今回の話はアスマ先輩と居酒屋編になっています。
因みにしーたんは眠り上戸で、アルコール入ると猛烈に眠くなる人ですので、知られたら忍びとして致命的な欠陥になりかねないなーという理由であんま酒飲まないタイプみたいな感じ。少量で眠くなるので基本的に二日酔いになるほど飲む事が出来ないと言う意味では二日酔い知らずな人間でもあります。
ではどうぞ。
自分の酒癖……というか、酔い方が忍びとしては致命的にまずいものであることは自覚している。
だからこそ、今まであんまり人前で飲まないようにしてきたし、飲んでもビール一杯までで、それ以上はアルコールを摂取しないようにしてきた。それは自衛のためでもあったけど、まあアスマ先輩ならちょっとぐらいなら迷惑かけても大丈夫かなーとか少し甘えてみようと思って、おもいきって居酒屋に誘った。
いや、正確には流石に素面で相談とか出来ないからなだけなんですけどね……酒弱くても飲ミニケーションに頼ってしまうあたりが悲しきは元日本人の性というやつです。
でも、一応イタチの婚約者という立場で、しかも当の本人に告白されたばかりというのに、客観的に見て男と2人で飲みに行くのは外聞的にどうなのか……んー……まずい気がするなあ。なんか。でもアスマ先輩を逃したら相談とか出来そうな相手いなさそうな気がするので、そこは目を瞑って貰おう。
つか、酒癖が酒癖だけにわりと後のことが不安だし、変な誤解与えるような行為は控えるべきだろうなあとも思ったので、一応イタチには「アスマ先輩と○○で飲んできます」と言付け書いたメモを忍鳥に届けさせといたから大丈夫だろう、多分。居場所と飲みに行く相手もちゃんと伝えたし、やましいことないって伝わるといいんだけど。
……ああ、でもなんだか色んな意味で不安で胃が痛いなあ。
ええい、行く前からへこたれてどうすんだ、オレ。
というわけでいざ、居酒屋へオレは勇んで入っていったのだった。
* * *
さて、どうするか。
「うぅ……」
目の前でうなり声を上げながら、ビールを握りしめている後輩を前に、オレ、こと木の葉上忍猿飛アスマはややどうしたもんかなと、内心対応に困っていた。
そもそもの切っ掛けはこの目の前でつぶれかけている件の後輩だ。
前から度々任務で一緒になることがあった、このうちはシスイという名のくノ一は、任務中はわりと有能なくせに、普段は感情豊かで人懐っこくて、そのくせどことなく危なっかしい感じから放っておけず、いつの間にか妹分みたいに思えてきた奴で、まあそれなりに気に掛けていた相手なわけだ。
それが今日あったらえらく暗い顔して、いかにも悩んでますって顔に書かれてたもんだから、つい放っておけず声をかけたわけなんだが、それのコイツの回答が「飲みに付き合ってくれませんか?」というもんで、だからまあ、酒の力を借りて相談をしたいってことなんだなと受け取ったオレはそれを引き受けたわけなんだが……どうやらオレはシスイの奴の酒の弱さを読み違えていたらしい。
そういやぁ、確かに一緒に飲みに行くときは、いつもこいつは最初に受け取ったビール一杯をちびちびと舐めていくだけで碌に飲んでなかったな、とか、わりと片鱗はあったが、ここまで弱いとは思ってなかった。
……ビール三杯で耳から爪先まで全身真っ赤な上、半分意識飛ばしてるとか、お前そんだけ酒弱くてよくオレを誘って「今日は奢りますから」とか言えたな……。
なんかコックリコックリと半分眠りの国に旅立ち始めている後輩を前に思わず、呆れ混じりのため息を吐きつつ、それでも放っておけずオレは水を注ぎながら、奴に声をかける。
「おいおい、シスイよぉ、お前飲み過ぎじゃねえの」
「うー」
そのオレの言葉に対応する元気もないのか、シスイはダウンした姿勢のまま、もぞもぞと手を動かして水を探った。それに放っておけず、水を頬に当てるように置いて、沈みがちな肩を支えた。
