えー、今回の話は前回の予告通り、ほのぼのな外伝です。
いやあ、ほのぼの書きたい気分だったので。
とりあえずイタチさん2歳~5歳の時の話です。
尚、次回は夏祭りネタの予定です。
そんないつかの日々
うちはシスイが、うちは一族を束ねているうちは一族代表フガクの息子うちはイタチと正式に顔会わせさせられたのは、シスイが8歳、イタチがもうすぐ2歳を数えるといった時だった。
出会ってすぐにシスイはイタチのことを気に入った。
ちっちゃくて可愛くて、弟というものがいたらこんなものだろうかと、前世で妹が居た身だからだろうか、どこか少しだけ懐かしい気持ちになりながらも、「宜しくな、イタチ」そう声をかけ遊んだ。
イタチは可愛かった。
幼いのにどことなく礼儀正しくて、遠慮がちで、けれどまだ世俗にまみれていないクリクリのまっさらな瞳で自分を見上げてくる様や、素直に自分の言葉を真っ直ぐ聞くそんな様が、シスイにはとても可愛かった。
多分、環境もあったのだろう。
シスイは現在アカデミーに通っていたが、何故かシスイは女子には悉く嫌われていたというのもある。子供として振る舞っていても、前世の記憶と人格をそのまま受け継いでしまったシスイは芯から子供というわけでもなく、子供を見ても自身が子供と呼べる年齢であるが故に、子供好きなのに子供を子供扱い出来ないということに対するストレスもあったし……なにより、現在里は第三次忍界大戦の最中であり、シスイの両親もまた忍びであることから、両親共に不在がちで、この頃にはあまり親に構われることもなかったのだ。
前世で妹可愛いのシスコンであったように、両親が死んで大学を中退するまで友人や恋人などが絶えず充実していたように、元来シスイは家族好きで、賑やかなのが好きな性分だ。
ようは……自覚があるにせよないにせよ、シスイは内心寂しさを持て余していた。
癒しが欲しかった。
イタチと引き合わされたのは丁度そんな時期だった。
シスイはイタチとは6歳程年が離れている。
たとえ世間的に見て自分自身子供といえる年齢としても、これだけ年が離れていればイタチを子供扱いしても他者に怪訝な目で見られることはない。おまけに素直で礼儀正しく自分に懐いてくれるイタチはシスイから見ればとても可愛く、癒しそのものであり、救いの天使そのものだった。
シスイにとってイタチが特別な存在になるのに時間はかからなかった。
それにくどいようだが時代は第三次忍界大戦の最中だ。
イタチの父フガクは木の葉警務部隊の隊長を務めていることもあり、フガク・ミコト夫妻共に、木の葉の勤務と警護がメインではあったが、それでも戦争中である以上、忙しくしていたのは当然だと思われる。
それにイタチは元々手が掛からない、実年齢よりもずっと出来た子供で、物心がついたかついていないかという年齢ながらその辺りの機微を悟っていたというのもあるのだろう。イタチの「だいじょうぶだから」という言葉に甘え、ミコトは我が子に家を任せ夫の補佐に出かけることが日に日に増えていった。
それでも流石にどれほどしっかりしている子とはいえ、若干2歳の子供を家に置いていくのには抵抗があったということだろう。ミコトは同族でありイタチを実の弟のように可愛がっているシスイに、アカデミーが終わったら少しの間イタチを見てくれないかという話を、何度目かの来訪の際にシスイに持ちかけた。
シスイはそれを喜び了承した。それは彼女にとっても願ってもいない申し出だったからだ。シスイは空いた時間はイタチのために使うようになった。
そうやって時を重ねた。
「やっほー、イタチ。元気? おじゃましまーす」
「シスイねえさん、またきてくれたんだ。いらっしゃい」
「うん。あと……イタチ。前もいったけど、私のことはシスイで良いって。姉さんはいらないから」
