拝啓、皆様。
前回よりこの方、いかがお過ごしでしょうか。
私は現在――
「おりゃぁっ!!」
「ぐほっ!?」
「だりゃぁっ!!」
「がはっ!!」
「どっせぇっ!!」
「げぼっ!?」
――絶賛、サンドバック中です。
などと冗談言っている場合ではない。
やばい。
完全にやばい。
体毛が赤く変わった人狼ティファレトに、成す術も無くボロボロにされていた。
「どうしたどうした!?」
「ぐっ!? がっ!? げっ!?」
左右からの連打に、身体が右へ左へ弾かれる。
脳が揺さぶられ、意識が朦朧と。
既に体中が激痛に苛まれており、どこをどう殴られたのか把握ができない。
私が今生きていられるのはケセドの契約文字によるものだ。
これが無ければ、もう二桁回数は殺されていただろう。
幸いというか、奴が纏う炎は契約文字と戦神の鎧でほぼ無効化できたが。
攻撃の速度と威力が飛躍的に向上している。
しかも、ティファレトはこれまでと戦い方まで変えていた。
「おらっ!」
「うぐっ!?」
中段突き。
「しゃらっ!!」
「がふっ!?」
上段突き。
「おらよっ!!」
「ぐっ!? がっ!?」
足払いから肘打ちへのコンビネーション。
――これまで行っていた本能的な戦いとは異なる、効率的な動きだ。
黄龍ティファレトは、“拳法”――細部は異なるが、空手に近いか?――を扱っていた。
自分のポテンシャルを最大限発揮できるよう、“技”を使っているのだ。
まるで、人間のように。
“白い時”とは余りに違う、
“社畜”の
「おらおらぁっ!!」
――できそうにない。
「むんっ!!」
振り下ろされた狼の手刀を、片手で
「せやぁっ!!」
そしてもう一方の腕で、拳をお見舞いした。
「なにっ!?」
予想だにしていなかったのか、ティファレトはその攻撃をモロに食らう。
契約文字の効果も上乗せされた高速の打撃は、人狼の胸を大きく抉った。
……やはりか。
「――へ、随分と
「お陰様でな」
相手の動きが止まったのを見計らい、懐から治癒ポーション取り出し、一気に飲み干す。
全快――には程遠いが、かなりマシになった。
奴の想像より早く私が対応できたのは、奴が“拳法”を使ったからだ。
動物的な動作に比べて、体系だった動作は
空手を学生の頃に齧ったことがあるのも、大いに役立った。
もし、ティファレトがまた系統の異なる“本能的な戦法”を取ってきたら、こうはいかなかっただろう。
それに加えて――
「うぉおおおっ!!」
「おっ?
今度はそっちの番ってか?」
<射出>で加速し、一気に肉薄。
そのまま超速の連撃を繰り出す。
右拳。
左肘。
右蹴り。
左膝。
右鉤突き。
左貫手。
右回し蹴り。
左蹴り上げ。
「グッ! ヌッ!? ヌっ!? ヌッ!?」
攻守逆転。
私の責めに、人狼は初めて“防御”に回った。
――やはり、予想していた通りだ。
“白い時”はダメージを受けても即再生して動き続けていた。
しかし“赤くなった今”、目に見えて再生速度が鈍っている。
おそらくだが、奴はそれまで防御に回していた“力”を、
純粋な強化ではなく、
奴の言った
「せりゃぁあああっ!!」
「う、お、お、お、お――っと!?」
この好機は逃さない。
すかさず追撃を仕掛ける。
私の拳が、脚が、人狼の肉を抉っていった。
「こいつは、きつい、な――――おいっ!!」
形勢不利と見て、ティファレトが大きき後退する。
だが逃がす訳にはいかない。
<射出>によって加速された動きで、人狼を追う――が。
「ぬぅううああああああっ!!」
ティファレトの雄叫び。
同時に、またしても奴の“色”が変わった。
今度は――青。
「ひゃ、ははははっ!!
さぁ、今度はどうするっ!?」
青い狼は私を迎え撃つように動き――速い!?
“風迅”の全速力ですら奴に追いつけない。
――今度は速度特化か!?
「く、くそっ!」
“水飛沫”を残しながら縦横無尽に駆け巡るティファレトの姿を、必死で捕えようと試みる。
――しかし、目で追うことすら困難だった。
速度だけならデュストの“光迅”が上だが、“機動性”ではこちらの軍配が上がる。
「どこ見てやがるっ!!」
「!!?」
思考の直後。
すぐ横から、人狼の声が聞こえた。
気付けば、もう手の届く位置に奴の姿はあった。
「食らっときなぁっ!!」
「くっ!!」
籠手でガードしようとする――が、無理!