やがてオレに支えられたシスイは、真っ赤な顔色のまま、やけにあどけない仕草でゴシゴシと何度か目を擦り眠気を振り払いながら、オレに渡された水をズズッと啜りつつ、俯く。其の姿はやけに無防備で、本当にこいつは成人を越えた女なのかと疑わせる姿でもあり、オレだったから良かったものの、他の奴だったら今頃喰われてんじゃねえのかと、そんな余計なお節介ばかりが脳裏を無駄に横切った。
やがてコップ一杯分の水を飲んだ辺りで、ある程度眠気が収まったらしい。シスイは相変わらず酔っているからかボヤーとしたまま、しかしもうウツロウツロとした風でもなく、手慰みに空になったコップを弄っていた。
「ったく、大丈夫か」
そういって、すっかり冷え切ったおしぼりを、アルコールが入って熱を帯びた奴の頬に押し当てると、シスイはちょっとの間気持ちよさそうな顔をして、目を瞑ってたかと思えば、次にふにゃあと涙目になりながら、縋るような上目遣いでオレの名を呼んだ。
「アスマセンパイィ……」
その思っても見なかった顔と反応を前に、思わずドキリとした。
気怠げに落ちがちの狭い肩、服の上からでもわかるほど大きく女を強調した豊かな胸に、紅く染まった肌を引き立たせている癖のあるセミロングの黒髪。アルコールが入っているせいか熱く荒い息に、耳まで染まりきった赤ら肌に、下がり気味の眉と潤んだ釣り目がちの大きな瞳。普段よりずっと高い体温もあり、それは酒のせいとわかっていても、事後を思わせるそれで、妹分としか思っていなかったはずの後輩を相手に、しかし思わずオレは喉を鳴らしていた。
(落ち着け、オレには紅ってもんが……)
なんてことを自分に言い聞かせて歯止めをかける。
が、ひょっとしてこいつオレのことが好きだったのか、いや、駄目だオレには紅がなんてことを考えている時点で随分とオレはこの時混乱していたらしい。
多分シスイのやつだ、違うだろうと思う気持ち半分、ひょっとしてこれはひょっとしてひょっとするのかとどことなく邪な期待半分で、もう喰っちまってもいいんじゃねえのかなんて囁きをしてくる脳内悪魔と戦いながら、それでもオレは表面上は冷静な声と態度で、呼びかけられた理由を尋ね返した。
「なんだ」
そして次にシスイが言ってきた言葉は、この時踏みとどまって正解だったことを告げるような言葉だったといえよう。
「私、イタチに告白されちゃったんですけど、どうしたらいいんですかねえ」
「は?」
ぐすぐすと涙ぐみ、鼻を啜りながら言った後輩の思わぬ言葉に、思わず固まる。
と、同時になんだかこいつを意識しちまった自分が馬鹿らしくなって、ひょっとしてひょっとするのかと期待するような気持ちが綺麗に四散していったとも付け加えておこう。
……そんなことだろうとは思っていたが、なんだオレは当て馬か。とは思いつつ、まあこれがオレとこいつの正しい距離ってやつだろうなとは思いながら、半分馬鹿らしい気分になりながらも、今シスイの奴が言った言葉について自分の脳内で整理をすることにした。
イタチってのは、間違いなく、暗部隊長の1人である、あの「うちはイタチ」のことだろう。
(確か婚約者だったか)
シスイはこの年下の幼馴染み兼婚約者と非常に仲が良いらしく、2人で甘味処巡りをする姿が度々目撃されてるってのも何度も聞いた事のある話だ。それにオレや他の連中と話す時も話題にはその「イタチ」についてがよく出てきたし、惚気か、と思った事だって一度や二度じゃねェ。
おまけにこいつが男に告白された時の断り台詞が「婚約者がいるのでごめんなさい」なのは有名な話だ。
確かにこいつの話すイタチの話はまるっきり「惚れた男」に対する評価というより、「目に入れても痛くないほど可愛い弟分」に対する評価そのものだったが、それでもまあ両想いには違いないんだろ、と思っていたし、色恋の仕方なんて人それぞれだからまあ、こいつらの場合はこういう在り方なんだろう。とかそういう風に第三者としてオレは思ってきたわけだが……やっと出てきた相談内容がこれってことは、ひょっとしてこいつあんだけオレらに惚気ていやがったくせに、本気で恋愛対象外としかイタチの奴の事思っていなかったのか?
