ちょっと、身内に不幸が(いや、故人本人は幸せそうに逝きましたけど)ありましたもので更新遅れました。なんかすみません。
あと、今回で完結するかなーと思ったんですが思った以上に長くなってしまったので後編に続きます。でもあらかた書けているのでこっちの更新は近日中に出来るとは思います。
ではどうぞ。
……祭り囃子の音が聞こえる。
人々のざわめきに、合間で聞こえる和太鼓、ゆらゆら揺らめく提灯の明かり。本の中の知識だけで、初めて見聞きするはずのそれらは全てが優しく、どこか御伽の国に迷い込んだような気分さえ己に与えて、イタチはいつもより少しだけ早い鼓動の上にそっと手を重ねた。
……そして。
「会場までもうちょっとだな」
そういって笑う彼女の横顔。
うっすらと目を細めて笑う其の顔は、どことなく懐かしさを噛み締めているような郷愁に満ちた顔で、美しい面立ちと年齢に見合わぬ落ち着きを纏った少年……うちはイタチは、そのことに普段は感じていなかった彼女、うちはシスイという自分の婚約者たる少女との年齢の隔たりを感じた。
イタチにとって、夏祭りは初めて経験するものであり、物珍しさはあっても懐かしさを感じるものではない。だが、目の前の少女にとっては違う、ということは……彼女は経験があったということだろう。
そのことがどうしてか少し悔しいような気がした。
「どうした」
「いや……なんでもない」
そういって口を噤む。
言えるわけがないだろう、とそう年齢を考えれば幼いとさえ言える少年は思う。
お前との6年という月日の隔たりに、嫉妬を覚えたなど。
なんて下らない子供じみた理由。
格好悪いだろう。
実際問題として、イタチはまだ齢7つの子供であるのだから、言ったところで問題はないのかもしれなかったが、それでもそうやって益々彼女が自分を子供扱いしてくる理由を、わざわざ自ずから増やす気はなかった。幼いとはいえ、イタチにも男のプライドはあるのだ。
「無理には聞かないけど……なんかあったんなら言えよ?」
そういって、少女は心配気に目を細める。
それに再び「なんでもない」と返せば納得してくれたのだろうか、シスイは「そっか」と笑って前を向いた。
それから早足ですっと前を歩いて、イタチの手を何気なく引きながら、彼女は屋台や人々の喧噪を前に頬を綻ばせる。
それをイタチはどこか現実離れしたような感慨で見つめている。
幻想的だとさえ思うその光景に、本当は足を止めたくなったなんて言えるわけもなかった。
前を見れば、提灯の明かりと共に様々な屋台や出店の類がずらっと並んでおり、普段にない程の賑やかさだ。それを前にイタチは一体彼らはどこから来たのか、と普段の木の葉と比べてあまりに増えた人波を前に、呆気にとられるような感想を覚えながら、ぽつりと言葉を漏らした。
「凄い活気だな……」
「そうだな……でもこういうの、わくわくする」
そういって桔梗柄の浴衣を身に纏った少女は、キラキラと瞳を輝かせながら楽しげに笑っている。
どうやらこの様子だと本当にシスイも祭りを楽しみにしていたらしい。本人は必要以上に騒がしいわけでもないのだが、元々賑やかなことが好きな人でもある。きっと彼女にとって夏祭りの再開は、初めての参加である自分以上に楽しみに出来る事柄だったのだろう。
嗚呼、誘ってよかった。そう思ってこっそりとイタチも笑った。
そんな風に思いながらイタチがシスイを見ていると、その視線に気付いたのだろう。
彼女ははしゃぐような雰囲気を振りまいていた自分に恥じらうように、顎をポリポリと掻いて、僅かに耳を赤く染めながらも、先ほどの子供じみた自分の反応を誤魔化すようにこんなことを訊ねた。
「それにしても、本当に私なんかで……サスケちゃんと一緒じゃなくて良かったのか?」
