「どうしてだ!!
何故、こんなことを!?」
「それはこちらの台詞にござる。
やはり立ちふさがるのか、デュスト殿」
「ガルム!!」
月明かりの下。
2人の男が、向かい合っていた。
一人はデュスト、もう一人はガルム。
共に、五勇者として魔王軍と戦ってきた者同士。
そんな彼らが、切り立つ崖のすぐ傍で、対峙している。
デュストは叫ぶ。
嘆きを含んだ声で。
「どうして、どうして――」
言葉が後に続かない。
余りのことに頭が回らず、言うべき台詞が出てこない。
それでも気を奮い立たせ、目の前にいる男を糾弾する。
「どうして!!
『風呂場覗き』なんて馬鹿なことをやろうとする!?」
「馬鹿とは失敬な!?
覗きは男の浪漫にござろう!!」
憤然たる面持ちで反論するガルム。
いや、本当に。
余りに馬鹿馬鹿し過ぎて、言葉を失ってしまう。
「いいでござるか、デュスト殿!
この崖の下には! この地方名物の温泉――その女湯があるにござる!!
しかも!! 今!! 我々の女子連中が入っている!!
これを覗かずして何が男か!?」
「そんな男の定義があってたまるか!!」
ガルムは何時に無く真剣な顔で、本気でどうでもいい主張をしてくる。
当然反論するが――ふと、ガルムは表情を緩ませ。
「いや、ていうかでござるね。
真面目な話、拙者はそれ位の役得があってもいいんじゃないかなーって思うんでござるよ。
拙者がこのパーティーでどれだけ苦労しているか、知ってるでござろ?」
「え。
あ、いや、まあ……」
突然の方針転換に、デュストは虚を突かれてしまった。
いや、実際問題、ガルムが苦労しているのはよく分かる。
「イネス殿は多分に気紛れだし。
放浪癖があるのか突如として姿を消すこと多々。
嫌なことがあるとすぐ逃げだしたりするし。
その度に、その穴を拙者があれやこれやで埋めているでござるよ」
「そ、それは、確かにそうだけど」
イネスは勇者である癖に気分屋で、その日の気分で行動を変えることがしばしばあった。
しかも、国の重鎮が揃う会議の前やら大軍同士の合戦の前やら、重要な時ですらそれをやらかす。
そして彼女が居なくなった場合、その不在をどうにか処理するのは、常にガルムだった。
というか、デュストはイネスの代わりなんてできないし、他の2人はイネスをフォローする気なんて無いので、必然的にガルムがやるしかないのだ。
「エゼルミア殿は生粋の魔族嫌い――というか、あれはちょっとヤバいレベルにござろう。
投降してきた魔族まで殺すのは、どうかと思うでござるよ。
おかげその魔族が持ってた情報は手に入らずじまい。
余計な火種を撒きに撒いて、やらなくてもいい戦闘を何度も起こしたでござる。
その度にあっちこっち走らされる身にもなって欲しく」
「あー、あれは、僕もやりすぎだとは思う」
デュストとて魔族は憎いが、エゼルミアのそれは常軌を逸していた。
魔族と見れば、老若男女、敵味方すら関係なく殺す。
おかげでいらぬ衝突があちこちで生じ、ガルムは弁明やら斥候やらで忙しなく動くはめになる。
無論、デュストはそんなことできないし、他の2人はそんな面倒を被る気なんてさらさらないからだ。
「キョウヤ殿は、なんでもかんでも力押しでどうにかしようとする。
いや、力押しでなんとかできてしまう力量があるのは確か何でござるが、もう少し、こう、スマートな解決をして貰えないかと。
あの御仁、やろうと思えば八方丸く収まる解決もできるはずなのに、それをせずにあえて物騒な解決方法を選んでいるとしか!!
しかも力押しは力押しでも――
邪魔なら味方陣営でも叩き潰そうとするし。
怯える人々を励ましたり、危険視する人々を宥めたり、本気で大変なんでござるよ、マジに」
「は? キョウヤ様のやることが間違ってる訳がないだろ?
おかしなこと言ってると殺すぞ?
というかあの方を危険視している連中とはいったい誰だ。
言え! すぐに僕が叩き斬ってくる!」
「そしてデュスト殿はこんなだし!!!
