「……うー」
黒の焔亭からの帰り道。
私の隣で、リアさんが呻き声を上げていた。
「どうしました?」
「どうしたもこうしたも無いでしょっ!!」
心配した私が声をかけると、彼女からは怒号が飛び出した。
ちなみに今の彼女は魔族の状態。
なんでも、人間状態を維持できない程消耗してしまったかららしい。
魔族に戻ったおかげで、動けなくなった身体も、発狂寸前だった精神も、大よそ回復したというのだから魔族というのは頑強だ。
「あーもう、まさかあそこまでされちゃうだなんて……」
俯きながら、リアさん。
何やら自己嫌悪しているような表情だ。
「落ち込む程のものでしたか?」
「十分過ぎるっつーのっ!!
どんだけヤられたと思ってんのよ!
瓶突っ込まれたとこ、まだヒリヒリしてるんだから!!」
叫んでから、リアさんは頭を抱える。
「……ううぅ、来るところまで来たというか、堕ちるとこまで堕ちたというか」
「何を言ってるんですか、リアさん」
私は彼女の勘違いを指摘する。
「まだまだ始まりに過ぎませんよ?
これからさらに堕ちて貰いますから」
「……へ、平然と言う台詞じゃないでしょ、それ」
リアさんは冷や汗を垂らしながら誤魔化し笑いをしている。
どうも、私の発言を真面目に受け取っていないようだ――或いは、真面目に受け取るのを拒否しているのか。
彼女に理解させるため、私は具体的なプレイ内容を提示する。
「そうですねぇ、次は街を裸で歩き回ってもらいましょうか。
裸のリアさんに首輪をして散歩するのは、とても気持ち良さそうです。
街中の男性が貴女を放っておかないでしょう。
黒の焔亭ではなく、ウィンガストの公衆便女になれますね」
「冗談言わないでよ!!
……え、冗談よね?」
「冗談じゃありませんよ?
近い内にやってもらいますから」
「――――!!」
リアさんは言葉を失う。
怒りで我を忘れた――のではない。
彼女が、股をもじもじと擦らせ始めたからだ。
「ひょっとして。
今ので、濡れてしまいました?」
「……ちょ、ちょっとだけ」
顔を赤くしてそっぽ向きながら、リアさんは頷いた。
その反応を見るに“少しだけ”とはとても思えない。
――こんな簡単に感じてしまうとは。
「随分と素直になりましたね」
以前の彼女なら、ここは強気な態度で誤魔化しただろうに。
「な、なによ、悪いのっ!?」
「いえいえ、まさか。
素敵ですよ、リアさん」
「――――っ!!」
私が微笑みかけると、リアさんはさらに顔を赤くしてしまった。
そこまで恥ずかしがらなくてもいいのに。
「――あ、あのさ、クロダ」
「はい?」
「きょ、今日、あんたの家に行って、いい?」
「え?」
彼女の質問に、私はつい聞き返してしまった。
「……だ、ダメかな、急に」
ぼそぼそと消え去りそうな声で呟く彼女。
どうもまた勘違いをしているようだ。
「何を言ってるんですか、リアさん。
いいですか、貴女は私の便器なんですよ?
便器が自分の家に無いなんて、不便でしょう?」
「もう少し言葉を選びなさいよっ!
……と、ともかく、泊ってもいいわけね!?」
「当たり前じゃないですか」
私の言葉に、リアさんは顔を明るくした。
そして一瞬の躊躇の後、私の腕に抱き着いてくる。
「今度は何です?」
「い、いいでしょ、これくらい!