「でもちちうえやははうえは年上にはれいぎをつくしなさい。おねえさん、おにいさんってよびなさいって……」
「私がいいっていってるんだから、いいの。イタチは真面目だなあ」
なんて会話を繰り広げたことも何度かあった。
そのやりとりも幾数回繰り返したことだろう。そうやって親の言いつけをきちんと守るイタチのことを良い子だなあと思う気持ちはある。そんな極真面目なところを可愛いなあとも思う。それでも、シスイは気持ちは嬉しくてもイタチに「姉さん」と呼ばれるのは嫌だった。
理由は簡単だ。「姉さん」とは女に対する形容詞だからだ。
この世界に生まれ変わって以来、シスイは女としてこれまでの人生を生きてきた。それでもシスイの精神が女になりきれたことは一度もなかった。自分が対外的に見て「女である」ということまでは理解していても、それでも女として呼ばれ、そう扱われることに言いようのない嫌悪感を覚えていたのだ。
多分他人にそれを言えば「下らない」と一蹴されるだろう。「お前はどこからどう見ても女だろう、何を寝ぼけた事を言っている」とも言われるだろう。そうシスイ自身自覚しているからこそ、そのことを他人に漏らしたことはない。
それでも女として自身が扱われることに対する嫌悪と、自分の肉体が女であることを苦痛に感じる心は生理的なものであって、どうしようもなく彼女の中で燻り続け消えないのだ。「お姉さん」「お嬢さん」と、そんなありふれた呼び名で自分が呼ばれる度、心の奥底から沸き上がる「違う」という自身の叫び。それは確かに微々たるものとはいえ、それは繰り返す事に自分の精神をすり減らし、ストレスとして自分の心にのし掛かってくる。
前途した通り、シスイにとっては、イタチは癒しであり救いとも言える存在だ。
だからこそ、そんな存在にまで「女」に対する形容詞で呼ばれそうあり続ける事に、シスイは辟易とした思いを抱えていた。
それが弟のように思っているイタチに、自身を名前で呼べと言っている理由だった。
だが、そんなシスイの内面と事情についてイタチが知ることはないだろう。わかる筈もなく、悟らせるわけにもいかない。だから、イタチが親の言いつけを破ってシスイを呼び捨てで呼ぶことに中々踏み切れないのは当然といえば当然でもあった。
「じゃあこうしよう。フガクさんやミコトさんがいない時だけ、私の事はシスイと呼ぶ。それじゃあ駄目かな?」
「ちちうえやははうえがいないときだけ?」
「そっ。2人だけの秘密。な、イタチ、それじゃ駄目?」
「うん、それはいいと思う」
そういってイタチは仄かに笑った。
「シスイ……さん」
そんな風にぎこちない呼び名でイタチがシスイを呼ぶようになったのは、出会った年の夏頃だっただろうか。そのたびにシスイは苦笑しながら見ていたものだが、でもそんな風に一生懸命に自分に対して応じてくれようとしているイタチを微笑ましく可愛らしく思っていた。
けれど、其の日のそれは多少他の日と違ったといえよう。
それは、シスイがイタチと正式に顔を合わせてから2ヶ月半程の月日がたったある日のことだった。
「ごめんくださーい。お邪魔しまーす」
其の日も、アカデミーの帰りに、シスイはそんな言葉をかけながらイタチの家へとやってきた。
「?」
家長であるフガクさんは任務中で、其の日はミコトさんも警務部隊に駆り出されていて家にいないということは事前に知っていた。確かミコトさんは母と共に今頃任についている筈だ。任務は明日の夕方まで続くとそう言っていた。
其の日はアカデミーも半ドンで、次の日はアカデミーの休日だ。だから「お願いね」と今朝母と並んで忍び装束を身に纏っていたミコトさんに言われ、「お任せ下さい」の言葉と共に家の鍵と食費のほうも預かっていた。
だから、この家にイタチしかいなくてもそれは当たり前で、わかりきっていることだ。
