えー、まず始めにお詫びしておきます。
今回で楽園シリーズ本編は完結予定でしたが、なんていうか実際書き出してみたところ思ったより長くなりましたので、更に最終回を前後編にわけることにしました。
なので今回で終了ではなく、次回で終了の運びとなります。
読者の方々には色々ご迷惑おかけしますが、その辺り宜しくお願いします。
ではどうぞ。
「今度こそ、その子もお前も守ってみせる」
イタチがそう誓ったのは、子供が出来たと判明した、自身の18歳の誕生日を目前に控えた6月の頭のことだった。
それから数ヶ月の時が流れ、秋……年に二度の中忍試験の最中にそれは起こった。
伝説の三忍と謳われており、音隠れの里を率いる大蛇丸による、木の葉崩し事件である。
砂隠れの里と手を結び、五大国の中でも特に巨大な力を持つ火の国木の葉隠れの里を壊滅させようというその企み、しかしそれは早々に1人の忍びの存在によって瓦解することとなる。
「火影様、ご無事ですか」
そう声をかけ、凛とした声でイタチは今し方大蛇丸が張った罠から救出した、この里を照らす大役についている老人に問いかける。
「イタチか……」
そう呟く声と姿に、歳を取った故にか、かつてプロフェッサーと呼ばれた存在のチャクラのキレはない。
それでも、猿猴王・猿魔の口寄せ召喚使役など、未だ歳を感じさせぬほどの能力の高さを誇っていたが、あくまでもそれは一般の忍びと比べた場合であり、才のあるものと比べれば、かつて最強と謳われた彼の衰え具合は一目瞭然だ。もう現役とはとても呼べはしないだろう。
しかし、それでも彼は火影であり、老いても尚木の葉を背負う忍びだった。
「下がっておれ……初代様と、二代目様は、儂が封ずる」
責任感もあらわに老いた火影はそう口にする。
目前にいるのは、大蛇丸が使役するために穢土転生の術を使ってこの世に蘇らされた初代火影千手柱間と、二代目火影千手扉間だったものだ。もっとも、蘇らされた彼らの自意識は既に術者である大蛇丸自身の手で封じられていたのだが。そして、かつての木の葉を創設し導いた偉大な先達達は、その意志とは関係なくこの場においてはなにより厄介な敵でしかない。
それを封じると、ヒルゼンは言う。
本来なら火影の命と言葉にイタチが逆らうことはない。何故なら彼もまた木の葉の忍びであり、イタチは火影の守護とその命がなにより最優先の暗部に属している者の1人なのだから。主君の命に逆らう部下があるだろうか。
しかし、三代目が四代目もその命と引き替えにして使ったとされている禁忌の封印術・屍鬼封尽を使って敵を封じるつもりだというのならば話は別だ。老人の老いても凛とした眼差しとその言動に、敵を倒すため己が命と引き替えにするつもりなのだと悟ったイタチは「いいえ」と首を振りかぶり、代わりの言葉を放った。
「オレがやります。オレなら、命までは消費せずに済む」
その言葉は誇張でもなんでもなく、事実だ。
イタチには命を犠牲にせずまでも穢土転生体を封印するアテがあった。
「三代目、貴方は里の光だ。そう死に急ぐこともないでしょう。この里にはまだ貴方を必要としている人がいる。それはご自身でも分かっておられるはずだ」
そう言うが間にも二代目火影扉間の使う忍術と初代火影柱間の操る木遁が迫る。それらの術の冴えは、本人の人格が扱っているわけではないが故か、本来の威力を思えば微々たるものでしかなかったが、それでも凡百の忍びからしてみれば脅威そのものでしかなかった。けれど、それを前にイタチに恐れなどなかった。
何故ならイタチこそが……。
「この世に弱点のない技などない。なら、この術の弱点は、このオレの存在だ」
伝説の三忍と謳われた大蛇丸の、天敵になり得る人間であったのだから―――――。
他のものに手出しされずに師を屠るために張られた、封印は破られる。