それとも、便器に抱き着かれるのは嫌なの?」
ジト目で私を睨むリアさん。
身長差から自然と上目遣いになるのだが、その表情は可愛らしいものだった。
「まさか。
非常に良い心地です。
リアさんの胸の感触も味わえますし。
……さては、今日ブラ着けていませんね?」
「一言多いっ!!」
またしたも彼女は怒鳴る――が。
言葉に反してリアさんはさらに強く私の腕を抱きしめてきた。
二の腕に当たるこのふくよかで弾力のある感覚。
魔族の状態のリアさんは、プロポーションが良くなっている。
彼女の大きな胸が私の腕に押し付けられて潰れていた。
いつものハリの良さをそのままに、より大きさを増したおっぱいの感触は実に心地良いもので。
私は確信をもって、彼女がブラジャーを外していると断言する。
「ほ、ほら、早く行きましょ。
今日はもう遅いんだし。
また明日ヒナタと一緒に迷宮行かなくちゃなんだから!」
「そうですね。
参りましょうか」
私はリアさんと腕を組んだまま、一路自宅に向かって歩いていく。
多く言葉を交わさない道中。
ただ、リアさんの身体の暖かさが私の心を潤わせ――時折、彼女が私の肩に頭を擦りつけてくる仕草に、なんとなく気恥ずかしさを覚える。
時折思い出したように彼女の胸や尻を弄ってやると、リアさんは気持ち良さそうに悶えた。
そんな夜道の2人歩き。
――そこへ。
私はふと、足を止める。
「リアさん」
素早い動作で、彼女の身体を抱きしめる。
「な、何、クロダ?
ひょっとして、ここでするの!?」
「……下がっていて下さい」
「――え?」
少し強引に、リアさんを私の後ろへと押しやる。
不思議そうにする彼女だったが――
「あっ!?」
――すぐに理由を察したようだ。
進む道の先に、一人の男が立っている。
背は私より高い――190を越えているか。
髪は銀色。
顔立ちは美しく整っており、身体はスリム――しかし、剥き出しになった二の腕から、十分すぎる程の筋肉がついていることが見て取れた。
軽鎧を纏った身軽な装いだが、その装備品は一見して業物だと分かる。
だがその男の特徴で最も際立っているのは、佇まい。
――強い。
ただそこに居るだけなのに、彼の『強さ』がビリビリと肌に伝わってくる。
立っているだけで、ここまで自分の強さを誇示できる人間などそういないだろう。
そんな男が、真っ直ぐに私達――いや、私へと視線を送っていた。
「……嘘、あいつ、まさか――」
彼の正体を理解したリアさんが、露骨に狼狽えだす。
無理もないことだ。
私もまた動悸が早まっている。
唇が震えるのを必死に抑え、私はぼそりと呟く。
「……デュスト」
「――その通りだ。
知っていて貰えたとは光栄だよ。
初めまして、クロダ・セイイチ」
まだ距離があると言うのに、相手は私の言葉を拾ったようだ。
そして呟きを肯定されてしまったことで、彼が何者であるか確定した――確定してしまった。
――夜道で出遭ったその男の正体は、五勇者の一人『光迅』のデュストだった。
「……五勇者ともあろうお方が、こんな夜更けにどうしたのですか?」
「勿論、君を待っていたのさ。
是非、実物を見てみたくてね」
「まさか直々に出向かれるとは。
言伝を頂ければこちらから赴きましたのに」
「そう謙遜しなくていい」
……?
気のせいか、デュストの姿が先程より近くに見える。
彼は動く仕草など何もしていないというのに。
デュストは両手を広げ――まるで私を歓迎しているかのような仕草をして、私に話しかけてくる。
「何せキョウヤ様がご自分の代理として選んだ男だ。
いったいどれ程の人物なのか――気になったら居ても立っても居られなくなったのさ」
「それはまた随分と過大な評価を――!?」
私は驚愕に叫び声を出すのを必死に抑えた。
いつの間にか、デュストは私のすぐ目の前にまで移動してきた。
スキルを使ったのか、或いは私が気づけない程の微小な動作で動いたのか。
なんにしてもこの状況、芳しいとは言い難い。
「……えー、それで貴方の前に私は居るわけですが。
どうでしょう、ご満足頂けましたでしょうか?」
「それなんだけれどね、どうにも僕の目には――失礼だけれど、君が大したことのない男のように見えてしまうんだ。
キョウヤ様が選んだ男がそんなわけ無いというのに、おかしい話だね?」
首を傾げるデュスト。
「いえいえ、おかしくありませんよ。
私は間違いなく大したことのない男なんです。
ですから――」
「――やはり、実際手合わせしてみないと分からないな、これは」
私の言葉には一切耳を傾けず、目の前の男はそう結論付ける。
デュストは腰に備え付けていた長剣を鞘から抜くと、
「さ、ヤろうか」
軽くそう告げてきた。
……“犯ろうか”ならばこちらとしても応じるのは吝かではないが、“殺ろうか”はちょっとご勘弁願いたい。
「えっとですね、こういうのはもう少し互いのことを分かり合った後がいいと思うんですよ。
ほら、まだ会って数分も経っていないことですしね?」
若干混乱して訳の分からないことを口走る私。
何を言いたいのか、自分でも分からない。
ただ、デュストは私の言葉に思いがけず反応してくれた。
「ふむ、もう僕のことは十分知っているものかと思ったんだが、そうでも無いのかな?
