無イ」

 

 バールが、冷静な口調で配下達を鼓舞する。

 目に見えて、魔族達の緊張が解れてきた。

 あの男の統率力がなせる業か。

 

「――行ケ!」

 

 その号令の下。

 バールの配下は、一斉に黒田への攻撃態勢に入る。

 

 

 ――黒田と魔族達との戦いが始まった。

 

 

 もっとも。

 これから行われることを戦いと称して良いのか、判断に迷うところではある。

 

 

 魔族が斬りかかる。

 黒田は片手で刃を受け流し。

 もう片方で魔族を打つ。

 吹き飛ぶ魔族。

 

 別の魔族が槍で突撃してくる。

 黒田の姿が消え、槍は宙を突いた。

 次の瞬間、魔族の腹に手刀が突き刺さる。

 

 背後から飛びかかる魔族が居た。

 黒田はそちらを一顧だにせず、後ろ蹴りで撃墜する。

 

 炎が襲う。

 黒田が腕を振ると、突如烈風が起こり、火をかき消す。

 

 無数の氷が降り注ぐ。

 黒田は両拳で氷塊全てを打ち壊す。

 壊れた氷は彼の周囲に一瞬留まり、逆に術者へと射ち放たれた。

 魔族が氷漬けになる。

 

 雷が放たれる――前に。

 術を使おうとした魔族は、超高速で跳んだ黒田に蹴り殺された。

 

 複数の魔族が同時に仕掛ける。

 黒田は、かわす、受ける、止める、流す――そして反撃(カウンター)。

 周囲の魔族を薙ぎ倒した。

 

 

 ――黒田が動く度に、魔族は斃れていく。

 その一挙一投足、全てが一撃必殺。

 

 

 威力が違う。

 精度が違う。

 速度が違う。

 技術が違う。

 総じて言えば、次元が違う。

 

 

 これは最早、『殺戮』と呼んでもいい所業だった。

 

 

 そんな彼を、陽葵はじっと見続ける。

 

(……すげぇ。

 黒田、すげぇ…!)

 

 彼の動きに合わせ、籠手と脚鎧の赫い煌きが光の軌跡を描いている。

 

 ――陽葵の目の前には今、子供の頃夢見ていたヒーローが居た。

 誰かの危機に颯爽と現れ、弱気を助け悪を倒して去っていく。

 そんな陽葵の憧れを、黒田が体現していたのだ。

 

「……黒田」

 

 陽葵は彼が戦う姿を、目に焼き付けていた。

 陽葵達を助け、魔族を圧倒していく

 

 そんな陽葵の姿は、余人から見れば恋焦がれる相手に熱い視線を送るようでもあったが。

 彼はそんな自分を、まだ自覚していない。

 

 

 黒田の魔族達との戦い――否、殺戮が続く中で、ある魔族が呟いた。

 

 「――ミサキ・キョウヤ」

 

 五勇者の一人、ミサキ・キョウヤ。

 5人の中で最強を誇ったという勇者。

 

 その『単語』は、魔族達の間に伝播していった。

 

「――ミサキ・キョウヤ?」

「まさか、あいつが――」

「だがこの強さは――」

 

 今なお、魔族達から畏怖を集めるその名。

 動揺を鎮めるように、バールが黒田へと疑問をぶつける。

 

「……黒田、誠一。

 オマエは――オマエは、ミサキ・キョウヤだったノカ?」

 

「私に、お前への説明義務があるとは思えないが」

 

「……そうデスカ」

 

 肯定も、否定も、せず。

 だが、この状況におけるその対応は、肯定と同義であった。

 

「黒田が、キョウヤ?」

 

 そのやり取りを見ていた陽葵も、はっと気づく。

 

 7年前に魔王と戦った、ミサキ・キョウヤ

 誰も素顔を見たことが無い勇者。

 赫い甲冑。

 圧倒的な強さ。

 

 今の黒田と符合する点が、余りに多かった。

 ……何故、偽名を使っていたのか等、疑問も多いのだが。

 

「……あの変態が勇者だったなんて、俄かに信じられないけどね」

 

 隣でリアも呟いている。

 彼女の方を振り返り、陽葵は尋ねた。

 

「違う、のかな?」

 

「ううん。

 信じたくはないけど、でもそうなんだと思う。

 ……あんなのが、2人も3人もいるだなんて考えたくないし」

 

 かぶりを振ってから、陽葵の考えに頷くリア。

 その答えに納得すると、陽葵はまた黒田の活躍に目を輝かせ始めるのだった。

 

 

 

 熱心に黒田の姿へ齧り付きになる陽葵を見ながら、リアは内心疑問を持った。

 

(――勇者、だとしてもさ)

 

 黒田を見る。

 またしても一人の魔族の魔族を蹴りで吹き飛ばしていた。

 魔族達は、彼に対して成す術も無い。

 

(強い、強すぎる)

 

 認めてやりたくもないが、今この場にいる魔族達は誰もが一級品の実力を持っている。

 そんな連中を、黒田は何故こうも手玉にとれるのか。

 黒田の強さを以前目の当たりにしたリアでさえ、そこに疑問を浮かべてしまう。

 それほど、彼の戦いぶりは常識を超えていたのだ。

 

(……初速?)