誰か拙者を労って!!!!」
両手で顔を覆ってしくしくと涙を流すガルム。
その姿に、デュストも気勢が削がれてしまう。
……覆った手の隙間から、ガルムが自分の様子をジロジロと観察していることにも気づかず。
「――デュスト殿こそ。
興味はござらんか?」
先程までとはまた声色を変えて、ガルムが喋り出す。
「我が女性陣は大陸全体を見渡してもそうそうお目にかかれぬ美女揃い。
そんな綺麗どころと日々を過ごし、一度もムラムラ来たことが無いと?」
「うぐっ!?」
痛いところをつかれた。
不意を打たれたので、効果は抜群だ。
そりゃ、ある。
あるに決まっている。
デュストとて年頃の男である。
女性と旅をして、一度もそんな気持ちにならなかったなどと言えるわけが無い。
しかも、ガルムの言う通り五勇者の女性達は皆美しい。
あの美貌を間近で見れるなら命も惜しくない、と。
そう言って部下になりたがる男が後を絶たない程の容貌なのだ。
その上イネスもエゼルミアも、肌の露出こそ少ないものの、身体のラインが浮き彫りになる服をよく着る。
特にイネスは、『そういうこと』に頓着しないのか分かっててやっているのか、普段の仕草からしてかなりドキっとさせてくる。
ボディータッチが多かったり、胸とかお尻とかを見せつけるポーズをしてきたり。
からかわれているのかもしれないが、やられた方は堪ったものでは無い。
基本的に5人旅なので、『処理』する時間も限られているのだ。
「くっくっく――その顔色を見るに、デュスト殿も満更では無い様子。
ささ、拙者と共に桃源郷へ出向こうではござらんか」
「ぬ、ぬ、ぬ――」
一度欲望に囚われた心は、そう簡単には抜け出せなかった。
確かに、今ガルムと協力してしまえば、そう労を要さず女性の裸が見れる。
あのイネスの、思わず触りたくなってしまうメリハリの利いた肢体も。
あのエゼルミアの、まるで宝石にも例えられるほどに美麗で華奢な肢体も。
(今なら、見放題……!
大特価セール実施中……!!)
ちょっと興奮して謎のワードまで浮かび上がってしまった。
いや、しかし。
イネスとエゼルミアだけなら、まだいい。
いやよくはないのだけれども、正直なところ見たいという欲望の方が勝りかけている。
だが。だが!!
今温泉にいるのは2人だけではなく――
「駄目だ!! 駄目だ駄目だ駄目だぁああっ!!!」
「ぬぅっ!?」
デュストは剣を抜き放ち、己が欲望を切り裂く。
いや、別に欲望を切り裂くような技を持っているわけではなく、なんとなく剣を振り回して欲望を払ったような気になっているだけだが。
「女湯覗きなんて低俗なこと、キョウヤ様に忠誠を誓った身でできるはずがない!
ガルム、どうしてもというのなら、この僕を倒していけ!!」
「やはりこうなるか……!!
喜びを分かち合おうと思ったでござるが――こうなっては仕方なし。
拙者一人で極楽を堪能させて貰うでござる!!」
ガルムが不思議な形の短剣――『くない』を両手に持ち、身構えた。
そして、勇者同士の戦闘が始まる。
戦いは一進一退。
一撃の威力ではデュスト。
しかし、技の多彩さ、動きの俊敏さでは、ガルムが勝っていた。
岩をも容易に切断するデュストの剣閃を、流れるような動きでかわし反撃に転じるガルム。
大陸最高峰の戦闘技術が、史上稀にみるしょうもない理由により披露されていた……!
延々と続く打ち合いの末――
「ぬっ!?」
デュストの強撃を受け損ね、ガルムのバランスが一瞬崩れる。
「貰ったぁっ!!」
それを見逃すデュストではない。
全力の一撃をガルムに叩き込む。
「ぐぁあああああっ!!!?」
直撃こそ避けたものの、剣を振るった『衝撃』でガルムは吹き飛んだ。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ……や、やったか?」
「ぐ、ぬ、ぬ。
見事にござる、デュスト殿」
半身を起き上がらせながら、ガルムは自らの負けを認めた。
「……不思議なものでござるなぁ。
初めて会った時はまだまだ殻を被ったひよこのようだったデュスト殿が、とうとう拙者を負かす程になるとは」
遠い目をしながら呟く。
(……そう、いえば)
旅を始めたばかりの頃、自分と他の4人との間には天と地ほどの力量差があった。
それが、ここまで追いつけた。
ただ我武者羅に剣を振り続けた、その成果か。
とは言ったものの。
「……嫌味にも聞こえるぞ。
貴方、まだ本気を出しちゃいないだろう。
“人間のまま”なんだから」
「はっはっは、それを言われては返す言葉もござらぬ!