けれど、いつもこうしてシスイが玄関に立ち声をかければ、イタチは幼児と言える年齢にも関わらず、それに似付かわしくない忍びの聡さでこちらの気配を読んでやってくるのが常だった。それと共に「いらっしゃい、シスイさん」と戸を開けるのがいつもだったのに、イタチの反応がなければ、イタチの気配も扉から遠い。ドアに手をそっと置けば鍵は閉まったままだ。
これはおかしいと思い、他人の家故不躾だとは思ったが、シスイはミコトさんから預かっていた鍵を使って戸を開け、イタチの気配のするほうに向かった。
「……イタチ?」
気配の先は居間のほうから続いていた。
イタチは天才だ。それも鳴り物入りの。普通の2歳児とはとてもじゃないが言えない、そんな子供だ。だからこそ、扉1枚隔てたこの距離で、こちらが気配を隠しているわけでもないのに無反応などと、普通の子供なら有り得ても、イタチならば考えられない。
故に嫌な予感を覚えながらシスイは扉を開いた。
そこにイタチは居た。
「ぅ……」
「イタチ……!?」
机に背中を預けて、グッテリと赤い顔をして息を荒げながらイタチは手を投げ出していた。
「大丈夫か!?」
そういって、近寄り額に手を当てる。熱い。触れた温度から推測するに熱は37度半ばぐらいか。間違いなくそれは風邪の症状だ。イタチは怠そうに辛そうに目を細め、グッテリしながらも、「シスイ……さん」と呟いてケホケホと咳込んだ。
「喋らなくていいから、じっとしてろ。部屋まで運ぶから……良い子だからわかるな?」
そういい、イタチを抱き上げ、安心させるように微笑みシスイが告げるとイタチはコクリと頷いて大人しく身を任せる。そんな小さくて熱い体を大事そうに抱き上げながら、シスイはイタチの部屋に向かいつつ、少し出ていた鼻水を塵紙でチンッと出させて「よし、良い子だ」そう声をかけ、頭を撫でた。
それからイタチの部屋の布団へとイタチを降ろし、掛け布団をかけてやると、水を汲んで戻って来てからそれを差し出し言った。
「イタチ、水汲んできたけど……飲めそうか?」
それにコクリとイタチは頷き、シスイはイタチの体が楽なように支えるように片手でイタチを支え、彼の口元にそっとコップを傾け、飲みやすいように調整してやり、イタチはコクリコクリと小さな口で水を数回嚥下した。
やがて、もう飲めないというような視線と共にイタチが水を飲む事をやめると、シスイは「うん、良い子だ」そう声をかけそっと数回頭を撫でてやるとこう言った。
「イタチ、お前は風邪をひいたんだ、わかるか……?」
「風邪……」
これが、と小さく漏らしながらイタチはケホケホと再び咳を漏らす。それにシスイは、「無理に喋らなくていいから」そういって苦笑すると、「風邪は寝るのが1番のクスリだから、寝てろ。私がついているから」そう言ってシスイはイタチを苦しくない程度の力で抱き締めた。
その体温に導かれるようにイタチは眠りに落ちた。
* * *
「……?」
目が覚めたのは、控えめながら美味しそうな匂いを感じてのことだった。
「お、起きたか。イタチ、おはよう」
目覚めてすぐそうかけられた声に、イタチは怠い体を少し持て余しながら彼女のほうをゆるりと見る。
眠りに落ちる前より、少しだけ体がすっきりしているように感じたが、「シスイ……」そう呼んだ声は擦れていた。
「ん……昼飯食べてないと思って、作ってきた。食べるもの食べないと良くならないからな。でもそれより先にその調子じゃ水のほうが欲しいかな。飲めそうか? それとも飲ませて欲しい?」
そう訊ねてくる声はあくまでも優しくて、表情も穏やかで慈愛に満ちたものだったが、それでも飲ませて欲しいという言葉に、まるでそれをしたら自分が甘えるだけの赤ん坊のようじゃないかという反発心を覚え、イタチは「だいじょうぶ」と言外に自分で飲めるという意志表示をした。