と、呆れる気持ちもあったが、なんだかんだで乗りかかった船だ。オレの目から見ればえらくくだらない悩みに見えるが、本人が真剣に悩んでいるのを茶化すのもまずいかと思い、とりあえず、本人に自分の心を確認させる意味も込めて、イタチに対する感情について問うた。
「イタチってお前の婚約者だろ。なんだ、嫌なのか」
「嫌じゃない。嫌じゃないんですよ、だから困ってるんじゃないですか!」
そのオレの問いに対し、シスイの奴はガバリと体を起こして、それから右手拳でカウンターを叩きながらなにやら次のようなことを力説してきた。
「だって、イタチはかっこいいし、可愛いし、大好きだし、だけど、そういうんじゃないんですよ」
「オレには惚気ているようにしか聞こえねェが」
……いや、わりと本気で。
寧ろこんだけべた褒めしておいて惚れてねェって、逆にどういうことだオマエ。
そんなオレの気持ちを込めたわりと冷静なツッコミは、酔っているからかスルーされ、女の妙な力説する声でかき消された。
「だって、オ……私、自分がイタチとヤってるところ全然想像出来ないし! 微塵もイメージ湧かない!」
……大声で述べられたそれは正直、世間一般の「うちはシスイ」のイメージぶち壊し間違いなし台詞だった。
つか、鈍感天然母性系巨乳女子で通ってるくせに、ヤるとかヤらないとか、何を人前で叫んでんだ、一緒にいるオレが恥ずかしいだろうが。どう考えてもそれ若い女が人前で大声でいう台詞じゃないだろ!
ああ、ほら、何事だって店中から視線が集まってるじゃねえか。一緒にいるオレのほうがいたたまれねェよ。いくら酔っぱらってるからって恥じらいまで捨てるな、この馬鹿。
「お前、若い女がそういうこと大声で言うな。注目されてるだろが」
そう小声で忠告するも、そのオレの言葉も届いているのか、届いていないのか、シスイの奴は再び頭をカウンターに突っ伏しながら「あー、もう消えたい。ほんとヤダ」なんて呟いて、自棄飲みするような仕草でグビグビと水を煽った。
「お前な……」
* * *
水を含み、いくらか酔いも冷めてきたらしく、眠気が引いてきた頭でこれからとこれまでのことをオレは思う。
隣ではアスマ先輩の呆れたような顔と声もあったけれど、だけどそんなことを構うような余裕なんてなくて、ただそうしてグルグルと頭を駆け巡るのは今現在の自分のうちは一族内に置ける立ち位置についてだった。
……一族から、子を作れという圧力がかかっていることは知っている。
誰と作るか、についてはまあ、婚約者なことから順当に行けばイタチとになるのだろうが、一族にとっては必ずしも自分はイタチと作ればいいということではなく、正確には優秀な一族の男子とならば誰と作ろうが別に構わないのだ。
そして、その「立場」については性別が違えどイタチだって同じだ。
優秀な一族同士で子を作る。それは一族としての義務で、多分同種のプレッシャーはあいつも受けている筈だ。
だから、理由はどうあれ此処でイタチを断ったとしても、その時は別の一族の男を宛がわれるだけだ。イタチをそういう目で見ろといわれても無理だ。でも、それはイタチに対してだけじゃない。誰を相手に選ばれたって、きっとオレは相手のことをそういう目で見ることは出来ない。そしてイタチも、オレが断ったらその時は宛がわれた別に好きでもない女とそういうことをさせられることだろう。望んでいようが望んでいまいが、それが一族としての義務なのだから。
けど、それでいいのか?