もし次やることがあれば、その時は真剣にやらせて貰うでござるよ!!」
朗らかに笑うガルム。
デュストとしても、別に悪い気はしていない。
寧ろ、“目標の一人”にそう言われ、嬉しさすらこみ上げていた。
「さて、ちと肩を貸してはくれぬか。
些か堪えたのでな、宿に帰るのがなかなかしんどいでござる」
「……ああ。
分かったよ」
そう言って、デュストはガルムに手を伸ばした。
2人はがっちりと手をつなぎ、その次の瞬間――
「――と見せかけてドーン!!」
爆発した。
といういかガルムが爆発を起こした。
火遁の術か、それともかんしゃく玉か。
よくは分からないが、とにかく爆発だ。
「ふははははは! 油断大敵、注意一秒怪我一生!!
そう容易く人を信じてはいけないでござるよ!!」
ガルムのそんな叫びを耳に受けつつ、デュストは宙を舞う。
舞って、舞って――そして、落ちる。
落ちる。
落ちる。
どんどん落ちる。
(あれ、これ崖から落ちてるんじゃ――?)
デュストがそう思うのと、
「――あ?
ちと吹き飛ばす方向を間違えたような――」
そんなガルムの声が聞こえたのは、同時だった。
盛大に水柱が上がる。
「がぶっ!? がぼがぼがぼがぼ――!!!」
気管に入ってくるお湯を吐きだしながら、デュストは立ち上がった。
どうやら、ちょうど温泉の上に落ちたらしい。
そのおかげか、結構な高さからの落下にも関わらず、身体に目立った負傷は無かった。
(――って、いや待て。
温泉?)
嫌な予感が全身を駆け巡る。
そして、その予感はすぐに的中することとなるのだった。
「ちょっ!? ちょちょちょちょちょっと――!!?」
すぐ近くから、女性の声。
思わず振り返ると、そこには。
「なんでアナタ、空から降ってくるんですかー!?」
一糸まとわぬ姿の、イネスが居た。
肉付きのいいその身体は、ぷりんと張った胸とむっちりしたお尻を惜しげもなく晒していた。
胸の突起は綺麗な桜色で、くびれの形もすこぶるエロい。
「ふふ、ふふふ。
随分と堂々とした覗きですわね、デュストさん?」
すぐ隣に、エゼルミア。
こちらはタオルを身体に巻いていたが、水にぬれたソレは身体に張り付き――彼女のスレンダーな体型が丸わかりだった。
イネスに比べれば貧相とすら言える大きさだが、しかしその形は美しく均整が取れている。
さながら美術品のような肢体は、男共がどれだけ金を積んでも鑑賞したい欲求に駆られることだろう。
「おい。
デュスト、お前これはどういう了見だ」
後ろから、ドスの効いた別の声が聞こえた。
そこには。
そこには――
「ぶっほっ!?」
デュストは盛大に鼻血を噴射した。
そこで彼の意識は終わる。
なお、余談であるが。
彼とガルムは次の日、逆さ吊りの刑に処された。
―――――――――――――――――――――――――――――
ここは黒の焔亭と呼ばれる酒場らしい。
店の中、デュストは椅子に深々と座り、一休みしていた。
疲れたわけでは無い。
ただ、“黒田と距離が離れすぎた”ので、足を止めているだけだ。
“助けられそうで一歩間に合わない”という切迫感があった方が、盛り上がるだろうから。
「あぐっ! がっ! あっ! ああっ!」
デュストの耳に、女の嬌声が入る。
なんのことは無い、店の中央で、全裸になった女が男達に犯されているというだけの話だ。
「はっ! うっ! ぐっ! き、貴様らっ!