「迷惑だったのか?」
シスイにとって自分が『特別』であることぐらいは知っている。だからこそ、迷惑かと聞いて「迷惑だ」と返ってくる事はまずシスイの性格上ないだろうなとイタチ自身思いながらも……故に自分で言うのもなんだが、性格の悪いといっていい問いかけを返せば、慌てるように桔梗柄の浴衣の少女は手を左右にパタパタさせてこう返答した。
「いや、私は嬉しいけど。でもちょっと可哀想だったかなって」
どうやらシスイはイタチとサスケとの兄弟団欒の時間を奪ってしまったのではないかと、サスケに対し罪悪感を覚えているらしい。まあ、然もありなんというやつだろう。
シスイはサスケが兄であるイタチべったりであることをよく知っているし、イタチ自身、たった1人の弟であるサスケのことは心底可愛がっている。
幼い弟は自分が守ってやるべき存在だと思っているし、自分の宿題や修行を後回しにしてでも、サスケにせがまれたら遊んでやるぐらいに大切だし、イタチは他の誰よりサスケに弱い。最も、サスケを優先させたところで成績を落とすようなヘマをイタチがしたことがあるかと言われれば、それはないのだが。
けれど、それでもそうやって望みがあれば出来る限りは叶えてやりたいと思うぐらいには、イタチにとってサスケは可愛い相手なのだ。
それをよくわかっているからこそ、シスイはためらっているのだろう。
元々彼女は子供好きで、子供に甘く、サスケのことも可愛く思っているらしいからこそ尚更な傾向といえる。
子供とは里の宝だ。
イタチは戦争時代を幼少期に経験し、人が死ぬ姿を物心ついた頃から幾度も見てきた。だからこそ、無垢な命の大切さは少年にだってよくわかる。人が産まれるというのは奇跡に等しい僥倖なのだ。
だからこそ子供が可愛くて仕方ないらしいシスイのそういうところをイタチは好ましく思っていたし、そうやってサスケのことも気に掛ける彼女の性分に好感を抱いてもいた。
しかし……シスイは1つ思い違いをしている。
「良いんだ、サスケとは明日も明後日も一緒なんだから。それに、幼いとはいえ、サスケだって忍びの子だ。甘やかしてばかりではサスケのためにもならない。少しは我慢というものを覚えさせないと」
イタチは確かにサスケのことが大切で可愛くて仕方ないのだが、だからといってただ可愛がるだけの兄であるつもりはない。
人は甘いばかりでは駄目なのだ。
確かに自分はサスケを可愛く思っているが、だからといって望みをなんでもかんでも叶えてしまえば、弟は将来自立出来ない子になってしまう。それはイタチの望むところではない。理想はサスケの越えるべき目標として傍らに在る事が出来たら、それが最上なのだ。
確かに自分に懐く弟は可愛いし、見ているとべたべたに甘やかしたくなるのも事実だが、それでも自分にべったりで盲目的に育つのではなく、弟には是非とも色んなものに目を向けて欲しいと、目を向けられる子に育って欲しいと、兄としてそう願っている。
いくら兄弟とはいえ、ずっと自分達は一緒にいるというわけではない。やがては自分達の道を歩むときは来るだろう。共にあれるのは幼少の砌である今だけだ。
そうやって成長すればそれぞれが別々の伴侶を娶り、別々の家庭を築き、そうやって別の人生を送ることになるのだから、兄離れも出来ない我が儘な子に育つようでは困る。
だからこそ、突き放す事も時には必要なのだ。
そう思ってのイタチの発言を前に、隣の少女はクスクスと忍び笑いを漏らしていた。それに少しだけむっとするような気持ちを覚えつつもイタチは訊ねる。
「……笑われるようなことをオレは言ったか?」