本当にいいのか?
嗚呼、そうだ。確かにオレはイタチのことをそういう意味で好きじゃない。だけどオレさえ我慢すりゃいいことなのに、オレの我が儘であいつに好きでもない女を抱かせる未来を用意させるのか。
いや、それだけじゃないか。あいつの視点に立って考えるのなら、オレがあいつを断り、結果として別の奴と子を作らされるとしたら、それはイタチからすれば好きな女を寝取られるのと同然の行為だ。そんなもんをあいつに味わわせて本当に良いのか。
イタチのことは可愛い。本当に大切で、大好きだ。
けれど、女になりきれない自分は決してイタチのことを「異性」として見ることは出来ない。
そんなのは、こんな自分を相手に好きだと真摯に告げてきたあいつに対して失礼だ。あまりに感情が違いすぎる。その気がないのに応えるべきじゃない。恋愛に同情なんて、そんなのは却って相手を傷つけるだけだ。
だけどいずれ誰かとそういう関係にならないといけないというのならば……。
「アスマ先輩、私、イタチの奴を傷つけたくないんですよ……」
きっとどの選択肢を選んでもオレはあいつを傷つけるのだろう。
この世で1番大事なのに、なんでどうしてオレにはあいつを傷つける選択肢しかないんだろう……。
そんな風にコップを弄びながら考えるオレに対し、アスマ先輩はこんな言葉を言った。
「……別に恋愛感情がなくてもいいんじゃないのか」
その言葉の真意がよくわからず、ややだるい頭を先輩のほうに向ける。するとアスマ先輩は、男の渋みを感じさせる男臭い仕草で焼酎を煽りながらこう言った。
「夫婦となってから、そういうのが芽生える場合もあるだろ」
「……そういうものですかねえ」
言われてみれば、確かにそういうパターンもあるのかもしれないとは思う。だって世の中には政略結婚やお見合い結婚でも両想いな夫婦だっているわけだし、真っ当な男女であれば体を繋げればその後情が湧いてくる場合もあるだろう。
そう、それが真っ当な男女であれば。
「そういうもんだろ。お前は真面目だから考えすぎているだけだ」
そういって、タバコを吹かしながら、ぶっきらぼうになんでもない風に告げながら慰めてくれるアスマ先輩は本当にイイ人だと思う。だから、その希望的観測に縋りたくなる。
嗚呼、もう本当にまいったな。泣いちまいそうだ。
「……そうだったら、いいですね」
先輩。貴方の言うように、そんな風にあれたらいいとオレもそう思います。
そうあれれば、オレは誰も泣かせずにすむでしょうから。
だけど嗚呼、きっとでも男を同性にしか見れない自分には、多分無理だけど。
それからは特に何か言葉を交わすでもなく、ただ静かにオレは水を傾けて、先輩は酒をチビリチビリと煽るだけで時が過ぎていった。でも、其の沈黙が不快ではなくて、寧ろ心地が良くて、気遣われているなあと、そう思った。
嗚呼、もう情けないなあ、オレ。あと先輩渋かっこいい。
出来ればアンタみたいな大人になりたかったよ。
そんなことを思っているうちに、酷く馴染んだチャクラ反応と気配が近づき、オレはボンヤリと顔を上げた。
「シスイ、いるか」
そうやって顔を上げた先にいたのは、暖簾をくぐって店内に入ってきた任務帰りらしきイタチの姿だった。
「……イタチ」
思わず呟きながら、顔を見上げる。
イタチの様子はいつも通りで、先日オレに告白してきたとはとても思えなくて、確かに行き先は告げてはいたけど、いざこうして対面するとどう反応していいのかわからなくて困る。
そんなオレの気持ちを置き去りにアスマ先輩は茶化すような声で「お、お迎えが来たみたいだぜ、お姫様」なんてことを行って、ジェスチャーで帰るように促した。
「いや、でも……」
ぶっちゃけオレのほうが奢るって言ったのにこんな中途なところで帰っていいのか。とそうまごつくオレに対して、イタチのほうがじれたのかオレの手を掴んで歩き出しながら「シスイ……アスマさんもこう言っているんだ。帰るぞ」なんて言葉を放って、オレの手を引っ張った。
そんないつもらしからぬイタチの強引な態度にちょっと動揺しつつも、オレは慌てて「いや、ちょっとお前待てって、お代。まだお代払ってないから」そう告げて財布をポケットから取り出し、紙幣を取り出す。
「別にいいぞ、大した額じゃないんだ」
そんなオレ達の態度をなんでかニヤニヤとした顔で見ながらアスマ先輩はこんな言葉を言ってくるわけだが、お言葉に甘えるわけにはいかないだろう。なにせ世話になったのはオレのほうなわけだし。
「そういうわけにはいかないでしょう。って、ああ、もう」
だからそうオレは答えるわけなんだけど、そんなオレを尻目に何故かイタチはオレの手を掴んで連れて行こうとしてくるんだが、え、一体この態度はなんなの? さっきはいつも通りと思ったけど、イタチいつもとなんか態度違くね? ちょっとイタチ、アスマ先輩相手にその態度は失礼だぞ?