こんなことして、ただで済むと――あっ! あぅっ!」
「何がただじゃ済まないってぇ!?」
「命惜しさに身体差し出した奴が、何言ってやがる!
もっとちゃんと腰振れ、オラ!!」
銀色のポニーテールを大きく振り乱して、青白い肌の女が男に蹂躙されている。
豊満な胸は変形する程強く握られ、尻は赤く腫れる程に叩かれていた。
両手、口、前と後ろの穴、全てを男達の欲望のために使われている。
(確か魔族の――カマルとかいう名だったか?)
女の名前を思い返してみる。
この店のウェイトレスの一人。
彼女があんな目に遭っているのは、デュストの指示であった。
別に彼女に対して何か思う所があったわけではない。
単に、彼女が自分に突っかかってきたから適当に返り討ちにし、罰として『ああいうこと』をさせただけ。
カマルを犯すように命じた男達も最初は『魔族を抱くなんて』と怯んでいたが――
「はは、いいぞ、もっと動けよ!!
じゃないと、怖い兄ちゃんに殺されちまうぜ!?」
「前々から気に食わなかったんだ!
魔族の癖して人間様の店で働きやがって!!」
「これからは自分の立場ってもんを弁えろよ!
この雌豚がっ!!」
――今では御覧の有様だ。
実に都合の良い連中である。
まあ、これはこれで面白いので、デュストは止めなかった。
「う、くっ! あ、あぐっ! うぅっ!
あっ! あっ! あっ! んくうっ!!」
女は苦悶と喘ぎ、半々といった声色だ。
デュストが睨みをきかせているせいか、憎まれ口こを叩くものの特に反抗する素振りも見せない。
(……物足りないな)
もっと抵抗してくれた方が、楽しみ甲斐があったというのが本音だ。
無駄にプライドが高い魔族の女が、自分よりも遥かに弱い人間に弄ばれているという催し自体は悪くないのだが。
(必死さが足りない)
なんというか、作業地味たモノを感じ始めていた。
あの魔族の女は、男達が満足するまで我慢していればそれでいいと、そう割り切り出したのだ。
「あ、うぅっ! ああああっ!!」
ほのかな桃色の乳首を抓りあげられ、ひときわ高い魔族の声が響いた。
気を良くした男達は、さらに彼女を責め立てる。
しかし。
(彼女からは絶望が、悲壮が、伝わってこない)
デュストはそう考えた。
どれだけ酷い扱いを受けても、殺されることは無いと高をくくっているのか。
自分が立ち去れば、人間の男などすぐ蹴散らせると思っているのか。
(もっと面白くしたいところだな)
何かいいアイデアは無いだろうか。
デュストはしばし黙考し、
「おい、君」
「は、ひゃいっ!?」
ちょうど近場に居た男に声をかけた。
その男は裏返った声で返事をする。
「そこに散らかっている、あの女の荷物を探るんだ。
赤色の丸薬があるはず」
「わ、分かりましたぁ!!」
デュストの言葉に、一も二も無く男は床に放置されたカマルの荷を漁り出した。
一切の脇目もふらない必死さである。
余程自分のことを恐れているらしい。
まあ、ここでやったことを考えれば、無理のない反応と言える。
「ありましたぁっ!!」
「うん、見せてごらん」
「はい、ここにっ!!」
慌てて足をもつれさせながら、男はデュストの下へ走ってくる。
その手に握られている物を確認してから、改めて指示を出す。
「その丸薬を、あの女に飲ませるんだ」
「は、はい?
あの、これはどんな薬なので……?」
「飲ませれば分かる。
早くやれ」
「はいぃっ!」
いちいち細かいことを聞いてきたので、少し苛立った声で返事をしてやった。
効果は覿面で、男はカマルのところまで全力疾走する。
「お、オラ!! これ、飲めっ!!
早く飲むんだよぉっ!!」
「な、何だ――そ、それはっ!?」
魔族の女が、目をかっと開く。
一目でそれが何か分かったようだ。
自分の持ち物なのだから、当たり前か。
「ふ、ふざけるな!
そんなものを飲めるか!!