大蛇丸が長い間かけて計画を立てた木の葉崩し、その計画の全てが今目前で崩壊していく。
それを為したのはたった1人の男の存在。
写輪眼の正当継承者であり、数多のうちは一族の中で最も異彩を放つ鬼才。
忌々しく、その名を木の葉崩しを計画した男が呼ぶ。
「うちはイタチィイ~~~」
けれどその呪詛にも近い声にも反応することはなく、イタチはただ無言で大蛇丸を的確に追い詰めていった。
其の瞳に、伝説の三忍を相手にしているという畏れの色などどこにも有りはしない。
イタチにとって、大蛇丸は排除対象でしかないのだ。
それを思い知らされて、大蛇丸のプライドに皹が入る。
大蛇丸は前からうちはイタチのことを知っていた。
大蛇丸にとって目標は永遠の命を手に入れ、自身の研究を続けていくことだ。より、多くの未知の術を収集することが彼にとっての生き甲斐だった。そんな中で編み出した不屍転生の術。これによって他者の肉体と自分の精神を入れ替えるすべを彼は手に入れる事が出来た。この術を使う事によって若いまま己は生き続けられる。己は永遠を手にするのだ。
そんな中で、自分と成り変わる肉体の器の筆頭候補として目を付けたのがイタチだった。
美しく、才能に溢れ、写輪眼という自分には持ち得ない眼を持ち、それを使いこなす若い忍び。眉目秀麗才色兼備と、自分と成り変わる相手としてこれほど申し分のない相手はそういない。
しかし、問題はイタチには大蛇丸がつけいるような隙などなければ、下手をすれば……この自分よりも強いのではないかと思わせる節があったところだ。なによりその実力の底については大蛇丸にさえ見通すことが出来なかった。
イタチは大蛇丸にとっては色んな意味で危険な相手だったといえよう。
彼を器とすることは諦めるしかなかった。
それでも、こうして実際に対峙して思う。
これは
玲瓏たる美貌の青年の目元に、まだやるのか、という色が浮かんでいる。
このままでは、本当になによりも不死に近い位置にいるはずの己は滅ぼされてしまうだろう。
大蛇丸は実力の差がわからないような馬鹿ではない。寧ろ、それとは真逆だ。老獪で、残忍で、目的のためならば堪え忍ぶことさえも知っている。だからこそ数多の戦場で殺される事もなく生き延び続け、こうして伝説の三忍の名をも手にすることが出来たのだから。
意地のために無駄に命を散らすのは馬鹿のすることである。
だから、彼はここでは撤退を選択することにした。
多量のチャクラを使用する蛇を使った身代わりの術を使い、イタチの攻撃から逃れ、そうしてそれでも木の葉の三忍と謳われた男は、屈辱に顔を歪めながら、その言葉を吐き捨てた。
「今日は引いて上げるわァ。でも覚えていなさい、イタチ。いつかこの屈辱、倍にして返してあげる」
その時の貴方の顔が楽しみね、そう笑って里に混沌を落とした男は去っていった。
その捨て台詞を何を思うでもなく、イタチはこちらのほうが優先順位が先だと三代目の元へと向かう。
「火影様、大丈夫ですか」
「イタチ、すまぬ……面倒をかけた」
そういって弱々しく笑う猿飛ヒルゼンを前に、イタチはいつも通りの涼しげな顔で、「いいえ」と短く告げて立ち上がった。やがて部下が到着する。
「隊長、ご無事ですか」
「ああ……」
「ご指示を」
それに淡々とした声でイタチは、やるべきことを口にした。
「お前達は火影様を連れて医療班の元へ。オレはこれから敵を排除する」
そういって立つイタチの背中は、何よりも頼もしく見えたという。そして、イタチの活躍による所か、死者も事件の規模の割りには最小限で食い止められた。
……これが、大蛇丸が起こした木の葉崩しという大事件の顛末だった。
やがて季節は冬と為る。
年越しも迎え、うちは一族もまた定期会合では大いに盛り上がりを見せたのは言うまでもない。
そんな中、話題に上がったのは本日来ることが出来なかった1人の女についての話だった。