なんてことを思いつつも、なんとなくイタチを咎められる雰囲気もないし、とりあえず本題だけはすませようと、オレはアスマ先輩のほうに向かって紙幣を数枚纏めて手裏剣投げの要領で投げ渡してからこう告げた。
「アスマ先輩、今日はありがとうございました。お世話になりました。今日はこれで失礼します。おやすみなさい」
そういってペコリと頭を下げて居酒屋を後にした。
そうして外に出て、空を仰ぐ。すっかり外は真っ暗で、外気の肌寒さがアルコールで火照った顔に気持ちよくて、少し目を細めながら立ち竦む。そんなオレの気配に気付いたように、先ほどはあんなに外へとグイグイ引っ張ってたくせにイタチの足もまた止まっていた。そんなところがなんだかおかしくて少しだけ笑うと同時に、繋がったままの手を妙に意識した。
……別に手を繋ぐのは嫌いじゃないけど、そういやあなんでオレイタチと手繋いでるんだろう。
そんなことをボーと思っていると、イタチが薄く笑った。
それに対し、なんとなくモヤモヤと気になったので、オレはイタチにこう先ほどの事に対して訊ねていた。
「なぁ、なんでオマエあんな態度に出たんだ? ああいうのが失礼な態度だってことくらいお前だってわかってるんだろ?」
そのオレの質問に対し、イタチは、少しだけ呆れたような顔を目の端に載せながら、指を近づけ、トンとオレの額を小突いた。
(……オレ、サスケちゃんじゃないんだけど)
なんでデコツンするの? なんて思いながら額を押さえるオレに対して、イタチは落ち着いた声でこう言った。
「オレがお前をどう思っているかは言った筈だな」
「……いや、それは聞いたけどさ……」
思わずごにょごにょと後半は小声になる。そんなオレに対し、イタチはオレの頬に指を添えながら、10人女がいればそのうち10人共が見惚れそうな表情で、「なら、妬いたから、というのは答えになっていないか」そう告げて微笑んだ。
(……うわ…………)
なんだこれ、妙に照れるゾ。
ちょ、そういう顔はオレじゃなくて別の女にしろよ、惚れた女とかさ、とか思わず内心で突っ込んだあとで、そういやこいつの好きな「女」ってオレだった! とか思い出して、グルグル思考を混乱巡りさせるくらいにはなんか破壊力のある顔だった。
そんなオレを見て、イタチは何が楽しいのやら、「くく」と悪戯気に小さく笑った後、手を繋ぎ直して「帰るぞ、シスイ」そういってまたオレの手を引いて歩き出す。
そんな姿に、嗚呼、本当にお前はオレのことが好きだったんだなと、妙に実感してしまい、胸が苦しくなった。
そして2人、うちはの集落までの道程を手を繋いだまま言葉も交わさず歩いた。
この時間が終わらなければいいと、そう思う。
決断を先延ばしにしているだけと言われてもそれでもいい。
ただ、こうして共に歩いて隣にあれたらそれだけで自分は良かったんだから。
だけど、それじゃあきっと駄目なんだろうとも、そう思っている。
繋いだ体温が暖かい。
それが苦しくて(嬉しくて)仕方がない。
たとえお前の好きと違っても、それでも確かにオレはお前のことが一等大事で大好きだった。
だから、出来るなら終わらないで欲しかった。
けれど、どんなにゆっくり歩いても、終わりは来る。
そう、たとえどんなに先延ばしにしたい決断でも、それでも答えをかえさねばならない。