人狼の速度に、とてもついていけない!
奴の爪が、私の顔に直撃する――――あれ?
「おらおらおらぁっ!!
まだまだいくぜぇっ!!」
「…………」
次々に襲い来るティファレトの攻撃。
その様は中国拳法のそれに似ていた。
私はそれを棒立ちになって受け続ける。
「おらおらおらおらっ!!」
「…………」
「そらそらそらそらっ!!」
「…………」
「どらどらどらどらっ!!」
「…………」
えーと。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
人狼もようやく気付いたようで――いや、とうの昔に気付いていたのかもしれないが――叫びを止めた。
一応、手は出してきている、が。
一切の誇張抜きで、痛くも痒くも無い。
……ティファレトの攻撃は、契約文字の前によって“完全に”無効化されていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
私達に訪れる沈黙。
先にそれを破ったのは人狼の方だった。
「スピードに特化し過ぎちまったぁっ!!?」
「阿保かっ!!」
どうも、速度に“力”を割り振り過ぎて、ケセドの契約文字を突破するだけの攻撃力を残していなかったらしい。
お粗末にも程がある。
「な、ならこれはどうよっ!!」
「まだ変わるのか!?」
三度、狼の体色が変化する。
次の色は緑だ。
奴を中心に、旋風が巻き起こった。
「ひゃははははぁっ!!
この
「か、感覚特化?」
それは――――この状況でどんな意味があるんだ?
まあ考えても仕方ない。
未だ至近距離にいるティファレト目掛け、直突きを放つ――が。
「ふっ、見え見えだぜっ!!」
拳は、あっさりと払われた。
攻撃を止めるのではなく、“流す”動き。
詳しいわけでは無いが、その所作は太極拳に酷似していた。
突きの軌道を変えられたことに気付けない程の、流麗な“受け”。
感覚を強化したと言うだけあって、私の動きを完璧に把握されたのだろうか。
だとすれば、考えた以上に厄介な能力だ。
――と。
「――?」
私は怪訝な顔をした。
ティファレトが硬直している。
のみならず、顔を苦し気に歪めていた。
その目は、己の手を――私の拳を払ったことで契約文字により多少の傷を負った、己の手を見つめていた。
そして。
「うぉおおおおおおっ!!?
手がっ!!? 手が焼けるように痛いっ!!!?」
その場で、地面をのたうちまわり出した。
……おい。
「ひょっとして、痛覚まで強化した、とか?」
「ひゃははははは、その通りだぁっ!!
やっちまったぜぇっ!!
うぁああああっ!! マジ痛ぇえええええっ!!!」
ごろんごろんと転げまわる。
六龍の威厳など、まるで見えない有様であった。
最早、間が抜けているとかそういうレベルですらない。
……い、いや、これは絶好のチャンス!
「うりゃうりゃうりゃうりゃっ!!」
「あっ! コラっ!! 今攻撃してくんなっ!!
しかもヤクザ蹴りとかお前っ!!
ぎゃっ!! いってぇっ!! 痛いっ!!
やめっ!! やめろぉっ!!?」
どれだけ泣き言を喚こうが、お構いなしである。
ダウンしている人狼相手に、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
痛みが増大しているせいか、見た目の怪我以上にティファレトは痛がっていた。
もうこのまま押し切れそうな気すらする。
「ん?」
蹴った脚に硬い感触。
まるで金属を叩いたような。
これは――?
「ふ、ふふふのふ。
これぞ、4つ目の形態」
人狼の不敵な声(若干震えていたが)。
見れば、いったい何時変化していたのか、ティファレトの身体が紫色になっていた。
その毛並が、金属的な輝きを帯びだす。
「防御を高めたか」
「ひゃははは、その通りだ。
もう、親友の攻撃は通らねぇぜ?」
次から次へとよくもまあ。
だが冷静に考えて、これは私にって相当危険な能力だ。
こうも多彩に仕掛けられては、“社畜”の効力が発揮できない。
ただでさえ、ガルムではなくティファレトがいきなり出てきたため、“
もしケセドの契約文字が無かったならば、抗うこともできず敗北していたことだろう。
「……んん?」
そこで私は、あることに気付いた。
白、赤、青、緑ときて、紫。
最初は六龍の力でもモチーフにしているのかと思っていたのだが、この配色、ひょっとして――
「ひゃはははは。
気付いたようだな、親友」
私の態度に何かを感じ取ったのか、ティファレトが笑い出す。
「貴様、まさか、その力は――!」
「そう――――仮面ラ●ダーク●ガだ」
「はっきり言いやがった!!」
少しは伏せろよ!!