「そういえば、シスイちゃんはどうしてるんだ?」
「確か、来月だったよな」
そう思い出したように一族の男2人が訊ねると、シスイの義母であり、一族を纏めるフガクの妻であるミコトがにこやかな笑みと共に答えた。
「ええ、来月に予定日を迎えます」
そう微笑む顔は嬉しそうで、孫の誕生を彼女自身も心待ちにしているのだと伺わせた。
「そうか、ミコトちゃんも良かったなあ」
その言葉に、一族の老人は眼を潤ませながらそんな言葉を言う。それに苦笑する彼女に向かって、別の男もこう言った。
「まあ、なんにしろ順調なのは良い事だ。あんな事件は繰り返しちゃいけないしな。子供も無事産まれたら、流石にシスイちゃんだって少しは立ち直るだろ。忙しくてふさぎ込むことは忘れちまうさ」
「ええ、きっと」
そう、願をかけるような声でミコトは言ったが、本当のところその言葉はきっと事実になるんじゃないかと彼女は思っていた。何故なら、ミコトは女であり、母だった。二児の母親として、子供がいる喜びは其の身に染みて知っている。
愛する夫と可愛い我が子との暮らしは、大変なこともあるがそれ以上に母としての喜びを与えてくれるところが大きい。子供という宝を得て女という生き物は尚一層成長をするものなのだ。我が子の寝顔に心癒されぬ母親などいるだろうか。
きっと、だからあの子も、子供が生まれてしまえば変わることが出来るだろう。それが女であり、母という生き物なのだから。そう、1人の先達としてミコトは思っていたし、信じていた。
「しかし、それを思えば運が悪かったのか良かったのかなあ。だって、イタチの奴あれだろ?」
「次期火影候補の1人として、あっちこっち駆り出されているって聞いているぜ」
その言葉にミコトは曖昧な笑みを浮かべた。
「しかし、まさかイタチが火影候補になるとはのぅ……まさかうちは一族から火影が本当に出るなんて思ってもおらんかったわ」
その老人が呟いた言葉にはしみじみとした感慨があった。
それを無理もないと思う。まさかとミコトも思ったのだ。まさか、我が子が火影候補に選ばれるなんて、ミコトだって思ってもいなかった。
元々イタチは優秀すぎるくらいに優秀な子だった、神童とはまさにイタチのことをいうのだろうと、親の贔屓目を抜きにしてミコトはそう思う。
弟のサスケと違って昔から一切手がかからなくて、その上面倒見が良く、歳に似合わぬ落ち着きがあり、あまりにも聡すぎて、あまりにも優秀すぎる子だった。けれど、それでもミコトにとっては腹を痛めて産んだ我が子だったし、エリートと謳われるうちは一族でも特出した才能を持つイタチだったが、夫によく似た不器用さの下に優しさを内包した可愛い息子だった。
けれど、あまりにも逸脱した才能はイタチと周囲の溝という形で弊害が現れたし、親しい友人と呼べる相手もなく孤立気味であり、誤解されることが多い子であることにも気付いていた。あの子の子供時代、本当の意味で全くイタチの異彩さを気にかけることもなく、イタチがどういう子か理解していながら、ただの子供としてあの子に接していた相手などシスイくらいではなかっただろうか。
そんな子だったからこそ、まさか火影候補になるなんて思っていなかった。
イタチがそうなった切っ掛けとなるのは、数ヶ月前に大蛇丸の手で計画された「木の葉崩し事件」だ。あれによるイタチの活躍によって、事件は起きた規模に似合わず最小の被害で食い止められた。
三代目がもう疾うに隠居しているべき年齢であることもあるし、誰よりも真っ先に里の危機に立ち向かい、三代目の命を救って大蛇丸を追い払うという、八面六臂の活躍を見せたイタチを英雄と見る里の者も今は多い。そこからイタチが火影候補として名があげられるようになったのも当然だった。
それでも、うちは一族から火影候補として一族の者が出てくるとは、うちは一族にとっては夢のような話だった。