そんなイタチに「可愛い奴だなあ」と内心苦笑しつつ、「はい」とイタチの自尊心を傷つけないように小さなイタチ用のコップに水を半分入れて手渡す。それをイタチはンクンクと喉を潤すようにチビチビと舐めるように飲んでいった。
「ふぅ……」
そうして一心地つけると、イタチはふと、先ほどのシスイの発言を思い出し、その疑問を多少マシになった……とはいえ、いがいがする喉を多少もどかしく思いつつも訊ねた。
「ちゅうしょくを作ったって……シスイ……さんが?」
「そ。ミコトさんが本当は用意してたんだけど……お前風邪引いているし、普通のは食べれないだろ? だから摺り下ろしリンゴとお粥作ってきた。味は……まあミコトさんには劣ると思うけど、まずくはないと思う」
「料理、つくれたの?」
それに、そういえば今まで一度もイタチに何か作って食わせたことはなかったなと思いつつ、苦笑しながらシスイは答える。
「作れるよ。あんまり凝ったのは無理だけど一通りなら。疑うようなら今度ぼた餅でも作ってやろーか?」
「食べたい」
そう茶目っ気たっぷりにシスイが言うと、イタチは風邪を引いているからだろうか、そう素直に心のままに答えた。それに、あー……やっぱ「このイタチ」も甘いの好きなんだーとか親近感と共に微笑ましく思いながらシスイは「良いよ。治ったらな」と答え、「とりあえず、今日の所はお粥でも食べて大人しく寝るように」そう告げながら、イタチの体をクッションを背中の支えに差し込んでやって上半身を起こしてやると、イタチ用の小さな器にもった出来たてほやほやのおかゆを、取り出し、シスイは数回フーフーと息を吹きかけレンゲの中に救ったお粥を冷まし言った。
「ほら、イタチ。あーん」
「……」
そういってニコニコ笑いながら差し出す姿はどこまでも慈愛に満ちた笑顔そのもので、無邪気でさえあったが、それにイタチは逆に戸惑った。
それは赤ん坊でもないのに人に食べさせて貰うなんて……という思考が働いてのことだったが、悲しいかな。若干2歳であるにも関わらずそういう思考になっている辺りがイタチのイタチなところだったといえよう。普通に考えればまだ2歳児なのだし、今彼は風邪をひいているのだから、食べさせて貰うことはおかしくもなんともないことだ。寧ろ病気にかかってるそんな子供に自分で食べさせようとする大人がいたら、鬼畜の称号を得るだろうぐらいだ。
それでも、そういうところで子供らしくない思考が働くのがイタチらしいといえたが、無論そんなもので納得するシスイでもない。彼女は少し聞き分けのない子供を見るような視線をイタチに見せながら、「イタチ、それじゃあ食べさせられない。ほら、あーん」と言いながらレンゲをずいとイタチの口元に再び持って行った。未だイタチは自身の葛藤と戦い中である。
しかし、風邪で鈍った鼻でいうのもなんだが、暖かなそれはとても良い匂いだった。
だが、やはり人に食べさせられるのは……。
そんなイタチに対し、シスイは再び根気強く笑みさえ浮かべつつ言った。
「イタチ、あーんは?」
……それは完全な聞き分けのない子供を扱う視線と声音で。イタチはどことなく内心ガッカリしつつも、これ以上困らせるわけにもいかないと諦め、口を開いた。
「ん……良い子だ」
そんな満足そうな呟きと共に口の中へと粥が入り込む。
(美味しい……)
それは米と塩と水だけで作られた極シンプルな粥であったが、思ったよりも美味しくてイタチは驚いた。塩加減や米の感じがとても食べやすく、なによりベタついてなくサラサラとした感じで喉を通るのが、風邪を引いて多少痛んでいる喉にはありがたい。そんな風に少し目を開き多少の驚きを含みながら食べているイタチに満足を覚えながら、シスイは2杯目をレンゲに掬い、「あーん」そう言いながらイタチに差し出した。