いや伏字は使っているけれどそういう問題では無く!!
「なんで六龍が日本の特撮番組を知っているんだ!?」
「ひゃははははっ!!
そんなもん、好きだからに決まってんだろうが!!」
「答えになってない!!」
一応、地球のことはかなり前々から認識していたという話なので、日本の文化についても把握していておかしくはないが!
「いや知ってるとしたところで、何故●イダーの真似事を!?
意味があるのか、それ!?」
「ああっ!?
お前、五●雄●の悪口は俺様が許さねぇぞ!!」
「悪口を言うつもりは無いけれども!!」
だからと言って、特撮の真似事は如何なものかと思う。
「なに呆れ顔してやがる!!
親友が使う“疾風迅雷”だって、ありゃただのライ●ーキックだろ!?」
「バラすなぁっ!!」
言われなければ気付かれないのに!
黙ってろよ、そういうことは!
「そうだよ!
私だって、●面ライダ●好きだよ!!
というか、特撮ものは全般的に見ていたよ!!
昔憧れてたヒーローの真似をして何が悪い!!?」
「――いや。
悪くなんかねぇさ。
男の子だもんな」
優し気な口調で慰めてくるティファレト。
その台詞に、心の枷が解かれていくのを感じる。
いや、どうしてもね。
この年齢になってもまだ子供向け番組が好きっていうとね。
世間の目が気になってね。
一瞬空気が弛緩したようにも感じたが、すぐに身を引き締める。
「さあ与太話はここまでだ!
俺様の鉄壁な防御、どう攻略するつもりだぁ!?」
「くっ!」
試しに打突を繰り出すも、全て毛皮に弾かれる。
契約文字も発動しているのだが、その力をもってしても傷一つ付けられない。
「無駄無駄ぁっ!!
屁でもねぇぜ、そんなパンチなんざぁっ!!
なんなら“疾風迅雷”でもやってみるか?
あんな大技を俺様相手に決められると思うんならなぁ!?」
――確かに、“疾風迅雷”であれば今のティファレトにも痛撃を浴びせられるだろう。
だがあの技は酷く『前準備』が長い。
相手に警戒されていては、当てることなど不可能だ。
どうしたものか……
「――――」
「んー?
どうしたぁ。
打つ手なしか、おい?」
無駄と分かってはいるが、さらに打ち、殴り、蹴る。
――全て徒労に終わったが。
「ひゃはははっ!
本気で何もできねぇのかよ!!
そんじゃ、こっちから行くぜぇ!!」
私の攻撃を全て跳ね除けたティファレトが、動き出す。
すぐさま防御を固めた。
今の奴は防御特化、凌げないことも無いはずだ。
「…………」
ん?
「…………」
おや?
「…………」
人狼が、動かないぞ?
「…………」
いや、動こうとはもぞもぞしてはいるようなのだが。
「…………」
なんなんだ?
――しばししてから、ティファレトが口を開いた。
「……か、身体を硬くし過ぎて……動けなひ」
「……………………」
――決戦奥義“疾風迅雷”
ティファレトを中心に、光の柱が聳え立った。
「やりましたね、クロダさん!」
見守っていたローラさんが駆けてきた。
決着がついたことに安心したのか、満面の笑みを浮かべている。
人狼は、今なお燃え盛る炎の中だ。
「途中から酷くぐだぐだで緊張感がまるで無かったですけれど」
なんだか今日のローラさん、言葉に刃があり過ぎませんかねぇ?
自分を酷い目に遭わせて犯人が消えた、安心感から来るものだと思っておこう。
――と、その時。
「あああああああっ!!
死ぬかと思ったぁっ!!」
「きゃあっ!?」
「しぶとい!?」
炎の中から、狼が立ち上がる。
“疾風迅雷”を受けてまだ無事なのか!
いくら何でも硬すぎるだろう!?
「ひゃははははっ!!
詰めが甘いぜ!
もう1、2発叩き込めば、勝負は決まってたのになぁ!?」
無茶を言う。
あんな大技、そうそう連発できるか。
「まあしかし、だ。
俺様をここまで追い詰めるとは。
流石親友、やるじゃねぇか!」
「いや、後半はほとんどそちらの自爆だが」
「コントでもやってるのかと思ってました」
さり気無く酷いことを言うローラさん。
だがティファレトは動じず、
「へ、コントか、そいつはいい。
六龍のギャグ担当とは、この俺様のことよっ!!」
「ぬぅっ!?」
強い!
あっさり認めた!!