ではまず自己紹介しておこう、五勇者の一人、“光迅”のデュストだ。
今はグラドオクス大陸の小国『センストン』の王を務めている。
君や他の勇者を倒した暁には、このセンストンを大陸統一国家にしようと考えているところだ。
こんなところでどうだろう?」
さらさらと話し始めるデュスト。
大陸支配とかなんだか凄いことまで言及してしまっているのだが――この人、意外とノリがいいのか?
「ご丁寧な紹介痛み入ります。
ついでと言ってはなんですが、苦手な物や弱みなども教えて頂いて構いませんでしょうか?」
「そこまでサービスはできないな。
これ以上の情報は自分で調べてみたまえ」
彼は笑いながら肩を竦める。
「といっても、既に君はもっと色々と調べてあるんだろう?
ここ数か月、僕の国でセレンソン商会が妙に活発に動いていたみたいだからね」
「さて、どうでしょうか」
今度は私が肩を竦める番だった。
ご指摘の通り、アンナさんからデュストについては――いや、他の勇者についても――逐一、情報を教えて貰っていた。
にもかかわらず、エゼルミアにしてもデュストにしても、私の不意をついて姿を現しているわけなのだが。
情けないことこの上ない。
「今度は君の番だぞ、クロダ・セイイチ。
まさか僕にやらせておいて、自分はやらないということは無いだろうね?」
「あー、はい。
やらせて頂きます」
正直あまり自分の情報を出したくは無いのだが、流れ的に言わないと流石に失礼か。
怒りを買って暴れられたら堪らない。
私は一つ呼吸を入れてから、口を開いた。
「黒田誠一と申します。
東京出身で、向こうではミサキさんが立ち上げた会社でしがないサラリーマンをしていました」
「キョウヤ様の会社に“引き抜かれた”のは2年前だと聞いたが、違うのかな?」
「……いえ、それであっています」
いきなり腰を折られた。
気を取り直して、話を再開する。
「ミサキさんの指示でウィンガストに来たのは1年前です。
それからは、貴方達との戦いのため、色々準備してきたわけですが――」
「――その準備の内容は教えてくれないのかい?」
「私の口からは何とも。
そちらの方で調査頂ければと思います」
「ふむ。
“ガルムの奴と一緒に<次元迷宮>に潜っていた”件は、それと関係あるのかな?」
「……十分知ってるんじゃないですか」
「そうでもないさ」
そこまで知っているなら、説明など要求しないで欲しい。
いや、もともと(主に自分の心を落ち着かせることを目的とした)時間稼ぎのために私から話を振ったのだから、文句を言うのは筋違いか。
寧ろ、感謝しなくてはならない。
デュストはこれが茶番であることを理解したうえで、付き合ってくれたのだから。
「ちょっと、クロダ」
と、後ろからリアさんが話しかけてきた。
「ガルムとパーティー組んでたって、マジ?