それがオレが受けるべき義務だろうから。
イタチと、オレの足が止まる。場所はうちはの集落にあるオレの家の前だ。
本来ならここでイタチは別れるつもりだったのだろう。まあ、イタチの目的はオレを送ることだったのだろうから当然と言えば当然か。
けれど、オレは敢えて有りっ丈の勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あのさ、イタチ」
「……どうした」
ああ、どうしよう、心臓がバクバクしている。酷く逃げ出したくて足が竦む。
けれど、オレの言葉を前に足を止めたイタチに対し、オレはその言葉を告げた。
「家、上がっていかないか」
イタチの服の裾を掴み、精一杯の気持ちで告げたオレの誘い文句を前に、イタチは一瞬間を開ける。もしかするとイタチなりに驚いていたのかも知れないけど、真相はよくわからない。
やがてややあって、ゆっくりと落ち着き払った声で諭すようにイタチが言った。
「シスイ、わかっているのか。オレは……」
予想がつくその先の言葉を遮り、オレは叫んだ。
「わかっているよ!」
本当にお前はオレのことを好きな女として見てたんだろう。
そして惚れた腫れたってのは別に綺麗なだけのものってわけじゃなく、肉欲にも結びついたものだ。多分オレの態度にやきもきしたことだって一度や二度じゃないんだろう。それでも辛抱強くオレの回答を待とうとしてんのは、イタチなりの真心と誠実さの現れであり、オレを気遣ってのものなんだろう。
それに比べれば、オレの気持ちはあまりに中途半端だ。親愛の好きはあっても、恋情はなく、お前がオレのことをどう思っているのかも知っているくせに厚顔にもこんな形で誘おうとしている。酷い卑怯者だ。
あまりにもオレはお前に釣り合っていない。けど。
「ごめん、本当にごめん。私はお前のことそういう目で見た事はない。だけどさ」
『夫婦となってから、そういうのが芽生える場合もあるだろ』
アスマ先輩はそう言った。
其れを聞いて、そうなれたらいいと、オレも思ったんだ。
そうなるべきだろうとも思った。
だって、お前を拒絶する事に意味はない。意味なんてないんだ。
何故ならオレもお前も、一族に求められている役割は……。
それらの本音を飲み込んで、ただ出来るだけ自然な微笑みを浮かべるように心がけ、オレはまるで縋り付くようにイタチの背に両腕を回しながらこう言った。
「いずれお前と結婚するんだ。先延ばしにしても、何も変わらないだろ」
震える体の意味を、誤解してくれていたらいいとそう願いながら、オレは額をトンとイタチの肩のあたりに預け、イタチの返答を待つ。
やがて二拍の間を置いて、イタチはその形の良い指をオレの頬に沿わし、オレの顔を上向かせながら、少しだけ躊躇いがちにこう訊ねた。
「……良いのか」
(……本当は良くない)
けど、そんな本音は飲み込んで、オレは微笑みさえ浮かべてイタチの瞳を見つめながら言った。
「良いよ」
その言葉に惹かれるようにイタチの指が顎にかかり、もう1つの手が自分の首の後ろへとまわされる。それに、嗚呼イタチにキスされるな、と思えば体の震えはカタカタとより酷くなった。
(凄く怖い)
そうして長いようで短かった刹那は終わり、イタチの唇がオレの唇の上へと重なった。
続く