殺すぞ貴様らっ!!」
「うわっ!?」
「ひえっ!?」
それまでの態度と打って変わって、全力で抵抗しだす女。
彼女を取り巻いていた男達が、一人、また一人と殴り倒されていく。
(情けない)
肩を竦めるデュスト。
とはいえ、相手はそれなりの力量を持つ魔族。
戦う術を知らない人間では、こんなものか。
仕方がないので、デュストは男達に助け船を出すことにした。
「暴れるな。
お前の方こそ殺されたいのか、魔族の女?」
「うっ!」
そのたった一言で、女の動きは止まった。
怯えを孕んだ視線をこちらによこす。
彼我の実力差をよく分かっているようだ。
「飲め。
命令だ」
「……お、お前は、これが何なのか分かっているのか?」
「当然だ。
魔族が開発した妊娠薬だろう?」
「―――!」
カマルが息を飲む。
デュストは気にせず続けた。
「魔族は子を為しにくい種族だからな。
同族同士でまぐわっても、そうそう孕むことは無い。
だがそれでは種族の存続に必要な子供の数を十分に確保できない。
そこで作られたのが、その薬だ。
それを飲むことで、魔族の女は高い確率で受精を行える。
――相手が『異種族』だったとしても」
すらすらと説明してやる。
魔族の女がだんだんと表情を険しくしていく。
反して、薬の意味を知った男達は下卑た笑みを浮かべた。
ちなみに、この薬は成人した魔族の多くが携帯している。
だからこそ、デュストもこの女がそれを持っていると考えたのだった。
「そういうわけだ。
さ、早く飲め。
それとも、今すぐ死にたいか?」
「う、う……」
殺気を浴びせてやると、観念したのか自ら薬を口に入れるカマル。
しっかり飲み込むところまで確認してから、デュストは彼女に近づく。
「さて、続きをやって貰う前に、だ」
剣を一閃させる。
すると、
「――あ?」
糸の切れた操り人形のように、魔族の女が崩れ落ちた。
「え? な、何だ? 何が?」
カマルは自分の身体に起きたことが分からず、混乱しているようだ。
「手足の腱を斬っただけだ。
別に痛くも痒くも無かっただろう?
僕がいなくなってすぐに暴れられても興ざめしてしまうのでね」
「――あ、あ、貴様!?」
理解が及び、顔を青くする魔族。
自分がこれからどうなってしまうのか、容易に想像がついたのだろう。
(……いい顔だ)
その恐怖に満ちた表情を見て、デュストは満足げに微笑んだ。
こうでなければ面白くない。
「さて、僕はそろそろ行く。
後は君達の好きにすればいい」
「は、はいっ!
ありがとうございますぅっ!!」
男達が一斉にデュストへ頭を下げる。
本当に有難がっているヤツが半分、恐怖で言いなりになっているヤツが半分といったところか。
どちらだろうと構わないが。
(まだクロダ・セイイチが来るまで時間はありそうだが――)
いつまでもここに居ても、それはそれで楽しみに欠ける。
ハンデをつけ過ぎるのはデュストの望むところでは無かった。
「はははははっ!! 妊娠薬なんて持ってるとはなぁ!?
そんなに俺達と子作りしたかったのか!?」
「安心しろよ、きっちり孕ませてやるからなぁっ!!」
「ひっ――い、嫌だぁっ!!
お前等の子なんて、誰が孕むかっ!!
やめろっ!! やめろぉおおっ!!!!」
涙を流して絶叫する魔族。
逃げ出そうともがくが、彼女の手足は動かない。
男達は、恐怖に震える女目掛けて殺到していく。
「いやっ! いやっ!! いやっ!! いやぁあああああああっ!!!」
そんな彼女の悲痛な声を背に受けて。
自分の心が満たされるのを感じながら、デュストは黒の焔亭を後にした。
店に残ったのは、獣のように女を犯す男達と――
その店の店長とウェイトレス“だった”肉塊が3つ。
ウィンガストの路地を、私は走っていた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
息が切れる。
心臓が悲鳴を上げる。
苦痛で顔が歪む。
だが、脚を止めるわけにはいかなかった。
私が遅れれば、その分被害は広がる。
……セレンソン商会の『惨状』を思い出す。
「くそっ! くそっ! デュストっ! あの野郎――!!」
思わず口からそんな言葉が飛び出した。
私は、自分で考えている以上に苛立っているようだ。
ここまで。
ここまで来て。
何故、こんな回りくどいやり方をする!