この器のデカさ、ガルムとは桁違いだ!
「驚くところ間違えてますよ、クロダさん」
「そうですかね?」
一応説明しておくと、まだガルムの身体から抜け出していないティファレトには、“神格消去”の契約文字を撃ち込めない。
奴が“疾風迅雷”を食らって無事なのは、その辺りも関係している。
それを差し引いても、驚異としか言いようのないタフネスだが。
ともあれ。
「戦闘はまだ終わっていないようです。
離れていて下さい、ローラさん」
「そうだぞ。
近くに居たら巻き込まれちまうからな」
私とティファレトが彼女に離脱を促す。
「……なんだか、本当に息が合ってますね、お二人共」
訝し気な顔をしながら、ローラさんは広場の外へと退避していった。
去り際、私へと
「さぁて。
続きをおっぱじめるか」
「―――」
人狼の言葉に応じず、無言で構えを取る。
奥義が通用せず絶体絶命――に見えるかもしれないが、然にあらず。
ティファレトも決して無傷では無いのだ。
いや、傷の深さは深刻とすら言える。
体中至るところに傷痕や火傷痕が残り、再生が追い付いていない。
平然と振る舞っているものの、相当厳しい状態のはずだ。
「ひゃははは、その面。
今の俺様相手なら十分勝機があると思ってんな?」
「……違うか?」
「いや、違わねぇ。
確かにこっちもいっぱいいっぱいさ」
軽く認めるティファレト。
その“潔さ”には、好感すら抱いてしまいそうだ。
「だがなぁ、親友。
俺様はまだまだ全部見せたわけじゃねぇぞ?」
「――まだ、あるか」
覚悟は、していた。
憑依しているガルムもまた、多彩な技を持つことで知られる勇者だったのだから。
「2000の技を持つ男と呼んでくれ」
「駄目だ」
「そっかー」
その呼び名は権利上問題があるからね。
「ひゃははは!
親友なら――特撮好きのお前なら分かるだろう!
この“上”の形態があることを!」
「ま、まさか!」
「そう――ライジ●グフォー●だ」
「…………」
だから隠せって。
せめて黄金の力とか、そんな具合に。
「本当は身体の一部位を他の獣の形に変形させて、鷹・虎・バッタとかもやってみたかったんだが」
「この期に及んで別ネタも持ってくるのか……」
「魔物と
「そろそろコメントするのが辛くなってきたぞ」
ウ●トラ●ンネタまで振られても、その、なんだ、困る。
というか、時代設定的に私はそれを知っていていいのだろうか?
「時間も無いことだし、その辺のお披露目はまたの機会にしよう」
「心底そんなもの見たくない」
こいつとの再戦なんぞ御免被る。
「じゃあ行くぜぇっ!!
俺様の真の力、見て貰おうか!!
――超・変・身っ!!」
とうとう伏字無しでやりやがった!!
――などと突っ込む間も無く。
ティファレトが、金色の狼へと変貌していった。
すかさず私は、
「ローラさん、今です!」
「はいっ!」
ローラさんへ“合図”を送ると、全力で後方へ退避。
地面に身を伏せ、
「あん?」
人狼が訝しむが、もう遅い。
ローラさんの投げた“爆弾”は、既に奴のすぐ傍らに転がっている。
“爆弾”。
無論、日本でいう本来の意味の物品では勿論無い。
『獄炎の欠片』と呼ばれる赤い結晶で、使用すると周囲に莫大な破壊エネルギーをまき散らす――まさに、“爆弾”だ。
最上級の攻撃用マジックアイテムであり、いざという時のため、ローラさんがアンナさんより預かっていた代物である。
傷を負って万全の状態にない、しかも“変身”のため無防備になっている今なら、ティファレトにも十分な効果があるはず。
この隙を作るために、ここまで奴が“変身”する際、敢えて攻撃を行わなかったのだ!
「うぉおおおおおっ!?」
ティファレトも、投げ込まれたソレが何か、すぐに理解したようだ。
慌てて距離を取ろうとするも、それより早くマジックアイテムが効果を発動した。
「バカな――――!?」
“結晶”から爆発的に放たれる赤黒い光へと、人狼が飲み込まれていく。
その光はさらに勢いを増していき――
「――あれ?」
私も飲み込まれた。
え、嘘?
ちゃんと距離、取りましたよね?
「ば、馬鹿なぁあああああっ!!?」
ティファレトと共に、灼熱地獄へと引き込まれる。
「あ、あら?
効果範囲が伺っていた仕様より広いみたいですね?」
そんなローラさんの呟きを聞きながら。
第二十八話③へ続く