何故なら、ずっと一族は冷遇されてきたと思っていたからだ。
あの忌まわしき九尾襲撃事件の際、うちは一族には嫌疑がかけられた。なんと木の葉の上層部はうちは一族がその瞳力を持って九尾を操り里を襲わせたのではないかと疑ったのだ。
馬鹿馬鹿しいと憤慨したのはいうまでもない。
なにせ、うちは一族は木の葉の創立の時からこの里と共にあった。木の葉警務部隊として木の葉の治安を守ってきたという自負もある。その我らが何故里を襲わせると思ったのか。そうして暗部を送り込まれ監視されるに至ったことも含め、上層部の対応の全てが屈辱だった。
それに昔から上層部はうちは一族を政治に関わらせることはなく、我らを政治の世界から排除し、里の隅へと追いやってきたのだ。それでも我らは我慢してきたというのに、その上でトドメにまるで我らが九尾事件を起こしたかのような上層部のうちは一族への扱い。我慢ならなかった。
このままではうちは一族には未来はない。そう考え、木の葉の政権を奪取しようとクーデターを起こそうと画策したこともある。それは今からほんの7年から9年ほど前のことだ。……最も、それらの計画は、断固として計画に反対し続けた1人のくノ一と、彼女に説得され考えを改めた反対派の人間達によって実行に移される前に終わりを迎えることになったのだが。
けれど、こうしてみると本当に、クーデターなんて実行しなくて良かったとそう思う。
なにせ、クーデターなど起こさなくても、里の人間自身の手でうちは一族の人間から火影が選ばれだそうとしているのだ。それは一族にとって悲願が叶ったとさえ言える出来事だった。
ミコトだって、我が子の躍進が嬉しくない筈がない。親として誇らしい、それは断じて本当だ。
けれど今イタチの妻であるシスイは妊娠9ヶ月目を迎えている。あと1ヶ月もすれば第一子が産まれるのだ。だというのに、イタチは休暇も碌に申請することも出来ぬ忙しさで、色々なもめ事や任務やなにやらに駆り出されている。
確かに一時よりはマシになったし、初めて妊娠した当時よりは落ち着いているとはいえ、出産前など一番心細いだろう時期なのに、それを支える夫が隣にいないというのは、仕方がないとはいえ、同じ女としては同情を覚える場面だ。シスイは腹を痛めて産んだ子というわけではないが、それでも昔からよく知っている子だし、イタチと婚約者となってから長かったのもあり、ミコトからすれば実の娘も同然の相手だ。出来るなら負担を軽くしてやりたかった。
それでも、イタチが火影候補になったことを伝えたあの時、ここ数年では珍しくもほっとしたように心を揺らして「イタチが火影になるなんて凄く嬉しいです」と言っていたから、彼女自身イタチが火影となることは喜ばしいことのようだったから、ミコトが口を出す事ではないのだが。
それでも、あんなに昔は表情豊かだった子が、嬉しいことがあっても笑う事さえ出来なくなったというのは見ているだけでも痛ましいことだ。
此所に、正月の会合に息子夫婦であるイタチとシスイの姿はない。其れは寂しいことだけど、それでも、それでも輝ける未来がこの先には待っているのだと、きっとそうであるとミコトはこの日信じていた―――――。
―――――そしてシスイは臨月を迎える。
其の日は深々と雪の降る、肌寒く、物静かな日だった。
「それじゃあ、シスイちゃん、少し出かけてくるけど無理しちゃ駄目よ」
そういって心配気に何度もミコトは外出着のまま身重の女へと視線をよこす。それに笑おうとして失敗したような表情でシスイは「大丈夫ですよ、大人しくしていますから」とそう答えた。
木の葉警務部隊で隊長として働くフガクからミコトに「届け物をして欲しい」という伝言が届いたのはほんの10分ほど前のことだ。木の葉警務部隊も、大蛇丸の起こした木の葉崩し事件からなにやら里の治安維持に関連して新しい取り組みを始めたらしくここのところずっと忙しくしている。