ムグムグと小さな口を動かして、一生懸命咀嚼しながら食べる姿が、シスイにとっては可愛らしくとても微笑ましい。そんな風に暖かい気持ちになりつつも3杯目を差し出した。
そうして3杯目を食べ終わり、イタチは言った。
「もう、いいよ」
それに微笑みながら、シスイは問う。
「そっか。じゃあ摺り下ろしリンゴもいらないか? 喉に良いぞ」
「それはもらうけど……」
少しだけ罰が悪げに呟く姿に、やっぱりお前は甘いのは好きなんだなあと思いながら、そんな自分の好物に素直なイタチが可愛らしく微笑ましくて、シスイは笑いながらスプーンで摺り下ろしリンゴを掬うとイタチの口元に差し出した。
「はい」
「……ん」
それに、最初に粥を差し出した時は渋ったのに、今度は素直に口をパクリと開くこの子供がとても可愛らしい。そのことにつられるように笑いながら、シスイはイタチの口の中に摺り下ろしリンゴを放り込む。
「……!」
途端イタチは目を見開き、パチリと驚きを露わにした。
「すり下ろしたリンゴに少し蜂蜜を入れてみたんだ。食べやすいだろ?」
そう茶目っ気を出してウインクしつつ訊ねると、イタチはコクコクと頷き返事と返す。結局、粥は残したにも関わらず、摺り下ろしリンゴについては作ってきた小鉢一杯分イタチは綺麗に平らげた。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
そうどことなく感情を抑えた顔の中にも満足さを湛えて食後の挨拶を済ませるイタチに、ほほえましさや可愛らしさを感じつつ、シスイもまたペコリと小さく返礼を返す。
それから、2種類の薬を差し出しつつ言った。
「これ、風邪薬な。こっちの薬のほうが強力だけど子供には苦いと思う。こっちはそこまで苦くはないけど、効き目はもう一つに比べると薄いけど……どっちにする?」
「苦い方でだいじょうぶだよ」
それに言うと思ったと内心思いつつ、シスイは薬を差し出す。まあ、イタチがこう聞くとこう答えるんだろうなあというのは予測の範囲内ではあったのだ。多分苦い薬も飲めないほど自分は子供じゃないとか思っているのだろう。他の子は苦くないほうを選ぶだろうになんだかなあ、意地っ張りだなあ、お前も子供なんだから無理しなくていいのに、と思いつつも、そんなところが可愛いと思う。
それでも、返答がわかっていても訊ねたのは、イタチの意志を尊重するためだ。多分もう一つよく効く薬があるのに、効果が低い方を「苦くて飲めないだろうから」という理由で差し出したと知ったら、イタチの自尊心に傷がつくんじゃないかと思ったからだ。イタチにはそういうところが少しあった。まあ、そんな強がりなところも可愛い奴だなと思っているわけだが、とりあえず後出しジャンケンみたいな真似をして傷つけたりはしたくない。故に選択肢を与えたわけだ。
「ん……」
けれどまあ、苦いものは苦いのだろう。無理もない。イタチがどれほど幼児離れした子供でも、幼い子供には違いないし、イタチは脂っぽいのほどじゃなくても苦いのは苦手な筈だ。あとで口直しに暖かい蜂蜜生姜湯でも作ってもってきてやろうと思いながら、水差しに水を入れてそっと差し出した。
「よし、良い子だ。よく頑張ったな」
そう言いながら、ポンポンと頭を撫でて、シスイは笑う。
それに、子供扱いされたことに対するやや複雑そうな想いを抱えつつイタチは答える。
「こんなの、たいしたことないよ」
「そうだな。イタチは強い男の子だもんな」
シスイはそういって膳を下げつつ、言った。
「とりあえず寝てて汗かいたろう? これ下げたらタオル持ってくるから、着替えてもっかい寝ること。風邪なんて寝てたらすぐ治るんだから、心配しなくても大丈夫だからな」