あんた一体何やってたの?」
「あー、すいません、リアさん。
そのお話はまた後で説明ということでいいでしょうか」
かなり機密な内容なので、立ち話でいきなりしていいお話では無い。
リアさんには悪いが、ここでの説明は勘弁願いたい。
「そうだね、そちらの女性との話はまた後でしてもらおうか。
さあ、互いについて知り合ったわけだし――約束通り、手合わせといこう。
安心したまえ、まだ命のやり取りをするつもりはないよ。
いや、それともここで“開戦”してしまうかい?」
「む、むう……」
デュストは戦いをここで始める気はないということか。
私としても、ミサキさんの命令も無いのに戦うというのは乗り気がしない。
「分かりました。
お相手いたします」
「そうこなくては」
デュストが美しい刀身の長剣を構えた。
対して私は――
「ふっ!」
デュストに向かって羽織っていたクロークを投げつける。
彼は簡単にそれを斬って捨てるが、
「おや」
小さく眉を上げた。
私の姿がそれまでの<魔法使い>然とした格好から、朱い籠手と脚鎧を装着したものへと変わったからだろう。
以前、バール達と戦った際と同じ装備だ。
こんなこともあろうかと、予めクロークの中に仕込んでおいたのである。
「なんだ、装備を変えたかったのなら言ってくれれば。
それくらい待ってあげたのに」
「え、そうだったんですか?」
そういうことは先に言って欲しかった。
待って欲しかったよ、切実に。
私はデュストに真っ二つに斬られて地面に落ちたミスリルクロークを思わず凝視してしまった。
……凄く高かったのになぁ、この防具。
「まあいいや。
それじゃ、行くよ」
またしても軽い口調で、戦いの始まりを宣言するデュスト。
私の方も呼吸を整えてそれを受ける。
――
上方からデュストの斬撃。
手甲で受ける。
軽く振ったとは思えない、重い衝撃に手が痺れかけるが、無視。
次の一撃に備える。
返す刀で左から。
もう片方の手で剣の腹を叩き払う。
力を流し切れず、腕が吹き飛びそうになる。
「ぐっ」
どうにかその場に踏みとどまった。
次いで三撃目。
下からの斬り上げ。
両手を使って抑え込む。
「がっ!?」
抑え込めず、今度は身体ごと上へ吹き飛ばされた。
<射出>によるバランス制御により空中で体勢を整え、着地。
一呼吸する間も無く、デュストが迫る。
周囲に落ちている石を<射出>で一斉掃射。
「おっとっと」
必要最小限の斬撃による全て撃墜されるが、僅かに時間が稼げた。
今度はこちらから。
身を低く構え、<射出>による高速移動でデュストの懐へ潜り込む。
鳩尾に一撃を入れようとするが、当たる直前に拳が止まる。
「うん、悪くない動きだ。
でも少し非力過ぎないか?」
デュストは<射出>した打撃を素手で掴み止めていた。
どういう反射神経と握力をしていればこんな芸当ができるのか不明だが、これは大変まずい。
私は不自由な姿勢で固定され、一方で彼は次の攻撃を仕掛けてくる。
「せいっ!」
無理な体勢のまま、蹴りで剣を弾く。
凄まじい金属音に鼓膜が震え、脚から伝わる衝撃に内臓が揺らさせる。
「ふっ!」
“掴まれている手”を<射出>で強引に振りほどき、逆手での打突。
その一撃をデュストはバックステップで軽くかわした。
「なるほど。
射式格闘術――これは、存外にやりにくいな」
少し距離を置いて、彼は呟く。
「力の起点がスキルに依存しているから、どんな無茶な姿勢からでも攻撃を繰り出せる。
ふむ、人形かスライムでも相手にしている気分だよ」
「恐縮です」
応えつつ、簡単に相手の戦力分析。
デュストは、異常な程の重さの斬撃を、軽々と振った剣によって発生させてくる。
例えるなら、軽戦士のような軽やかな動きで重装歩兵をも上回る威力を叩きだしているわけだ。
彼の剣を受けた手足の痺れは、まだ取れていない。
今装備しているこの籠手と脚鎧、トラックがぶつかる衝撃程度なら吸収してくれる程の耐衝撃性を持っているはずなのだが。
動きにこれと言った癖はなく、動作は自然体でスムーズかつ必要最小限。
私の突きを素手で受け止めたところを見るに、剣が無くとも十分な戦力を発揮できるものと考えられる。
――結論。
普通に強いだけだから、これといった対策が思い浮かばず。
一先ずは真っ向から戦うしか無さそうだ。
「さぁ、まだまだ続けるよ」