最も、忙しくしているのは木の葉警務部隊だけではなかったが。
シスイの出産予定日は3日後となっている。しかし、夫であるイタチは火影候補に選出されたのもあって今は忙しくしており、予定日には戻ってくる手はずとなっているが、今は里外で調査任務中であり、木の葉から出払っていた。
そして、予定日とはあくまでも、予定でしかないのだ。
実際妊娠出産というのはそれを行うのが人間である以上、機械的にきっちりと予定通りにとはいかない。予定日より何週か過ぎてから出産となることもあれば、今日にでも産まれる可能性もなくもないのだ。
ミコトがほんの少し届け物をするために外出するだけにも関わらず、こうもシスイのことを気にしているのはそういうことだ。一応一族には産婆も出来る人間もいて、出産の時は彼女に世話になる手はずになってはいるが、まだ陣痛も来ていないのに彼女を呼んで世話になるわけにもいかないだろう。
「それにもうすぐサスケちゃんも帰ってくるでしょうし、大丈夫です」
そんなミコトを安心させるように、シスイはそう一言付け足した。
イタチの弟であり、去年の春アカデミーを卒業し下忍となったうちはサスケは現在ナルトやサクラ達第7班の仲間と共にCランクの護衛任務についていた。忍鳥によると、もう木の葉の里内には戻って来ているということだから、あとは三代目への報告さえ終われば無事家に帰宅することになるだろう。
とはいえ、サスケが家に帰宅するよりも、フガクの所へ届け物をして帰ってくるだけのミコトの帰還のほうが早いだろうが、それでもシスイの気遣いが嬉しかったのかミコトは「そうね」とクスリと笑って、漸く玄関のほうへと向かった。
「それじゃあ、シスイちゃん、行ってくるわね」
「はい、ミコトさん。行ってらっしゃい」
そういって見送った。
そして誰もいなくなったことを確認すると、今度こそシスイの顔から本当に表情が抜け落ちた。
そのまま、ボスリと体を床に預け、思う。
(オレは……何をやっているんだろう)
そして思い出す。
あの木の葉崩し事件、結局己は何1つ出来やしなかったその無力さ加減を。
……シスイにとって排除対象として優先順位が高いのは大蛇丸よりもうちはオビトだ。そのことは間違いがない。そもそも大蛇丸ならばイタチなら問題なく倒せるだろう以上、自分にとってはそうだ。
だから、木の葉崩し事件だとて己は大蛇丸相手になにがしら仕掛ける気はなかった。元よりイタチなら倒せる相手だろうと己は大蛇丸よりずっと弱いのだから、無駄死には出来なかった。
だけど、だからといってこんな風になにもせず、なにもなさず、終わるつもりなどなかったのだ。
なのに、結局己は何1つせず守られて終わっただけだ。
悔しい、どうしようもなく、己の無力さが呪わしい。
どうして己はこんなところで燻っているのだ。
己は、この腹にある命が為に、どさくさに紛れ木の葉を出奔しオビトを狙う機会すら逃してしまった。
だがどうしてこの腹は膨らむ。
どうして、こうも足を捕らえられる。
どうせこの足と眼以外に特出したものなど持ち合わせてもいないくせに。
何故、この腹は膨らんでいる。
何故、己のこの体はこうも無力な「女」なのだ。
「……違う」
確かに、イタチが三代目の命を救い、大蛇丸を追い払ったとその活躍を聞いて抱いたのは喜びだった。
イタチが火影になることは、前世より夢を抱いた事がなかった己が持ったたった1つのなにより掛け替えのない夢だった。その夢が実現しようとしているのだ、嬉しくないはずがないだろう。
イタチにこそ火影になってほしいと、そうあの日自分は望んだ。
自分にとって最も優先すべき一は、あの日抱いた夢なのだ。うちは一族が起こそうとしたクーデターを止めたことも、つまりはそれが己の夢の為の一環だったからだ。