そういってシスイは笑う。それに少しだけ不思議な気持ち……この人は本当の家族じゃないのに、なんでここまでしてくれるのだろう、といった疑問なども抱きつつ、イタチは「うん……」と答えた。
「じゃあ、すぐ戻ってくるからな」
そういって笑い向けられる自分への感情、その疑問の答えはまだ幼いイタチにはわからない。けれど、ただそれを暖かいなとそう思った。
やがて5分と経たずシスイは戻って来た。
「おまたせ」
そういって、イタチの来ていた服をプチプチと脱がせ、しっかりと絞った暖かいタオルで丁寧に優しくイタチの体を拭きながら、シスイは訊ねる。
「なぁ……いつから、お前風邪ひいてたんだ? 相当辛かったんじゃないのか?」
その声と温度とタオルが肌を拭う心地良い感触に、眠気に似た気持ちよさを感じつつも、イタチは答える。
「今朝から……少しへんかなとはおもってた」
「今朝って……ミコトさんまだいたろ?」
イタチの母であるミコトは木の葉が誇る上忍でもあり、四代目火影波風ミナトの妻であるうずまきクシナの親友でもある。決して鈍い人ではなく、家族想いの良き母親なのだ。いくら猫の手も借りたいほど忙しく人手不足な状況だからといって、幼い我が子が風邪をひいたとなると、年齢的に命に関わる可能性もあるのでそのまま医者にも連れて行かず、他の大人にイタチを頼みもせずに置いて出たりはしないはずだが……そう思考するシスイに対し、イタチは答えとなる言葉を放った。
「かあさんに……めいわくかけたくなかったから」
その返答に僅かに眉を顰めつつも、シスイは変わらぬ丁寧な指使いでイタチの全身を濡れタオルで拭いながら言った。
「それで平気な演技をしたってわけか。まあ……実際見てないからあれだけど、朝の時点では今ほど熱がなかったんならお前なら出来なくもないだろうし、ミコトさんも忙しい人だからあまり頭まわらなかったのかもしれないけど……でもイタチ、私から一言言わせてもらうぞ」
そういうとシスイは、まるで親か教師のような口調と雰囲気でこう言った。
「イタチ、次からはそうやって隠すのはやめなさい」
その言葉に、イタチはピクリと僅かに頬を揺らした。
「いくらしっかりしていてもお前はまだ幼い子供なんだから、親に迷惑をかけるのがお前の仕事なの。第一、そうやって隠して悪化して取り返しのつかないことになったらどうすんの。私は嫌だよ、お前が倒れている姿見るの。今日だって凄く吃驚して驚いたんだからな、心配したんだぞ」
そういって、くにっと力を入れずにイタチの頬を軽く引っ張り、拗ねたような声でシスイは続ける。
「そりゃ大人はな、隠さないといけない時はあるよ。無理をしなきゃいけない時はある。でもお前は子供なんだから、ちゃんとそのこと自覚しないと駄目なんだよ。出来ることは出来る。出来ないことは出来ないで、ちゃんと出来ない事は周囲に助け求めなさい。それはいけないことじゃないんだよ。子供の特権なんだから。みんなそうやって大きくなっていくんだから、恥ずかしいことでもなんでもないの」
そんな風にどこか穏やかに、それでも諭すように語りかけてくる姿は、イタチより6つ年上なことを差し引いても、思いも寄らぬほど大人びた雰囲気と口調で、イタチは少し驚くような気持ちでこの年上の少女を見上げた。
それは……6つも年上の相手に対しては失礼かもしれないが、それでも過ごしたこの2ヶ月で抱いたうちはシスイという少女への印象が、どことなく子供っぽい人という印象だったからこそ余計だったのかもしれない。
まるで実年齢に似合わぬその大人びた雰囲気と口調、貫禄がいつもとのギャップでより一層、印象的だった。
「ミコトさんに迷惑をかけられないっていうんなら、せめて私には迷惑をかけてくれ。子供は我が儘をいうのが仕事なんだからさ。私はお前にそうしてもらえたら嬉しいよ。だからもうこんな風に、病気になったのにそれを黙って隠したりしないでくれ」