そんな言葉と共に、デュストが突っ込んでくる。
おそらく、不意を突かないように敢えて“声をかけてくれている”のだろう。
その気遣いに涙が出そうだ――もちろん、悪い意味で。
右方からの一撃を両手で受ける。
相手の顔めがけて足刀を放つも軽くかわされた。
袈裟懸けに振るわれた剣を渾身の右打ちで撃ち落とす。
衝撃で身体が後ろに飛ばされるが、<射出>による調整ですぐ立て直した。
真正面からの突きが眼前に迫る。
身体を傾けて避け、逆にカウンターを狙う――が、こちらの攻撃も回避された。
「――ふぅ」
斬撃の間隙に、どうにか呼吸を入れる。
デュストの連撃は止む気配が無い。
高速の唐竹斬りを、どうにかかわす。
逆袈裟の一撃は左拳で剣の腹を叩き軌道を変えた。
返す袈裟懸けを右腕で受け流し、蹴りを入れるも当たらない。
横薙ぎ――はフェイント、本命は刺突だが、身体を倒れ込ませて間一髪で避け成功。
斬撃。
脛で受ける。
突き刺し。
両手で捌く。
右拳での打ち込み。
剣で止められる。
左拳での下段突き。
手で払われた。
「すごい――クロダ、あのデュストと互角に打ち合ってる?」
遠くからリアさんの呟きが聞こえるが、とんでもない。
これはただの試し合いであり、私は遊ばれているだけなのだ。
証拠に、デュストはただの一度も“スキルを使っていない”。
上位冒険者がスキルを使ってようやく到達できるような強力な一撃を、ただ身体能力のみで成し遂げているのである。
いや、その攻撃にしても、どの程度本気なのか怪しいところだ。
あの涼し気な顔を見るに、相当手を抜いているようにも感じる。
もっとも、そうでなければ私がデュストと――近接戦闘に限定すれば、ミサキさんをも上回るとされる彼と戦うなど、無理にも程があるわけだが。
「うん、戦闘力はなかなかなものだ。
的確に僕の攻撃を読んで、対処できている。
戦法が手堅すぎる気もするが、これは個人の趣向だろう。
“7年前”の僕となら、いい勝負ができただろうね」
デュストが攻撃の手をようやく止め、私の寸評をしてくる。
「ふっ――ふっ――ふっ――それは、どうも。
満足、頂けましたでしょうか?」
これ幸いと、私は呼吸を落ち着かせた。
過剰な運動量に、先程から心臓が悲鳴を上げていたのだ。
「そうだなぁ……根本的な弱さはこの際仕方がないこととして、それでもやはり物足りないことがある」
私の顔を凝視しながら、デュストが告げる。
「君、少々淡泊過ぎやしないか?
こうして手合わせしてみても、まるで感情が動いていない。
この戦いを、キョウヤ様に命じられたから行っている仕事の一つ程度にしか捉えていないだろう?」
「まあ、そうですね」
実際問題、私にとってこれはミサキさんからの仕事なのだから、そこは仕方ない。
仕事に対して感情的になるのは、かえって効率が落ちるのだ。
個人差はあるだろうけれど。
「それは僕の好みではない。
君はもっと、感情を昂らせるべきだ。
淡々と戦われては、まるで高揚感が湧かない」
「そう申されましても。
この戦法が私のやり方ですので」
私の答えに、デュストは思案顔になった。
そして数秒の後。
「……そうだな。
こういうのはどうだろう」
ニヤリと笑いながらそう言い放った。
私の全身が総毛立ち、“嫌な予感”が脳内を駆け巡る。
まさか、こいつは――!
――奥義之弐・
「……なんのつもりだ」
デュストの刃を握りしめながら、私は口を開く。
「え? え? クロダ?
な、なんでいきなり?」
私の“すぐ後ろ”には、リアさんの姿。
何が起こったのか分からず、突然目の前に現れた私とデュストの姿にきょとんとしている。
デュストは、私ではなく彼女を斬ろうとしたのである。
先程の戦闘時とは比べ物にならない速度の斬撃によって。
全身の稼働箇所へ<射出>を適用させる
「なんだ、やればできるじゃないか、クロダ・セイイチ。
そういう顔が欲しかった」
楽しそうに笑うデュスト。
何がそんなに面白いというのか。
「とぼけるな!
無関係な女性を襲おうとするとは!!」
「無関係というのは彼女に対して失礼になるんじゃないのか?
彼女とて自分の意思で僕達の戦いに関わろうとしているわけだろう。
それに――今回は君と命のやり取りをするつもりは無いと言ったが、“他の人間を殺さない”とは一言も言っていないぞ」
確かに言ってない。
言ってないが、やらないだろう、普通!!