 

 彼が戦う姿を見続け、リアはようやく理解した。

 黒田の挙動に対する違和感の正体を。

 

 普通、人の行う動作には『加速』が必要だ。

 殴る、蹴る、走る、跳ぶ――あらゆる行動は、開始時点で最大速になることなど無い。

 動き始めてからさらに力を加え、加速させているのである。

 技術や訓練により、初速を高めたり、加速を増したりすることはできるが――その基本原則を覆すことはできない。

 

 いや、できないはずだった。

 

 黒田の挙動は、初速から最大速に達しているのである。

 拳を撃ち出す動作も、脚を蹴り出す動作も、地を駆ける動作も。

 全て、動き始めから最高速度なのだ。

 

 故に、彼の行動へ対応ができない。

 戦い慣れている者ほど、人の動きを熟知している者ほど、彼の動きは捕えられないだろう。

 今までの経験から組み立てた予想を、遥かに超えて動いてくるのだから。

 

(これが黒田の――勇者キョウヤの強さの理由、なのかな)

 

 いったい、どんなスキル、或いはどんな訓練の賜物なのか検討もつかないが。

 黒田は、絶対不可能な領域に易々と足を踏み入れていたのだ。

 

 

 

 同じことを、この男――バールもまた勘付いていた。

 

(初速のカラクリに加え、破壊力・速度・技術も一流とくれば――これは手の付けようが無かったのも頷ケル)

 

 ただの人間が、自分達魔族を超える力を身に着けていることを、彼は渋々ながらも認めた。

 これ程の力を隠しながら、あの黒田という男はアークを相手取っていたというのか。

 

 そう考えている間にも、バールの配下は屠られている。

 黒田が高く跳び、すぐさま急降下、そのまま踵落としで一人を倒す。

 直後に右へステップ―――したかと思えば左方向へ突進し、不意を突いてもう一人を撃破した。

 

(……重力も慣性も、あったものじゃないですネ)

 

 初速の件も含め、おそらく幾つものスキルの効果を重ね合わせることであれだけの所業を成しているのだろうが。

 

(<射出>だけでも厄介だというのに、まさかこんな隠し球まで持っていたとは――――んん?)

 

 そこで、バールの頭に一つの閃きが到来した。

 

「……<射出>?」

 

 思わず口に出す。

 彼は己の頭脳を最大限に駆使し、一つの結論に達した。

 

「そ、そうカ、<射出>!!」

 

 自分が導き出した“答え”に身震いしつつ、バールは黒田へ向かって叫んだ。

 

「黒田、誠一!

 オマエは、<射出>を自らの手足にかけ――拳や蹴りを弾丸のように飛ばしているのか!?」

 

 配下のアークから、黒田誠一が<射出>を移動手段として使用していたという報告を受けた。

 ならば――己の四肢にかけ、格闘能力を増大させる手段として使用することも可能かもしれない。

 

 ……そうであれば、納得ができるのだ。

 

 あの格闘術の威力も、異常な初速の速さも、高速での移動も、物理法則を無視した機動も。

 全て、<射出>を身体に作用させることによって成し遂げたものであるなら。

 

 ――もっとも、それを実行する難易度を度外視する必要はあるが。

 普通、<射出>を手にかけようものなら、腕が引きちぎれるだろう。

 移動に利用するにしても、通常ならすぐにバランスを崩してしまい、緊急脱出としての使用以外できないはずだ。

 あれだけの戦闘行動を可能とするためには、どれ程精密なスキル操作が必要とされるのか。

 

(それが故に、尋常でない<射出>の熟練度だったわけデスネ)

 

 黒田の<射出>熟練度は、525。

 その常識外れの熟練度をもって、常人には到底真似できぬ神業を実現しているということか。

 

「――その通り」

 

 意外なことに、黒田はバールの考えをあっさり肯定してきた。

 

「射式格闘術(シュート・アーツ)と私は呼んでいる」

 

「……良いのデスカ。

 そう簡単に話しテ」

 

「知ったところで、お前達は何もできないだろう」

 

「……グッ」

 

 言葉が詰まるバール。

 ――ちょうどこの時、黒田が最後に残った部下の頭を叩き潰したところだった。

 

「残りはお前だけだ」

 

「――そのようデスネ」

 

 あれだけ居た、三十人もの魔族がたった一人の人間に蹴散らされた。

 その事実にバールは暗雲たる思いを抱いたが……決して諦めてはいない。

 ここに至って、まだ黒田に勝てる等という自信があるわけではないが――勝てないなら勝てないで、やりようはあるのだ。

 

 黒田がこちらに向かって一歩踏み出したところで、バールは叫ぶ。

 

「<影の檻(シェイド・プリズン)>!」

 

「――!?」

 

 周囲の影が姿を変え、黒田を取り囲んで檻となす。

 バールが切り札として――“戦闘が始まった時点から”準備していた魔業(イービル・スキル)だ。

 

「ワタシがただ何もせず、黙って戦いを見守っていたとでも思いましタカ?