「なんでそこまでオレのことを……?」
それに対し、うちはシスイという名の少女は、フワリと微笑みながらこう言った。
「それは私がお前の事を大好きだからだよ」
其の日の笑み、声、体温と、初めて食べた彼女の手料理たる粥などの味が酷く印象的だった……。
* * *
「なーんてこともあったなあ」
そんな風に3、4年ほど前の出来事を回想しながら、シスイはしみじみと呟く。
「風邪ひいてるのもあったかもしれないけどすげー素直でさあ、可愛くて……」
「シスイ」
それにムッとしながら、イタチはモグモグとシスイが誕生祝いと称して作ってくれたきな粉団子……因みに8個目である、を食べつつやや鋭目の声を飛ばす。
因みに本日は、イタチの母ミコトは買い物に出かけているため、イタチ、サスケ、それから遊びに来た本日非番のシスイの3人でお留守番中である。
余談終了。
そうして、モグモグ食べるのはやめないくせにどこか非難気なイタチに対し、しかしそこで食べるのやめない辺りお前やっぱり素直だよなあ、可愛い奴めと思いつつ、シスイは言う。
「そういえば、お前が私のことをシスイってちゃんと呼ぶようになったのもあの時だったっけ。それまではぎこちなくシスイさんとか呼んでたのになあ……いやあ、懐かしい」
「……過去の話をほじくり返すのは趣味が悪い。そうは思わないのか」
そうムッとしつつも、本気で怒っているわけではないらしいイタチが可愛くて、シスイは堪え切れない笑みを零しながら「つれないなぁ」と呟いて、それから言った。
「しょうがないだろ。お前のことが大好きなんだから」
「……」
その返答に、なんでこの人はこういうことを真顔で言えるんだと内心イタチは頭を抱えながらも、9個目の団子に手を伸ばす。その時だった。
「おぎゃああ、おぎゃああ」
すぐ近くで寝かせていたサスケが泣き出し、イタチは団子を取ろうとした手を置き、手ぬぐいでさっと手を拭くと急いで弟へと近づいた。
「サスケ、どうしたんだ」
そういって近寄りあやすも、イタチは内心少し困っていた。
ミルクなら母が家を出る前にあげた筈だし、排泄の場合はこれでも忍び見習いだ、匂いでわかる。だがどちらでもないようなら、何が原因なのか……。
イタチは大人びたとてもしっかりした子ではあるが、それでも本日6歳になったばかりの子供である。流石に赤ん坊の生体についてそこまで詳しくはない。それでもサスケはイタチの可愛いたった1人の弟である。
「泣くな、サスケ」
そういってサスケを抱き上げた。
けれど、サスケは泣き止まない。そんな風にあまり表情にこそ出していないが困っているイタチに対し、シスイは「ちょっと変わってもらってもいいか」と声をかけ、了承を取ってからサスケを抱き上げた。
「おお、よしよし。ちょっとだけごめんな」
そういってシスイは徐にサスケの下帯をずらす。
「ああ、これが気持ち悪かったんだな。とったからもう大丈夫だからな」
そういって、シスイは下帯にひっかかっていた髪の毛……おそらくは長さからしてミコトのものだろう。を取ってから、下帯をきちんと直し、あやすためにポンポンとサスケの背中をリズムを取りながら優しく叩いた。
それから自分とサスケを見上げているイタチに対し苦笑しつつ、静かな声で原因について告げる。
「多分寝返り打った時これが下帯の中に紛れ込んで気持ち悪かったんだろう。あとは……眠くても上手く眠れなくて泣いてるだけだろうなあ、これは」
「そんなことで?」
そんなことでそんなに泣くのかと、自分が手のかからない子供であるからこそ不思議げに思うイタチに対し、シスイは苦笑しつつも「赤ん坊なんてそんなもんだよ」と答えながらサスケを胸に抱きあげ部屋の中を軽く歩きながら、あやすように背をポンポンと叩く動作を続けつつ、シスイは小さな声で子守歌を歌った。