しかも今の一撃は速度だけでなく鋭さも一段と高まっていた。
私が間に合わなければ、リアさんは比喩でなく真っ二つにされていたことだろう。
「まあ、ほっとしたよ。
これでも平然とされていては手の打ちようが無かった。
流石に親しい人を斬られるのは堪えるか」
「当たり前だ!」
「ははは、結構結構。
いいぞ、その調子で怒りを昂らせろ。
やはり、互いの戦力・感情の全てをぶつけ合うのが戦いの醍醐味というものだ」
好き勝手宣ってくれる。
「それに、今の技も見事だった。
キョウヤ様と同じ技も使えるんだな。
あの方と見紛うばかりの動きだ。
ただ――」
突然、デュストから笑みが消えた。
「――まだまだ遅いな」
「何?」
その言葉の真意を確認するよりも早く。
「――あれ?」
後ろからリアさんの声が聞こえる。
振り返ってすぐ――私は、呟きの意味を知った。
「リアさん!?」
叫んだ。
彼女に起きたことを瞬時に理解したからだ。
理解せざるを得なかったからだ。
……リアさんの身体が、“ずれていた”。
「な、なに、これ――クロダ、あたし――」
自分の身に何が起きたかを、まだ彼女は分かっていないようだった。
しかし戸惑っている間にも、彼女の身体は“分かれて”いく。
「あ――――」
“2つになった”リアさんの身体が、地面に落ちる。
「単純な速度は良いんだが、反応速度が悪かったな。
君が追いつくまでに、彼女を斬る時間はたっぷりあったんだよ」
耳にデュストの解説が聞こえてくる。
しかしそれに頷くような余裕は、私に無かった。
――まだだ。
まだ、大丈夫だ。
魔族の身体は頑丈だ。
人間なら即死しているような状態でも、魔族のリアさんであれば猶予があるはず。
すぐに
「霊薬、霊薬は――」
懐を探るが、無い。
そうだ、アレはこの前エレナさんとミーシャさんに使ったのだった。
「……セレンソン商会。
アンナさんのところになら――」
あそこには、まだ霊薬のストックがあったはず。
もう店は閉まっているが、アンナさんを叩き起こして霊薬を出してもらおう。
手持ちの金はまるで足りないが、そこはツケでなんとか。
「早く、リアさんを――」
そうと決まればぐずぐずしていられない。
彼女の身を急いでセレンソン紹介へ運ばねば。
私は血だまりの中に沈むリアさんに駆け寄ろうとし、
「がっ!?」
突如、腹部に灼熱感。
見れば、腹から剣が生えていた。
いや違う。
背中から、デュストによって串刺しにされたのだ。
「困るな、クロダ・セイイチ。
君はまだ僕との手合わせの最中だぞ?」
後ろからデュストの声。
五月蠅い。
耳障りだ。
「――がぁああああっ!!!」
渾身の力で背後へ肘打を放つ。
狙いも定めず我武者羅に打ったのだが、幸いにして手応えがあった。
「へえ。
この剣を折るのか。
折れず曲がらずを標榜した魔剣だったんだけどね」
どうも奴の剣を折ることに成功したようだ。
私は折れた剣を腹から引き抜き、リアさんのもとへ向かう。
――向かうおうとした、のに。
「あ――」
膝が崩れ落ちた。
身体が言うことを聞かない。
どうしたというんだ。
この肝心な時に!!
「血、が――」
私の足元にも血だまりができていた。
リアさんの物ではない、私から出た血だ。
どうも、かなり“いいところ”を刺されたらしい。
腹から血が滝のように流れ出ている。
見えないが、背中も同じようなものだろう。
「う、あ」
身体から力が抜け、その場に倒れ伏す。
何をやっているんだ、私は。
こんなことしている場合じゃないのだ。
早くリアさんを治さなければ、彼女が死んでしまう。
私は力を振り絞り、這ってリアさんに近づいていく。
身を捩る度に刺された箇所に激痛が走るのだが、歯を食いしばって耐える。
「自分の身を顧みずそこまで動けるのか。
うん、合格だよ。
仮にも
ごちゃごちゃと何を言っているんだ、この男。
悪いが、こちらにはもう付き合っている暇はない。
事態は一刻を争う。
「リアさん。
今、すぐに――」
だというのに。
意識が朦朧としてきた。
血を出し過ぎたのか。
「リアさん――リア、さん――」
身体の動きも鈍くなっていく。
ほんの1、2m先にいる彼女の場所へ到達できない。
そうこうしてる内に、私からもリアさんからも、血がさらに流出していく。
「――リ、ア――――」
そして。
私は彼女に辿り着けないまま。
意識を、落とした。
第十九話③へ続く