「いやいや、イタチは良いお兄ちゃんだなあって。それにうん……考えてみればお前も祭りは初めてだもんな。弟の前じゃ気が張っちゃうだろうし……よし、今日は私が奢ってやるから目一杯楽しむんだぞ!」
そういって至極楽しそうにシスイは笑った。
大体彼女が何を考えてその結論に至ったのかなど長い付き合いだ、わかる。
けれどだからこそ自分が子供扱いされているとわかっていて、イタチにしてみれば面白くはない。
自分は生憎ベタベタに甘やかされてそれを良しと出来る性分ではないのだ。
だからこそイタチはこう抗議した。
「自分のものくらい自分で買える」
母のミコトからは今日の分の小遣いとして300両(約3000円相当)渡されている。子供の小遣いとしては祭りなことを差し引いても多い其の額は、おそらくシスイの手前色を載せた額なのだろう。
「シスイちゃんとデートなんでしょう? しっかりやりなさい」
なんて言って母が笑っていたのは昨夜のことだ。
これがデートなのか……ということはともかく、シスイにとってはおそらくそれは否だろうし、イタチとしてもこの年上の幼馴染みに対する気持ちがどういった種類のものなのかについては、未だ結論は出ていなかったりするのだが、それでも街行く人に聞けば十中八九デートとは見なされない……せいぜい仲の良い姉弟と誤解されるのが良い所だろう、と客観的にイタチは思っているわけだが、だからといってシスイの弟分扱いを素直に受ける気にはなれない。
自分はシスイの弟でも従弟でもなく、名ばかりの仮婚約とはいえ、婚約者なわけで。
けれどそんなイタチの抗議に対し、それこそ本当に小さな子供を相手にするときみたいな柔らかな声と姿勢で、シスイは笑いながらこう返した。
「良いから良いから。大体それはミコトさんやフガクさんが汗水流して働いて手に入れた金だろ。それはお前の権利ではあるけど、本当に入り用な時のために取っときなさい」
「だからといって……」
お前の世話になる理由にはなり得ない。そう思ってのイタチの言葉に、きっぱりとした声で彼女はこう返した。
「私は良いの。私がお前を甘やかしたいだけなんだから。自分が働いて得た金を自分の好きなことのため使っているだけなんだから、お前が心配することじゃないよ。だから、人の好意は素直に受け取っときなさい」
そういって少女は真剣な目でイタチに視線を合わす。
それは有無を言わせない口調と雰囲気で、イタチは酷く心にざわめきを覚える。
シスイに対し、悔しいと思うのはこういう時だ。
自分は未だ親の庇護下であるアカデミー生で、シスイは様々な任務をこなす現役の中忍。時に自分より子供っぽく見えても既に子供とはいえない存在。親に全てを世話になっている学生と、自分で金を稼いで自立している立場では、社会的立場も金の重みさえもあまりに違う。
少女は笑う。無邪気にさえ見える微笑みで。
そうやってイタチの一歩前を歩いている。
それを見て、嗚呼早く大人になりたいと、イタチは思った。
自分よりずっと脆い癖に、大人の虚勢を張って自分を子供扱いしてくるこの人に、「対等」だと胸を張れるように。
今は、まだ言えない。
「ところでさ、お前は何か見たいものとか食べたいものとかある?」
カランコロンと下駄を転がすように歩きながら、クリクリとよく動く黒い瞳を少年に合わせ、勿忘草色の浴衣を身に纏った少女はイタチへとそう訊ねた。
それに対して、いつまでも先ほどのことを引き摺るのも大人げないと思ったのだろう。イタチはいつもの冷静な……言い換えれば子供らしくないいつもの態度と調子を取り戻して、軽く肩を竦めながらこう返答を返す。
「さぁ……正直よくわからない。が、そうだな……お前が見たいと思うものでオレは構わない」