 オマエの強さの秘密は既に解明していル」

 

 黒田が『影』に拳を打ち込む――が、弾かれた。

 当然だ、このバール・レンシュタットの奥の手がそう簡単に破られては堪らない。

 

「オマエの戦闘能力は、常に“速さ”へ依存してイル。

 攻撃の速さ、移動の速さ、動作開始時に速さ、そして――スキル起動の速さ」

 

 最後の台詞に対し、黒田の眉がぴくりと動いたのをバールは見逃さなかった。

 

「中でも危険なのが、スキルの発動に全くタイムラグが存在しないことデス。

 ……525などと言う頭のおかしい熟練度によって可能にしているのでしょうけどネ。

 これのせいで、オマエの攻撃に対してスキルで防御することができナイ」

 

 異常な起動速度と攻撃速度が合さり、黒田の行動に対応する形でスキルを発動させることが至難となっている。

 防御しようと思っても、スキルが発動する前に攻撃される。

 攻撃しようと思っても、スキルが発動する前に攻撃される、もしくは避けられる。

 ……どうしようもない。

 

 これが原因で、部下の魔族達は大した抵抗もできないまま彼に負けたのだ。

 対抗するためには、強力な装備か常時発動型のスキルで身を強化するか――彼の動きを先読みして“予めスキルを発動させておく”しかない。

 

 黒田が<影の檻>を避けられなかったことが、バールのこの推論の正しさを証明していた。

<影の檻>は、使用しておけば敵の動きをトリガーにして効果を発現する、罠(トラップ)型のスキル――その中でも最硬の強度を誇る代物なのだ。

 

「――成程。

 既に発動していた、唱える必要もないスキルの名を、お前は態々叫んだというわけか」

 

「フフフ、負け惜しみと受け取っておきますヨ」

 

 黒田の言葉に、バールは余裕の笑みを浮かべた。

 

「その檻は、如何にオマエでも突破でき無イ。

 強度だけならば、アークの<硬化>を上回りマスからネ。

 あの『爆宿雷光(アトミック・プラズマ)』とやらを使えば話は別デスガ――街中で、使用できマスカ?

 ここら一帯が全て吹き飛びまスヨ?」

 

 ここで、少し肩を竦め、

 

「もっとも、コチラからオマエを攻撃することもできないのデスガ。

 まあ、オマエを殺すのは諦めますトモ。

 ――陽葵クンを連れて逃げることさえできれば、それで良しとシマス」

 

 ちらりと陽葵の方を見ると、彼はびくっと身を震えた。

 バールは笑みを嗜虐的なものに変える。

 

 ……とはいえ、そうゆっくりともしていられない。

 <影の檻>の効果時間はそこまで長くないのだ。

 黒田を閉じ込めている間にリアへ止めを刺し、陽葵の身柄を確保しなくては。

 

 ――と。

 

「……ふぅぅううううううう――」

 

 黒田が、ある格闘の流派において『息吹』と呼ばれる呼吸をとった。

 彼を中心として旋風が巻き起こる。

 

「こ、これは……?」

 

 予想していなかった出来事に、バールは戸惑う。

 風の中心で、黒田が口を開く。

 

「――拳による突きを行う際、稼働する人体の部位はおよそ十五」

 

「……何を、言ってイル?」

 

 訝しむバール。

 構わず黒田は先を続ける。

 

「その全ての部位に“<射出>を作用させたら”どうなるか」

 

 ――風が止んだ。

 ゆっくりと、黒田は中段の構えをとる。

 バールがそれを認識した直後。

 

 

 ――大気を切り裂く『爆音』が轟いた。

 

 

「……こうなる」

 

 バールの“すぐ傍”で、黒田が呟いた。

 

「――ゲァハっ!?」

 

 対して、バールは意味のある言葉を返せなかった。

 黒田の拳によって、胸を、肺を、背を、貫かれていたからだ。

 

 身体の稼働個所全てに<射出>を作用させることで繰り出す、超々高速の一撃。

 黒田の放った正拳突きは、<影の檻>を破り、さらにはバールの身体までも打ち砕いた。

 

「――奥義之弐・風迅(ブラスト・オーバー)」

 

 その黒田の声が。

 バール・レンシュタットが耳にした、最期の言葉となった。

 

 

 ウィンガストの街に日が昇る。

 太陽の光は、路地に転がる夥しい数の魔族の死体と、その中で悠然と立つ黒田誠一の姿を、眩しく照らし出していた。

 

 

 

 第十三話⑨へ続く

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