前回の邂逅で思い知らされていたというのに、私はまだデュストの悪逆さを軽く見ていた。
その結果が――これだ。
余りの後悔に、自分を殴り殺したくなってくる。
そこへ、
「クロダっ!!」
突如、上方から女性の声が聞こえてきた。
この声は――
「リアさん!?」
一旦足を止め、声のした方へと視線を上げる。
民家の屋根の上に、リアさんが立っていた。
「よっと」
そんな声と共に、彼女は私の近くへと降り立った。
そして私が何か何か言うよりも早く。
「デュストを追ってるんでしょ?」
そんな言葉を投げかけられた。
私は驚きをどうにか抑えて、リアさんに話しかける。
「知っていたのですか!?」
「まあね。
今日は街が騒がしいから」
確かに、デュストは自分の行動を隠す気などまるで無いようだった。
セレンソン商会がそのまま放置されていたことからも、それが伺える。
まあ、私に見せつけるという目的のためなのかもしれないが。
リアさんは言葉を続けた。
「クロダ。
あいつは今、ギルドの方に向かってる」
「冒険者ギルドに!?」
「うん。
あそこ、あんたの知り合いが多いでしょ。
だから――」
標的にした、というわけか!
「ありがとうございます!
すぐに向かいます!」
彼女に礼を言ってから、走り出そうとする。
そこへ、リアさんから声がかかる。
「ねえ、クロダ。
あたしも――」
「――すいません。
これは、私の仕事なのです。
リアさんは、どうかこの街から避難して下さい。
奴に見つかれば、貴女もまた標的にされかねない」
ついてこようとする彼女を、拒む。
こればかりは許して欲しい。
彼女がまた斬られるようなことがあれば、私は本気でどうにかなってしまうかもしれない。
「……うん、分かった。
死なないでね、クロダ」
リアさんも、納得してくれたらしい。
私は彼女へ頷き返し、
「大丈夫です。
では、行ってきます」
そう言ってから、ギルドへと走る。
――違和感に気付いたのは、すぐだった。
全力で走っているというのに、風景が変わらない。
辺りから、人気も完全に消えている。
「……これは」
すぐに思い至る。
結界だ。
何者かに仕掛けられた結界に、私は取り込まれた。
こんな街中に、私にも気取らせないような結界を張る。
そんなことができる人物を、そんなことをしそうな人物を、私は一人しか知らない。
「葵さん!!」
その人物の名前を叫ぶ。
『ぴんぽんぴんぽーん。
正解ですよー、誠ちゃん♪」
どこからともなく、彼女の声が聞こえる。
その気の抜けた口調に若干の苛立ちを覚えつつも、私は葵さんへ声を投げた。
「何のつもりですか!?」
『何のつもりかって、決まっているじゃないですか。
誠ちゃんを助けるためですよー。
このままじゃ、デュストに殺されちゃうでしょう?』
「余計なことをしないで下さい!
私はあの男と戦う!!
早くしなければ、犠牲者が増えてしまう!!」
『あー、やっぱりそう言っちゃいますかー。
でもね、アタシはこの街の住人より誠ちゃんが大事なんです。
すみませんが、少しの間――デュストが“飽きて”この街を出るまでの間、そこに居て下さい。
私の結界の中であれば、あいつに見つかることはありませんから』
「――なっ!?」
恐ろしいことを宣告された。
デュストがこの街を立ち去るまで!?
戦いを面白くする、とかいうふざけた理由で殺人を犯す男を、そんな長い間放置すれば――いったい、どれだけの人が殺されるか、分かったものではない!
「冗談でしょう!?
葵さん、今すぐ結界を解いて下さい!!」
『私は本気ですよ。
じゃあ、誠ちゃん、また後で』
そんな台詞を最後に、葵さんの声は聞こえなくなる。
体中がざわついた。
やばい。
やばすぎる。
私は、デュストとの戦いしか想定していなかった。
この状況を、どう打破すればいい……?
「葵さん、返事をして下さい!!
葵さんっ!!
おいっ!! イネスっ!!!!」
私の叫びは、空しく消えていった。
第二十二話③へ続く