それは希望がないというよりは、初めての参加であるが故に、祭りとはどういったものがセオリーであるのかとかの判別がつかないのだろうと、シスイはイタチの意図を正確に読み取り、「そっか、わかった」と返答をした。
お前が見たいと思うもので構わないということは、ようするにエスコートを任せるという意味なのだろう。
そのことにシスイの中の世話焼きの血が騒いだ。
こうなったらとことん楽しませてやろう、うんと面白がらせてやろうとやる気が酷く湧いてくる。
そんな風にわかりやすく表情に出して、爛々と瞳を輝かせている少女を見ながら、イタチは「相変わらず可愛い奴だ……」なんてことを考えていたりしたのだが、生憎目の前の幼馴染みとは対照的に顔に出すヘマはしなかったためか、シスイがそれに気付く事はなかった。
「あ、イタチ。リンゴ飴売ってある」
シスイは上機嫌を隠そうともせず、活き活きとした態度でイタチと手を繋いでいないほうの手で1つの屋台を指さすと楽しげな調子で少年に言葉をかける。
その先にある出店に並んでいるのは様々なフルーツを飴に包んだものだった。ブドウにミカン、イチゴと色々あるが、メインは大小2種類のリンゴだ。
「よし、一緒に食べよう」
そういって少女は店までイタチを連れて誘導する。
それを見て、少年は僅かに感心したように表情を和らげながら呟いた。
「これが……」
其の態度に少女も察する。
(そっか、イタチはリンゴ飴見るのも初めてか……)
考えてみれば当たり前なのだ。リンゴ飴なんて普通は祭りの時ぐらいしか販売しないし、木の葉では長い事戦争と九尾事件の影響で夏祭りの開催はなかった。せいぜい、祭り事と言えるのは正月や盆に内輪でひっそりとする祝いぐらいのものだ。
そしてイタチは丁度戦争時代初期の生まれなのだ。
故にリンゴ飴など、シスイにとっては懐かしいそれも、イタチにしてみれば初めて見る珍しい食べ物となる。
それは、イタチの歳がまだ7つであると知っているからこそ、悲しいことだと彼女は思ったが、同情など少年の欲するものではないだろうし、彼にとっても失礼だろう。だからこそ、これまで味わえなかった分だけ今日は楽しんでもらうのだ、と益々そう意気込んで、シスイはニッコリと人好きのする人懐っこい笑みを浮かべながら出店のオヤジに向かって声をかけた。
「おじさん、リンゴ飴頂戴。こっちの大きいのと、姫リンゴのほうと2つ」
それに対して、オヤジもまたニッカリと豪快に笑いながらリンゴ飴を袋に詰めつつ言う。
「あいよ、お嬢ちゃん弟のお守りかい?」
「うーん、ちょっと違うけど、似たようなもんかな?」
どうやら出店のオヤジはシスイとイタチのことを姉弟と思ったらしい。
まあ、実際は姉弟ではないのだが、同じうちは一族であるし、これほど年が離れているのだから無理もないのだが、姉弟に間違われたことに対してシスイは嬉しいと感じたらしく、やや照れくさそうに目尻を和らげつつそう返答した。
……イタチにしてみれば「誰が弟だ」と少し面白くない話だったのだが、生憎根本的に利口で、子供らしく在りきれない精神の持ち主であるイタチが口を挟むことはなかった。
それに対してオヤジは、その曖昧な返答に親戚の子を預かって世話しているお嬢ちゃんと聞き分けの良さそうな大人しい坊ちゃんだと、シスイとイタチのことを認識したらしい。これまたシスイにまけぬほど人懐っこい笑みを浮かべて、オヤジは目尻を下げてこう言った。
「そうかいそうかい。偉いねえ。よし、じゃあおまけして本当は70両の所、50両にまけてやるよ!」
「わ、本当に? サンキューおじさん、ありがとう!」
そういってシスイはにこやかに50両を払い、リンゴ飴と姫リンゴ飴を受け取って、再度頭をペコリと下げ、手を振ってリンゴ飴屋から離れた。