「~~~♪」
根気強く、繰り返し、繰り返し。
やがてサスケの泣き声は小さくなっていき、シスイの胸元をしゃぶるようにモゴモゴさせながら、心地よさそうな声を上げてサスケは眠りについた。
それにチクリと胸が痛むような錯覚を覚えてイタチは戸惑った。
「ふふ……よく眠ってる。ほら、イタチ」
「あ……ああ」
そういって眠ったサスケをシスイはイタチに手渡す。
それは、イタチがこの初めての弟のことを可愛がっていると知っているからなのだろう。シスイはニコニコと慈愛に満ちた笑みを浮かべながら笑っている。受け取りながら気付いたが、サスケがシスイの胸元をもごもごさせていたのは気のせいではなく、母の胸と間違えたのか、服の上から吸い付いていたらしく、シスイの衣服の内、胸の上のあたりがサスケのよだれでべったりとなっていた。それに何か悪いものを見たようになった気分を覚える。シスイ自身は気にしていないらしかったが、けれどだからこその気まずさをイタチは覚えた。
「ほら、サスケ、お兄ちゃんだぞ」
そういい、シスイのようにあやすように抱きながら、イタチは思う。
先ほどあの光景を見て感じた感情。あれは……きっと嫉妬だった。
けれど、わからないのは、自分は一体どっちに嫉妬したのかということだ。
自分は泣き止ませられなかったのに、サスケが泣いている原因も理解しながら泣き止ませたシスイに関してか。それとも……自分のためのものだった筈の子守歌と共に彼女にあやされていた幼い弟に対してなのか。
もしかすると両方だったのかもしれないが……でもそんな風に嫉妬した自分に対して未熟だとイタチは思った。弟と許嫁という名の幼馴染み相手に嫉妬してどうするというのだ。少し情けない。そんな風に思うこと自体イタチが大層実年齢離れした子供らしからぬ子供な証拠でもあったのだが、生憎麒麟児天才児と言われ続けてきたやや天然なこの幼い少年が気付く事はなかった。
「ただいま。イタチ、サスケは良い子にしてた? シスイちゃんもごめんなさいね。お留守番お願いしちゃって」
「おかえりなさい、ミコトさん。とんでもないです。楽しかったですよ」
「そう、それは良かったわ。ああ、そうだシスイちゃん、今夜の夕食おばさんと一緒に作る?」
「いいんですか? はい、頑張ります」
そんな風な会話と共に母が買い物袋を抱えながら居間へと入ってくる。それにすかさず近寄り、シスイはテキパキとミコトの手伝いに入った。
「母さん、おかえり」
サスケを抱えたまま、イタチも母へと声をかける。其のタイミングと同時にミコトはシスイの胸を汚している染みに気付いたらしい。
「ちょっと、シスイちゃんそれどうしたの」
「いや、えっと……はは」
「サスケがやったんだよ」
そう誤魔化し笑いを浮かべているシスイに対し、助け船を出すつもりでそうイタチがいうと、ミコトは「まあ、サスケが? 本当にごめんなさいね。こっちにきて。替えの服出してあげるわ」と言い、買い物袋を下に置いてシスイを先導しようとした。それに対し、慌てるように言った。
「大したことないですから、いいですって」
「駄目よ。良いから人の好意は素直に受け取りなさい」
そういって連れてかれたシスイは、其の日母の用意した、いつものシスイよりも女らしいといえばいいのか、落ち着いた黒のワンピース姿で恥ずかしげに顔を赤らめながら登場した。
そんなところが新鮮で。また母と彼女2人で用意された自分の好物中心の夕食が嬉しくて美味しくて。
父がいて、母がいて、弟がいて、自分がいて、シスイがいて、和やかな団らんのあとプレゼントと共に告げられた言葉に酷く胸が動かされた。
「誕生日おめでとう、イタチ」
そんなささやかで暖かく幸せな、いつかの日々。
了