けれど、だけれど、何故この手は何も為さない。
木の葉崩しという大事件を前に、何故何も為さなかった。
何故、其の夢のために全てをくべることが出来ない。
命など惜しくないのに、どうして、己はこうして横たわることしか出来ない。
将来イタチの前に立ちはだかるだろうその障害を全て取り除いてやりたいのに、どうして、何故、こうして何も為さず
何故こうも無力なのだ。
なのに、どうしてよりにもよって、この腹にあの尊いものの血を引いた生命が宿っているのだ。
(オレは……)
「……女なんかじゃないのに」
嗚呼、そうだ。己は女などではない。女になりきれぬただの紛い物だ。
其れが何故こうして、普通の女のフリをしている。
気遣われたいとでもいうつもりか。
(そんなこと望んだことない)
イタチに愛される妻でも演じているつもりか。
(寧ろ、愛されたくなんてない。見捨てられたい。いっそ斬り殺されるほうが余程幸せだ)
碌でなしの人殺しが何を体を横たえている。
貴様なぞ、そんな価値など有り得ぬくせに。
なのに、どうして……皆―――――オレを女として扱う。
この汚物を。こんな臓物にも劣る畜生を。
緩やかな日々に殺されかけている、このどうしようもないエゴイストを。
なのに、何故この汚物からあの美しきものの児が産まれようというのだ。
(いや、本当に産まれるのか)
その自身の想像にゾッとする。
(嫌だ……)
やめてくれ、やめろ。
オレは母親になどなりたくない。なれるわけがない。
そんな冒涜、やめてくれ。
「……オレは、女じゃ、ない。オレは……オレは、オレ、は……」
うわごとのように、誰もいなくなった家で呪文のような言葉を繰り返すけれど、それでシスイの心が救われるわけではなかった。当然だ。こんなのは気休めに過ぎない。けれど、そんな気休めに頼るしかないほどもう感情はひび割れている。
最初に失ったのは味覚。けれど既にもう痛みさえわかりやしない。それほどにこの体の機能は壊れた。
ガラクタのような体と心を抱えて、しかし、シスイはそれでも尚呟き続ける。
「オレは、女じゃない」
女として扱われる日々と生活、女として振る舞う事、それら全てがどうしようもなく苦痛で耐え難かった。それでも、世間的に見れば自分は女なのだからと、そうあろうとした。でも無理だった。結局全て無理だったのだ。無理だったからこそ己はこうなってしまった。けれど、そうやって駄目になればなるほど周囲は、イタチは益々己を女として扱った。
女として愛そうと、労ろうと努力してきた。
こうしてあることも、イタチが己をよりにもよって女として愛している事さえも、全てが苦痛で、気持ち悪くて、吐き気がして、でももう何が痛いのかすらもわかりはしない。痛くないところなんてないから、逆にわからなくなった。
それでも、違うのだと、胸の奥で自分が喚く。主張するのだ。
この肉体は、「違う」と。
自分は「そうじゃない」と。
なら、もう結局の所、これが己の本質だった。
それこそが己の本質だった。
「オレは、オレにしか為りたくない」
ただ、自分で在りたい。
周囲の人々を愛したい。けれど、愛されたくない。女としての愛などそんなもの最初っから要らない。
ただこの胸の中に大切なものだけ抱えて、夢に殉じ死にたい。
自分以外の何者にも、なりたくない。
なるなんて出来ない。
(例え誰に罵倒されても、オレはオレでしか在りたくない)
だからもう、己などにおかしな期待をすることはやめてくれ……。
そうして、自己に埋没し始めてどれぐらいの時が経ったのだろうか。
「あらあら、アナタ随分と面白いことになっているじゃない?」
そんな声と共に蛇の舌なめずりが聞こえたのは。
夕陽が差し込む家の中、血の臭いを纏って、彼の伝説の三忍、大蛇丸が其所に立っていた―――――。
イタチはまだ里にいない。
続く