それから「はい」と言って、イタチに大きなほうのリンゴ飴を嬉しそうに笑いながら手渡す。
彼女の手に残ったのは一回り小さな姫リンゴのほうだ。
それに対して金を払ってもらった立場なのに、大きなほうを受け取ることには抵抗があったのだろう。イタチは少しだけ眉を顰めるようにして言った。
「逆じゃないか?」
「いいのいいの。私はこのサイズで充分満足だし、それにお前のおかげで割り引きしてもらったんだし、気にしない。気にしない。甘くて美味しいからきっとお前も気に入るよ、これ」
そういって少女は笑った。
それに手の中に収まったリンゴ飴を少年は見つめ、少し匂いを嗅ぐ。
もし同じアカデミーの生徒に知られたらまず意外に思われること間違いなしなくらい、そんなイメージをあまり抱かれてはいないが、イタチは元来甘いものが好きだ。
好きな食べ物は、と聞かれたら真っ先に回答する対象こそおにぎりとキャベツではあるが、甘味を食する事はイタチにとっては最早娯楽のようなものであり、そういう通常の食事の好みとはまたそれとこれとは別として、甘い物は別腹扱いで好いている。
そのせいかイタチは甘味に関しては見かけによらない食欲を示す事が多々あった。
故に結構な量があるにしても、これぐらいならイタチにとっては問題無いし、リンゴ飴を包んでいる飴部分から匂う甘い匂いは、甘いものが好きな少年にとっては酷く食欲をそそる匂いで、きっとシスイの言う通り食べ終われば自分はこれを気に入ることになるだろうなとイタチは納得した。
けれど、だからこそ今すぐこれを食べるのは勿体ない気がする。
そしてチラリと隣の少女を見上げる。
甘味を好んでいるのはイタチだけでなく、シスイもまたそうであることを長い付き合いだ、少年は知っている。けれど自分と違って、シスイはそれほど量は食べないのだ。それに彼女の見目からしても、大きな通常のリンゴ飴より、成る程、姫リンゴのほうがぴったりだなとイタチはそんな風に納得した。
そんな風に何事か納得している少年の視線に気付いたのだろう。シスイは苦笑のような困ったような顔を浮かべると、「お前……今なんか失礼なこと考えてない?」なんて訊ねてきた。
相変わらず変なところで鋭い奴だと思いつつ、イタチはなんでもない澄ました顔を浮かべて「別に、なんでもない」と答えた。
「そう? まあ、ならいいけど」
そんな風に納得出来ていなさげに首を傾げるシスイであったが、其の先を追求する事はなかった。そのことに追求して欲しかったようなそうでないような感覚を少年は覚える。
ただ、そんな風に姫リンゴ飴を抱えているお前が可愛いらしいななんて思っただけだ、という言葉を胸の奥に仕舞い込んでイタチは、提灯の明かりに再び視線を走らせた。
そういったやりとりの後5分ほどゆったりと歩いていた時だったろうか。
色とりどりの垂れ幕に、様々な提灯の明かりが灯る屋台通りの中、イタチはある店に目が付いた。
基本的に言えば、祭りで立ち並ぶ屋台の中で最も数を占めているのは食べ物関連の店であり、次点で幼い子供達が楽しめるようにと、射的屋や、金魚掬いに、ヨーヨー掬いなどの子供向けの店が多いのが常であるのだが、目に付いたのは其の店がそういった代物ではなかったということもあったのかもしれない。
何故なら、落ち着いた雰囲気のその露店で売られていたのは女性向けのとある装飾品ばかりだったのだから。
そこに立ち並んでいるのは、大人向けと呼ぶには安くとも、子供が買うにはやや高い値段を表示して売られている、色とりどりの様々な装飾を施された簪達だ。
その中の1つに目線を奪われ、ほんの僅かにイタチは足を止めた。
そんなイタチの反応にすかさず気付いたのだろう。シスイもまた、イタチが足を止めた店に視線をむけ、商品と少年の顔を交互に見ると、いつも通りのどこか子供っぽいながらも落ち着いた調子の声でこう尋ねた。
「ミコトさんに贈るのか?」
その言葉に逆に内心イタチは吃驚する。
それは思ってもみなかったことだからだ。そもそも足を止めた理由とてそのようなことを意図してのものではない。
けれど、シスイはそんなイタチの態度に逆に図星を突かれたのだと勘違いを起こしているらしい。
うんうんと楽しげに何度か頷きながら、優しげな声でこう言った。
「そりゃいい。息子のお前が買ってくれたって知ったら、きっと喜ぶ」
それはイタチがこの店の前で足を止めた理由を、「そう」だと確信しているかのような言葉で。それが理由だと信じて疑っていないかのようで、イタチは心中複雑な気分になりながら、簪を真剣な目で見ている少女を見上げた。
「そうだなあ……ミコトさんなら、この辺りの奴とかどうだ? こういう落ち着いた柄のが似合いそうな気がするけど」
そういってシスイが勧めたのは、店先に吊されていた、蝶をあしらった大人びた雰囲気の簪だ。値段も比較的お手頃で、イタチが昨日の夜、今日のためにと母から渡されていた小遣いがあれば充分事足りるだろう。デザインも母には似合いそうだ。
そのことからも、シスイが真剣にイタチやミコトを思ってそれを勧めてくれたことはよくわかる。リンゴ飴の時とは違い自分が金を払おうとしないのも、息子が母に贈るのなら他人である自分が金を出す行為は避けるべきだと思っているからなのだろう。要はこれはシスイ流の気遣いだ。
けれど、そうじゃないだろう、とイタチは思うのだ。
何故、簪屋で足を止めたら、それはオレが母に贈りものをあげたいからとなるのか。確かに言われるとおり母に贈れば喜ぶだろうし、生きているうちに親孝行はするべきだとも思っているので、悪い提案ではないが、だからといって真っ先に出る発想がそれとはどうなっているのだ、とかイタチにしてみれば色々思う所は多い。
……そもそも。
(お前も女だろう)
どうして、自分のためという発想は浮かばないのか。
少し頭が痛い。が、元々少し浮世離れしているところがある人でもある。言わねばわからない人なのだろう。そう思ったのでイタチはその言葉を口にした。
「……お前は欲しいものはないのか」
色とりどりの美しい簪など、若い娘なら喜んで然るべきものなのではないか。
だが、それに対してシスイは……。
「へ? 私が? いや、うーん……興味ないし」
心底意外なことを聞かれたような反応をして、そんな風に即答した。
けれど、簪屋の主人はうら若き少女のそんな言葉に少し気分を害したらしい。
「おや、お嬢ちゃん、悲しいことを言ってくれるねえ。うちの商品を見ても興味がないだって?」
40歳半ばほどの女店主は、どことなく多少のトゲを含んだ口調でそう面白くなさ気に言葉を投げた。
「え? いやははは……すみません」
それに流石に「興味ない」ってのはまずかったかなあと、内心思っていそうな顔をしながら少女は苦笑して、首の後ろを人差し指でポリポリ掻きながら誤魔化す。
そんなシスイを見て、ため息交じりに女主人は呆れたような声でこう言った。
「あんた可愛い顔してんだから、興味ないなんて言ってたら勿体なくて罰が当たるよ。こっちの品とかどうだい? なんなら割引しとくよ」
そういっていくつかの商品を勧める、が。しかしそんな簪屋の主人を前にして、少女は心底慌てたような態度で手をパタパタと左右に振ると、イタチを振り返り焦ったような声でこう言った。
「いや、えっと、ご遠慮願います。あ、そうだ、イタチ。お前はそれで買うの決まったのか。今なら割引してくれるって!」
そんなシスイの態度と反応に、イタチと簪屋の主人は揃って顔を見合わせて苦笑した。
続く